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「ジリリリリリリ」
毎日同じように目覚まし時計が鳴る。
俺はまだ布団に潜っていたい気持ちを抑えて、目覚まし時計を止める。
時間を見ると七時。
「もう朝か・・・・」
目はハッキリと開く事が出来ず、つい気を抜くとウトウトとまた眠ってしまうほど眠くて仕方が無い。
バタバタと階段を上がる音がする。
「維月(いつき)!起きているの?早く学校に行く準備しないと遅刻するわよ!」
母がノックも無しに部屋に入ってくる。
「起きているよ~ていうかノックぐらいはしてよ。」
ぶつくさ文句を言いながら、よいしょっと布団から抜け出し一階にあるリビングに向かう。
父は俺が起きて来たことに気付くと
「維月おはよう、ご飯冷めちゃうぞ。」
と言った。
俺の家は変わっている。
母は専業主婦なのだが晩ご飯は作らない。
料理担当は父で洗濯や掃除は母がしている。
料理と言っても朝ご飯とお昼ご飯の弁当は、母が作っているのだが晩ご飯だけは父が作っている。
なんで晩ご飯だけ父が作るようになったのか聞いてみたが、母は料理が苦手というのもあって父が代わりに作るようになったのだ。
父は仕事をして帰り際にスーパーに寄ってから料理を作るのだが、ストレスにならないかと聞いたら
「父さんは料理好きだから」
と笑顔で答えてきた。
他の家に遊びに行った時に、お母さんが家事全般をこなしていると聞いて我が家と違って驚いたものだ。
父と母が出会ったのはお見合いパーティーだった。
母は見た目は美人なのでモテたらしいが、父に一目惚れをして猛アタックの末に結ばれた。
父は見た目がイケメンという訳では無いのだが、本が好きという共通点があって意気投合したらしい。
父は広告の仕事をしている。
何で広告の仕事を選んだのかと聞いてみた事があるが、父はただ合っていただけという理由でこの仕事を続けているらしい。
母は小説家をしている。
売れない小説家だが、書くのは好きらしく暇さえあればノートパソコンを開いてポチポチと書いている。
どんな本を書いているのか読んだ事があるが、なかなか面白かった。
恋愛ものは苦手らしくあまり書いていなかった。
クラスの女子達は、母の書いた小説が好きらしく恋愛ものを書いて欲しいとお願いされたのだが母は
「今時の若い子が望む恋愛ものは書けないわよ~」
と言ってやんわり断られた。
家には沢山の本が置いてある。
大きな本棚にはぎっしりと本が並び、入りきらない本もあるくらいだった。
俺も本が好きなのでよく両親が買った本を読んだりしている。
「早く食べないと冷めちゃうわよ。」
と母に促されて俺はご飯を食べ始めた。
俺の足元にフワフワの毛玉が通った。
「色羽(いろは)、おはよう」
と声を掛けると
「にゃっ」
と言って身体をすり寄せて来る。
母が独身時代に飼っていた猫である。
三匹猫を飼っているのだが、色羽は俺に特別懐いている。
猫によっても性格が違い、色羽は高齢で大人しい性格をしている。
二番目の好羽(このは)は元野良猫だからか警戒心が強く、人が近づくとすぐに逃げる。
三番目の紬羽(つむは)は、やんちゃな性格でよく一人で走り回っている。
三匹共母の実家で飼っていた猫で、母が父と同棲を始めた時に連れてきた猫達である。
俺と一番相性が合っているのは色羽で、よく布団の上に寝に来る子だった。
まあ三匹共母に一番懐いているのだが・・・・
皆高齢になって足腰が弱くなってきているのだが、ご飯の時だけはニャーニャー鳴きご飯を用意する母の足元を身体をすり寄せて行ったり来たりしている。
猫の魔法のお菓子と言えば、チュールでこれを見せた時の目の輝きようは凄かった。
いつも大人しい好羽でさえニャーニャー鳴くのである。
俺は猫達に構って欲しい時は魔法のお菓子であるチュールを見せて、猫達を呼び寄せている。
ちんたらご飯を食べていると父が
「維月、先に父さん会社に行ってくるな」
と言ってバタバタ慌てて出て行った。
俺はまだぼんやりしていたが、リビングに飾られている時計を見て慌ててご飯を食べ終わり歯を磨いて顔を洗い、学校に行く準備をした。
まずい、これは遅刻だ!
学校までは自転車で行っている。
一月だからなのか、寒くて仕方が無い。
母がズボンの下にタイツ履いていきなと言ったが、ダサくて履けないと言ったが履いてきた方が良かったのかもしれない。
ズボンだし今日は体育が無いから誰かに見られる事も無い。
マフラーに顔を埋めて失敗したなと思った。
急いで自転車に跨がり、ヘルメットを被る。
昔はヘルメットを被るのは自主性だったようだが今じゃこれを被らないと罰金されるようになった。
夏は頭が蒸れて最悪だが、冬は暖かくて見た目はダサいが有り難い。
「さむっ」
自転車を漕ぎながら独り言を言う。
その独り言は白い息に変わり寒空に消えていく。
震えながら漕いでいくと動いたからなのか少しずつ身体が温まってきた。
信号に掴まり小さく舌打ちをする。
やっと暖まってきたのに信号につかまって止まったら寒い風が吹いてきてまた寒い思いをするじゃないかと思っていると、後ろから小走りで来た女性が真横で顔から思いっきり転んだ。俺は咄嗟に
「大丈夫ですか?」
と声を掛けると
「いったい!!」
と言って女性は顔を押さえている。
見ると額から血を流している。俺は持っていた青いハンカチで血を拭くと
「わあわあ!汚れちゃうから良いよ。」
と言って女性は俺の手を退けようとしてきた。
「でも、血が出ていますし。」
と言うと
「嘘!本当?」
と言って来た。
「はい、結構痛そうですけれど大丈夫ですか?」
「いや~大丈夫か大丈夫じゃないかと聞かれたら大丈夫じゃないかも。結構痛い。」
と言って涙目でこちらを見て来た。
カラコンを付けているのか緑色の目をした女性は
「ごめんね~学生さんだよね。お姉さんがドジ踏んだせいで足止めくらわせてしまってごめんね~」
と言った。
「大丈夫ですよ。それよりも血が止まらないですね。」
女性の額にハンカチを当てながら言うと
「額だからね~血が止まりにくいんだよ。でも本当に気にしないで。このままだと君遅刻しちゃうでしょ?」
と聞いて来た。
「少しくらいなら時間に余裕あるんで大丈夫です。」
「本当?・・・・あのさ、聞きにくいんだけれどポケットティッシュ持っている?」
「持っていますけれど、どうかしたんですか?」
「実は鼻血も出ているんだよね。今日慌てて出てきちゃったから持っていなくて。」
「鼻血も出ていたんですね。気付かなかった。持っているんで鼻に突っ込んで下さい。」
と言ってポケットからティッシュを取り出すと
「流石に外だし、鼻栓はしないよ~でも有り難う。助かった。」
と言って女性は抑えてた手を離してティッシュを鼻に当てた。
「ハンカチ・・・」
と女性は呟く。
俺は
「え?」
と聞き返すと
「ハンカチ洗って返すから、お名前聞いても良い?」
と言われた。
「ハンカチなら気にしなくて良いですよ。」
と言ったが
「いやいや、結構汚れちゃっているし洗って返すよ。」
「でも・・・」
「ちゃんと返すから。で名前何て言うの?」
「花岡・・・維月です。」
「花岡維月君ね。本当に今日はごめんね。明日にでも洗って返すから。」
そう言って俺の手からハンカチを取ると
「君もこのままだと遅刻しちゃうでしょ?私も用事があるから今日はこれで失礼するね。」
と言ってまた小走りで何処かに行ってしまった。
俺は小走りで走って行く彼女を見送って自転車に跨がり学校までスピードを上げて漕いでいった。校門には担任と副担任が立っていた。
担任は俺に気が付くと
「花岡!ギリギリだぞ!」
と言って来た。
「すみません、道路で転んだ女性を助けていたら遅刻ギリギリになっていました。」
と答えると
「何だ!その少女漫画でありそうな展開は!」
と言われて笑われた。
副担任も俺に気が付いて
「花岡、今日は体調大丈夫なのか?」
と聞いて来た。この間雪が降っていた日にずる休みをした時の事を聞いているらしい。
「ええ、大丈夫です。すっかり風邪もよくなりました。」
と答えると
「それは良かったな。体調には気を付けるんだぞ。」
と言ってきた。
俺はこの副担の事は最初から苦手である。
見た目はサンタクロースみたいなのだが、耳に髪の毛が被っているとかネチネチ言ってくるので苦手なのだ。
担任は俺が副担の事を嫌っているのを知っている。
というよりも、担任も副担の事が嫌いなのだ。
「花岡、本当に遅刻になるから早く自転車を止めて教室に行け」
と言われて助けてくれた。
俺は素直に従って自転車を置くと急いで教室に向かった。
教室に入るとチャイムが鳴る。
「おう!維月!ギリギリだったな!」
と声を掛けて来たのは陸斗(りくと)だった。
「あ~陸斗おはよう。」
「おはよう。それにしても珍しいなこんな時間ギリギリになるなんて」
「ああ、今日道端で転んだ人が居て放っておけなくて手当してたら遅刻ギリギリになってた。」
「漫画みたいだな。」
「その助けた人女性だったんだけれど、鼻血は出すわ額から血を流すわで大変でさ。」
「女性だったのか?」
「ああ、女性だったぞ」
「それ少女漫画みたいな展開じゃん。」
「それ担任にも同じ事言われた。」
「うえ~田中と同じ事俺言ったのかよ。」
「ハハハ、同じ事言ってたよ。」
「笑うなよ~田中と同じ思考だけでも嫌なのに。」
俺は笑っていると担任の田中が教室に入ってきた。
「おーい、ホームルーム始めるぞ~」
俺達はそれぞれ席に着いた。
俺は席に着いてマフラーを取りながらあの女性の事を考えていた。
そういえば、俺の名前は教えたけれども俺はあの女性の名前を聞くのを忘れていた事に気が付いた。
次の日またあの女の人を見かけた。
女の人は俺に気が付くと手をブンブン大きく振って俺を呼んだ。
「おーい!維月君!」
下の名前で呼ばれてドキッとしたが、俺はなるべくポーカーフェイスで
「どうも」
と答えた。
「昨日は有り難うね~」
と言われて渡したハンカチとは違うハンカチを渡された。
「これ、俺が渡したハンカチじゃない。」
そう言うと
「あれは血が取れなくて新しいハンカチを買ったの。勝手に買ってごめんね。この柄嫌だった?」
「いえ、そういう事では無いのですが。違うハンカチだったので少し驚いて。」
「そう、嫌じゃなければ良かった。このハンカチ今日から使って?」
「あ、有り難うございます。」
「今日渡せて良かった。じゃあ私行くね。」
と言われて俺は咄嗟に
「あの!名前、教えてくれませんか?」
と聞いた。
もっと気が利く聞き方があったはずなのに、俺は去って行く彼女とこのままサヨナラをしてしまったらもう二度とこんなチャンスは無いと思って聞いた。
彼女は嫌な顔をせずすぐに
「私の名前は橘陽梨(たちばな ひなり)」
と答えた。
「陽梨さん。」
小さく呟くと
「そう、じゃあ維月くんまたね。」
と言って去って駅の方に行ってしまった。
俺は走り去る彼女の背中をジッと見ることしか出来なかった。
橘陽梨さんはショートヘアーの人だった。背丈は俺より低く160㎝も無いんじゃないだろうか。
目は猫目でアイラインをしっかり引いている。
今日のカラコンは茶色で瞳が大きかった。
肌はつるっとしていて綺麗な卵肌で、年齢は二十代だろうか社会人という印象がある。
俺はその事を授業中メモをするようにノートの端切れに書いていた。
「おい!」
「おい!花岡!!」
俺は急に名前を呼ばれてビックリしてシャーペンを床に落とした。
「はい!」
俺は椅子から勢いよく立ち上がると
「今の所もう一度言ってみろ!」
「・・・・・すみません、分かりません。」
「は~、これは何度も言っているが大学受験でよく出る問題だぞ?今から受験の事を考えなかったら大学お前行けなくなるんだぞ?分かっているのか?」
と副担任がグチグチ言い始めた。俺は勢いよく立ったというのもあって皆から注目を浴びているような感じがして顔が真っ赤になっていくのが分かった。
「・・・・すみません。」
そう言うと副担任は
「俺はお前が心配なんだ。さっきから上の空だったし、何か悩み事でもあるのか?」
「いえ、ありません。」
「だったら、授業ちゃんと聞かないと駄目だろう。」
「すみませんでした。」
そう言って座ると副担任は大きな溜め息を吐いて再び授業に戻った。
これだから副担任は嫌いなのだ。
俺が強く言えない性格なのが分かるのか、俺ばかり名指ししてくる。
授業中上の空だった俺が悪いのだが、どうしても陽梨さんの事を考えるとあの走って去る彼女の姿が目に浮かぶのだ。
俺は授業を聞くふりをしてまた陽梨さんの事を考えた。
「キーンコーンカーンコーン」
長い長い授業が終わり皆がそれぞれ背伸びしたり、立ってトイレに行ったりしていると
「おーい、維月!」
と背中をトンと押された。振り返ると陸斗が俺の後ろの席に座っている。
陸斗の席は窓側で俺は廊下から二番目の列なのだが、授業が終わって移動してきたらしい。
「陸斗、どうした?」
「どうしたってそれは俺の台詞だろ?さっき真剣な顔して何書いてたんだよ。」
「ああ、ただメモを取っていただけだって。」
「授業の事聞いてなかったのに?」
「・・・」
痛い所をつかれた。
「何書いていたのか、俺に見せろよ。」
と言ってノートを取ろうとしてくる。
俺は慌ててノートを取られないようにしようとしたのだが、陸斗の方が素早くノートを引ったくられてしまった。
「何だ?これ?」
とメモを見て陸斗が呟く。
「誰?たちばな ひなりって。」
「俺も知り合いっていう訳じゃ無いんだけれど。昨日転けた人の名前。今日偶々会ってそれで名前聞いたんだ。」
「奥手で有名な維月ちゃんが?」
「奥手って言うなよ。」
俺は軽く陸斗を小突くと
「ハハハ、ふざけてごめんって。」
と言われた。俺は
「本当に不思議な人なんだよ。何て言うの?一度見たら忘れられないって言う感じ。」
「それ、恋じゃね?」
「いや、ドキドキはしないんだよ。ただ姿が忘れられないだけ。」
「うーん、それを恋と言いそうだけどな。」
「お前恋した事無いじゃん。」
「そういう、維月も無いだろう?」
俺達は揃って首を傾けた。
そこに
「それは恋よ。」
と口を挟んできた人がいる。
その人は加藤さんで、二時間目というのに早弁をしてお弁当をバクバク食べていた。
加藤さんはクラスの中でも上位に入るほど美人だ。
俺がたまたま隣の席になっただけなのに、男子達から羨ましいと言われやっかみを買った位人気である。
彼女自身はモテている事に気が付いていないのだが、スマイルアップの増田貴久君が好きらしく。彼以外は興味が無いとよく友達と話しているのを聞いた事がある。
「恋?」
と陸斗が聞き返すと
「そうよ、恋よ。例えばその女性に恋人が居たらどんな気持ちになる?」
と加藤さんが俺に聞いて来た。
「う~ん、モヤモヤはするけれど俺より歳上だからな~きっと居るだろうな~」
「もし居なかったら?」
「そりゃ、嬉しいよ。でもあれだけ美人なら彼氏くらい居るでしょう。」
「指輪はして居なかったの?」
「それは見ていないから分からない。」
「だったら、今度会った時は薬指に注目する事ね。」
「二十代半ば?」
と陸斗が聞いてくる。
「多分。」
と答えると加藤さんが
「だったら結婚している事もあるわね。花岡君がオラオラ系だったら彼氏が居るか聞けるのに。」
と言ってくる。俺は顔を真っ赤にしながら
「そんな事聞ける訳無いだろう?だって、出会ってまだ二日だよ?」
と言うと
「出会いに日数なんて関係無いわ。気持ちの問題でしょ?」
と加藤さんに言われた。
「でも、二日でこの気持ちに気付くだけでも凄い事じゃない?」
と陸斗が言うと
「普通の一目惚れはすぐに本人は分かるものよ。」
と加藤さんがお米を食べながら言った。
「加藤さんは一目惚れしたことあるの?」
「増田君が私にとっては一目惚れの人よ。」
「何で、NEWSの増田君を好きになったの?」
