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夏の穂@フォロバ
かにのぐみ #フォロバ
それ、本当に帰り道?
文豪学園十大不可思議の一つ:太宰治の家は一体どこにあるのか。
どう見ても退屈極まりない問題だし、そもそも議論する価値すら見出せない。だが不可思議なことに、この話題は校内であれ、学校の掲示板サイトであれ、一向に廃れる気配がなかった。
名前を明かしてもいいと言う織田作之助先生は、かつて実直にこう答えたことがある。
「太宰なら俺の家の隣のアパートに住んでる。XX街6棟203号室だ。訪ねるタイミングが良ければ、ドアごと床に外れて落ちていることもあるぞ。だから理論上はノックすらなく入れるが、ドアを付け直してやるのが少々面倒だな」
模範解答はとっくに公表されている。それなのに、これっぽっちも神秘性のカケラもないような問題について、未だに多くの人々が喧々諤々と議論を続けているのだ。
理由は単純だった。太宰治は放課後、帰る方向が毎回バラバラなのだ。しかも、まるで横浜全域が帰り道にあるかのように、身の回りに何か新しいものが増えるたび、知り合いから何気なく尋ねられると、一律でこう答える。
「家に帰る時/学校に来る時に、ついでに買ったんだ」
太宰治が「ついで」に買ったのは、街の一番西側にあるクレープだったり、一番東側にあるチーズケーキだったりする。どう考えても通り道で済む話ではない。誰もが口を揃えて、あの男は学校の外で女子とあちこちデートしているからこそ、横浜全域が「ついで」になるのだろう、と推測していた。
彼に密かな恋心を抱く者が、そのためにわざわざ尾行したこともあった。しかし、結果は例外なく5分以内にあっさりと見失う。その恐るべき反偵察・反尾行能力は、到底高校生のそれとは思えなかった。
つまり、この問題の本質は結局のところ、「太宰治は校外で一体何をしているんだ、まるでそこら中を徘徊している浮浪者みたいじゃないか」という点に尽きるのだった。
中原中也が転校してくると、幼馴染である彼に再び大きな期待が寄せられた。そして中也は、周囲の期待に満ちた視線を浴びながら、わけがわからないといった顔で、どこか聞き覚えのある退屈な答えを口にした。
「XX街6棟203号室だろ。あんなボロい場所、泥棒だって通りかかっても盗む気失せるわ。見たきゃ勝手に見に行けよ」
クラスメイトが諦めずに食い下がる。
「じゃあ、太宰君はどうして横浜中が帰り道みたいにできるの?」
中也はさらに怪訝そうな顔をした。
「手前が知るかよ。あいつ、しょっちゅうあちこちで自殺しようとしてるだろ。そこら中を走り回ってんのも普通じゃねぇか」
この回答はあまりにも合理的で、あまりにも面白みがなかった。そのため、誰もが示し合わせたように聞こえなかったフリをし、再び顔をそむけて興奮気味に、熱く議論を再開するのだった。
あちら側の人々が勝手な予想で盛り上がっている時、一人の女子生徒が再びすり寄ってきて、少し恥ずかしそうに尋ねた。
「そういえば、中也君が転校してきてから、毎日放課後は太宰君と一緒に帰っているみたいだけど、中也君の家もあの近くなの?」
突然また質問を振られ、中原中也は慌てて口の中の焼きそばパンを飲み込んだ。
「あ? いや、俺の家はXXビルのあたりだ」
「え?」質問した女子生徒は、不意を突かれたような表情を浮かべた。「でも、そこって太宰君の家とは真逆の方向じゃない?」
「そうだけど」中也はそれが当たり前の常識であるかのように、平然と答えた。「うちの兄貴が、あのクソ太宰の住むアパートから遠いからって理由で、わざわざあそこに引っ越したんだよ」
「でも……」
女子生徒がさらに問い詰めようとしたその時、すらりとした高い人影が不意に割り込んできた。中原中也の前の席にどさりと腰掛け、同時に中也の手から食べかけの焼きそばパンをぶんどると、遠慮なく大きな一口をかじり取った。
中也は勢いよく立ち上がり、そいつの胸ぐらをひっ掴んだ。
「おい手前、この野郎!」
「むぐむぐむぐ……まずい」胸ぐらを掴まれた状態のまま、平然と口の中のパンを咀嚼し、太宰治はそれを飲み込んだ後、わざわざ評価を下すことも忘れなかった。「さすが中也のセンスだ、最悪だね」
「クソ太宰! それは俺の昼飯だぞ!!」
「えー。中也が自分で可愛い女の子に鼻の下を伸ばすのに夢中で、パンを食べるのを忘れていたのが悪いでしょ。私は食べ物が無駄になるのを心配して片付けてあげたんだよ。感謝されこそすれ、暴力を振るうなんてさぁ」
「そこで屁理屈こいてんじゃねぇ、お前! 今日こそ絶対に一発殴ってやる! あとパンを返せ!」
中也が言わなきゃいいものを、それを聞いた太宰治はすぐさま残りのパンをすべて口に放り込み、ふがふがとした口調で挑発した。
「あっかんべー、あげるもんか! 全部食べてやるんだから」
「手前、さっきすでに俺の弁当を盗み食いしただろ?! お前!!」
