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「どうなるかと思ったけど、さすがリセだったね~! かんぱーい!」
|紡生《つむぎ》さんはコーヒーで乾杯をした。
ショーを終えてから、ずっとこの調子である。
すでに何度も見た乾杯に、相方の|恩未《めぐみ》さんでさえ、ツッコミを入れなくなっていた。
ショーが終わってからの『|Fill《フィル》』は、ますます忙しくなった。
展示会が終わったら、百貨店の初売りに出す福袋を考え、店舗へ打ち合わせにいく。
そして、次は来年の秋冬コレクション――秋冬のデザイン画を提出して、一枚でも多く採用されるのが、私の目標だ。
「来年には、海外に『|Fill《フィル》』の店舗を出すって、信じられないなぁ~」
「さすが麻王グループよね。動きが早いわ」
リセが久しぶりにショーへ出演したこともあり、話題性も高く、ショーの様子は動画にもなって『|Fill《フィル》』の服は、海外の人たちの目にもとまった。
すでに、海外からの注文が入っていることを考えたら、ショーは理世の狙いどおり大成功だったといえる。
最初は『|Lorelei《ローレライ》』のオマケだったけど、終わってみたら、『|Fill《フィル》』は海外のファッション雑誌にもとりあげられ、家族全員で着るのにサイズ展開をもっと増やしてほしいとか、繊維会社と共同で着心地のいい服を研究しようなど――
「おかげで道が拓けたよね」
紡生さんは鬱屈とした雰囲気はなくなって、明るくさっぱりとした口調で、私たちに言った。
「これからですよ。紡生さん」
「わかってるって。でも、海外の新店舗は琉永ちゃんに任せるからね! 注目されたのは、琉永ちゃんがデザインした服だから、そのセンスに、私は委ねる!」
「ありがとうございます。頑張ります」
海外だけでなく、国内でも新店舗を立ち上げるため、毎日が忙しく、結婚式どころではなくなってしまった。
「新婚なのに悪いわね」
「いえ、そんな。今が大事な時なのは、わかっていますから。それに、理世も落ち着いてから結婚式をやりたいって言ってくれてるので、まだやらなくてもいいかなって」
時間ができてから、二人で式を挙げればいい――そんな風に思っていた。
「大丈夫なわけないでしょ!」
|恩未《めぐみ》さんはさっきまで真剣に服の縫い目を確認していたのに、バッと顔をあげた。
「結婚式はしなきゃ! っていうか、して!」
「え? でも、今は仕事が楽しくて……」
指で頬を突き刺さされた。
私のぷにぷにした頬を突き刺したのは、ニマニマ笑っている紡生さんだった。
「なにするんですか」
「琉永ちゃん。これを見てもそんなこと言えるかなぁ~?」
「これ?」
最近、紡生さんの机の周りにできたカーテン。
机を取り囲んだカーテンは、試着室くらいの大きさのもので、中の作業がまったく見えない。
演技がかった仕草は、手品の練習をしているのかもと、私に思わせた。
「もしかして、けん玉の次は手品師ですか?」
「違うっ! 今の私はデザイナーだよ」
「紡生さんは前からデザイナーですよ」
「……そうだね。まあ、見て!」
言われるがままにカーテンのそばまで来ると、紡生さんはシャッとカーテンを引いた。
「じゃーん!」
カーテンの中からオートクチュールの白いドレスが現れた。
ただの白いドレスじゃない。
シルバーの刺繍が細かく縫われていて、上半身の首から上にかけて、レースは手縫い。
特にシルバーの刺繍が見事で、まるでシルバーアクセサリーを纏わせたようなドレスになっている。
宝石のような白銀のドレスだった。
「紡生さん。これ……」
「うん。結婚おめでとう!」
事務所内に拍手が起きた。
「こんな立派なドレスをどうして」
「事務所のみんなで作ったんだよ。結婚祝いにね!」
「なお、注文したのは麻生専務よ」
美しいドレスに涙がこぼれた。
ショーですごく忙しかったはずなのに、いつの間にこんなドレスを作っていたのだろうか。
みんなで。このドレスを完成させてくれたことが嬉しかった。
「とびっきりのオートクチュールドレスを作ってくれって頼まれてね」
「あの腹黒専務のことだから、次はオートクチュールコレクションを狙っているんでしょ。『|Lorelei《ローレライ》』はオートクチュールコレクションに出てるし、いずれは『|Fill《フィル》』もって、考えているのよ」
「まったく腹黒い男だよ!」
紡生さんと恩未さんが両側に立って、私の肩を叩いたその時――
「誰が腹黒だ」
「ぎゃっ!」
紡生さんは、カエルが潰れたみたいな声を出した。
現れた理世を見て、慌てて恩未さんの背中に隠れた。
「ちょっと、紡生! 私を魔王の生け贄にするつもり!?」
ぎゃっーと二人は争いながら、理世の前にお互いの体を押し合っていた。
「俺からのサプライズにするつもりだったのに、勝手に見せるなよ」
「流れだよ。な・が・れ!」
「そうそう。琉永ちゃんが結婚式をしないって言い出したから」
理世が私を見る。
「そうなのか?」
「私も理世も仕事が忙しいから、まだまだ先でもいいかなって」
「忙しくても、俺たちの結婚式は必ずやる」
「うん。結婚式の時。理世が着る衣装は、私がデザインしてもいい?」
「いいぞ。ただし、リセのほうでないならな」
理世にとって、一番のライバルはリセ。
私がリセの姿も好きなことに気づいている。
「もちろん。タキシードでね。理世。素敵なドレスをありがとう。すごく嬉しい」
「気に入ったならよかった」
「ずっと飾っておきたいくらい」
「うん? 飾る?」
「首から肩にかけての刺繍なんて職人技だし、それに美しい縫製! 私、このウェディングドレスを見て、もっと勉強するわ!」
「そうじゃない! 結婚式だろ?」
はっと私は我に返った。
つい、ドレスの素晴らしさに気を取られてしまった。
「今年の秋に結婚式をしようと思っている。琉永が俺の妻だとわからせてやらないといけないからな」
「え、ええー……?」
「本当なら、今すぐにでもやりたいくらいだ」
――なんだか言い方が、ものすごく不穏だったけど、私の気のせいよね?
いったい誰にわからせるといいうのだろうか。
「大丈夫! こんな立派なドレス着たら、琉永ちゃんのことを誰もけなしたりできないよ」
「そうよ。当日は私も一緒に行って、体にばっちり合わせあげる」
紡生さんと恩未さんがいるなら百人力――なんて言いたかったけど、騒がない紡生さんなんて想像できない。
「結婚式が終わったら、新婚旅行にも行く予定だ」
「新婚旅行も!? だから、最近、残業ばかりしていたの?」
理世は笑っていた。
いつもより忙しそうだって思っていたけど、新婚旅行のためだったなんて知らなかった。
本当に理世は、私をびっくりさせるのがうまい。
「新婚旅行もお楽しみに。そうだな。新婚旅行先は飛行機に乗るまで内緒にしておこう」
「教えてくれないの!?」
「秘密」
次はいったいなにをするというのだろう。
不安そうにしている私の唇に、理世は指をあて、秘密だよと言って、なにも教えてくれなかった。