「私ね中学二年の時にクラスの女子から省かれていた事があるの。まあよくある虐めだよね。その時何度も死にたいって思っていて、学校行く時もこのまま車に轢かれたらどんなに楽なんだろうかって考えて登校していたの。その時に私の家ってお風呂場にテレビがついているんだけれど、そこにキラキラの笑顔で歌っている増田君を見てこんな笑顔で歌を歌っている人が居るんだって思ったら、好きになっていたの。あの時の感情は今でも覚えているわ。テレビに張り付いてこの人が誰なのか知りたくて、NEWSの事を調べて増田君って言うんだって知って、それからファンクラブに入って益々増田君が好きになって。」
「そんなに好きなんだ。実際コンサートで会ってどんな感じだった?」
「テレビの印象そのままよ。ファンサって言ってファンにサービスするんだけれど、手を振ってくれたりハートを作ってくれたりするんだけれど、増田君は沢山のファンの中から見つけてくれてファンサをしてくれるの。」
「それって勘違いじゃ・・・」
「勘違いでも良いのよ。目が合った気がする、それだけで十分なの。」
「手を振って貰った事はあるの?」
と聞くと
「去年NEWSのコンサートに行ってファンサをバッチリ貰ったわ。」
「へ~、確か三人組なんだよね?」
「昔は九人居たのよ。」
「そんなに居たんだ。」
「どんどん脱退していって結局三人になっちゃったけれども、三人共歌唱力は抜群よ。特に増田君が上手なんだから。」
「そうなんだ。」
俺は愛想笑いで答えると
「あら、ごめんなさい。私ったら増田君の事になると夢中になって語る癖があって。」
「いや、大丈夫だよ。俺はひなりさんの事は何も知らないから。何も語ることが無いけれども。」
「いつも、その人に何時頃に会うの?」
「えーと、八時頃に家を出ると会う感じかな。」
「何処で会うの?」
「千歳船橋駅の近くだよ。」
「ふーん、相手は歩き?」
「うん、いつも駅に向かって歩いているよ。」
「じゃあ電車通勤だ。じゃあさ、明日会ったらお仕事何をされているんですか?て聞いてみたら?」
「え、何でそんな事急に聞くの?」
「だって、社会人だったらこの仕事に就いているって言えるけれども大学生だったら仕事はしていない、学生だって答えるでしょ?年齢が大体分かるじゃ無い。」
「そうだけど。」
「年齢聞いた方が良いわよ。だって、歳が離れすぎていたら叶う恋も叶わないわよ。」
「そんなもの?」
「だって、十も違ってみな?こっちからしたら、十なんて全然離れているようには見えないけれども相手からしたら子供にしか見えないもの。」
「・・・加藤さんそれ本当?」
と俺が聞くと
「うん。」
と今度は卵焼きを食べながら力強く頷いた。
俺は陸斗に
「ひなりさんってもしかして俺の事凄い子供だと思っているのかな。」
と聞くと
「さあ、それは分からないけれども年齢は知っておいた方が良いかもしれないな。だって、未成年と成人じゃ付き合うって言ったって離れすぎていたら犯罪になるからな。」
「そっか~」
俺は落ち込んだ。
まだ、ひなりさんの事を好きだとかは分からないけれども隣に立つ資格が無いと言われた気がして落ち込んだのだ。
加藤さんが増田君を推しているように、俺も陽梨さんを勝手に推してみようかと考えたが俺がひなりさんに抱いている感情はそうじゃないらしい。
俺は溜め息を吐くと
「青春だね。」
と加藤さんが言ってきた。
俺は再び溜め息を吐いた。
「あれ?いつき君?」
俺がキョロキョロしているのが不審に思ったのか、ひなりさんが声を掛けて来た。
今日は八時に家を出たのだが、いつも待っている信号機の所にひなりさんの姿が無かったのだ。
これは遅刻してしまったのか、それともひなりさんが早めに出勤してしまったのかと思い少し時間にも余裕があるし遅刻ギリギリまで待っていることにした。
俺は声を掛けて来た方に振り向くと白い息を吹くひなりさんが立って居た。
「ひなりさん、おはようございます。」
とドギマギしながら言うと
「おはよう、今日は遅いんだね。」
と言われた。俺は貴方を待っていたんです。なんて格好いいことは言えないので
「今日は少し遅めに登校しようと思って。」
と言うと
「そうなんだ。私と一緒だね。私も昨日徹夜したから遅い出勤なの。まああまり変わらないけれどね。」
信号が青に変わる。
俺は自転車から降りてひなりさんの隣を歩きながら話しかける。今日は遅刻しても良いぞ。だってこんな風にゆっくり話せる機会は次には無いかもしれないから。
「ひなりさんってどんな字を書くんですか?」
「太陽の陽に果物の梨を書いてひなりって読むの。いつき君は?」
「俺は維持の維にお月様の月で維月です。」
「綺麗な名前だね。」
「有り難うございます。そういえば陽梨さんってどんな仕事をしているんですか?」
「私?社会福祉士をしているよ。」
「資格が居る仕事ですよね?」
「よく知っているね。そうだよ。」
「確か学校に通わないといけないとか聞いた事があります。」
「そうだよ、本当によく知っているね。誰から聞いたの?」
「母から。母が社会福祉の資格を取ろうと思って大学に行っていた事があって、まあでも資格取れなくて今は専業主婦していますけれども。」
「そうなんだ。まあ難しい試験だしね。」
「らしいですね、その仕事に就いてからは長いんですか?」
「ううん、まだ三年。長いようで短いかな。」
「へ~若い人多いんですか?」
「ううん、私の部署は私よりうんと歳上の方が多いよ。」
「お局さんとか居るんですか?」
「何処からその情報得てくるの?ハハハ、居るよ~強敵なお局が!!」
「やっぱり!祖母が今医療事務で働いて居るんですけれど、お局になったって言ってて強敵じゃんって言ったらそんな事は無い、恥ずかしいわよって言ってて。」
「昔から居るって事で何でも知っているという事なんだから恥ずかしく無いのにね。」
「俺もそう思うんですけれど、お局って良いイメージないじゃないですか。それが嫌みたいで。」
「まあ、私の所に居るお局は嫌な性格な人だけれどね。」
「そうなんですか?」
「うん、だって早く結婚しろとか良い人居ないのかって毎日グチグチ言ってくるんだもの。」
「陽梨さん彼氏居ないんですか?」
「一年前に別れたきり出会い無しよ。」
「そうなんですか。」
「維月君は?彼女いないの?」
「俺恋とかよく分からなくて。」
「えー!でも男女共学なら可愛い子沢山居るんじゃない?」
「俺、男女共学だって言ってましたっけ?」
「制服見たら分かるよ。駒沢の子でしょ?」
「ああ、制服で。」
「この辺だったら沢山その制服着た子が居るから分かるわよ。女の子の制服可愛いし、私がまだ若かったらその制服着たかったな~てよく思っているもん。」
「なるほど。」
「それで、可愛い子は居ないの?」
「うーん、クラスに何人かは可愛いって言われている子が居て他クラスの男子から聞かれる事があるんですが、その中でも加藤さんという子はモテてます。」
「加藤さん!」
はしゃぐように小さく飛び跳ねる陽梨さんに俺はフッと笑いそうになった。
俺より歳上なのに可愛いなと思ったのだ。
「よく他クラスからインスタのアカウント聞いてこいって言われます。」
「何で、インスタ?」
「何でも、インスタのDMで連絡を取るようで。写真とかアップしたら良いねが押せるし、何が好きなのか写真を見れば一目瞭然だし。」
「今の若い子ってそんななんだ~メアドとかは聞かないの?」
「メアドは聞かないです。DMで仲良くなったらLINEを聞くくらいで。」
「へ~!!LINEはその後なんだ~」
「ええ、最近はインスタのアカウントを聞く方が普通かと。」
「維月君はインスタやっているの?」
「一応。」
「じゃあ、教えてよ。まあ、出会って三日しか経っていないお姉さんに聞かれるの嫌かもしれないけれども、何かの縁かもしれないし。」
そう言われて俺は緊張で少し震えながら、上着のポケットからスマホを取り出しインスタのQRコードの画面を開いた。
陽梨さんはそれを読み込むと
「維月!これね!本名そのままでやっているんだね、今フォローしたから後でフォローしておいて。じゃあ、駅着いたから電車来ちゃうし私行くね。」
と小さくバイバイと手を振りながら改札に向かってしまった。
俺はスマホを持った手で同じく小さく手を振るとスマホが鳴った。
何だ?と思うと
「今日、休みか?」
と陸斗から連絡が着た。
時間を見ると完全に遅刻だ。
「やっべ」
と言って急いで自転車に跨がり学校に向かった。
教室に着くと陸斗が
「維月遅いじゃないか!」
と聞いて来た。
「ごめん、遅くなった。授業間に合って良かった、朝の会は間に合わなかったけれども。」
「どうしたんだよ、維月が遅刻だなんて珍しいじゃん。」
「いや、陽梨さんに会って。」
と言うと加藤さんがキクタン英単語のテストをしながら
「陽梨さんに会ったの?」
と聞いて来た。
「うん、会ったよ。船橋の駅改札まで一緒に歩いていたら時間忘れてて。」
「それで?」
「それでって?」
「収穫は?」
「ああ、社会人で今は彼氏いないって。」
「やったじゃない!」
「後、インスタのアカウント教えて貰った。」
「どういうこと?」
と加藤さんが目をまん丸にして聞いてくる。
「俺も分からないんだけれど、そういう話になって。」
「連絡先交換したって事でしょ?凄い進歩じゃない!」
「いや~でも、何か変なんだよね。」
と言うとブブッとスマホが鳴る。何だ?と思って開いてみると
『維月君!陽梨です!フォロー有り難う!学校時間大丈夫だった?加藤さんの話またゆっくり聞かせてね。』
と書いてあった。
「ああ!!」
と俺はスマホを机に放り出した。加藤さんと陸斗が俺のスマホの文字を見て俺と同じく
「ああ」
と言った。
やっぱりだ・・・陽梨さんは俺が加藤さんの事が好きなのだと勘違いしているのだ。
俺は加藤さんに助けを求めると
「いや、これはあえて私の事が好きなんだと勘違いさせて話をするべきじゃない?だって、ここで貴方の事が気になっているんですって言ってブロックされたらそこでお終いじゃない。」
と言ってくる。俺は陸斗を見るとうんうんと頷くだけで、あまり深刻には考えていないらしい。
「でも、それじゃあ加藤さんにも迷惑かけるんじゃ・・・」
「私の事は良いから、こうやって打ってみて。学校は少し遅刻してしまいましたが、大丈夫でした。陽梨さんと話せて良かったです。陽梨さんもお仕事頑張って。維月って」
「何か普通、加藤さんの事は触れなくて良いの?」
「あえて触れないのよ。まずは花岡君の名前を覚えて貰う事が大事なんだから。それに学校終わったらこう打つのよ。実は加藤さんは同じクラスで隣の席の子なので画面が見られたら気まずくなると思って朝は敢えて触れませんでした。ごめんなさいってね。」
「それで、どう返事が来るって言うのさ。」
と陸斗が聞く。俺も同じ気持ちだったので加藤さんにウンウンと頷くと
「バカね、陽梨さんは花岡君は私の事が好きなんだって思っているんでしょ?だったら、気が付かなくてごめんね。青春って感じだね、隣の席なんだね。毎日ドキドキなんじゃない?って来るわ。」
「本当?」
と陸斗が聞く。
「本当よ、だってきっと恋愛に慣れていない子の助けをしようと思うに決まっているわ。女はそういうの大好きだからね。」
「そんなものなんだ。」
「花岡君、その後は自分で考えなきゃ駄目よ。絶対に花岡君は私の事が好きなんだって思わせるの。片想いをしているってね、色々恋愛のアドバイスを貰うのよ。それを花岡君は陽梨さんにするの。恋愛をした事が無い子が仕掛けてきても相手は自分のアドバイスの通りに女性に対してしているんだなってしか思わないから。それで陽梨さんの好きなものとか休みの日は何をしているのかって知る事が出来るって言うわけ。そうしたら、休みの日でも会いやすくなるでしょう?」
「そんな上手くいくかな。」
「大丈夫よ、だって今だってあっちから連絡来たんだもの。お姉さんぶっているだけよ。」
「加藤さん言い方・・・」
と笑うと
「あら、ごめんなさい。」
と言って加藤さんは笑った。
とりあえず、俺は加藤さんが言っていた文章を送る事にした。
『学校は少し遅刻してしまいましたが、大丈夫でした。陽梨さんと話せて良かったです。陽梨さんもお仕事頑張って。維月』
暫くするとブブッとスマホの画面が光る。
『遅刻したの?ごめんね!私も維月君と話せて良かった。有り難う、早速お局さんに嫌み言われたわ。でも仕事頑張るね、維月君も学校頑張れ。』
と送られてきた。俺は加藤さんに見せると俺からスマホを取り上げてパパパッと文字を打ち始めた。打ち終わると俺にスマホを返してくる。俺は加藤さんが打った文字を読むと
『大丈夫ですよ、俺も話せて良かったです。陽梨さんと話せて今日一日頑張れます。学校終わったらまたメッセージ送りますね。』
と書かれていた。俺はこれで良いの?と聞くと加藤さんは小さく頷いた。その時に丁度授業が始まるチャイムが鳴る。俺は急いで送信しスマホを鞄の中にしまった。
俺の学校はスマホは禁止されていないのだが、授業中スマホを弄ると取り上げられて放課後まで没収されてしまう。
没収されると反省文を書かされる為、面倒な事はなるべく避けたい。陽梨さんのメッセージも休憩に入れば読める。授業中に返信が来る事を後は願うだけだ。
そう思って授業に集中するが、スマホのバイブが鳴らないか気になって仕方が無い。
返信が来ないのだろうか。
それはそれで、困った。
加藤さんの方を見ると小さく頷く。
これはきっと大丈夫っていう合図なのだろう、俺はその合図を信じて授業に集中した。
授業はいつもより長く感じた。
早く授業が終わらないか何度も黒板の上にある時計を見るが、一向に針が進まない。
あの時計壊れているんじゃないのかと思いたくなるほど、時間が進まないのである。
授業が終わり、チャイムが鳴ると一斉に皆が移動教室の為に動き始める。
「返信来た?」
と加藤さんが聞いて来た。俺は鞄の中にあるスマホを取り出し画面を見る。
「・・・・・来ていないです。」
と言うと
「あちゃ~見ていないか、あえて今は送らないかどっちかだね。」
と言ってきた。
「大丈夫かな、変に思われて居ないかな。」
と聞くと
「大丈夫よ。あれくらい何てこと無いわ。それに学校終わっても連絡来なかったらこっちから終わりましたって連絡すれば良いことだもの。深く考えない。」
と加藤さんに言われた。
「そんなものですかね。」
「大丈夫、花岡君って本当に今まで誰かを好きになった事無いの?」
「小学校の時に良い子だなっと思った子は居ましたけれど、付き合いたいとか恋愛感情だったかと聞かれたら違うかなって。」
「なる程ね、ねえ次移動教室だし歩きながらその陽梨さんについて教えてよ。どんな人なのか知りたい。」
「いいですけれど。」
「それ、俺も知りたい」
と陸斗が入って来た。
「俺だけのけ者にするなよ。」
と言ってくる。俺は
「のけ者なんかして居ないよ。だけれど、何も語れるほど知っている訳じゃ無いからな~」
と答え教科書を持って教室を三人で出た。
「陽梨さんってどんな人なの?」
教室を出ると早速加藤さんが聞いて来た。
「ショートカットで背が160㎝くらいで足が長い。」
「なる程ね、スタイルは抜群って事ね。」
「後、カラコン付けている。今日は青だった。昨日は茶色でその前は緑だった。日によって違う色のカラコンを付けているみたい。」
「社会人なんだろう?そんな派手なメイクして大丈夫なのかよ。」
と陸斗が聞いて来た。
「さあ~、分からないけれどもお局さんが居て厳しいって言ってけれどもメイクのことは何も言って無かったから大丈夫なんじゃない?」
「花岡君、その陽梨さんって何の仕事をしているの?」
「社会福祉士しているって言っていましたよ。」
「社会福祉士だと年齢層が高そうなのにカラコンには何も言われないなんて良い職場ね。」
と加藤さんが言う。
加藤さんは教科書を胸元でギュッと握りながら何を聞こうか悩んでいる。
それもそうだ、俺と陽梨さんが出会ったのもまだ三日なのだ。そんなに知っている事は無い。
「ねえ、スマホ持って来た?」