僕私は中也みたいにチビじゃないからね。それっぽっちしか食べないと、背が伸びなくなっちゃうよー?」
クラス全員が、二人の男子生徒が相次いで教室を飛び出していくのを呆然と見送った。二人が突進していってからしばらく経っても、遠くからかすかに怒鳴り声が聞こえてくる。よく耳を澄ませば、国木田先生のブチギレた説教の声も混ざっているようだった。
「ということは……」しばらくの静寂の後、教室でようやく一人が耐えかねて声を漏らした。「太宰君と中也君って、結局なんで毎日一緒に放課後帰ってるの?」
「さあね……」
「そういえば、隣のクラスの佐藤と山田も、毎日放課後一緒に帰ってるよね。あの二人も家は同じ方向じゃなかったはず」
「でもあの二人は付き合ってるじゃん。確か小さい頃から一緒に育った幼馴染だし……」
「そう言われてみれば、太宰君と中也君も幼馴染なんじゃないの?」
「中也君が転校してきてからというもの、あの二人ってまるで結合双生児みたいに、いつもくっついて喧嘩してるよね」
「まさか……」
「なぁ、中也……」
ある日の午後の体育の時間。太宰治がトイレに行って不在のタイミングをようやく捕まえ、くじ引きの試合で不運にも中也と当たった立原道造が、コソコソと近づいてきた。そして全員の代弁者として、勇敢にもあの謎めいた質問を投げかけた。
「お前と太宰って、毎日放課後に何しに行ってるんだ?」
「放課後?」中原中也はバスケットボールを手に持ったまま、立原に目もくれず、跳び上がってスリーポイントシュートを決めながら、何気なく答えた。「放課後は当然、家に帰るだろ。たまについでにゲームセンターとかに行くくらいで、それ以外に何があるんだよ」
「でも、お前の家と太宰の家って同じ方向じゃないんだろ?」
「あぁ、そうだけど。それがどうした?」
「?」相手があまりにも当然のように答えるので、立原道造は、本当に自分の常識の方が狂っているのではないかと疑い始めた。そして魔が差したように、少しズレた質問を口にしてしまう。「……どっちの家に?」
「はぁ? 当然俺は俺の家に帰って、あいつはあいつの家に帰るんだよ。お前、さっきの数学の授業で寝ぼけて頭沸いたのか?」
「??」どうしてこの会話は、どこを取っても論理的なのに、どこを取っても論理破綻しているように思えるのだろう。「いや、でもさ……」
立原が論理を整理しきる前に、太宰治が突如としてどこからともなく現れ、にこやかに尋ねた。
「どうしたのかな?」
立原道造が言い訳を探して逃げ出そうとするより早く、中原中也は太宰治の手からミネラルウォーターのボトルをひったくって開けて飲み、ついでに立原を容赦なく売り払った。
「こいつら、お前が放課後に何してるのか気になってしょうがねぇみたいだぞ。勿体ぶってねぇで、直接言ってやりゃいいだろ!」
「放課後?」太宰治も立原を見た。その当たり前すぎる表情は、見ているこちらの胃が痛くなるほどで、まるでこんな質問をする方がバカだと言わんばかりだった。「学校で首を吊らない時は、当然家に帰るに決まっているじゃないかー」
毒を食らわば皿までだ。立原道造は一か八か腹をくくり、己の身を挺して、恐る恐る、しかし実直に本音をぶつけた。
「お前ら二人の家って……同じ場所なのか?」
目の前の二人は、完全に声を揃えて叫んだ。
「あるわけねぇだろ!/まさか! 誰が太宰/中也なんかと一緒に住むか!」
「???」立原は本当に、これが数学の授業よりも高難度で、到底理解できないと感じた。「じゃあ、一体どうやったら毎日それぞれ自分の家に帰るのに、一緒に歩いていけるんだよ?!」
「なんだ、そんなことで悩んでいたのか」太宰治はため息をついた。まるで立原の知性を無言で貶めるかのように。「そんなの明白じゃないか。当然、帰り道が一緒だから、仕方なく帽子置き場と同じ方向へ歩いているんだよ。実を言うと私もひどく困惑しているんだ。せっかくの素晴らしい放課後の時間に、視界の中にナメクジを入れなきゃいけないなんてね」
「うるせぇ! 俺だって手前を見たくて見てるんじゃねぇよ! お前みたいなクソ野郎が隣を歩いてるせいで、転校してきてから運気が下がってんだよ!」
「おやおや、奇遇だね。僕も同感だよ」
二人があーだこーだと言い合いを始めるのを見ながら、立原道造は呆然と手を伸ばして自分の顔に触れた。まだ体温があり、石化していないことを確認すると、精神を朦朧とさせながら、黙ってその場を後にした。
その日、立原道造は横浜の地図を午後いっぱい眺め続けたが、東側と西側にそれぞれ位置する二つの地点が、どうやったら「仕方のない帰り道」として成立するのか、さっぱり理解できなかった。クラスの連中と話し合っても拉致があかず、彼はこの世界レベルの難題を地理の教師にまで相談しに行った。教師は話を聞くなり「今すぐ出ていけ、二度と勉強に時間を費やすな」と言い放った。
しかし、どうしてそんなことになるのだろう。太宰治はあれほど当然のように、自信満々に言っていたのだ。それに太宰治の頭脳は、いつだって教科担任の誰よりも明晰だ。彼がああ言うからには、絶対に何か理由があるはずだった。
