テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「お前が嫁ぐのは、元帥閣下のギルバート・ラッセル・ブラッドワース公だ。我がアルバーン伯爵家には、勿体ないほどのお方だ。喜びなさい」
そう言いながらも、父は浮かない顔だ。
「ブラッドワース公……」
悪名高いブラッドワース公爵の名前なら、勿論知っている。
いや、このエルフィンストーン王国で、彼の名前を知らない者はいない。
〝死神元帥〟〝隻眼の悪魔〟〝血まみれ元帥〟――。
彼につけられるあだ名は、宜しくない印象のものが多い。
ではあるが、彼は十月堂事件で英雄となった人物でもある。
シャーロットも舞踏会で、遠目に彼を見た事がある。
彼は少し長めの黒髪に、神秘的な金色の目を持っている。
だが左目は名誉の負傷をし、黒い眼帯に覆われていた。
それさえなければ顔立ちは整っているし、背も高く逞しい体つきをしている。
顔の傷ぐらい気にしない、大貴族であるブラッドワース家に嫁ぎたいという女性なら多くいそうだ。
しかしギルバートには、人を遠ざける雰囲気がある。
会話をしても弾まず、一緒にいるだけで威圧感があり、黙られると怒らせてしまったのではないかと不安になり、間が持たないそうだ。
彼はほんの数年前まで戦地に赴き、血も涙もない作戦を決行し、捕虜に冷酷な尋問を行った。――そんな話も聞いている。
ギルバートが笑ったところなど誰も見た事がないし、口調も淡々としていて怖い。
だからか、彼に不快な思いをさせた者は不運な目に遭う……、など様々な噂が飛び交っていた。
「ブラッドワース公は……、隻眼の元帥閣下ですよね?」
シャーロットは数々の噂を思い出し、父に尋ねる。
「その通りだ。閣下は三十二歳ながら、ブラッドワース公爵位を継がれ、軍を統括する立場にある。口数は少ないが、この国への忠誠心は誰よりも強い。……きっと、妻となる女性も大切にしてくれるはずだ」
「立派なお方なのですね」
返事をしながら、シャーロットは父が今にも泣き出しそうな顔をしているのを見て、すべてを察した。
(この結婚は、断る事のできない〝命令〟なのね)
理解した彼女は、胸に湧き起こる一抹の不安を無視し、ハンカチを置いて立ち上がった。
「承知いたいしました。私、元帥閣下と結婚いたしますわ」
彼女はキュッと父の手を握って微笑む。
「シャーロット……」
父が何か言う前に、彼女は明るく言った。
「大丈夫です。私、意外と順応性が高いんです。お嫁にいってもきっと上手くやれます」
健気な娘の言葉に、アレクシスは余計に己が情けなくなったようだ。
「すまない……。私を許してくれ」
「どうしてお父様が謝るのですか?」
父の言いたい事を察したシャーロットは、項垂れるアレクシスの肩を優しく撫でる。
「私、お父様のそのようなお姿は見たくありません。お父様は元帥閣下に嫁ぐ事を悲観されておいでですが、私が不幸になると決めないでくださいね?」
シャーロットはおっとりとしながらも、芯の強さを見せる。
「私、幸せになりますから心配しないで」
突然、強制的に結婚相手を決められたが、シャーロットはまったく動じていなかった。
自分が積極的に婿捜しをしていなかったから、いつかはこうなると思っていた。
だから大した驚きはないし、いずれくるものが、今来ただけの話だ。
沈痛な面持ちをした父は、自分を責めない娘の優しさに、無言で頭を下げた。
**