「え?」
「スマホ!勿論持って来たわよね?」
「い、一応。」
と言うと
「陽梨さんの投稿してある写真見てみようよ。それでどういう事が好きなのか少しは分かるじゃ無い。」
と加藤さんが言ってきた。俺はそうかと思って陽梨さんのインスタのホームページを開く。
陽梨さんは投稿するのが好きなのか結構な写真が投稿されていた。
カフェの写真や空の写真、そして猫が居るのかグレー色の猫の写真が投稿されている。
「陽梨さん結構な頻度でカフェに行くのね。」
と加藤さんが横から俺のスマホを見ながら言う。
「猫と一緒に暮らしているのかな」
と陸斗も加藤さんと同じく横から俺のスマホを見ながら言う。
俺はカフェの写真をタップすると画面が大きくなった。
カフェの写真はチーズケーキと紅茶の写真でハッシュタグにカフェ、一人カフェ、今日のご褒美と書かれていた。
「一人でカフェに行くのね。」
と加藤さんが言う。
「カフェ巡りが好きなのかな?」
と陸斗が言う。
「多分そうね、そういう人多いわよ。私も休みの日は近くの喫茶店に本を読み行くくらいだし。」
「そうなんですね。」
と言うと加藤さんが
「猫の写真も見せて」
と言ってきた。俺はすぐに猫の写真をタップすると
「ハッシュタグ、ムギ、可愛い、猫、一人暮らし、可愛い彼氏」
と書かれていた。
「これで、陽梨さんが一人暮らしだって事が分かったわね。それに猫と一緒に暮らしているって事も・・・」
「こんなにすぐに個人情報が分かるって怖いな。」
と陸斗が言う。俺も同じ気持ちだ。
「まあでも、鍵を付けているみたいだし友達申請して承認されない限り情報が漏れる訳じゃないから良いんじゃ無い?」
と加藤さんが言ってきた。
そんなものなのかと俺は思った。
俺はそんなに写真を投稿している訳じゃ無いし、個人が特定される投稿は避けているので少し分からなかった。
「そんなものなんですかね。」
と言うと加藤さんが
「そんな物よ。それにインスタを交換してくれたって事は自分の個人情報を花岡君が知っても大丈夫って思ったって事でしょう?」
と言ってきた。
「信頼されているって事?」
と聞くと
「うん」
と言ってきた。
まだ三日しか経っていないのにそこまで信頼されているのも不思議なものだ。
その時スマホがブブッと鳴った。
「あ、陽梨さんから着た。」
と言いメッセージの画面を開いた。
『それなら良かった!加藤さんの話後で聞かせてね。楽しみにしているね。』
と書いてあった。
「やっぱり、俺が加藤さんの事が好きなんだって思っているよ。これ」
と俺が言うと加藤さんは他人事のように笑っていた。
学校が終わると俺は陸斗と一緒に家に帰った。陸斗が
「帰ったら何て送るつもりなんだ?」
と聞いて来た。
「加藤さんが、今日はお疲れ様です。投稿していた写真見ました。カフェ美味しそうですね。カフェ巡りよくされるんですか?て聞いてみたらって言うからそれを送ろうかと思っている。」
「加藤さん様々だよな~あんなに美人なのに相談事も聞いてくれるなんて。」
「だよな~俺隣の席なのにまともに喋ったこと無いから知らなかったけれども、加藤さんって優しいよな。」
「分かる、あまり友達が居ないのか部活の子以外とは喋っているの見た事無いけれども、俺達みたいなカースト最下位でもあんなに気さくに話してくれるの驚きだよな。」
「確かに、加藤さんって見た目派手だから一軍っていう感じだもんな。」
「そうそう、それによく告白されているの見た事あるけれども加藤さんに告白した人全員加藤さんの悪口言わないよね。むしろ諦められないって言ってた。」
「へ~、増田君が同じ高校だったらきっと増田君と付き合ってただろうね。」
「それはどうかな、増田君は神って言ってたから彼氏にはしないんじゃない?」
「神って言っていたの?」
「うん、増田君は私を救ってくれた神様で天使なんだって。」
「崇めすぎじゃない?」
「俺も同じ事加藤さんに言ったよ。でも何言って居るの?貴方には理解出来ないのよ!て怒られた。」
「陸斗、加藤さんとそんなに喋る仲だっけ?」
「維月の事がある前から時々話す仲ではあったよ。」
「俺全然知らなかった。陸斗は加藤さんの事が好きなの?」
「好きか嫌いかって聞かれたら普通が答えかな。加藤さんの事を知っている訳で無いし、嫌いになる要素も無いし。むしろ良い人だなって思う位で。」
「ふーん」
「何だよ。」
「いや、てっきりさっきの話だと陸斗が加藤さんの事好きなのかと思っていた。」
「バカ言うなよ。例えそうだったとしても叶わない恋だろう?」
「それは分からないだろう?陸斗だって決して不細工な訳じゃないし、一部の女子からはモテているんだから。」
「俺決してモテてないぞ。」
「無自覚って怖いな。」
「そうか?それよりも、維月の事が心配だよ。陽梨さんってどんな人なんだよ。話を聞いている限りでは変な人では無さそうだけれど。」
「うん、俺も不思議だなとは思っているんだよね。なんか目が離せないっていうかさ。」
「好きでは無いの?」
「うーん、気になるって言う感じかな。加藤さんは俺が完全に陽梨さんを好きになっているって言っていたけれども、俺はまだその辺曖昧なんだよね。」
「ふーん・・・メッセージのやり取り出来ると良いな。」
「うん、大人の女性だから俺なんてガキみたいな感じなんだろうけれども、俺的には仲良くはなりたい。」
「お、素直じゃん。」
「だって、隠してても仕方無いだろう?それに本音だし。」
「そっか、何かこういうの青春って感じだよね。」
「そうかな。」
「だって、今までそういうの無かったじゃん。維月恋愛とか苦手って感じだったし。女子とも話すことあんまり無かっただろう?」
「まあね。業務連絡以外は話す事なんて無かったしな。」
「維月、お前こそ勿体無い思い沢山しているぞ。他クラスでは維月の事を気になっている子なんてごまんと居るのに・・・・」
「そうなのか?」
「よく他クラスの子がクラスに来るだろう?あれって維月の事を見に来ているんだぜ?」
「え、知らなかった。」
「維月ってそういう所鈍いよね。」
「陸斗に言われたくない。」
「まあ、お互い様か・・・じゃあ俺この先真っ直ぐだから、明日休みだし陽梨さんの事月曜日にでも話聞かせろよ。」
「ああ分かった。また月曜日な!」
と言って陸斗と別れた。
俺は自転車を漕ぎながら思っていた。帰ったらメッセージを送るとしてもその後何て送ったら良いのか分からない。
俺って結局恋愛初心者なのだ。
女性と何て会話をしたら良いのか分からないなんて世の中の人だったら笑われるだろう。
加藤さんの連絡先を知っている訳でもないし、月曜日までは俺一人で考えなくてはいけないんだって思うと少し緊張した。
家に着くと母が
「今日は早かったのね、お菓子作ったから手を洗ってうがいをちゃんとしてキッチンにいらっしゃい。」
と言った。
バレンタインが近いからか母は、バレンタインが近づくとクッキーやらシフォンケーキをやたら練習するために作っている。
どうやら父に渡す為らしい。こういう両親の姿は素敵だなと思う。
結婚してそれなりに時が経っているのに新婚さんのような姿は羨ましい。
俺も将来家庭を持つならこういう家にしたいなと思っている。
「にゃ~」
と色羽が鳴く。
「色羽ただいま」
と言って少し撫でてやって俺は手を洗い、うがいをして制服から部屋着に着替えるとキッチンに行った。
今日はチョコレートだった。
板チョコを溶かして丸いボールにしてココアパウダーを上から掛ける。
しっとりとしたチョコレートにココアの苦さが足されて美味しい。
「このチョコレート美味しいね」
と言うと
「お父さん嬉しいって言ってくれるかな?」
と聞いて来た。
「母さんの手作りだったら喜ぶんじゃ無い?」
「そうかしら。」
「そうだよ。」
と言って俺はスマホを取り出し加藤さんに言われた言葉を忘れないうちにメッセージを送った。
『今日はお疲れ様です。投稿していた写真見ました。カフェ美味しそうですね。カフェ巡りよくされるんですか?』
そう送ると俺はスマホの画面を閉じた。
『今日もお疲れ様!投稿したの見てくれたんだね!有り難う!そうカフェ巡り好きなの~土日はよく言っているよ。』
メッセージが来て俺は布団で横になっていた姿勢から飛び上がって読んだ。
『美味しそうなケーキとか載っていたんで気になって見てました。明日もどこか行く予定なんですか??』
『うん!フリッパーズっていう下北沢にあるパンケーキ屋さんに行こうと思って。もし維月君が明日予定が無かったら一緒に行く?』
『良いんですか?もし良ければ一緒にカフェ行きたいです。』
俺は有頂天だった。気になる人からカフェに行かないかと誘われたのだ。
こんな嬉しい事があるのか!俺は嬉しくて布団の上でピョンピョン跳ねた。
下から
「維月、煩いよ!」
と母に怒られたがそんなこと気にする事なんて出来ない!!
『じゃあ明日の午後2時に下北沢の駅で待ち合わせね。』
と着た。
俺は嬉しくてまたピョンピョン跳ねた。
ついに母が2階の俺の部屋に着て
「さっきから何しているの?煩いんだけれど。」
と怒られた。
俺は大人しくなって
『明日楽しみにしてます。』
と送った。
早く明日になってくれたら良いのに。
「ごめん、遅くなっちゃった!」
そう言われて振り向くと白いスカートに茶色のダッフルコートを着た陽梨さんが立っていた。
「大丈夫ですよ。俺も今来たところですし。」
本当は嘘だ。楽しみすぎて三十分前に来てしまっていつ来るかソワソワして、スマホのロック画面を何度も見返していた。
「維月君が制服姿じゃないの何か新鮮!」
「変ですか?」
一応デート用と思ってお洒落な服を選んだつもりなのだが、変に見えたのだろうか。俺は一気に不安に思った。
「ううん、変じゃないよ!いつも制服で学生って感じだったのが一人の青年に見えたって感じだよ。私服、お洒落なんだね。」
「本当ですか?変な服着ちゃったかと思って少し焦りました。」
と言って俺は後頭部に左手を当てて笑った。
その笑顔につられてか陽梨さんも笑顔になる。
「じゃあ、フリッパーズに行こうか!駅から近いし歩いて行けるよ。」
「そんなに近いお店なんですね。」
「今日は休みの日だし、混んでいるかも。多分並ぶと思うよ。」
「大丈夫です。並ぶの好きなんで。」
「そうなの?なんかね他の店舗もあるみたいなんだけれど、そこは一時間並ぶらしいんだ~。」
「パンケーキそんなに人気なんですね。」
「昔も流行ったって言っていたけれど、最近また流行り始めたよね。」
「そうですね。フリッパーズのサイト見たんですけれど、凄く美味しそうなパンケーキばかりで今日楽しみにしていたんです。」
「サイト見たんだね!ご飯系もあるから色々メニュー決めるのに悩んじゃうんだよね。」
「俺も昨日見ながら何を食べようかなって悩んでました。」
「あ、ここのソフトクリーム屋さん美味しそう。」
歩いていると陽梨さんが歩く足を止めた。
「本当ですね。寒いけれどもソフトクリーム食べたくなりますよね。」
「うん、なるなる!!夏も食べたいけれども、冬も違う意味でアイスとかソフトクリームが食べたくなるよね。」
「後でパンケーキ食べた後来ますか?」
「ん~お腹に余裕があったら食べに来よう。」
「はい!」
俺達はまた歩き出した。
「そういえば、維月君て背が高いんだね。」
「そうですか?175㎝なので少し背が高いくらいかと」
「175㎝もあるの?それは高いわ!スタイルも良いし、特に足が長い!遺伝?」
「はい、母が足が長くて似ました。」
「そうなんだ!お母さんに感謝だね。」
「ええ」
「顔はどっち似なの?」
「目は父似です。二重なので。」
「お母さんは一重なの?」
「片方が二重で、片方が一重です。」
「そうなんだ、お父さんとお母さんってどんな感じの人なの?」
「ん~、お母さんは不安症とパニック障害という病気と闘っていて専業主婦をしています。時々小説を書いていてSNSに載せたりしています。学校でも同級生の女の子達が母のファンで、よくあの小説読んだよって感想を言ってきてくれます。母にそれを伝えると嬉しそうにしています。父は広告の仕事をしていて顔は普通って感じです。母は若い頃はモテてたらしいのですが、父が初めて付き合った人だと言っていました。」
「何そのロマンチックな話~!私そういう話大好き!!」
「本当ですか?母は、料理が苦手で朝ご飯とお弁当は作ってくれるんですが晩ご飯だけは父が作ってくれるんです。父の手料理は美味しくて俺は好きなんですが、時々は母が作った手料理も食べたいなっていつも思っているんです。父に何度か今日は母さんに晩ご飯作って貰えないか頼んでみたら?て聞くんですが、父は好きで料理をしているから良いんだよって言って聞いてくれないんです。まあ、父は心底母に惚れているので苦になっていないみたいなんですが。」
「そうなんだね、お母さん精神病患っているって事は日常的に辛い思いとかしているんじゃない?」
「今は薬があるので落ち着いているらしいです。母だけじゃなくて父も精神病を患っているのであまり父に負担掛けないようにしているんです。」
「お父様も病気を抱えて居るんだね。」
「はい・・・・あ、こんな暗い話嫌でしたよね?」
「ううん、維月君の事気になっているし聞けて良かったよ?むしろ話してくれて有り難う。」
俺は顔が真っ赤になるのが分かった。
最近話す機会があったというだけで、ほぼ初対面に近いのにこんな話が出来るなんて陽梨さんって話しやすい人なんだなと思った。
「あ、維月君お店見えて来たよ。」
フリッパーズと英語で書かれたお店の前に六人くらいが並んでいる。
「六人くらい並んでますね。」
「今日は少ない方!時にはもう少し並んでいる時もあるから。」
そう言って俺達は列の一番後ろに並んだ。
外国人も来ているのか二つ前の人達は英語で話している。
持ち帰りも出来るようで、会計が終わったお客さんがスマホを見ながらパンケーキが出来上がるのを待っていた。
「結構待ちますかね。」
「回転率高いから早く中に入れると思うよ。」
「時間制ってあるんですか?」
「それは無いけれど、そこまで長居をする人は居ないと思う。」
「そうなんですね、あ~パンケーキの匂いを嗅いだらお腹が空いてきました。」
「私も~!今日お昼抜いてきたからお腹空いてきた。」
「お昼食べなかったんですね。俺はガッツリ食べて来ちゃいました。」
「何食べたの?」
「きつねうどんです。」
「ガッツリ食べたね。パンケーキ食べれる?」
「それは大丈夫です。スイーツは別腹なんで」
「その言葉久しぶりに聞いたよ。」
「陽梨さんはいつも一人でここに来ているんですか?」
「いつもじゃないよ、友達が一緒の時もあるけれど。ここは一人でも来やすいから暇を見つけては来ているかな。」
「常連さんなんですね。」
「まあ、そうかも。インスタにも結構ここのお店のパンケーキ載せているくらいだし。」
「あ、パンケーキ結構な頻度で載せてましたよね?あれ全部ここのパンケーキなんですか?」
「ううん、全部じゃ無い。でもここのパンケーキが多いかな?」
暫く話していると店員さんが中から出てきた。
「メニューお渡ししますね。」
きっと肩くらいの長さなのだろう髪を後ろに一つ結びし、エプロンを着けた女性店員が話しかけてきた。
「有り難うございます。維月君メニュー来たよ。・・・何が良いかな~」
そう言って陽梨さんはメニュー表を見た。
俺は横で見ながら
「これ美味しそう!これも良いな~」
とか言っていた。
陽梨さんは暫く悩んだ後
「やっぱりご飯系にしようかな。」
「そうなんですね!俺はこの季節限定のにします!」
「季節限定って何か惹かれるよね!」
「はい!今しか食べられない感じがして。」
「よし、このメニューで決めよう!他の見たいのある?」
「いえ、大丈夫です。」
「飲み物はどうする?」
「お水で大丈夫です。」
「そっか、私も今日はお水で良いかな。」
「いつも何か飲み物頼まれているんですか?」
「コーヒー頼んでいるよ。甘い物食べている時って何故か飲みたくなるんだよね。」