この謎めいた課題は、退屈で噂好きな思春期の生徒たちの間で瞬く間に広まった。何しろ当事者の二人はどちらも学校の有名人だ。放っておいても注目を集めやすい。
この話題が与謝野晶子の耳に届いた時、普段から果断な行動スタイルを持つその先輩は、整えたばかりの爪をヤスリで磨きながら、怪訝そうな顔で聞き返した。
「何言ってるの。あなたたち、帰り道が真逆なのに、それでも無理やり一緒に帰るカップルなんて見たことないの? 珍しくもないでしょうに」
確かに珍しいことではない。だが、それが当事者の二人と結びついた瞬間、万分に珍しく、また格別に信じがたいものへと変貌するのだった。
「それにしても……一体どうしてみんな、そんなに太宰先輩と中原先輩のことが気になるんですか」
武装生徒会の活動室内で、中原中也と同じく少し前に転校してきたばかりの中島敦が、心底不思議そうに尋ねた。「確かに、ちょっと変だとは思いますけど」
「あら、それは人気度の違いよ」谷崎ナオミが親切に答えてあげた。「中也くんは最近すごくモテるし、太宰くんだって、前は女子の間で白馬の王子様みたいな存在だったのだから」
中島敦は、重点と言えるのかわからない重点を捉えた。
「どうして『前は』なんですか?」
「神秘性と幻想を保てるのは1学期までだからよ」与謝野晶子は非常にストレートに言い放った。「その後、大半の人間は太宰に惚れるのが死路(破滅への道)だと気づいたの。だから自然と、白馬の王子様から『観賞用に適した危険物』に格下げされたってわけ」
谷崎ナオミは笑ってうなずく。
「ナオミの目には兄様以外誰も映りませんけど、太宰くんは確かに顔が良いですから、それも無理のない話ですわね」
「顔が良くても意味ないだろ」江戸川乱歩がお菓子を食べながら、気まぐれに口を挟んだ。「どうせ太宰は帽子君以外に興味ないんだし。あの巨大なタイムカプセルの中身なんて、半分は帽子君の盗撮写真だよ」
中島敦は言った。
「……乱歩さん、さらっとものすごく不穏なことを言いましたね!?」
「事実を言ったまでさ」江戸川乱歩は明らかに何の問題もないと思っているようで、手にしたポテトチップスで、太宰治に偶然会おうと生徒会室に無理やり居座っている芥川龍之介を指差した。「信じないなら、そこの彼を引っ張って見に行けばいい。生徒会は休憩所じゃないんだから、部外者はとっとと帰った帰った。太宰は今日ここには来ないよ。今から学校の外にある新聞スタンドに行けば、ちょうど見つかるんじゃない?」
芥川龍之介は即座にうなずいた。
「やつがれ、理解した」
中島敦は何を理解したのかさえ分からぬまま、次の瞬間には椅子から引きずり起こされ、そのまま校外へと連れ出されていた。
「待っ、今日の部活がまだ、待ってってば!」
橘髪の少年が新聞スタンドの傍らに立ち、激しい怒りをにじませながら、手に入れたばかりの漫画雑誌を睨みつけていた。
「はぁ?! ここで終わりかよ? 反派(敵)の異能力が一体何なのか、一言も明かされてねぇじゃねぇか! 勿体ぶるのも大概にしろよ、このクソ漫画!」
「これほど分かりやすいヒントが出ているのに当てられないなんて。そんなに頭が悪いと、羊の番すらまともに務まらないよ」
もう一人のすらりとした黒髪の少年が、隣に並んで漫画の内容を覗き込みながら、小馬鹿にした口調で言った。
「知りたい? 尻尾を振って僕に乞うなら、中也に教えてあげなくもないよ」
「うるせぇ! お前に言われなくたって分かってんだよ!」
「へぇ、じゃあ言ってみなよー」
太宰治の意地の悪い挑発に一瞬言葉に詰まり、中原中也は口を開けたり閉めたりした。何か言い返したいものの、確かに言葉が出てこない。最終的に、恥ずかしさのあまり逆ギレした中也は、手にした漫画を太宰治の顔面に叩きつけた。
「誰がお前なんかと漫画の考察なんかするか! とっとと川に飛び込んで溺れ死ね、このクソ青サバ!」
中也は罵りながら新聞スタンドを後にし、自分の家がある方向へと歩き出した。太宰治もまた、当然のようにその後を追い、隣に並んで絶え間なく口喧嘩を続けた。
太宰治の周囲にいれば、必ず底なしの面倒事に巻き込まれる。中原中也はそのことを子供の頃から嫌というほど味わってきたし、最近もまさにそれを実感しているところだった。
「お前が阿呆みたいにわざわざあそこへ入水しに行くせいで、最近学校の連中が、手前の放課後の行動について俺に探りを入れてくんだよ!」
最近のわけのわからない質問や、奇妙な視線を思い出し、中也は隣を歩くクソ野郎をボコボコにしてやりたい衝動に駆られた。
「俺が何度『あいつはあそこへ入水しに行ってんだ』つっても、あいつらは俺が絶対に嘘をついているって目で見てくんだよ。お前、たまには自分でアイツらに説明しやがれ!」
太宰治はきっぱりと拒絶した。
「嫌だね。みんなに面白い話題を提供してあげているんだから、それでいいじゃないか。これっぽっちのことで目くじらを立てるなんて、中也は器が小さいなー」
