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「いちまんはっせんきゅうひゃくえん……いちまんはっせんきゅうひゃくえん……」


「もー、さっきから何ブツブツ言うてるん?そんなことより、もうすぐ歌うんやからもっと気合い入れなっ」


会場が近づき終始ご機嫌な彼女の隣で、俺は青白い顔面をしながら呪文のように数字を繰り返していた。


ーー自宅最寄りの駅までの道中、俺は近くの靴屋をスマホで探し出し、無事たどり着いた。

だが、そこで彼女が気に入った花柄の派手な靴は、なんと18900円もしたのだった。


慌てて別のものを提案するがそれも虚しく、周りに自慢してくる!などと言い店を出る彼女とは対照的に、俺は血の涙を流しながら靴屋の店員に金を払ったのである。


「はぁ……ご機嫌なのはいいが、はしゃぎ過ぎてころぶなよ」


給料日までまだ半月以上もある今月の生活費を考え、頭が痛くなる。


「大丈夫大丈夫ー!あ、歌うところあれ違うん?」


彼女がそう言いながら指を指した建物には、今日の会場”ライブハウスGOLD(ゴールド)“の看板があった。



「おはようございまーす!!」


「あ、おはようございます」

「はざーす」

「おはよう」


古いビルの階段を上がり、薄暗い通路を進むと、防音の分厚く大きい扉が見える。

それを両手で開き、中へ入り挨拶をすると、次々にスタッフさん達が挨拶を返した。


GOLDはビルの二階にあり、収容人数は立ち見で百人ほど。

豪華な会場からは流石に見劣りはするが、同業者からも評判の良い、中型の老舗ライブハウスだ。


「違うよ、うち知ってるで。もうお昼やからこんにちは、やねんで」


そう言って得意げに胸を張る彼女に、否、ない胸を張る彼女に俺は答えた。


「あー、違う違う。この業界じゃ昼でも夜でもおはようございます、なんだよ」


「ふーん、なんでなん?」


……そう言えば考えた事すらなかったな。


「それはね、自分よりも早く現場に入って準備をしている人達に”お早いお着きご苦労様です”という意味で挨拶をしているから、なんだよ」


うーんと首を捻りながら考えていた俺の後ろからひょっこり現れたのは、堀江(ほりえ)けいすけさん。

この”ライブハウスGOLD”の店長さんだ。


「あ、堀江さん!おはようございます」


「おはよう、てつやくん。今日はよろしくね」

「……ところでその子は?」


ーー!!


俺はどうも自分で考えている以上に、昨日からいっぱいいっぱいのようだ。

彼女の事を他の出演者やライブハウスにも説明しなくちゃいけない。今の今まで、そんな当たり前の事を見落としていたのだ。


困ったぞ、恋人なんて言った日にはライブどころか最悪逮捕されてしまう。

妹はどうか?ーーいや、今まで妹がいるなんて言った事もないのに、急に登場するのも無理がある気がするし。


……仕方ない、これくらいしかないか。

俺は一か八かで口を開いた。


「こ、この子は親戚の子なんです。もの凄く田舎の出身で、都会が見てみたいと今うちで預かっていまして。ははは……」


咄嗟に出たが、かなりベストな言い訳とも言える。

いけるか?この嘘はいけるのか?


「……なるほどね、そういう事なら自由に使って貰って構わないよ。えーっと、名前はなんて言うのかな?」


「うちはアオイデーって言います。よろしくお願いします」


「ん?アオイデ?なんだって?」


嘘が通って安心したのも束の間、俺は慌てて彼女の口を手で塞いだ。


「あ、あおいです!鳳あおいです!こいつちょっと方言が強くて!聞き取りにくかったらすみません!」


「はは、あおいちゃんって言うんだね。おじさんはけいすけって言うんだ。よろしくね」


ーーな、なんとかなった 

まさかライブ前に、ステージに上がる何倍も緊張させられるとはな。


「じゃあてつやくん。これ、あおいちゃんの分もステージパスね」


そう言って、ライブハウスのロゴが入ったシールを二枚渡して貰った。


ステージパスとは、そのライブやイベントの関係者なのか、お客さんなのかを見分ける為のものだ。場所によってシールだったり、首から下げるストラップタイプだったりする。パスにはライブハウスのロゴが必ず入っているので、自分が今まで出演した思い出やコレクションとして、カバンや楽器のケースに貼るミュージシャンも多い。


「ありがとうございます。ほら、あおい」


そう言って彼女にパスを渡した。


「あおい……?」


聞き慣れない名前に戸惑っているのだろうか。

俺は周りに聞こえないよう辺りを見渡すと、彼女の耳元に口を近づけた。


「アオイデーだと色々と都合が悪いんだ。センスはないかもしれないが、こっちではあおいで通してくれ」


外国人と言ってもいい顔立ちをしているが、やはり日本人の方が色々と過ごしやすいだろう。名前は、本名からとっただけだが。


「……あおい……あおい」


「お、おい。どうした?」


しばらくうつむいて、名前を呟いていた彼女だったが


「……あおい!めっちゃ嬉しい!それに、なんか懐かしい気がする。うちの名前な、これからあおいにする!ありがとう!」


そう言って、嬉しそうな笑顔をこちらに向けた。

咄嗟に思いついた名前だったが、そんなに喜んでくれるなんてな。

なんだか俺も嬉しくなる。


ーーそれにしても懐かしい、か


咄嗟に出た名前のはずなのに、不思議と俺もそんな気がした。


「はは、そんなに喜んでくれたら俺も嬉しいよ。じゃあ、パスを貼ったら次は楽屋へ行こうか」


そう言って俺は楽屋のある方向へ顔を向けた。

GOLDの楽屋は、客席から見てステージ右横にある扉の奥にあり、楽屋内からステージ上へ直接行けるよう通路が繋がっている。


「がくや?」


「ああ、出演するミュージシャンが集まっている所さ」


楽屋とは、ミュージシャンが本番までの間を過ごしたり、荷物を置いておく場所だ。テレビ等で聞いたことがある人も多いと思うが、基本的にはあれと同じだ。


ステージと直結してる所や、楽屋からステージまで距離がある所もあるが、どちらもお客さんからは見えない様になっている。


GOLDの場合は十畳程の小さな部屋で、楽屋内にテレビモニターがついており、それで客席やステージの様子を見る事が出来る。

ライブハウスによっては、楽屋自体ない所もあるがな。


俺とあおいは客席を抜け、ステージ横の扉から通路を通り、”出演者控え室”と書かれた貼り紙が貼ってある扉をノックした。


「おはようございます」


そう言って扉を開けた瞬間だった。


「てつやちゅわーん!!」


「え!?え!?え!?」


大きな物体が、猛烈な勢いでこちらを目掛けて迫って来た。

30歳から始まる音楽生活。女神さま付き

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