「今日は良いんですか?」
「今日は良いかな~ご飯系だし。」
「俺に遠慮しないで飲みたくなったら飲んで下さいね。」
「有り難う。本当に維月君ってしっかりしているよね。」
「そうですか?」
「うん、だって私が初めて会った時も動揺せずに額の傷をハンカチで抑えてくれたし。」
「あれは少しビックリしました。こんなコケ方する人初めて見たって思いました。」
「本当?うわ!一気に恥ずかしくなった!!」
「意地悪で言っている訳じゃ無いですよ。ただ本当にそう思っただけで。」
「それが意地悪だよ~」
「えー、ごめんなさい~」
俺が謝ると陽梨さんは笑っていた。
「次のお客様~。」
そう言って店員さんが中から現れた。
陽梨さんが最初に中に入り俺は後から着いていくように中に入る。
店の中はこじんまりしていてテーブルも四人席座れる所もあれば二人用もある。
むしろ二人席の方が多い。案内されたテーブルは二人席だった。
「維月君奥座る?」
と陽梨さんが聞いて来た。俺はブンブン顔を振り
「いえ、陽梨さんが奥の席に座って下さい。」
と言うと
「本当?じゃあお言葉に甘えて奥に座るね。」
と言った。
店内はパンケーキの甘い匂いに満たされている。
小さいお店なのに店員さんが多く、パンケーキを焼いている店員さんやお会計をしている店員さん、大きなパンケーキを運ぶ店員さんと狭い厨房は慌ただしい。
俺は暫く店員さんに見とれていたら陽梨さんが
「維月君、座らないの?」
と聞いて来た。
「あ、すみません。座ります。」
と言って上着を脱ぎ椅子に掛けて座った。
「荷物はこの籠に入れたら?」
と言って足元にあった小さな籠を渡してくる。
「有り難うございます。」
そう言って俺はリュックサックを籠の中に入れた。
「何か気になったの?」
と同じくコートを脱いで手提げ鞄を脇に置いた陽梨さんが聞いて来た。
「え?」
「だってさっき厨房を見ていたから。」
「ああ、結構な店員さんが居るんだなって思って。」
「それ私も最初に来た時に思った!」
「回転率が高いって言っていた事分かるなって思って。」
「でしょう?」
向かい合っているからか陽梨さんと目が合って恥ずかしくなる。
今日の陽梨さんは目立たないグレーのカラコンをしている。
肌が白く頬にピンク色のチークを塗っている。
いつもは気付かなかったが、鼻の所に細かいそばかすがあった。
「どうかした?」
と小さい顔を傾げた。
「陽梨さんそばかすあるんですね。」
とつい思った事を言ってしまった。すぐに
「すみません!失礼な事を言って。」
と謝ったが陽梨さんは
「何で謝るの?私そばかすあるの自慢なんだけれど。」
と言った。
「いや、顔の事言ったら失礼になるのについ言っちゃったから。」
「ああ、そういう事ね。でも大丈夫よ、本当に自慢のそばかすなの。」
「夜空みたいで綺麗ですよね。」
「あら、ロマンチック!」
「いえ思った事を言っただけで・・・」
「さすが小説家の息子だね。表現の仕方が綺麗。昔はそばかすコンプレックスだったんでけれど、今は気に入ってて昔はコンシーラーで隠していたのを止めて堂々とするようにしたの。」
「その方が良いと思います。本当に綺麗だから。」
そう言うと陽梨さんは少し顔を赤らめた。すると店員さんがピーナッツを持って来た。
「ナッツアレルギーはありませんか?」
と聞いてくる。
「維月君ナッツアレルギー無い?」
「大丈夫です。」
そう言うと店員さんが一枚の白いお皿と一緒に小皿に入った殻付きのナッツをテーブルに置いた。
そしてお水を二つ持ってくると
「ご注文はお決まりですか?」
と聞いてくる。
「維月君は期間限定のパンケーキで良いんだっけ?」
と陽梨さんに聞かれる。
「はい。」
「じゃあ、このパンケーキ一つとこのパンケーキを一つお願い出来ますか?」
と陽梨さんがメニュー表に載っているパンケーキを指しながら言った。
「分かりました。メニュー表お下げしても大丈夫ですか?」
と店員さんに言われて陽梨さんはメニュー表を閉じて店員さんに
「お願いします。」
と言って渡した。
店員さんはメニュー表を受け取ると厨房に戻ってしまった。
陽梨さんは殻付きのピーナッツを手に取る。
「これ失敗すると爆発するの。」
と言った。
「爆発?」
「そう、力を入れすぎるとナッツの中身が勢いよく飛び出すの。」
「やったことあるんですか?」
「この間来た時にやらかした。」
「そうなんですか?俺も食べてみようと。」
俺は殻付きのピーナッツを手に取って真ん中の凹んでいる部分を割る。
陽梨さんも殻付きピーナッツを割って食べる。
俺達は黙々とピーナッツを食べた。
暫くするとパンケーキが運ばれて来た。
最初に陽梨さんのフード系のパンケーキが運ばれて来て
「先に食べて下さい。」
と言うと
「維月君のパンケーキが来るまで待っているよ。一緒に食べ始めた方が美味しいでしょう?」
と言ってきた。
「有り難うございます。それにしても大きいですね。」
「ね!!結構お腹いっぱいになるんだよ。」
そう言ってキラキラした笑顔で鞄からスマホを取り出しパンケーキの写真を撮る。
「維月君のパンケーキが来たら写真撮っても良い?」
「勿論です。インスタに上げるんですか?」
「うん!!・・・あ、駄目だった?」
「いえ、大丈夫です。良いねすぐに押しますね。」
「フフフ、有り難う。」
陽梨さんは口元に手を当てて笑った。
すると店員さんが俺が頼んだパンケーキを運んできた。
「有り難うございます。」
そう言うと
「お決まりのご注文は全て揃いましたか?」
と店員さんに聞かれた。
「はい」
と答えると陽梨さんも
「はい、大丈夫です。」
と言った。店員さんは
「失礼します。」
と言って厨房に戻って行った。
陽梨さんはフォークとナイフを俺に渡して来た。
「さあ食べよう!」
と言って差し出してくる。俺は
「はい!待っててくれて有り難うございます。」
と言ってフォークとナイフを受け取ると
「良いのよ、二人で食べた方が一層美味しく感じられるじゃない?あ、食べるのは待って先に写真撮らせて。」
と言ってスマホを取り出す。二枚くらい撮ったのだろうか何度か角度を変えて撮ると
「よし!撮った!」
と言った。
「食べて大丈夫ですか?」
「うん!有り難うね。早速食べよう。頂きます。」
そう言うと陽梨さんはフォークでサラダを食べ始めた。
俺も一緒に
「頂きます」
と言うとパンケーキの周りにあるイチゴを食べた。
甘酸っぱいイチゴの酸味が口の中に広がる。
「美味しい。」
呟くように言うと
「美味しいね~」
と陽梨さんが言った。
陽梨さんはサラダの上に乗っかっているアボカドを食べていた。
俺はフワフワのパンケーキにフォークを刺す。
パンケーキは柔らかくナイフが要らないほどだった。
一口、口の中に入れると甘くてフワフワの記事が口の中に広がる。
「フワフワで美味しい。」
と言うと
「でしょう?」
と少し意地悪そうな顔をして陽梨さんが言った。
パンケーキに掛けられたチョコレートにパンケーキを付けて食べるとチョコレートの甘さが足されてまた美味しい。
パクパク食べて居ると
「美味しい?」
と陽梨さんに聞かれた。
「はい!」
と言うと陽梨さんがパンケーキを頬張りながら
「よはった(良かった)」
と言った。
陽梨さんの食べるスピードは早く一緒に食べ始めたはずが、もう食べ終わりかけている。
「陽梨さん、食べるの早いんですね。」
「そう?・・・・そうかも、母がね食べるのが早くてきっと遺伝なんだろね。もっと味わって食べたいんだけれど、つい夢中になると早く食べちゃって食べ終わった後にもう少し味わって食べれば良かったって後悔するの。」
「そうなんですか?でも夢中になる程美味しいって事なんじゃないですか?」
「そうかな~友達にも早いのは良く無いよ~て言われるんだけれど、これが直らないんだよね。」
「俺は逆に遅いんですよ。」
「確かに、私は後一口で終わっちゃうけれど維月君まだ半分残っているもんね。」
「俺も遺伝で母が食べるのが遅くてお昼のお弁当も友達は早く食べ終わるのに、俺だけまだ食べている事って結構あって。」
「そうなんだね、友達の名前は何て言うの?」
「陸斗です。」
「陸斗君とは仲が良いの?」
「高校一年の時から同じクラスで。」
「今維月君って何年生なの?」
「高校二年生です。」
「じゃあ来年は受験だ。」
「はい、でも俺の所そのままエスカレーター式でそのまま上に上がれるので」
「ああ、内部受験っていうやつ?」
「そうです。だから一発試験というより今までの成績で学部が決まるんです。」
「今までの成績?」
「試験が終わると順位が発表されてその順位が真ん中くらいだったら、まだ学部が選べるんです。」
「そうなんだね。私が行っていた学校とは全然違うね。」
「陽梨さんは共通テストとか受けたんですか?」
「うん、進学校だったからね。二年生の時にはどこの大学に行くか探して塾に通っていたかな。」
「そうなんですね。俺も塾通っています。」
「何処の塾に通っているの?」
「成城学園前にある栄光ゼミナールていう塾です。」
「栄光ゼミナールに通っているんだね。有名な塾だよね?」
「はい、同じ学校の子が居ないので楽かと思ってそこに通っています。」
「自習とかしているの?」
「はい、結構最近は自習に籠もって試験勉強しています。」
「そうなんだ。懐かしいな~受験勉強。本当に大人になってから言える事は勉強はしといた方が良いって事。大人なると時間が無いから学生の時はちゃんと勉強しておいた方が良いよ。特に英語ね、英語は大人になっても使うから勉強しておいた方が良いよ。」
「俺英語苦手なんですよね。英語の授業がある日は単語テストがあるんですけれど、結構赤点ギリギリです。」
「単語覚えるの大変だよね、単語帳は何を使っているの?」
「キクタンです。」
と言ってリュックサックから単語手帳を取り出す。
「キクタン懐かしい!私も学校ではキクタン使ってた!」
と言ってキクタンを手に取ると陽梨さんはパラパラページを捲った。
「そうなんですね、塾ではターゲットを使っているのですが両方やっているとごっちゃになっちゃって分からなくなって。」
「単語は大事だけれど、覚えるの大変だよね。」
「一問一答なら楽なんですけれど、英文になると忘れて分からなくなってしまって。」
「それ、順番で覚えているから分からなくなるんじゃない?」
「それはあるかもです。」
「単語帳とか作っている?」
「一応作っているんですけれど、それでも単語ミスするんですよね。」
「形容詞とかで意味変わる事もあるもんね。」
「そうなんですよ、なんでここで意味が変わるの?ていうのがあって」
「助動詞とか苦手だったな~」
「分かります。長文は何となく言っている事は分かるんですけれど、何となくじゃ受験には通用しないていうのが塾に行ってて分かって。」
「塾だと学校とは違って進学の子達が多いから勉強の度合いも違うもんね。」
「そうなんですよ」
「何で進学校じゃないのに塾に通っているの?」
「成績が落ちたからです。一年の時に高校受験が終わって解放された感じがして趣味に没頭していたら、成績が下から数えた方が早いくらいの成績になってしまって、当時の担任の先生にこのままだと大学推薦で行けないよって言われて母に無理矢理塾に入れられたんです。」
「そうなんだね。やっぱり塾に行くと成績上がった?」
「はい、今は真ん中よりは少し上に行くことが出来ました。」
「それは凄いね。」
「成績が上がって今は他大も考えて居るんですけれど、このまま推薦で附属の大学に行って好きな学部に行くのも有りだなって思って。」
「そうだね、選択肢があると悩むよね。時間もあるみたいだしギリギリまで悩んでも良いんじゃ無いかな?」
「そうですよね、今明治大学に行きたいなって思ってて。」
「明治大学私の出身大学だよ。」
「そうなんですか?」
「うん、明治大学の社会福祉卒業しているの。」
「俺が目指している所だ!」
「私は何とかギリギリ入れたの。今じゃあの頃と比べたら全然勉強出来なくなったけれどね。」
「でも凄いと思います。俺も福祉に行きたくて。」
「何で福祉に行こうと思っているの?」
「社会福祉士になりたいんです。」
「お母さんがなりたいって言っていた社会福祉士になるの?」
「なりたいなって思ってて。」
「そうなんだ。お母さんと一緒に勉強するのも良いよね。」
「母はまだ学校に行っていないので受験資格が無いのですが、俺は大学に行って資格取ろうと思っていて。」
「私も社会福祉士しているから何かアドバイス出来たら教えるよ。」
「有り難うございます。あの社会福祉士ってどんな仕事をするんですか?」
「えっとね~私が居る所は日常生活で支障がある人に助言したり、こんなサービスがありますよって教えたりする仕事かな。」
「へ~じゃあ色々覚えなくちゃいけないこと沢山ありますね。」
「そうね~この人には何が必要かって瞬時に色々思い出さなくちゃいけないから、時々こんがらちゃって大変な時もあるけれど、それでもやりがいがある仕事だよ。」
「へ~残業とかはあるんですか?」
「私の所は無いよ。」
「残業が無いのは良いですね。俺も残業とか無い所が良いな~」
「維月君はさアルバイトしているの?」
「今はしていないです。高校がアルバイト基本禁止で、でも夏休みとかには短期でアルバイトしています。」
「今までどんなアルバイトしてきたの?」
「夏頃にしたアルバイトは試食販売です。」
「試食販売か!凄いね!コミュニケーション能力が無いと厳しい仕事だよね。」
「はい、最初に自分で商品を買ってそれを売るんですがお子さんとか試食するのが好きで集まってくるんですが、仕事の決まり上親御さんが居ない時は渡せなくて。」
「それはなんで?」
「食物アレルギーがあるかもしれないからです。」
「なる程。それで親御さんの許可が必要なんだ。」
「そうなんです。でも、人と話すのは好きな方なのでバイトは楽しかったです。」
「じゃあ、接客業とか得意そうだね。」
「多分接客出来ると思います。」
「そうしたら社会福祉士も向いているかも。社会福祉士も人と話さなくちゃいけないしその人がどんな悩みを持っているか知らなくちゃいけない仕事だから、接客が得意ってかなり強みだと思うよ。」
「そうですかね。」
「うん!自信持って!」
「有り難うございます。とりあえず、俺は大学受験を先に考えます。」
「そうだね、大学受験の事すっかり忘れてた。」
と言って陽梨さんはハハハと笑った。
陽梨さんは最後のパンケーキ一口を食べ終わると
「ごちそうさまでした。」
と言って手を合わせる。俺も先に食べ終わっていたが陽梨さんと一緒に
「ごちそうさまでした。」
と手を合わせた。
「ふ~お腹いっぱいになったね。」
「はい、美味しかったです。」
「維月君この後何か用事あったりする?」
「いえ、無いですけれど。」
「じゃあ、この後カフェにでも行く?」
「良いんですか?」
「勿論!維月君とこうやって話すの初めてだし、ゆっくり話をしたいと思っていたんだ~」
「本当ですか?俺も陽梨さんの話聞きたいと思っていたんです。」
「あら、本当?お世辞でも嬉しいな~」
と言って陽梨さんは店員さんに
「お会計お願いします。」
と言った。フリッパーズではテーブル会計らしく俺は急いで財布をリュックサックから取り出すと
「良いよ、今日は私が奢るから。」
と言って陽梨さんがお財布の中身を出そうとしている俺を制止した。
「でも・・・」
「今日は付き合ってくれたお礼に払わせて。」
「じゃあ、カフェは俺が払っても良いですか?」
「でも・・・」
「その代わりまた一緒にこうやってご飯食べに行っても良いですか?」
「・・・・・分かった。それならこの後行くカフェはご馳走になるね。」
と言って陽梨さんはカードを店員さんに渡して
「一括で」
と言った。
俺は言った後でもう一度一緒に出掛ける約束をした事に気付き少しドキドキした。
きっと加藤さんと陸斗に言ったら
「よくやった!」
て言うだろうな~と思うと顔がニヤけてくる。