「お前、単に人が振り回されてるのを見るのが大好きなだけだろ??」
「さあね」
高校に進学してからは別の学校に通っていたため、このように二人で一緒に放課後を過ごすのは1年ぶりのことだった。小学校や中学校の頃はずっと一緒で、登下校もほとんど二人きりだった。そして、よく別の場所へ遊びに行っては夜遅くに帰宅していたものだ。中也の記憶では、ヴェルレーヌがそのたびに森先生のところへ怒鳴り込みに行き、「お前の家のクソガキをまともに管理できないのか」と問い詰めていた。
「そういえば、手前はいつになったらあのタイムカプセルを処分する気だ?」
転校してきて以来、中也がこの話を切り出すのはもう何度目になるか分からない。
「人の黒歴史を盾にして我が物顔で歩き回るんじゃねぇ!」
「処分するわけないじゃないか。中には中也が中学の頃に書いた中二病全開のライトノベルが入っているんだからね」太宰治は当然のように両手を広げた。「おやおや、あれは貴重な心血の結晶だよ。簡単に捨てられるはずがないじゃないかー」
「お前は黙れ!」
中原中也はそいつの忌々しい口を力任せに塞ぎ、周囲を慎重に見回した。通行人が今の太宰の発言に気づいていないことを確認してから、悪態をつきつつ手を離した。
「手前だってよくそんなことが言えたな。あの時、お前だって書いてただろ!」
「そうだよ」太宰治は相変わらず平然としており、羞恥心のカケラも見せなかった。「しかも僕の分もまだ中に入っている。いっそのこと一緒に取り出して、学校のみんなに見せて回ろうか? 僕は一向に構わないけれど~」
――世界はどうやって、これほどまでに破廉恥な人間を進化させたのだろう。いや、太宰は本当に人間なのか? 本当は地獄から這い上がってきた悪魔なんじゃないか?
「手前のその厚顔無恥な態度には反吐が出る……」
自分の中二病の黒歴史を語る時に、どうしてこれほど平気な精神状態でいられるのか、到底理解できなかった。
毎回太宰治と一緒にいると愚痴が尽きないが、今日の中也には、満たしたい好奇心があった。
彼はわざとらしく一つ咳払いをし、何気ない愚痴を装って言った。
「お前がいつもコソコソとわけのわからねぇことばかり言うからだ。俺は『あのクソ野郎は放課後、絶対に横浜中で自殺しようとしてるだけだ』つったのに、あいつらはまだ、お前が何かおかしなことしてると思ってやがる!」
実際のところ、尋ねられた時は当然のように答えていた中也だが、この問題については、転校してくる前から彼自身も密かに疑問に思っていた。
以前の学校に通っていた頃、放課後の道中で時折、太宰治と出くわすことがあったからだ。家に帰る途中のこともあれば、友達とどこかへ遊びに行く途中のことの方が多く、横浜のあらゆる片隅に太宰治と遭遇する確率が存在しているように思えた。しかも、その確率は決して低くはなかった。
自殺が最も可能性の高い選択肢であることは間違いないが、それはあくまで中也の単なる一方向的な推測に過ぎない。太宰治がもっと別の、突拍子もない理由を抱えている可能性だって否定はできなかった。
……例えば、女子とのデートとか。一度も遭遇したことはないし、太宰が女子とまともにデートしている姿など想像もつかないが、その可能性を完全に排除することはできなかった。
何しろ今はそういう年齢だ。どう考えても恋愛の真っ盛りの時期である。太宰のような男が、高校時代に一度も恋愛をしないタイプだとは到底思えなかった。
「あぁ、それね」太宰治の返答もまた気楽なもので、どこか不満げなニュアンスさえ含まれていた。「みんな本当に風情というものが分からないなぁ。最も青春の活力に満ちた高校時代に、素晴らしい放課後の時間を利用して、自殺に適したあらゆる片隅を心ゆくまで探索する。これこそが、この年齢層にとって最も意義のあることじゃないか」
中原中也「……」
何と言えばいいのか。まるでカーテン越しに黒いシルエットを見て、「どう見ても犬がポールダンスを踊っているように見えるが、あまりにもあからさまで、あまりにも馬鹿げているから見間違いだろう」と疑い、いざカーテンを開けてみたら、本当に犬がポールダンスを踊っていたのを発見した時のような気分だった。
「お前は一生救いようがねぇな」中也は麻痺したように言った。「死んで土に埋まったら、四方十里の土地が汚染されて、何十年も作物が育たなくなるレベルだわ」
考えてみれば当然だ。太宰治に惚れるような目の眩んだ女子など、存在するはずがない。外面ばかりが良く、中身がボロ雑巾のようだというのは、まさにこいつのためにあるような形容詞だった。
――待て、違うな……。
中原中也はハッと気づいた。
「じゃあ、お前はここ数日、なんでわざわざ俺の家の近くの川で入水ばかりしてやがるんだ?! 隣のじいさんが、お前がいつもそこで飛び降りるから魚が逃げちまって、1ヶ月も魚が釣れねぇって怒ってたぞ!」
