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「へぇ? そうなんだ? ま、どうでもいいけどな。それじゃあ俺、帰るわ」
巴さんの言葉を聞いても、まるで何事もなかったかのように背を向けた高間さんを目の当たりにした瞬間、胸の奥がきゅっと苦しくなる。
これだけのことをしておいて、そんな何も無かったみたいに居られること、この程度じゃ警察も動かない──結局このまま泣き寝入りなのかと不安が喉の奥まで上がってくる。
そんな中、巴さんは迷いなく言い放った。
「必ず後悔させてやるから覚悟をしておけ。それと、今後一切パティシエを名乗ることは出来ないから、そのつもりでな」
その言葉に、そうだったらどんなに嬉しいかという気持ちと、でも現実はそんなに甘くないという不安が胸の中で入り混じる。
高間さんもそう思ったのだろう。
鼻で笑い、「いくら金持ちだからって、アンタにそんなこと出来ねぇだろ」と言い捨て、私の横を通り過ぎて出ていった。
扉が閉まる音が、思っていたよりもずっと重く響いていた。
静まり返った店に、残された私たち。
「……どうしよう、お父さん……結局何も、解決出来てない……このままじゃ、お店が……」
絞り出すように呟くと父はただ私の背をさすってくれたけど、その父の手も少し震えていて余計に胸が苦しくなる。
すると、そんな私たちを見ていた巴さんが、
「それについても直に解決するから、心配ねぇよ」
まるで、大したことではないとでも言うような落ち着いた声でそう声を掛けてきた。
「え?」
この状況で何をと思うくらいに不思議で、まばたきも忘れたまま彼を見つめてしまう。
(何を、しようとしているんだろう)
そう思うけれど巴さんの性格上、それを教えてはくれないだろうから聞かなかった。
「如月、帰るぞ」
そして、如月さんに声を掛けた巴さんは背筋を伸ばしたまま店の出口へ向かって歩いていく。
「それでは、失礼致します」
そんな言葉と共に軽く会釈をした如月さんが巴さんの後を追いかけるように店を出て行き扉が閉まると、静寂の中で私は小さく息を吐いた。
どうしてだろう、不安は全然消えないのに、巴さんが大丈夫と言うのなら何とかなるような気がしてしまい、不思議と表情は和らいでいた。
翌日、朝からSNSの通知が鳴り止まない。
もしかして、高間さんがうちのお店に嫌がらせを再開したのかもしれない。
そう思うと確認するのも怖いのだけど、逃げていては何も解決しないとスマートフォンを手に取ってSNSを開いてみると、
「え……?」
何故か、うちのお店のSNSの過去にしたケーキの紹介投稿が注目されていた。
一体何が起きているのか訳が分からない私は投稿を共有してくれている人を辿っていくと、とある一人のアカウントが共有しながら気になる一文を投稿していた。
「この店のショートケーキは一度食べるべきだ
──T.」
このアカウント【T.】というのはどんな人なのか、調べてみると最近は全く投稿をしていなかったようなのだけど、過去にはこの人が記事を書けばそれがヒットするという、有名なスイーツブロガーだということが分かった。
「……どうしてこんな人がうちのお店のケーキを?」
そんな疑問を持っていたさなか、店に行っている父から着信が入った。
「もしもし、お父さん?」
出てみると、何やら焦った様子であることが電話口からでも感じ取れる。
「どうかしたの?」
そう尋ねると。
『侑那、今すぐ店に来てくれ』
理由も言わず、ただ一言そう口にした父は電話を切ってしまった。
「え? ちょっと、お父さん!?」
一体何があったのか、私は急いで家を飛び出すとお店へ向かって走り出した。
そして、お店の前に着いた瞬間、私は目の前の光景に驚き、足を止めた。
「何、これ……」
あろうことか、まだ開店前だというのに店の前に長蛇の列が出来ていたのだ。
「もしかして、これ……さっきの人の投稿を見て、来てくれたの?」
私は家で見ていた【T.】というブロガーの存在を思い出し、彼の投稿したあの一文を見て来てくれたお客さんたちなのだと確信した。