「何かあった?」
と陽梨さんに聞かれて慌てて
「何も!」
と答えた。
俺達はフリッパーズから出ると陽梨さんが行きたいと言っていたコメダ珈琲店に向かった。
俺はコメダ珈琲店は初めてだったので
「YouTubeとかで見た事あるけれど、行くのは初めてです。下北沢にもコメダ珈琲店ってあるんですね。」
と言った。
「コメダ珈琲店初めて行く人初めて見た。」
と陽梨さんが笑いながら言った。
コメダ珈琲店は駅近くにあってすぐに看板を見つけて中に入った。
「そういえばソフトクリームは良かったんですか?」
と聞くと
「忘れてた!でもお腹いっぱいだしこれ以上は食べられないかな~」
と陽梨さんは言った。
「そうですよね、俺も食べ物はもう胃に入らないです。」
と言って笑うと
「だよね~」
と言って陽梨さんは笑った。
コメダ珈琲店は少し混んでいて順番待ちをしている人が数人居た。
陽梨さんが慣れた手つきでパネルを操作する。
レシートみたいなのが出てきて
「158番だって。レジの前にある椅子に座って待っていよう。」
と陽梨さんが言った。
俺達はちょこんと横並びで座った。距離が近くなって何を話したら良いのか分からなくなる。鼓動がドクンドクンと大きく響くのが分かる。
この響きが陽梨さんに伝わっていないと良いのだがと考えていると
「維月君はさ加藤さんのどこが好きになったの?」
と聞かれた。
そうだ、陽梨さんは俺が加藤さんの事が好きなんだと思っているんだとその時思い出した。
俺は咄嗟に
「加藤さんって学年の中で一番可愛い人なんですよ。でも沢山の人に告白されても自分がモテている事に対して鼻にかける人では無くて、むしろ自分はモテてないって言う人で。
NEWSの増田貴久君が好きでその人しか見えて居ないところが素敵というか。」
と嘘を吐いたというよりも加藤さんの良い所を並べて敢えて俺が加藤さんに対して好意があるように言った。
「NEWSの増田君が好きなの?」
「らしいです。何でも中学の時に虐めを受けた時にテレビで増田君を観て一目惚れしたらしくて。コンサートもよく行くみたいです。」
「へ~私も昔増田君好きだったよ~。」
「そうなんですか?」
「うん、昔はテゴマスっていうユニットを組んでて私まだ幼かったからあまり覚えていないのだけれど、コンサートに連れて行ってもらった事があって凄くキラキラしていた事だけ覚えている。加藤さんが増田君が好きになるの分かるな~」
「へ~テゴマスって今は聞かないですよね。」
「うん、手越君っていう人がNEWSに居たんだけれど脱退しちゃって。」
「そうだったんですね。」
「凄く歌が上手な人だったんだよ。増田君も上手だけれど手越君は高音が綺麗だった。」
「へ~」
「それにイケメンだったしね。」
「そうなんですね。」
「よく子猫ちゃんって言ってた。」
「それ、イケメンしか許されない言葉ですね。」
「実際に言っている人が居たら私なら距離置くかも。」
「俺もです。友達でそういう人が居たら遠くから細目で見ます。」
「ひどっ!」
「だって関わりたくないじゃないですか!」
「でも、手越君は綺麗に様になっていたよ。」
「イケメンは特ですね。」
「そんな維月君もイケメンじゃない。告白とかされていたんでしょ?今まで彼女とか居たこと無いの?」
「無いですね~告白はされた事あるのですが、恋愛に興味が無くて」
「でも、加藤さんの事が好きになったんだ。まあでも加藤さんも恋愛に興味が無さそうだよね。」
「そうなんですよ、どれだけの男子が告白しても誰もOK貰った事が無くて。」
「へ~高嶺の花だね。見た目はどんな感じなの?」
「ん~、いつも巻き髪してて肌が白くて目が大きい。それといつも何か食べています。」
「何を食べて居るの?」
「主にお弁当ですかね。おにぎりとかお弁当箱二個持って来ていて、いつも二時間目が終わるとラケバからお弁当箱引っ張り出して食べています。」
「ぽっちゃり系?」
「いえ、スラッとしています。」
「太らない体質なのかな?」
「本人曰く部活でカロリー消費しているって言っていました。」
「何部入って居るの?」
「硬式テニス部です。」
「それは体力使うわ。」
「毎日自転車通学というのもあってお腹が空くみたいです。」
「部活もやって自転車通学していたらお腹空くよね。そりゃあ早弁するわ。」
話しているとお盆にお水が入ったコップを載せた店員さんが
「158番の番号札をお持ちのお客様~」
と言った。
俺は
「はい!」
と言って手を挙げると
「こちらにどうぞ~」
と言って案内してくれる。
俺は
「少し大きな声で返事しちゃいましたかね。」
と店員さんに着いていきながら陽梨さんに聞くと
「元気があって良いんじゃ無い?」
と少し意地悪そうな顔で言われた。
向かい合った席に着くとコートを脱ぎ椅子に座った。
メニュー表を陽梨さんが広げて一緒に見る。
「何が飲みたい?」
と聞かれてメニュー表を見ながら先程は甘い物を食べたから少し苦い大人の味が飲みたくて
「ブラックコーヒーですかね。」
と答えた。
「お、大人だね。」
と言われて俺は笑って返した。
陽梨さんはスマホを取り出し、テーブルに貼ってあるQRコードを読み取った。
「何しているんですか?」
と聞くと
「これで注文できるの。」
と言われた。
店員さんが俺達に席を案内した時に注文の際はベルでお知らせ下さいって言っていたから、てっきりベルを押して注文するのかと思ったらQRコードでコメダ珈琲店専用のアプリから注文するらしい。
「へ~」
と言いながら俺は陽梨さんが注文を終えるのを待った。
少しして陽梨さんがスマホを置いた。
「注文できたよ。」
と言われて
「有り難うございます。」
と答えた。
「このね、アプリから注文するとポイントが貯まって画面の中に居るおじさんがコーヒーを育ててくれるの。でもね、割引クーポンとか無いからあまり意味ないんだよね。」
「割引クーポンとか着いてこないんですか?」
「ないない、ただおじさんがコーヒー育てるだけ。」
「何かゲームみたい。」
「そう、ゲーム感覚で私はアプリを通して注文しているよ。でも、何かクーポンとかあったら良いんだけれどね。」
「確かにそうですよね。」
「そういえば話戻すけれど、加藤さんには告白しないの?」
「え~なんで~、隣の席だと気まずいから?」
「まあ・・・・」
「そっか~でも青春だね~」
「そうですか?」
「そうだよ~青春だよ~」
「噂で聞いたんですけれど、大人になったら出会いって無くなるんですか?」
「それはね~職場によるかな~」
「職場・・・」
「男性女性それぞれ若い人が多い会社だったら出会いあるかもしれないけれども、少なくとも私の会社は出会い無いかも。」
「そうなんですか?」
「うん、女性しか居ないからね~」
「ああ、でも彼氏さん一年前で居たんですよね?」
「うん、その人は大学の時から付き合って居た人だから。」
「なるほど。陽梨さんの好きなタイプってなんですか?」
「私の?・・・そうね~包容力がある人かな~」
「包容力・・・」
「なんかせっかちな人は苦手かも。」
「ああ、俺もせっかちな人は苦手です。」
「だよね、一緒に居て疲れちゃうよね。」
「はい、母が少しせっかちなんですよね。」
「そうなんだ。」
「父は逆に大らかな人なんで母のせっかちな性格は気にしていないみたいなんですが。」
「へ~相性良いんだね。喧嘩とかもあまりしない感じなの?」
「ん~母だけが怒っている事はありますが、言い合いとかは無いですね。」
「平和だね。」
「確かに平和ですね、父が平和主義者というのも大きく関わっているんだと思います。」
「なるほどね、確かに平和主義者の人が居るとその周りも平和になるよね。維月君の性格はお父さん似?」
「そうですね~俺もどっちかというと父親に似ているかもしれないです。喧嘩とか嫌いなんで。」
「そっか、その方が良いよね。私も平和主義者かな、というよりも皆からはマイペースって言われてる。」
「マイペースなんですか?」
「うん、自覚はないんだけれどね。」
その時に店員さんがブラックコーヒーとカフェオレを持って来た。
「ブラックコーヒーのお客様」
と言われて俺は小さく手を挙げた。
店員さんは俺の前にカップを置くとカフェオレを陽梨さんの前に置いた。
「ご注文のお品はお揃いでしょうか?」
と言われて陽梨さんが
「はい」
と答えると店員さんは礼をして何処かに行ってしまった。
俺は
「頂きます」
と言って少しフーフーと息を吹きながらコーヒーを一口飲んだ。
「美味しい。」
と言うと
「でしょ?ここのコーヒー好きなんだよね。」
と陽梨さんが言った。陽梨さんはまだ飲まないのかカップには手を付けない。
「そういえば、維月君って何部なの?」
と聞かれた。
「俺ですか?帰宅部です。」
「そうなんだ!背が高いからバスケとかやっているのかと思った。」
「陽梨さんは何部だったんですか?」
「私?空手部!」
「空手!凄いですね!格好いい」
「有り難う、でも凄く弱くてね。組み手って言って対戦する試合があったんだけれど、よくボロボロに負けてた。」
「対戦って怖いですね。」
「防具を着けるからそんなに痛くないんだけれど、強い相手だと気迫が怖くて逃げ回ってた。」
陽梨さんはカップを手に取ると一口飲んで
「アチッ」
と言った。
「もしかして、陽梨さんて猫舌なんですか?」
「何で分かったの?」
「いや何となく。」
「隠してたのに~」
「何で隠すんですか?可愛いじゃないですか!」
「可愛くないよ!だって大学で同じゼミだった子に猫舌なんてダサいって言われて、維月君より大人だからそういうダサい所見られたくなくて誤魔化してたのに~」
「そうだったんですね。でも全然ダサくないですよ。」
「本当?」
そんなに熱かったのか少し涙目でこちらを見る。
「ええ、大丈夫です。むしろ可愛いなって思います。」
「維月君は優しいね。」
「そんな事無いですよ。」
「・・・・私のね元彼DVする人だったの。」
少し呼吸を整えてから陽梨さんは語り始めた。
陽梨さんと元彼は大学の時に出会った。
元々空手サークルに入っていた陽梨さんは同じサークルの元彼と出会い恋に落ちた。
陽梨さんにとっては二番目の彼氏だった。
一番始めに付き合ったのは高校の時で半年で別れを一方的に告げられた。
それが辛くて悲しくて、彼氏なんて作らないと思っていたのに大学で元彼に出会って恋に落ちた。
その時私はこの人と結婚すると思っていたらしい。
二年生だった陽梨さんは一人暮らしだったので、元彼が陽梨さんの家に転がり込む形で同棲が始まった。
見た目は向井理に似た人だったらしい。
元彼は優しくそして紳士だった。
料理が得意で、陽梨さんは料理が苦手だったので陽梨さんは料理が出来ない代わりに掃除洗濯を担当していた。
元彼さんは実家でも料理をしていて、レパートリーは豊富だった。
二人で学校の帰りに買い物をして、一緒に台所に立って一緒にご飯を作る。
そんな毎日が幸せだった。
だが、そんな日も長くは続かなかった。
きっかけは就活だった。
陽梨さんはすぐに就職先が見つかったのだが、元彼さんはなかなか見つからず難航していた。
陽梨さんは資格の勉強もあって忙しくしていたというのもあってあまり元彼に寄り添って上げる事が出来なかったらしい。
それは反省しているし、今ならどうしてあげたら良かったのか分かるのに当時は自分の事でいっぱいだったと陽梨さんは語った。
それから、陽梨さんと元彼さんは大学を卒業した。
大学を卒業しても元彼さんの就活は続いた。
何百と受けた会社は全て駄目でなかなか決まらない事に焦り、苛立つ事が多くなった。
それでも陽梨さんは元彼の事が大好きだったのでアルバイトでもしたらどう?と言った。
元彼は少し悩んだが、フリーターをしながら就活をする事にした。
そこで始めたのが衣類を売る接客業である。
接客業なら営業にも強いだろうと考え始めた。
バイトを始めてから元彼の機嫌も良くなり少し気持ち的に余裕が出来た。
それからまた二人で買い物に行ったり食事の用意を一緒にしたりするようになった。
元彼の就活が終わったのは夏頃だった。
やっと決まった仕事に陽梨さんは大喜びでケーキを買いに行ってお祝いした程嬉しかった。
元彼が就職したのは不動産屋さんだった。
そこはノルマがあって所謂ブラック企業だった。
毎日残業が続き陽梨さんと元彼の生活もすれ違いが多くなった。
そんな中でも陽梨さんは元彼に気を遣って不得意な料理を作ってはお弁当を持たせていたらしい。
しかし、元彼との間に出来た溝は埋まらず段々と広がって行った。
すれ違った二人は度々喧嘩をするようになった。
大声を出さなかった元彼が大声を出すようになり、手を出すのに時間は掛からなかった。
いつものように寝不足な元彼に少しでもご飯を食べてと言ってお皿を差し出す陽梨さんに、元彼は
「良いよな、お前は同性同士で仲良くお喋りしながら仕事してお給料貰えるんだから」
と言った。
その頃まだ資格を持っていなかった陽梨さんは職場で居場所が無く肩身狭い思いをしていた。なのでその元彼の言葉に
「そんな事無いよ。私だって辛い思い沢山しているよ。お喋りなんかしていないよ。」
と言うと
「うるさい!お前は綺麗に化粧して毎日違う服を着て自分が欲しい物を沢山買えて給料が低い俺の事を見下しているんだろう!!」
と怒鳴りそして陽梨さんの頬を殴った。
実際、元彼より陽梨さんの方がお給料は高く家賃も光熱費も全部陽梨さんが負担していた。
しかし、陽梨さんはそれで元彼を見下してなどいなかった。
むしろ、頑張って働いている元彼を尊敬し辛くなった時は支えようと思うほど心底愛していた。
殴られた時よりもその気持ちが届いていなかった事が一番辛かったと陽梨さんは話した。
元彼の暴力はヒートアップするようになった。
物音を少し立てるだけでも煩いと怒鳴られ、スカートを履けば男性に媚びを売るのだろうと怒られ、仕舞いには長かった髪を夜中寝ている時にバッサリ切られることもあった。
男性と言っても同じ病院で働くお祖父ちゃん先生か既婚者のおじさん先生他は女医さんしか居なかったのだが、それでも元彼は浮気をするのでは無いかと言ってGPSのアプリをスマホに入れるように陽梨さんに言った。
陽梨さんは異常な執着を見せる元彼に恐怖を覚えたものの、優しかった頃にいつかは戻ってくれると信じて素直に従っていた。
そんなある日陽梨さんは資格を見事取得した。
一年かけて取った資格に職場の人達も自分の事のようにして喜んだ。
職場の人達はせめてものお祝いに今夜飲みに行こうと言われ陽梨さんは今までお世話になったのだからと思い元彼に遅くなること、職場の飲みに出ることを伝え職場の人達と飲みに出掛けた。
飲み会が終わるとスマホで時間を確認しようと思って画面を付けると元彼から何百件と連絡が入っていた。
何事かと思って電話をかけても元彼は電話に出ない。
何かあったのかと思ってタクシーを呼び急いで帰ると、元彼は風呂場で手首を切って自殺未遂をしていた。
陽梨さんが急いで救急車を呼んだ事で一命は取り留めたが、少し遅かったら命を落としていただろうと医者に言われた。
陽梨さんは目覚めた元彼に泣きながら、どうしてこんなバカな事をしたのかと問い詰めた。
すると元彼は陽梨さんが離れていくのが辛くてこれ以上耐えられないと思ったから、手首を切ったのだと言った。
陽梨さんは自分のせいだと思い込みそれから元彼に尽くすようになった。
元彼は相変わらず気に入らないことがあると怒鳴ったり、しまいには陽梨さんを殴ったりしたが陽梨さんは自分が我慢すればいつかは元彼も優しい元彼に戻ってくれると信じて毎日耐えていた。
そんな日が続き陽梨さんが25歳の誕生日を迎えた年。
いつものように癇癪を起こした元彼に鎮まるように優しく伝えていると、元彼は何を思ったのか包丁を持ちだし陽梨さんの下腹部を刺した。
陽梨さんは痛みの中元彼が冷静さを取り戻し止血をする姿をボーと見てこのまま一緒に居てたら駄目だと悟ったらしい。