「中也は本当にバカだね」太宰治は中也を見た。そのひどく遺憾そうな表情は、まるで救いようのない愚か者を見つめるかのようで、本当に首をへし折りたくなる代物だった。「当然、1年間の考察を経て、あそこが自殺に最も適した場所だと確定したからだよ。しかも、下流まで流されれば、そこからちょうど数分歩くだけでアパートに帰れるんだ。最高に便利な交通手段だよ。中也も試してみるといい」
「誰がまともな交通機関を放り出して、そんなイカれた手段を使うかよ」
太宰治は深く納得したようにうなずいた。
「交通機関? あの一台のピンク色の婦人用自転車のことかい? それは確かにすごいね、君にとてもよく似合っているよ」
「何度も言わせんじゃねぇ、ピンクじゃなくて赤だ!」
それを思い出されるだけで怒りが込み上げてくる。中也が初めてあの自転車に乗っているのを太宰治に見られた時、このクソ野郎はひどく奇妙な表情で中也を半日ほど凝視し続けた。中也が気味悪さを感じ、思わず殴りかかろうとした瞬間、太宰は幽霊のようにおどおどとした口調でこう呟いたのだ。
「まさか中也が、女の子の自転車を盗んで乗るようなクズ人間だったなんてね。どこの女の子がそんな可哀想な目に遭ったんだろう? 高校のクラスメイトかい? まさか、騙して付き合って巻き上げたわけじゃないよね。だとしたらあまりにも哀れだ」
太宰は完全に、その自転車が中也のものではなく、どこかの女子の所有物であると決めつけていた。中也は激怒し、太宰治を路傍の茂みへと蹴り飛ばした。
しかし不気味なことに、茂みに蹴り込まれた後、太宰治の表情はかえって少し和らいだのだ。そして、その自転車がアホウドリから贈られたものだと中也が説明すると、太宰は地面をのたうち回るほど大爆笑し、それに怒った中也に再びへこまされる羽目になった。
このクソ野郎は小学校の頃から、時折わざと殴られるような真似をしては、教師の前で被害者を装って同情を買っていた。そのせいで中也は何度も呼び出され、保護者面談をされる羽目になったのだ。幸いなことに、兄の頭もどこか普通ではなかったので、中也が人を殴ったと聞くたびに「さすが俺の弟だ」と満足そうに褒め称え、森先生もまたニコニコしながら「子供たちは本当に仲が良いですね」とうなずくだけだったので、後には教師たちもこの件を管理するのを諦めるようになった。
時折、中原中也は密かに懺悔することがある。太宰治がこれほど強靭な生命力を持っているのは、幼少期から自分が殴り続けたことで耐性がついたからではないか、と。もしそうだとしたら、己の罪はあまりにも深すぎる。
そんな怒りの混じる思い出に浸っていると、角を曲がった瞬間、隣を歩いていた太宰治が突如として中也の口を塞いだ。そして力任せに彼を隣のカフェへと引きずり込み、店の入り口にマスコットとして置かれていた巨大なぬいぐるみの後ろに身を潜めた。その一連の動作は、まるで映画のスパイのようだった。
中原中也は二度ほど身悶えし、太宰治がまた何の神経を狂わせたのかと問い詰めようとした。すると太宰は人差し指を唇に当てて静かにしろと合図し、窓の外を指差した……。
髪の色が黒と白の、二人の少年が角の向こうから現れた。
「あれ、人は? さっきまでこっちに向かって歩いてたよね?」
「太宰さんの行方は、やはりやつがれの測り知るところではない。さすが太宰さんだ……」
「こんな時に突然感心し始めないでよ! というか、そもそも僕たちなんであの二人を尾行しなきゃいけないのさ! 完全にただ一緒に帰ってるだけじゃないか……いや、こっちの道って、やっぱりどう考えても太宰さんの家とは真逆の方向だよ!」
「太宰さんのなさることには、必ず深い意味がある」
「どんなに深い意味があろうと、横浜の道路計画を変更できるわけないでしょ!?」中島敦はツッコミ役という立ち位置と天性的に結びついているようで、隣に立っているのが全くボケを回収しない保健室の貴公子であっても、お構いなしにツッコミを続けた。「これ、完全に『ついで』なんてレベルの道じゃないよ! 入水するにしても、わざわざあそこまで行って飛び降りる必要なんてないはずだし」
芥川龍之介は厳粛に訂正した。
「太宰さんが帰り道だと言えば、必ず帰り道なのだ」
「本気で言ってるの!?」中島敦は全く理解できないといった表情を浮かべた。「まさか、本当に乱歩さんの言った通りなんじゃ……。帰り道が違うのに無理やり一緒に帰るカップルと完全に一致してるよ……。あのタイムカプセルの中に大量の盗撮写真があるっていうのも、まさか本当なんじゃ……」
二人の少年がぶつぶつと言い合いながら去っていくと、ようやく二人はカフェのぬいぐるみの後ろから頭を覗かせた。
中原中也は呆れたように言った。
「あいつら、暇人すぎだろ」
太宰治の方はすんなり受け入れているようだった。
「おやおや、思春期は体力が有り余っているからね、普通のことだよ」
お互いに気楽な口調で話してはいたが、同時に、突如として示し合わせたように相手を見ようとしなかった。――正確に言えば、意識的に視線を交わらせるのを避けていた。