陽梨さんは運良く急所は避けており臓器にも刃は当たらなかったというのもあって、短期の入院ですぐに職場復帰出来た。
職場の人達は優しく
「無事で良かった」
と言って泣いて喜んでくれた。
一方元彼はと言うと陽梨さんを刺した後、癇癪を起こしていたのが冷静になり起こしてしまった事実を受け入れるのが出来なくて救急車を呼んだ後、首を吊って自殺した。
陽梨さんは元彼が自殺した事に対し、もっと出来る事があったんじゃないかと自分を責めたという。
でも、どれだけ責めても元彼は戻ってこない。
陽梨さんは一時期鬱病になるほど落ち込んだが、周りの助けもあって今は回復したという。
「長い話になっちゃったね。」
と陽梨さんは痛そうな笑顔で言った。
「何で笑顔で言えるんですか。」
「え?」
「無理に笑わなくて良いですよ。まだ陽梨さんの中では解決出来ていないんでしょ?」
「・・・・そうね、あれから一年経つんだけれどまだ何処かに元彼がいるような気がしてふとした瞬間に探してしまうの。」
「陽梨さんはもし元彼が生きていたら寄りを戻してましたか?」
「・・・・・ん~それは無いかな。刺された時にこの人を犯罪者にしてしまうくらいなら離れた方がマシだって思ったもの。」
陽梨さんは泣きそうな顔でカフェオレを一口飲んだ。
もうすっかり冷めたカフェオレを飲んで陽梨さんは続けて
「死ななかったらどうなっていたのかは分からないけれども、一緒には居なかったと思う。刺された時に別れる事は決まっていたんだと思う。でもね、死んじゃったから私の心の中には優しかった元彼の姿が強く残っているの。未だにね刺される時に空手で習った技で避けれたら違ったのにとか考えちゃうんだよね。」
と言った。
俺は何も言えなかった。陽梨さんが抱えた傷は俺が思っていた以上に深いものだった。
俺が陽梨さんの事を好きでも陽梨さんは恋愛そのものを拒否するかもしれないと思った。
いやそう感じた。
「陽梨さん、俺・・・」
「ごめんね!暗い話しちゃって!!何でかな~維月君には何故か話せちゃった。今まで友人にも話したこと無かったんだけれど、維月君に何故か聞いて貰いたかったんだよね。」
と言って陽梨さんは笑った。
家に帰ってきて俺はベッドに横になりながら考えた。
陽梨さんが何故俺にあんな話をしてくれたのか。
俺と陽梨さんはまだ出会って数日しか経っていない。
陽梨さんが心を開いてくれたのは嬉しい事だけれども、それと同時に拒絶されたような感じがした。
私に恋をしても駄目だよと言われたような気がして俺は心が苦しくなった。
もしかしたら、陽梨さんは俺が加藤さんの事を好きじゃない事に気付いたのかもしれない。
陽梨さんには帰ってから
『今日は有り難うございました。またパンケーキ食べに行きましょうね。』
と送ると
『今日は暗い話してごめんね。でも維月君とパンケーキ食べれて幸せだった!また一緒にカフェ巡りしようね』
と返信があった。
俺は何て送ったら良いのか分からなくて、そのまま放置している。
加藤さんに聞きたくてもこの話を他の人に話したらいけない気がする。
陽梨さんは俺だったら良いと思って話してくれたのに、俺がその気持ちを踏みにじる事は出来ないと思った。
俺は陽梨さんのインスタの写真を眺めた。
どの写真も一人で食べに行ったり飲みに行ったのか一人分しか映っていない。
時々誰かと一緒にカフェに行った写真が載っているが、ほぼ一人だ。
俺は少し考えて#カフェ#お洒落と検索した。
すると沢山のお洒落なカフェの写真が出てきた。
そうだ、色んな所に連れて行って陽梨さんを一人にしないようにすれば良いんだ。
俺はそう思った。
陽梨さんはいつも一人でカフェに行くのであれば、これからは俺が一緒に行けば良いとそう思ったのだ。
俺は早速検索したカフェを陽梨さんに送って
「ここどうですか?」
と聞いた。
そのカフェの名は椿屋だった。
陽梨さんからすぐに返信があった。
『このカフェの店員さんの制服凄く可愛いんだよ。いつも一人で行っているから今度一緒に行こう。』
陽梨さんは椿屋に行った事あるらしかったが、一緒に行こうと言ってくれた。
俺は嬉しくて暗い、重い話を聞いたけれどもこれからは俺が陽梨さんを幸せにすれば良いんだと思うようにした。
その日は何だか嬉しくて父が作ったクリームシチューを二杯お代わりした。
「維月君、おはよう」
月曜日いつもの信号の所で陽梨さんが声を掛けて来た。
今日は薄ピンクのカラコンを付けている。
「陽梨さんおはようございます。今日はピンクのカラコンなんですね。」
「カラコンの色分かる?」
「なんとなく。でも似合っていると思います。」
「そうかな~嬉しいな~有り難う。」
「いえいえ、思った事を言っただけなので。」
「維月君はそういう小さな事に気付ける素敵な人なんだね」
「どうだろう・・・母が美容院に行っても気付かなくて理不尽に怒られる事があるので、一概に小さい変化に気付くかと聞かれたら違うかと・・・」
「そうなの?」
「はい、興味がある事は気付く事が出来るのですがそれ以外だとあまり気付く事が出来なくて。」
「じゃあ、維月君にとって私は興味がある事なんだね。」
と意地悪そうな顔をして陽梨さんは笑った。
俺は顔が真っ赤になるのが分かった。
「陽梨さん、今日は意地悪ですね」
と言うと陽梨さんはヒヒヒと言いながら
「そうかな~」
と言った。
陽梨さんはどうも年下を虐める事が好きなようだ。
信号が変わると俺は自転車から降りて陽梨さんと同じスピードで船橋の駅まで歩いて行った。
「降りなくて良かったのに。先に行っても良いんだよ?」
陽梨さんは言うが俺は
「いや、先に行きにくいですって。それにこうやって短い時間でも話せたら嬉しいですし。」
と言った。陽梨さんは少しビックリした顔で
「その台詞加藤さんに言った方が絶対良いよ。今のキュンって来たもの。加藤さんもきっと増田君だけじゃなくて身近にこんな嬉しい事を言ってくれる人が居ることに気付くよ。」
と言った。
「加藤さんは何を言っても増田君から他の人を見ることは無いと思いますよ。」
「そうかな~加藤さんってどういう人が好なんだろう。」
「笑顔が可愛い人って友達の陸斗が言っていました。」
「笑顔が可愛い人か~確かに増田君って笑顔可愛いよね。」
「俺増田君あまり知らないんですよね。」
「好きな人の好きな人の事をもっと知った方が良いよ!」
「そうですか?だって、アイドルなんてほど遠い人じゃないですか、流石に増田君に勝る事は出来ないと思いますし・・・」
「確かに増田君は何年もアイドルしてきて出来上がった理想像だもんね。」
「陽梨さんはどういう人が好きなんですか?」
「私!?私はね~花束みたいな恋をしたっていう映画知っている?その映画みたいな恋愛がしたいなって思っているよ。でもコミュニケーションが出来る人が良いかな。」
「コミュニケーション・・・」
「そう、コミュニケーション。同棲とかしていくと段々コミュニケーションが出来なくなって、どうして分かってくれないの?とか思う事があるんだよね。」
「なるほど。すれ違いっていう事ですか?」
「そう、後はやってもらって当たり前はお互いに駄目だなって思う。」
「それ分かります。」
「難しいことかもしれないけれども、小さな事でもやってもらったら有り難うって言い合える関係って大事だなって思うの。」
「友達でもそうですよね。」
「うん、人間関係有り難うとごめんなさいがちゃんと言い合えるのは大事だと思うんだよね。」
「そうですよね、それは俺思います。」
「後は店員さんに対して態度が良いかどうかも見ちゃうかな。」
「店員さんですか?」
「そう、もうこの年齢になると結婚という文字が付き纏っていくんだけれど。結婚っていつまでも恋愛感情を持つ訳じゃ無くて段々恋愛感情が冷めてきて、情に変わっていくんだと思うんだよね。私も同棲して居た時に最初は恋愛感情だったけれども、途中から情に変わって行ったからその情になった時に態度がどうなるかが大事になると思うんだ。店員さんに横暴な態度の人とか怒鳴る人は配偶者へも同じ態度になるだろうし、逆に気遣いが出来る人は配偶者に優しく出来ると思うんだよね。」
「店員さんの態度は俺も見ます。陽梨さんは店員さんに対して細やかに有り難うとか言っていましたよね。俺凄いなって思いました。俺は少し人見知りをしてしまう所があるので、お辞儀しか出来ないので。」
「そう?維月君も会計終わった後にご馳走様でした。有り難うございましたってちゃんと店員さんに言えてたじゃない。」
「あれは母がそういう人なので。」
「お母さんがそういう人なんだね。でもとても素敵な事だからこれからもその気持ちは忘れないで。バスでも有り難うございましたって言うのは恥ずかしいかも知れないけれども、言えたらバスの運転手さん嬉しいと思うから。」
「今度から言うようにします。見た目のタイプは無いんですか?」
「私より身長が高い人が良いかな。」
「身長。」
「あまり見た目に拘りは無いのだけれど、身長が高めだから自分より高い人だったら良いなと思っているよ。」
「俺身長高いんで大丈夫ですね。」
「ハハハ、そうだね!維月君の好きなタイプは?」
「俺はミステリアスな人に惹かれるみたいです。」
「加藤さんってミステリアスなの?」
「うーん、確かに何を考えているのかは分からないんですけれど。陽梨さんもミステリアスだなって思います。」
「私ミステリアス?」
「はい、何を考えているんだろうとかどういう人なんだろうって考えちゃう所がミステリアスな感じがします。」
「私そんな風に見えるんだね。でも本当に何も考えていないよ?」
「そうなんですか?」
「うん、いつも食べる物とかを真剣に考えているくらいだし。確かに友達に何を考えているか分からないって言われるけれども、基本食べることしか考えていないよ。」
「食べることが好きなんですか?」
「大好き~!食べるとストレスが緩和されるのか夜中にラーメン屋さんに行って食べちゃったり、一日に二個アイスを食べちゃったりしているよ。」
「それにしても太ってはいないですよね?」
「それは筋トレしているからだと思うよ。ジムには行っていないけれど家で筋トレ凄いしている。じゃないとすぐに太っちゃうから。」
「陽梨さんはもう少し太っても良いとは思いますけれどね。」
「そうかな~でもそう言われると安心かも~維月君は見た目はどういう人がタイプ?」
「俺は目が特徴的な人が好きですね。」
「目?」
「はい、目が綺麗な人が好きです。」
「目か~私はもうキラキラした目は出来ないからな~」
「そうですか?陽梨さんの目俺好きですよ。毎日今日のカラコン何色かな?て考える位に」
「それ、バカにしているでしょ?」
「していないですよ~」
「維月君そろそろ急いで学校行った方が良いんじゃ無い?」
俺は慌てて鞄にしまっているスマホを取り出した。
しまった話すのに夢中になりすぎて遅刻ギリギリになっている。
「本当だ!陽梨さんすみません。」
「謝らなくて良いよ。もう駅近くだし、少しでも話せて私楽しかったし維月君と話していると今日も一日頑張ろうって思えるから。楽しいよ?」
「本当ですか?また明日も見かけたらこうやって話しても良いですか?」
「勿論。私で良ければいつでも話そう」
「有り難うございます!俺も陽梨さんと話すと一日頑張ろうって思えるので同じ気持ちで嬉しいです。」
「維月君ってわんこ系だよね。」
「わんこ系?」
「何でも無い、ほら早く行きなっ!」
「はい!」
俺は自転車に跨ぐと陽梨さんにバイバイと手を振って学校に向かった。
自転車で漕いでいる時に陽梨さんの言っていた他人に対しての態度について考えていた。
偶然、母もそういう事を昔言っていたのだ。
他人に対しての態度はいつかは好きな人にしてしまう態度だから気を付けなくちゃいけないよって。
母が言っている事って間違えていなかったんだって思った。
当時はまだ好きな人なんて居なかったし、むしろ好きな人が出来たらきっと毎日が幸せで人に対して優しくなると思っていた。
でも、陽梨さんの元彼さんの話を聞いて好きな人と一緒に居ても毎日の幸せが当たり前に変わる時があるのだと知った。
「有り難うとごめんなさいが言える人になりなさい」
これは母が教えてくれた言葉だ。
むしろよく言われる。
何かして貰ったときに
「有り難うは?」
と言われる位だった。
母の教育のお陰で店員さんに対してもレジの時に買い物籠を渡す時は
「お願いします」
と言えるようになったし会計後は
「有り難うございました」
って言えるようになった。
母の教えは少しやり過ぎなんじゃ無いかと思ったことがあったが、正しい事だったんだって思った。
少なくとも陽梨さんはそういう人が良いと言っていた。
俺は一層これからも、有り難うとごめんなさいが言える様にならなくてはいけないなと思った。
特に両親には恥ずかしくて言えなくなっていた事にふと気が付いた。
いつの間にかお世話になっている事が当たり前になってきて有り難うっていう機会が無かった。
母の日や父の日には一応ハンカチや眼鏡ケースを渡しているが、両親に対して特別な日じゃ無い限り有り難うって言った事があっただろうか。
陽梨さんに会ってその事を考えさせられた。
考え事をしていると右側から車が飛び出して来た。
俺は咄嗟に避けたがそのまま車道に飛び出しぶつかった。
維月君は不思議な子だ。
私は維月君を少し前から知っている。
いつもボーとしながら自転車を漕いでいる子で白いヘルメットを被り音楽を口ずさむ子だった。
この曲知っていると思ってその歌手のファンなのか知りたくて声を掛けようかと思ったくらいだった。
BTSは私にとって青春のアイドルである。
維月君にはまだ聞けていないのだが、小さな声で韓国語で歌う彼を私は同士のように思っていた。
それが、ある時恥ずかしながら盛大に転けて額から血を流した時にハンカチを差し出してくれた事で話す機会が出来た。
今もあの時の事を思い出すと地面に穴を掘って埋まりたいくらいに恥ずかしい。
維月君は笑いもせずに真剣に私の事を心配してくれた。
私は人が転けると笑ってしまう癖があり、心底笑わない事に対して凄いなと思った。
「あんな転け方したのに。」
小さく呟きインスタのDMで維月君に
『学校間に合った?』
と送った。
多分ギリギリで間に合ったのではないだろうか。
あの時間だし多分駒沢高校までそんなに距離があるわけでは無いし、多分間に合っているはず。
すぐに連絡が来ると思うけれど。
連絡を待つのは好きでは無い。
元彼が死んでから私は廃人になっていた。
維月君には強がって吹っ切れたと言ったが、本当は吹っ切れてなど居なかった。
遺骨になった彼を見て私は元彼の両親の前で大号泣した。
本当は別れたくなかった。
元彼の事を思ったら離れた方が良かったと思うけれども、私はいつかまたあの優しい元彼に戻ると信じていた。
インスタを遡っていくと私の手料理が載っている。
この料理達は元彼の為に作った料理だ。
向き合うように置かれた食器に入れられている野菜炒めや焼き魚が映っている。
元彼の名前は亮。
亮の顔を思い出すといつも泣いていた。
殴る時も怒鳴って落ち込む時もいつも泣いていた。
沢山笑ったり楽しい思い出はあるはずなのに、私の中の亮はいつも泣いている。
(どうして泣いてるの?)
そう聞きたいけれども、もう彼は何処にも居ない。
彼は25歳で人生を終えた。
自殺をする時に書いたのか、血だらけの手でペンを握ったのだろう。
退院して家に帰ってきた時に机の上に無造作に血がついたペンと紙が残されていた。
警察は何故これを持って行かなかったのだろうと思ったが、その文を読んで私は涙が止まらなかった。
今もその紙は鞄の中にある手帳に挟んである。
その紙には
『陽梨ごめん。弱くてごめん。生きて』
と書かれていた。ただそれだけだった。
私は生きてと文字に何で一緒に生きる道を選んでくれなかったのかと言いたかった。
弱くても良い。
強くならなくちゃいけないだなんて誰が決めたの?
生きていたら沢山これからも体験や経験が出来るのに、どうしてその道を選ばなかったの?
私はごちゃごちゃする頭で考える。
維月君はそんな私の話を黙って聞いてくれた。
初めてだった。
亮が死んでから友達が励まそうとしてくれたけれども、何をしても亮を思い出してしまう私に
「亮は戻ってこないよ。キツイ事を言うようだけれども、亮はもう死んだの。陽梨は亮の分まで生きなくちゃいけないよ。陽梨良い?最悪な事は考えちゃ駄目よ。なるべく外に居て一目がある所に行きな。一人だと最悪な事を考えちゃう。私達を呼んでも良いし、カフェで本を読むのも良い。だから一人にだけはなっちゃ駄目よ。」
そう友人達から言われて私は毎週休日はカフェに行くようにした。
私の安否はインスタで分かる。
毎週必ず載せる写真達を見て友人達は私の安否を確認している。
毎回イイネをくれる友人達に励まされながら私はカフェ通いを続けている。
ブブッとスマホが鳴る。上の方に文章が表示された。
美穂だ。
『あんた彼氏出来たの?』
何の話かと思ってインスタのDMを開くと
『あんた彼氏出来たの?この間フリッパーズで陽梨が男と入っていくのを見たっていう子が居て、インスタにもフリッパーズのパンケーキ二人分映っているし。彼氏が出来たのなら言ってよね。友達でしょ?』
と書かれていた。
(あ~しくった。あの時誰かに見られて居たんだ。気付かなかったとはいえ、地元に近い所で会うんじゃ無かった。)
そう思ってDMで
『彼氏じゃ無いよ。友達。しかも相手高校生だから彼氏になんて出来ないよ。』
と送った。するとすぐに
『彼氏じゃないの?何か凄く仲よさそうだったって聞いたけど。でも高校生でも一人の男だよ。しかもかなりのイケメンっていうじゃない。良いじゃん、年下彼氏。20歳になったら正式に付き合えば犯罪にもならないでしょう。』
と来た。
美穂は恋愛体質な子だ。次々と彼氏を見つけては同棲し
「私今の彼氏と絶対に結婚する」
と言っては浮気された、したで別れる。
お決まりなパターンをいつも繰り返す。何度何で浮気するの?と聞いた事があるが、刺激が欲しいと言って聞かなかった。
何でも美穂は尽くし型の女性らしく、母親みたいにすぐに関係がなってしまうらしい。
男性からしたら家事をしてくれる人は良いと思うが、美穂は私は家政婦でもお母さんでも無い。
無償で何でもやってくれると思っている所に毎回彼氏に腹が立つと毎回彼氏が変わっても同じ事を言って居る。
今の彼氏は三年付き合って居てそろそろ年齢的に結婚か?と思っている。
美穂に
『年下すぎるよ。そんな感情芽生えないって、何か弟みたいな感じなんだよね。それに亮の事まだ忘れられないし。』
と送ると
『年下最高じゃ無い。私だって今付き合っているの六つ下だよ?変わらないよ、それにまだ亮の事引きずっているの?そろそろ前を見て歩きな。亮は過去の人間にしないといつまでも結婚出来ないよ。陽梨は可愛いしモテるんだから今のうちに彼氏見つけて結婚考えな。』
と来た。
『待って、六つ下の彼氏の話聞いていない。新しい彼氏出来たの?瑞貴君どうしたの?亮の事過去にしたいけれどいつも夢に出てくるんだよ。まだあの遺書も捨てられないし、それに私は結婚は良いかな。今は考えられない。』
『あれ、言っていなかったっけ?三ヶ月前から智紀という子と付き合って居るよ。瑞貴は知らん。あの人女作って勝手に出て行きやがった。20代のうちに結婚しないと30になったら出会い一気に減ってなかなか結婚出来なくなるよ。嫌でも考えな。』
『瑞貴君出て行ったの?ちょっと情報量多すぎて処理出来ていない。だって、瑞貴君のご両親に挨拶行ったってXに書いてなかった?智紀君のプロフィール頂戴。判断する。私は誰かと一緒に住むのが怖いんだよね。また豹変するんじゃないかとか結婚したら離婚するのは大変って聞くし、今は一人でまだカフェ巡りをしてゆっくりしておきたい。』
『瑞貴の奴少しずつ荷物を浮気女の家に持って行って気が付いたら鍵だけ置いて逃げやがった。私だって結婚すると思っていたよ。でも、相手が浮気して本気になったのなら止められないじゃん。最初は婚約していた訳だから親御さんに文句の一つでも言ってやろうかと思ったけれど、瑞貴の両親かなり歳いっているっていうか、高齢出産で産んだのが瑞貴だからこんな事を言ったらビックリしてぽっくりあの世に行かれたら困ると思ってさ。智紀君は今大学生で中央大学に行ってる。経済学部で将来はITの会社に勤める予定。出身が北海道で一人暮らししてて今は半同棲って感じかな。身長は180㎝あって大きいよ。顔は誰だだろう・・・・韓国系な顔かな、美容にも詳しくて髭脱毛してる。東京でこれからも暮らすつもりだから多分長い付き合いにはなると思う。一応付き合う時に北海道に行って相手の両親に挨拶したけれど変な人達では無かったよ。そっか、確かに亮の事があってから今は大分マシな顔つきになったもんね。死んだ後は毎日泣いてたのが今は笑えるようになったのなら私はそれ以上は言わないよ。でも、その高校生は捕まえておきな。だって何でもイケメンだっていう情報来ているよ。私の情報網舐めないでよね。』
『マジか、瑞貴君も最後くらいは男らしく別れようって言えば良いのに。元彼を悪く言うのは良く無いけれど、あの瑞貴君は元々フラフラして居る子だったから地に足が着いてる子の方が良いと私は思っていた。だから別れて正解だよ。ご両親そんなに歳いってるんだ。知らなかった。でも、確かに浮気されてご両親に言っても本人に伝わらない限り何も解決されないよね。智紀君結構イケメンなんじゃない?韓国系って美穂が好きなタイプじゃん。ご先祖様の中に韓国人が居たのかな?髭脱毛しているとかポイント高っ!美容にも詳しいとか最高じゃん。頼りになるじゃない、私にも美容の新情報が入ったら教えて。最近は泣かなくなったよ。それに毎朝その高校生に会うんだけれど、その子ARMY(BTSのファンの名称)だった。趣味も合うし毎日連絡取り合っているんだけれど、とても良い子だよ。亮の話をしたけれど最後まで黙って聞いてくれた。そんな子を私なんかの為に時間を使わせるのは勿体無いよ。』
『瑞貴は確かにフラフラしてた。いつも飲んで帰って来るし。帰りも何時に帰るとか連絡してこないタイプだったし。智紀の写真送るね。きっとイケメンってなるよ。私が一目惚れしてナンパした子だから(笑)ね!ポイント高いでしょ?髭脱毛しているって聞いて最高かよって思って私から告白した。まあナンパしている時点で相手には私が惚れている事気付いてたみたいだけれど。もう付き合えよ。何で毎朝会うの?たまたま?』
『智紀君の写真見た。イケメン過ぎる。J-HOPEに似てない?そう思うのは私だけ?ホビペンの美穂が惚れる訳だ。ナンパしたのが分かる。この人はイケメン。美穂から告白したんだ。珍しくない?美穂って基本告白される側じゃん。瑞貴君も向こうから告白してきてたし。それだけ智紀君に魅力を感じてたからなんだろうね。付き合わないよ(笑)だって高校生だよ?未成年すぎて恋愛に発展出来ないって。多分家が近くなんだと思う。自転車通学してていつも千歳船橋に向かう信号で会うんだよね。』
『似てる。最初本人かと思ってお忍びで日本に来た?って思ったくらい(笑)でも韓国語で声かけようと思って近くに行ったら別人で笑った。そう?私から告白した事なんて何回もあるよ?でも、基本は向こうから言ってくれるからね~嫌みじゃないよ?分かっているでしょ?高校生でも立派な男だよ。確かに犯罪にはなりたくないから成人してから正式に付き合ったら良いよ。へ~自転車通学しているんだ。じゃあ結構近くに住んでいる子なんだね。』
『本人だと思うなら声かけるなよ(笑)そうなの?知らなかった。嫌みには聞こえないよ、大丈夫。怖いよその言葉(笑)未成年に手を出したら私牢屋行きだよ。怖いよ(笑)』
『それな(笑)良かった。なんで?怖くないよ。成人して付き合えば良いんだから。今は仲良く友達以上恋人未満の関係を楽しめば良いじゃ無い。』
『友達以上恋人未満の関係か~でも高校生の彼はこんなおばさんに対してそんな感情を持てるか分からないよ。相手はただの毎朝会う人くらいにしか思っていないよ。』
『もうそろそろ仕事場に着くから返事返せないけれど、陽梨はまだおばさんじゃないよ。私達はまだ若いよ。大丈夫、そう言わせて(笑)そうかな~一度聞いてみたら?』
『私もそろそろ着くから大丈夫。そうかな、それに彼好きな人が居るからそんな関係にはなれないよ。』
『これで最後にする。その話聞いてない。最初に言え。』
私は美穂からの文を読んでフフフと笑った。
維月君が加藤さん好きなこと言うのを忘れていた。
私は勤めている役所に着くと先輩の片岡さんが掃除をしていた。
「片岡さん、おはようございます。」
と言うと一つ結びをした片岡さん(40歳で正社員をしていて二人の子持ち、バツイチで今は同い年の彼氏と同棲中)が振り向き
「あ~橘さん、おはよう。今日は早く来すぎたから勝手に掃除始めてた。ごめんね~、着替えたら手伝って。」
「はい、分かりました!着替えてきますね。」
私はスタッフルームに向かい部屋に入る。
灰色の絨毯が敷かれた部屋に私は靴を脱いでロッカーの前に立つ。
鞄の中からスマホを取りだしロック画面を表示させるが、維月君からのメッセージは無い。
どうしたのだろう。
私は心配になってもう一度インスタのDMを開き
『維月君大丈夫?何かあったの?』
と送った。
私は鞄の中にスマホをしまい制服に着替えて急いで片岡さんのところに行った。
目が覚めると病院に居た。
俺はここで何をしているのだろう。
足を動かしたいが痺れて動かない。
目を覚ました俺に気が付いたのか横に居た母が
「維月?目覚ました?」
と泣き顔で聞いてくる。俺は
「うん」
と答えると看護師さんを呼びにナースステーションに行ってしまった。
俺は腕を持ち上げた。
右手は持ち上がりグーパーと動く。
左手は持ち上がらない。なんで?
俺は動揺して右手で左手を持ち上げる。
力が入らないのかパタンと腕が落ちる。
「何で?」
俺は泣きそうな顔をしていると看護師さんと医者と母が病室に入ってきた。
「花岡君大丈夫かい?」
と先生が聞いて来た。
「先生、左手が動かない。」
その声も掠れて最後まで言い切れない。
ゲホゲホと咽せると母がお水を近くに持って来てくれた。
俺は右手で受け取り一口飲むと
「先生、左手が動かないんです。」
と言った。
先生は左手を持ち上げてパッと手を離す。するとベッドの上にポトンと人形のように落ちる。
「何で?」
と俺が涙を流しながら言うと先生が
「足は動くかい?」
と聞かれた。
俺は足を一生懸命動かそうとするがビクとも動かない。
「両足とも力が入りません。」
そう言うと先生が
「んー、事故の後遺症かな。事故の時の事覚えている?」
「事故?」
「二日前君は車と接触事故を起こしたんだよ。運悪く後頭部と脊髄を損傷してね。今は打撲もあるし、自覚が無いから痛みが感じ無いのかもしれないけれど結構な重症状態なんだよ。」
と言ってきた。俺は起き上がろうとすると背中と後頭部が痛くて起き上がれない。
「いたっ」
「無理に動かさないで。数ヶ月入院したらまた動けるようになるから頑張ろう。これからなんで足や手が動かないのか調べるから検査しても良いかな?」
「はい、お願いします。」
俺はベッドに寝かされたまま移動した。
俺は移動する途中陽梨さんの事を考えていた。
二日も会っていなかったらきっと心配しているだろう。
連絡も来ているかもしれない。でも、これから自転車で行けなくなったら陽梨さんに会えなくなる。
むしろ最悪な事に車椅子生活になったら陽梨さんと付き合えなくなる。
俺は最悪な事ばかりを考えていた。
脳の検査をしている時に俺は事故の事を思い出していた。
事故を起こしたことは覚えていない。
確か左から車が突然飛び出して来たのは覚えている。あの軽車を避けようと思って俺は確か避けたはずだ。それが何故車に轢かれたんだ?