理由は判然としない。おそらく、先ほど通り過ぎた白髪の少年が放った、いくつかの不穏なキーワードが引き金になったのだろう。
中原中也は隣の盆栽を見つめながら、少し不自然な口調で言った。
「お前らのところの中二病探偵会長は、一体全体何をデタラメばかり言ってやがるんだ。カップルだなんて、ゴホッ……そんなこと、俺たち二人に結びつくわけねぇだろ」
太宰治の方も別の置物を凝視しており、言葉に少し詰まっていた。
「あぁ……そうだね。乱歩さんも悪趣味が過ぎるよ。僕と中也がそんな関係に見えるわけがないじゃないか。ナメクジと恋愛するくらいなら、死んだ方がマシだよ」
「……」
「……」
――しまっていった。どうして突然、こんなに気まずい空気になってしまったんだ。
何に対して気まずさを感じているのかは分からないが、断じて後ろめたさなどではない。あり得ない。絶対にあり得ない。世界にはバカ面した恋人たちの他にも、帰り道が違うのに一緒に歩く理由などいくらでもあるはずだ。例えば、太宰治が入水するあの場所は、きっと格別に風情があるのだ。きっと水流がこの上なく清らかで、もしあの場所で溺れ死ななければ、徹底的に失敗した自殺生涯を送ることになるに違いないのだ。
「お前が自殺する場所にまでいちいちこだわりやがるから、あの馬鹿どもに誤解されるんだよ!」中原中也は慌てて罵った。
まるで中也の言葉を阻むかのように、まだ完全に遠ざかっていない二人の後輩の方から、再びかすかなツッコミの声が流れてきた。
「……そういえば、XXビルのあたりの川って水質があまり良くないよね。太宰さん、毎日あそこから家まで流されて帰るなんて、本当に大変だなぁ」
中原中也「……」クソガキが。
太宰治「……」
早く別の言い訳を、いや、理由を考えなければ。この世界には必ず、筋の通る理由が存在するはずだ。関係性が劣悪で、互いに顔を見るのも嫌がっている、付き合ってもいない二人が、なぜ帰り道が違うにもかかわらず毎日一緒に放課後を過ごすのか、説明できる理由が。
……実際のところ、彼らは小学校や中学校の頃も、それほど家が近いわけではなかった。しかし中也は幼い頃から、いつも太宰治を追いかけて殴っているうちに、気づけば相手の家の前に辿り着いていた。そして、どういうわけかいつも森先生に引き留められて晩御飯を食べることになり、何度もヴェルレーヌが家に乗り込んできて連れ戻される破目になっていた。
その頃は太宰治も、後のあのボロアパートにはまだ移り住んでいなかった。確か中学1年生の時に一人で引っ越したはずで、あのボロアパートが中也の家に非常に近かったため、中学の登下校は完全に帰り道が一致するようになったのだ。まさにそのせいで、後にヴェルレーヌは何の相談もなく現在の住所へと引っ越しを強行したのだった。
一時間ほど適切な言い訳が思い浮かばなかったのか、二人は申し合わせたように沈黙したままかなりの距離を歩いた。その後、このままではあまりにも後ろめたそうに見えると判断したのか、中原中也は小さな声で呟き、先ほどのもう一つのキーワードに反論した。
「第一、手前が俺の写真を盗撮するわけねぇだろ。さっさとあのタイムカプセルを掘り出せって言ってんだ。じゃねぇと、あの連中は何でもかんでも勝手に邪推しやがる」
太宰治「……」
本来なら、このタイミングですぐさま嫌悪感を露わにして同意するはずだった。しかし、太宰治は奇妙な沈黙に陥った。
この場違いな沈黙は、完全に初めて経験するものではなかった。中也が最後にこの状況に直面したのは、アホウドリの家で飼われていた犬がカーテンを噛みちぎった後、いくら名前を呼んでも壁を凝視して聞こえないフリをしていた時だった。
雲行きが怪しくなってきた。
「……手前、まさかあの中に、本当に変な盗撮写真を入れてねぇだろうな?」中也の口調に、数分の探りのニュアンスが混じり始めた。
太宰治は路傍の塀の方を向き、まるで上のレンガがどうやって積まれているのかを研究しているかのような態度を取った。
この反応……似ている。酷く似ている。
橘髪の少年の拳に青筋が浮かび上がった。耐えに耐えたが、やはり耐えきれなかった。
まるで事前に予感していたかのように、中也が激昂するよりも早く、太宰治は突如として足を速め、一目散に前方へと走り去った。
「……クソ青サバ、今日こそ手前をぶち殺して天誅を下してやる!! 止まりやがれ!!」
かつて何度も繰り返されたように、二人は街道の上で問答無用の追跡戦を展開した。最終的に、二人とも息を切らせて肩で息をする状態で幕を閉じた。
中原中也は膝に手を突き、その場に立ち尽くして激しく息を荒げながら、前方の同じように汗だくになっている男を睨みつけた。
「お前……この……クソ野郎……何で走りやがった……」
「それは……中也がしつこく追いかけてくるから……」
――手前がタイムカプセルの中にろくでもねぇものを入れた気配を漂わせてなきゃ、誰が追いかけるかよ!
息を整える間、中原中也がふと顔を上げると、二人は知らず知らずのうちに、太宰治の家の近くまで走り込んでいた。――あのゴミ捨て場のようなアパートではなく、かつて森先生と一緒に暮らしていた邸宅の方だ。
太宰治の感嘆する声が聞こえた。
「あぁ、うっかりついでにここまで走ってきちゃったね」
中原中也は再び罵らずにはいられなかった。
「手前のどこが『ついで』だよ?!」完全に逆方向だろうが。
「それよりも、確か今日は森先生が出張で留守のはずだから、戻ってこないよ」太宰治は邸宅の方向を指差した。「ゲームでもしに行く? 去年買ったゲーム機がまだこっちに置いてあるんだ」
その提案を聞き、中也は確かに一瞬躊躇したが、やはりきっぱりと断った。
「行くかよ。帰りが遅くなったら、また兄貴がガミガミうるせぇんだ」
「そう、それは残念だね。先週発売されたばかりの新作カセットを買っておいたのだけれど」
すでに背を向けて立ち去ろうとしていた中原中也が、猛然と振り返った。
「何だと? お前、あのカセットを手に入れたのか?!」
太宰治は笑みを浮かべて後ろ手を組み、うなずいた。完全に勝利を確信した、憎たらしい態度だった。
一体全体どういう経緯をたどったのか、中原中也が我に返った時には、彼はすでにあの見慣れた邸宅に足を踏み入れていた。太宰治とゲームに興じ、途中で腹が減ったので晩御飯を作り、二人で食事を済ませた後もさらにゲームを続け、気づけば深夜の12時半を回っていた。そして今、彼は太宰治の部屋にある浴室で、シャワーを浴びながら状況を整理しているところだった。
良いニュースとしては、事前にヴェルレーヌから連絡があり、今夜は仕事の都合で帰宅しないとのことだった。そのため、帰りが遅いことで小言を言われる心配はなかった。
悪いニュースとしては、彼はどうやら知らず知らずのうちに、またしてもクソ太宰の詭計(罠)に嵌められたらしかった。ゲームの過程で、現時点で彼は太宰治に昼飯の弁当を17回分も巻き上げられており、その上、盗撮の件についてこいつとケジメをつけるのを完全に忘れていたのだ。
体の泡を洗い流し、中原中也はシャワーを止めて体を拭いた。そして頭にタオルを載せた状態で浴室を出るなり、開口一番に怒鳴りつけた。
「手前、次また勝手に変な写真を撮りやがったら、今度こそ絶対にカタワにしてやるからな!」
太宰治はベッドの上にうつ伏せになり、雑誌をめくりながら、これっぽっちの反省の色も見せずに言った。
「おやおや、ほんのついでに、チビの面白い変顔を数枚撮っただけじゃないか。そんなにケチケチしないでよ」
「それのどこが『ついで』になるんだよ?! その、幽霊だって信じねぇようなクソみたいな言い訳をいい加減に変えやがれ!」
「自殺の途中で、ついでに面白い帽子を被ったナメクジを見かけたから、気まぐれに面白い写真を数枚撮る。どう考えても当たり前の展開じゃないか」
――当たり前の要素など、微塵も存在しない。
こんな厚顔無恥な人間に道理を説くなど不可能な話だった。中原中也は髪を拭きながらベッドの脇へと歩み寄り、容赦なく太宰治を引きずり起こして、自分がベッドに腰掛けた。
「お前の番だ。とっとと風呂に入ってこい。明日も学校があるんだからな」
太宰治が浴室へと消えていくと、中也は再び大雑把に髪を拭き、タオルを傍らの椅子に放り投げた。そして欠伸を噛み殺しながら、太宰治のベッドに潜り込み、布団を被った。
昔から、太宰治を追いかけて家の前まで殴り込み、そのまま招かれて泊まっていくことが度々あった。そのため、太宰治と同じベッドで眠ること自体には、とうの昔に慣れっこだった。
ゲームを遅くまでやっていたせいか、彼はすでに瞼を開けていられないほど眠かった。浴室でシャワーを浴びている男のことなど構っていられず、そのまま目を閉じて眠りに就いた。
浴室から出てきた太宰治の目に飛び込んできたのは、部屋の中でただ一つ、暖色系のベッドサイドランプが灯っている光景だった。そして中原中也は、すでに柔らかく温かい布団の中で熟睡していた。
元々の体格が小さいため、布団の中に埋もれてしまうと、いっそう小動物の子供のように小さく見えた。布団の端から少しだけ覗いている橘色の髪の毛も相まって、本当に幼獣のようだった。
太宰治は片手で髪を拭きながら、もう一方の手で机の上に置いてあったスマートフォンを取り出した。そして非常に手慣れた様子で写真を1枚撮影し、尋常ではない容量を誇る特定のフォルダへと保存した。
「これも、ついでだよ」スマートフォンを置いた後、彼は小さく笑いながら、独り言を呟いた。「ナメクジの妖怪が、僕がシャワーから上がってくる通り道に転がっているのが悪いんだからね」
その他の写真についても、当然すべて「ついで」に撮影したものだった。すべては横浜が狭すぎるのが悪いのだ。自分はただ自殺に適した場所を物色しに行っているだけなのに、毎日どういうわけか放課後のチビ助とぴったり遭遇してしまうのだから、本当に不運極まりない。
それほど不運な目に遭っているのだから、ついでにチビ助の近くに忍び寄り、面白い写真を数枚こっそり撮るくらい、至極当然の報復というものだろう。
髪を乾かし終えると、彼はベッドの外側に残されていた自分のスペースへと潜り込んだ。手を伸ばしてベッドサイドランプを消し、目を閉じて眠りに就く。
しばらくして、黒髪の少年は再びそっと目を開けた。暗闇に包まれた部屋の中で、自分の隣にある寝顔をしばらくの間じっと見つめ続けた。
その後、彼は密かに身を乗り出し、コソコソとその柔らかい唇の上に、軽く一度だけ口づけを落とした。そして、また素早く元の位置へと身を引いた。
「……これも、ついでだからね」彼は顔の半分を布団に埋めながら、こもった声でボソボソと呟いた。
単なるついでに過ぎず、それ以外の意味など微塵もない。だが、もしもいつの日か、もっと多くの意味を持たせることができるのだとしたら……。
再び静寂が訪れると、黒髪の少年はさらに密かに内側へと寄り添った。布団の下で、お互いの指先が何気なく重なり合うまで距離を詰めると、ようやく満足したように横になって動かなくなった。
そのまま間もなく安らかに眠り込んでしまい、それ以上の小細工を弄することもなかったため、黒髪の少年は気づかなかった。自分の隣に横たわる中也が、この時、実は顔から火が出るほど熱くなっており、心臓が有り得ないほどの速さで鼓動を打っていることに。
眠気など完全に吹き飛び、暗闇の中で目を見開いた中原中也は、勝手に一人で満足してすやすやと眠っている男を激しく睨みつけた。手を伸ばして自分の顔に触れたかったが、万が一太宰を起こしてしまい、自分が起きていたことに気づかれるのを恐れて、強引にその衝動を抑え込んだ。
――コソコソと小細工を弄するくらいなら、こんな静まり返った部屋で独り言を呟いて人を起こすんじゃねぇ!