思い出そうとしても思い出せない。
陽梨さんといつものように会話をして急いで自転車を漕いでいたはずなのに。
検査が終わると俺はまた病室まで移動させられた。
暫くして来た医者が俺に
「何も異常は見つからなかったよ。」
と告げた。
「じゃあ何で動かないですか?」
「きっと脊髄を損傷した時の後遺症だと思う。残酷な事を言うと思うけれど、このまま一生歩けない身体になったと思った方が良い。」
俺は頭が真っ白になった。
その後の事は覚えていない。
ただ、気が付いたら俺は泣きじゃくりながら母に抱きしめられていた。
母も泣いていた。
目覚めて翌日。
俺はスマホを母から受け取ってインスタを見た。
陽梨さんから三件メッセージが来ていた。
『学校間に合った?』
『維月君、今日休み?風邪でも引いた?大丈夫?』
『維月君、大丈夫?返信出来たら返事下さい。待っています。』
そう書かれていた。
俺は震える右手で
『陽梨さん、返事が返せなくてすみません。事故に遭ってしまって、俺今病院に居るんです。足が動かなくて、左手も動かなくて。俺、俺一生このままかもって言われました。俺どうしたら良いのか分からなくて。ごめんなさい』
と打った。文章を打ちながら俺は涙が止まらなかった。
俺本当にこのまま一生動かないのかな
陽梨さんと一緒にカフェとか行けないのかな。
俺はただ、DMの画面を見つめる事しか出来なかった。
暫く泣いていると仕切りのカーテンに人影が映った。
「誰?母さん?」
と頬を伝って流れてくる涙を拭いて聞くと
「俺、陸斗。入っても良いか?」
と声がした。
「陸斗か、入っていいよ。」
そう言うとカーテンがシャッと開かれて陸斗が中に入ってくる。
「大丈夫か?」
と聞かれた。俺は
「大丈夫か大丈夫じゃないかと聞かれたら大丈夫とは言えないかもな。俺一生動けないらしい。」
「え」
陸斗の顔がどんどん青ざめていく。
「でもさ、リハビリとかあるんだろう?それで動けるかもしれないじゃん。」
と陸斗は急に慌てるようにして早口で言ってくる。
俺は
「でもさ、左手全然感覚が無いんだよ。足も痺れている感覚があるだけで動かないし。」
「何でそんな風になったんだよ。」
「それが思い出せないんだよ。ただ飛び出して来た車を避けようとしたのは覚えているんだけれど、その車に衝突したのかその後何かあったのか俺も分からなくて」
「マジか。」
陸斗の顔は真っ青というより血の気が引いたような状態だった。
「あのさ、言いにくいんだけれど加藤さんも一緒に来ているんだ。呼んでも大丈夫か?」
「加藤さんが?」
「ああ、俺がお見舞いに行ってくるって言ったら私も行くって言ってて。」
「ああ、呼んでも構わないよ。」
陸斗は足が硬直しているのかぎこちない歩き方でカーテンの向こうに行った。
暫く外でやり取りをしているのか多分加藤さんの声と陸斗の声がする。
「本当に良いの?」
と加藤さんが言い
「本人が大丈夫って言っているから大丈夫」
と陸斗が言う。
暫く押し問答が続き加藤さんが深い深呼吸をしてカーテンの前に立った。
「加藤さん。」
と言うと加藤さんの顔はどんどん歪み大きな目から涙がポロポロと流れてきた。
「だ、大丈夫?」
と聞くと
「アンタが大丈夫じゃないでしょ。」
と言われた。確かに今の俺は顔は傷だらけだし、髪もボサボサだし胸元には包帯が巻かれている。
「これでも、結構痛みは無いんですよ。」
と言うと
「そんな訳ないじゃない。身体が麻痺しているだなんて心が痛いじゃない。」
「・・・・」
俺は何も言えなかった。
陸斗が
「加藤さん中に入って。中に椅子があるからそこに座りなよ。」
と言った。俺は加藤さんの足元を見ると震えているのが分かる。
ああ、力が入らないのだ。陸斗はそれに気が付いて椅子に座るように勧めたのだ。
「加藤さん大丈夫?」
と聞くと
加藤さんは涙を流しながら
「大丈夫な訳ないでしょ?」
と言って横にある椅子を引っ張って座った。
陸斗は加藤さんの隣に立って
「お前が事故に遭ったって聞いた時大変だったんだぞ。クラス中が泣いて、しかも他クラスの女子達も何度もお前から連絡が無かったのか?て聞かれて」
「何でそんなに大騒ぎになっているんだよ。」
「俺も人の事言えないけれど、お前モテてたって言ったけれど思っていた以上に女子達からモテていたらしいぞ。女子達が言ってた。花岡君はクールな子だから騒がなかっただけで、ファンクラブも出来てたって。」
「ファンクラブ?」
「ああ、最近は俺達加藤さんと仲良かっただろう?だから余計に話掛けにくくなっていたってクラスの女子達から聞いた。」
「そうなんだ。知らなかった。」
「私も知らなかったの。私クラスで浮いているからその情報知らなくて。」
「加藤さん浮いてないですよ。モテているだけで浮いてないですよ。」
と陸斗が言う。俺も頷くと
「本当?私ずっと虐められているって思ってた。」
と加藤さんが涙をまだ流しながら言ってきた。
「陸斗、なんでその事ちゃんと加藤さんに言わないんだよ。」
と言うと陸斗が
「いや、知っているって思うじゃん。あれだけ告白されたらモテているって知っているって思うじゃん。」
と言う。
「そんな話は良いから、とにかく学校中が大騒ぎになったのよ。陽梨さんは今の状態を知っているの?」
と加藤さんが涙を拭きながら言う。どうか泣き止んだらしい。
「陽梨さんから連絡まだ無いんです。」
「何で?」
「それが分からなくて。」
「じゃあ、こう送ってみなさい。今杏林の大学病院に居ますって。」
俺はスマホを取り出しインスタのDMを開いた。
最新のメッセージは俺が送った。
『無事です。すみません。』
という文字が表示されている。
『今杏林の大学病院に居ます。実は自転車と車の接触事故に遭って今入院しているんです。両足と左手が動かなくて心配掛けたくなくて黙っていようと思っていたのですが、暫く会えそうに無いので送りました。心配かけてしまってすみません。』
俺は加藤さんが言う言葉を文にする。
「これでいい?」
と加藤さんに画面を見せると
「維月君!貴方無事ですだなんて送ったの?全くアンタ馬鹿?そんなんじゃ何で連絡くれなかったのか分からなくて返事返せないじゃない!」
と加藤さんに怒られた。
「加藤さん、シー!」
と陸斗が加藤さんの肩を押さえる。
「ごめんなさい。」
と言うと
「全く、維月君は恋愛経験値が低すぎる。それで?陽梨さんと出掛けて何か情報あったの?」
加藤さんが中腰になっていたのを座り直して腕組みをした。
「それが、言いにくいんだけれど元彼の話を聞いた。詳しいことは言えないんだけれど、陽梨さんはまだ元彼の事を忘れることが出来ないみたい。」
「なるほどね、元彼か・・・強敵ね。過去の人を引きずっている内は次の恋になかなか進めないものだもの。それで?維月君はその話を聞いても陽梨さんを好きなの?」
「うん。」
「だったら、アタックすればいいじゃない。」
「でも、俺こんな身体になっちゃったし。陽梨さんに迷惑かけたくない。」
「こんな身体ってね、リハビリすれば少しはマシになるんじゃないの?」
「それが分からないんです。多分車椅子生活にはなると思います。」
「きっと、クラスの女子が聞いたら卒倒するわね。」
「自転車には多分乗る事が出来なくなると思うんです。だから陽梨さんとも会えなくなるかと。」
「そこは男でしょ?諦めない!」
「でも・・・」
「でもなんて言わない!陽梨さんが他の人を選んでも良いの?元彼より素敵な人が現れたらきっとそっちに行っちゃうよ。もう年齢も年齢だから結婚とかしちゃうよ?そうしたら二度と陽梨さんに会えなくなるよ?」
「それは嫌ですね・・・」
「でしょう?維月君が陽梨さんが幸せになるならそれで良いとか言うタイプの男じゃなくて良かった。でも、本当にこのままだと一生会えなくなるよ?」
「じゃあ、どうすれば良いですか?」
「今は現状を伝えたから連絡待ち。それで連絡が来たら一言会いたいです。て送りな。」
「そんなハードな事言えますかね。」
「言わなかったら伝わらないわ。きっと言わなくても来てくれると思うけれども。」
そう加藤さんが言い終わると同時にカーテンがシャッと開いた。
陸斗と加藤さんが振り向くとそこに陽梨さんが立っていた。
「陽梨さん。」
と言うと加藤さんと陸斗が息を飲む。
「だ、大丈夫なの?」
と陽梨さんが聞く。陽梨さんをよく見ると頬には涙を流した跡があった。
「メッセージにも送ったと思うんですけれど、左手と両足が動かないんです。」
「右手は?」
「右手は動きます。大丈夫です。記憶もしっかりしています。ただ事故に遭った時の事だけが覚えいないだけで。」
「そう・・・動くようにはなるの?」
「それは・・・・・今の所は難しいかと。」
「・・・・・」
陽梨さんは黙っている。
俺は陽梨さんに
「多分車椅子生活になると思います。でも、リハビリしたら少しは動けるようになるかもしれないし・・・・」
と言った。陽梨さんはその場にしゃがみ込み大粒の涙を流した。
「陽梨さん?」
声を押し殺して泣く陽梨さんに俺は近寄ろうとして痛くて動けない。
情けなく思っていると陸斗が
「陽梨さん大丈夫ですか?」
と陽梨さんの傍に行った。
「維月は動くな。傷に障る。」
「ごめん。」
俺は謝ると
「良いって。・・・・陽梨さん大丈夫ですか?」
と陽梨さんの顔を覗いた。陽梨さんは
「私があの時声を掛けて居なければ、もう少し早く行かせていたらこんな事にならなかったのに。」
と言った。悲痛な叫びは俺の心をグサリと刺す。
「そんな事・・・・・」
無いとは言い切れない自分が悔しい。
本当は自分でも考えていた。あの時スピードを上げずに漕いでいたらとかもう少し時間に余裕を持って陽梨さんと別れていたのならこんな事にならなくて済んだかもしれないのに・・・・。
「そんな事は無いわ。」
そう言ったのは加藤さんだった。
「陽梨さん、陽梨さんのせいで花岡君はこんな風になったんじゃないんです。これも運命だと思うんです。でも、この運命をどう受け止めるかは花岡君次第だと思うんです。陽梨さんが自分自身を責める事では無いです。」
「貴方は?」
「花岡君の友人の加藤です。」
「貴方が加藤さん?」
「花岡君から色々聞いていると思いますけれど、花岡君は最初から私の事なんて好きでも何でも無かったんです。本当は陽梨さんの事が好きだったんです。」
「加藤さん!」
俺は制止するように言うが、加藤さんは止まらなかった。
「花岡君が陽梨さんに何を聞いたのか分かりませんが、花岡君は最初から陽梨さんの事しか見てなかった。だから毎日会うのが楽しみで仕方無かった。陽梨さん、どうか自分を責めないで下さい。陽梨さんのせいでこんな風になった訳じゃ無いです。」
「でも・・・・」
と陽梨さんが顔を上げて言う。マスカラが落ちてアイラインも擦ってしまったからか取れている。
「陽梨さん、加藤さんの言うとおり本当に違うと思いますよ。本当に維月は陽梨さんと会うのが毎日楽しそうにしてましたし。」
と陸斗が言う。
陽梨さんは俺の事を見ると
「本当?」
と掠れる声で聞いた。
俺は静かに頷いた。
陽梨さんは最後に
「ごめんね。」
と言った。陸斗は陽梨さんの背中を優しく撫でた。
あれから一ヶ月が経った。
母さんが入院していた時に着ていた下着とかをバッグに詰める。
「維月、忘れ物ない?」
「うん、あ待ってスマホ忘れてた。」
スマホのロック画面を見るとあの日撮った陸斗と加藤さん、陽梨さんと俺の写真が表示される。
「皆待っているわよ。」
そう言って母が車椅子に俺を乗せて荷物を持って部屋を出た。
あれからリハビリを頑張っているがものの座る事がまともに出来なかった。
誰かの力を借りないと車椅子も一人では乗れない。
腰には力が入り足首は少し動けるようになったものの、まだ一人で起き上がる事は出来ない。
「花岡君」
病室から出ると医者が声を掛けて来た。
「先生、お世話になりました。」
「いや、これからだよ。これからリハビリ毎週来て貰って頑張って動けるようにならなくちゃ。希望は捨てたら駄目だよ。」
「せめて座って自分で車椅子に乗れるようになりたいんですよね。」
「そうか、その気持ち忘れたら駄目だぞ。」
俺は強く頷くと先生は俺の頭をワシャワシャと撫でた。
病院のシャンプーの匂いがする。
自分でお風呂に入れないため男性看護師さんが髪とか洗ってくれていたのだが、今日から自分で洗わなくちゃいけないのかと思った。
左手は動かないものの、脊髄損傷したため腰に力が入りにくく足に上手く力が伝わらない。
しかし、足首だけは少しは動かせるようになった。
先生は奇跡だと言ってきた。
もしかしたら、少しは動けるようになるのかもと言っていた。
俺はその奇跡を信じてリハビリを少しずつするようになった。
「じゃあ、またな。」
と言って先生は廊下の向こう側に行ってしまった。
「維月行こうか。」
そう言って母は車椅子を押した。
「うん。」
エレベーターに乗っている時にそういえばと思って
「母さんごめんね。それといつも有り難う。」
と言った。母は
「何急に?」
と言った。
「俺さ、母さんと父さんに感謝の言葉言ったこと無かったなと思ってさ。まあその事を考えていて事故に遭ったんだけれどね。でも、いつでも言えると思っていた言葉が急にその事を伝えられなくなる時があるんだって事を身を持って知ったよ。」
母さんは言葉が出ないという風に何も言わなかった。
「母さん?」
と聞くと
「馬鹿息子。」
と言ってきた。その声は震えていて、ああ泣いているんだって分かった。
「この馬鹿息子」
そう言ってポカッと軽く小突かれた。
「ごめん。」
と言うと
「命があれば良いのよ。母さんはね子供には笑っていて欲しいの。泣きたい時もあるけれど、それが過ぎたら思いっきり笑えるようになって欲しいの。それが一番の親孝行よ。」
と言った。
母さんは黙って鞄を開けると鼻を噛んだ。
暫く黙っているとチンと言って一階に着いた。
母は鞄をゴソゴソと弄ってチャックを閉めると車椅子を押してロビーに向かった。
「維月君!」
そう呼んだのは陽梨さんだった。
陽梨さん以外にも陸斗と加藤さんも居る。
「皆来てくれたんですか?」
と言うと
「当たり前じゃ無い。」
と加藤さんが言う。
陸斗は
「おばさん、俺車椅子押すの変わりますよ。」
と言った。
母は
「じゃあ、少しの間その席で待っててくれる?治療費払ってきちゃうから。」
と言った。陸斗は
「はーい」
と言って俺の背後に回り車椅子を押して近くの席に向かった。
「今日仕事と学校は?」
と聞くと三人が
「「「休んだ。」」」
と言った。
「休んだ?」
と聞くと
「「「休んだ!!」」」
と言われた。陸斗が
「でも、大変だったんだぜ?維月の所に行くってクラスの女子にバレて皆で迎えに行こうって言われて先生が止めなかったらクラス全員で迎えに来るところだったんだぜ?でも、クラスの指原さんに頼まれているから写真だけ撮ろうぜ。」
と言ってスマホを取り出し俺とツーショットを撮った。
「よし、これで指原さんにLINEしたら・・・・よし、送った。・・・・うわ、すぐに既読になった。」
「指原さんってあの指原さん?」
指原さんとは学級委員長だ。
眼鏡を掛けていつも眉間に皺を寄せて本を読んでいる、静かな人だ。
ただ、クラスメートからの支持率は高く来年の生徒会には立候補出来るだろうと言われている。
「そうだ、田中先生が言っていたけれどこれからは車登校になるんだろう?」
と陸斗が席に着くと背後から回ってきて俺の前にある椅子に座った。加藤さんと陽梨さんも陸斗の隣に座って三人が俺に向き合うように座る。
「うん、一応家からでもリモートで受けても良いって言われているけれど、やっぱり学校には通いたいしな。」
と言った。
「そうね、その方が良いわ。そうじゃないときっとクラスの女子達が毎日花岡君の家に来るようになるわよ。」
と加藤さんが言った。
「俺ってそんなモテキャラなんですか?」
と聞くと
「私も知らなかったけれど、花岡君が入院するようになってから皆色紙を書いたりして回復を待っていたんだから。」
「あ、加藤さん!」
「色紙って何?」
慌てる陸斗に俺が聞くと
「この色紙・・・でもごめん、実は運ぶ途中でお茶が零れちゃって半分茶色になっちゃったんだ。」
と言った。
「陸斗らしいな。」
「だからごめんって。」
「それでね、維月君が学校に通うの私が運転しようと思っているの。」
と陽梨さんが言った。
「陽梨さんが?」
ととても驚いて裏声が出てしまった。陽梨さんはフフフと笑いながら
「そう、私が運転して学校に送るの。本当はお母様が行くって話だったんだけれど、今回の事には私にも原因があるって思って申し出したの。勿論最初は断られたわ、私も仕事があるし毎日送るのは大変だろうって言われたけれど、でも仕事場にはもう話をして少し行く時間を遅らせて貰ったわ。それだから仕事の支障は無いって事を伝えたくて。でも帰りだけは迎えに行けないからお母様が迎えに来てくれる事になったから。それだけはごめんね。」
「いえいえ、むしろ行き本当に良いんですか?」
「勿論、だって毎日一緒に千歳船橋駅まで歩いて行ったくらいだから何かこれで会うのがお終いにはしたくなかったの。」
「それは俺も同じ気持ちでしたけれど。」
「本当?じゃあこれから一緒に学校に行こうね!」
と陽梨さんが言った。
俺は顔が真っ赤になるのが分かった。
「へ~花岡君ってそんな風に照れるんだ。」
と加藤さんが揶揄ってくる。陸斗が
「そりゃそうだよ、だってこれから大好きな陽梨さんと一緒に登校出来るんだもん。そりゃあ嬉しいはずだよ。」
と言ったので俺は慌てて
「おい、陸斗!」
と言った。
へへへと陸斗が笑っている。そういえばと思って
「そういえば陸斗いつから加藤さんにタメ口で話すようになったんだ?」
と聞いた。
「ああ、維月には言っていなかったけれど俺達付き合って居るんだ。」
「え!!」
俺は驚きで隠せない。あの告白玉砕連覇を陸斗がストップしたのか!
「マジか!お前いつの間に」
と言うと
「いや、維月の事があって加藤さんと一緒に居ることが多くなって自然とって感じだな。」
と陸斗が言った。
「俺のお陰かよ。」
と言うと
「そうだな、ハハハ」
と笑った。
半年が経った。
俺は毎日陽梨さんの車で学校に登校した。
休日は陽梨さんが家にまで迎えに来てカフェに一緒に行った。
最近では表参道にあるマーサブランチという所でパンケーキを食べた。
お洒落な所で緊張したがとても美味しかった。
陽梨さんは髪の毛を伸ばすようになった。
今は鎖骨辺りまで伸びた。
「陽梨さん、何で髪を伸ばそうと思ったんですか?」
と聞くといつも
「前に向かって歩いているからよ」
と答えた。
車椅子を押してくれているから確かに前に進んでいるのだが、何故そんな事を言うのか俺には分からなかった。
今週もカフェに行く。
家の中だったらゆっくり壁を伝って歩けるようになった俺は、自分の部屋から移動して一階に降りて車椅子に座る。
「維月準備出来た?」
と母さんが聞いて来た。
「うん。」
と答えると
「そろそろしたら陽梨さんが来るわよ。」
と言われた。
するとピンポーンとチャイムが鳴る。母さんが
「はーい、ちょっと待ってて」
と言ってインターホンに向かって言う。
俺は車椅子で玄関に向かうと玄関をゆっくり開けた。
「おはよう、維月君。」
「おはよう、陽梨さん。」
薄ピンクのワンピースを着た陽梨さんが玄関ドアの所に立っている。
「あのね、維月君私詩を書いてみたの。」
「詩?」
「うん、実は前からこっそり書いていたの。元彼が死んだ日が最後だったんだけれど久しぶりに書いてみようと思って。」
「へ~そんな話全然知らなかった。ねえ、読んでも良い?」
「う~ん、素人の作品だよ?それでも良いのなら。」
俺は陽梨さんが鞄の中から一冊のノートを出して渡してくれるのを待った。
「あの日陽梨さんが書いた詩を読ませて。」
俺は陽梨さんからノートを受け取った。