いつもなら睡眠の質は極めて良好なのだが、太宰の部屋で眠るの自体が久しぶりのことだった。突然またこのベッドで眠ることになり、幼少期の頃のような慣れが全く働かなかったのだ。
……おしまいだ。目を閉じれば頭の中が青サバ一色になり、目を開ければすぐ傍らにまた青サバがいる。
彼はベッドに横たわったまま、天井と隣で眠るクソ野郎を交互に睨みつけ続けた。本来ならひどく眠かったはずなのに、今や完全に目が冴え渡ってしまっている。この、勝手に人を盗みキスしておきながら高みの見物で熟睡している青サバのせいで、夜明けまで不眠症に悩まされる羽目になりそうだった。
幼い頃から数え切れないほど一緒に眠ってきたが、今日ほど苦痛に満ちた夜は一度もなかった。おそらく、以前であれば夜中にコーヒーを飲んで眠れなくなったとしても、直接太宰治を叩き起こして喧嘩をふっかけるか、ゲームを再開することができたからだ。だが、今日に限っては、自分が起きていたことを絶対に悟られてはならなかった。
今夜だけでなく、明日になっても、絶対に何も気づいていないフリを通し続けなければならない。なぜそんなフリをしなければならないのかは自分でも分からなかったが、とにかく完璧に演じきらなければ。さもなければ……さもなければ……。
さもなければ、それこそ「俺から離れろ」と「実を言うと付き合うのも悪かねぇ」の二択を迫られることになるじゃないか!
中原中也は、自分が前者を口にできないことを認めたくもなければ、もしどうしても二者択一を迫られた場合、ひょっとすると後者を選んでしまうかもしれないという事実を、断じて認めたくなかった。
ベッドの上で硬直したまま30分が経過した頃、中原中也は突然、一つの妙案を思いついた。
「……太宰?」彼はかすれたささやき声で呼びかけた。「寝たか?」
返答はなかった。ただ隣の男の、平穏で均一な呼吸音だけが聞こえてくる。かなり深く眠り込んでいるようだった。
中也は意を決して奥歯を噛み締め、深く息を吸い込むと、腕で少しだけ体を支えて身を乗り出した。一瞬躊躇したものの、最終的には決死の覚悟をもって、太宰治の頬の上に一度だけ口づけを落とし、すぐさま元の位置へと引っ込んだ。
もし太宰治が目を覚ましていたなら、今夜は自分と一緒に、不眠の中で熟睡したフリをする仲間ができることになる。
もし太宰治が起きなかったなら、少なくともやり返したことにはなるし、こいつが泥のように眠っていて、自分の覚醒に気づいていない証明にもなる。
そう考えると、彼は不思議と随分リラックスすることができた。目を閉じてベッドに横たわりながら、頭の中で自発的に様々な過去の記憶を反芻し始めた。そのほとんどすべてが、太宰治に関連するものだった。
そうしているうちに、知らず知らずのうちに意識が次第に沈み始め、どうやら遅れてきた眠気がようやく訪れたようだった。中也はその心地よい眠気の波に、身を委ねることにした。
――明日になれば、きっと放課後はまた一緒に帰ることになるのだろう。
明日だけでなく、おそらくこれからの先、何日経ってもずっとこのような関係が続いていくに違いない。そう考えると、どこか鬼打牆(堂々巡り)のような絶望感すら覚えるが……。
帰り道が一緒だろうが、あるいは他にどんな理由があろうが、いっそのこと頭の中を真っ白にして何も考えないようにするか……。
暗く静まり返った部屋の中に、ただ二人の交錯する呼吸音だけが響いていた。
二人の少年は、そのような暗闇の中で互いに寄り添い合い、熟睡し……あるいは熟睡したフリを続けるのだった。
コメント
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おお、これは面白い!「帰り道が違うのに一緒に帰る」って謎が、ただの青春ラブコメに収まらない深みがあって最高だわ。太宰と中也の幼馴染ならではの喧嘩と距離感がリアルで、特に「ついで」って言葉で全部誤魔化そうとするズルさと、最後の盗みキスのどっちが先かみたいなやり合いに胸が熱くなった! 続きが気になる〜。