「なぁキヨ、ちょっと付き合って。」
両手にグラスと酒瓶を持った牛沢が爪先でうつ伏せで寝転んでいたキヨの背中を小突いた。
「…何、俺飲まないから。」
「今日だけでいいからさ、飲み比べしてぇのよ。」
「1人でしなよ、面倒臭い。」
「いーじゃん、ほんと、頼むわ!」
「えぇ……」
「んー…じゃあ、分かった。遊びを加えようか。」
「遊び?」
「そう、俺らのどっちかがグラス1杯分飲んだら相手に質問出来る。その質問には絶対答えること。」
「…嘘吐きゃいいじゃん。」
「キヨは人に嘘吐けるんだ?しかも俺に。」
「……場合によっては嘘吐くよ。」
「ま、どーせ呑むんだし思考回路なんて無いようなもんだろ?」
「…無理矢理だなぁ……」
「……やんねぇの?」
「やる。」
「よし来た!」
牛沢は顔を輝かせてはダイニングテーブルへと瓶とグラスを置いて2人分を注いだ。勿論、おつまみも忘れずに。
「てか、なんの飲み比べ?」
「これ、度数強いんだけどさ美味いらしいのよ。今日行った例のアレで貰ってさ。」
「あぁー…アレね。」
「そ、アレ。」
キヨは頭の中でアレってなんだったっけな…、多分ゲームの声の収録か何かだろうななんて考えながら相槌を打った。すると牛沢は待ってられないと言わんばかりにおつまみに手を伸ばした。
「…このツマミも?」
「これは手作り。最近ツマミは自分で作るようにしてんの。」
「へぇ…意外。」
生返事をしながらキヨもツマミに手を伸ばした。それは思いの外美味しくて思わずグラスを傾ける。
「…じゃあー、とりあえずどっちも一杯呑んで飲み比べたらゲーム始めっか。」
「りょーかい。」
キヨは牛沢の提案に頷けば今入っている酒を嗜んだ。
匂いはツンとくるが口に入れてみればさらっと流れるように喉を通るソレはサッパリしていてモタモタしないのがキヨ的に好感だった。だがやはり度数が高いのもあるのか少し喉奥がピリッとするのが難点ではある。キヨは何より喉が焼けるようなこの感覚が苦手だったのだ。ちびちび呑んでいたにも関わらずじわじわと残る喉の痛みに眉を寄せれば牛沢は覗き込むようにして顔を伺った。
「どーした?苦手か?」
「んーん、大丈夫。」
「無理すんなよ。」
牛沢は傍に置いてあった水をいっぱい小さなコップに注げばキヨの方へと押しやった。
「どーも。」
軽く礼を述べるとキヨは水を少し口に含む。やはり水は美味い、全てを洗い流してくれるかのような爽やかな通りにシルクのような滑らかな舌触りの水が美味しくて美味しくて…、キヨはふぅ、と息を吐いた。
「もう酔った?キヨって強かったよな。」
「酔ってない、ただ水が美味しいだけ。」
「ウッワ、お前らしー……」
牛沢はぎこちなく笑えば皮肉染みた声でそう言った。
もうひとつの酒も、なんて牛沢は空になったグラスに注いだ。
「…んー、」
「どっちが好き?」
「……そーだな…」
こっちは1本目より良い味がした。なんと言うか、少し葡萄が混ざった爽やかな風味がする。喉の通りも先程のよりはよく痛みも感じない。ただ、何が残念かと言えば後味がアルコールでしかない点だ。入れた途端ふわっと広がる夢のような微かに甘い風味の後に訪れるアルコールの風味と言ったらもう最悪の一言そのもので。夢の国から追い出された気分にさせるアルコールにキヨは眉を歪ませた。
「おっと、姫君は何方もお気に召さなかったようだ。」
牛沢はけらけらと笑いながら2杯目を呷る。
「何方も良い分残念だ。」
「ふは、手厳しいなこりゃ」
「足して2で割れば完璧だと思う。」
「おいおい、それは相殺だろ??」
「…そうかも?酒飲まないから分かんねぇわ。」
「はぁああ…、もっと呑めば?自分の好みが見つかった時の嬉しさ半端ないからさ」
「勧めてこないでよ、今も無理矢理だってこと自覚してる?」
「最終確認はしたはずだけど?」
「…はぁ、じゃあ俺が悪いってことで。」
はぁ、と大きく息を吐いては空になったグラスを押し出した。すると牛沢はきょとん、とした顔をする。
「しないの?ゲーム。」
「ん、あぁ、するする、ほら、呑めよ。」
牛沢は余裕そうに笑えば注いだグラスを押し返した。
「んっ……はぁ、じゃあ質問。」
「はいどーぞぉ」
「…何年先まで実況続けんの?」
「お、いい質問だな。そーだなぁ…」
牛沢は態とらしく顎に手をやれば右上に視線をずらし考え始めた。んー、やらあー、やら意味を持たない言葉を発しながら考えた後…
「俺が限界!ってなるまで…かな、」
なんてけろりと言ってのけた。
キヨはそんな牛沢に半眼になりながら
「断片的だ事……」
なんて皮肉混じりに言えば牛沢はケラケラ笑いながら酒を飲み干した。
「キヨの初恋は何歳?」
「っえ、えぇっと…」
「んー?」
「…6歳……」
「おや?可愛らしいこと。」
「可愛くないし!!うっしーは!?」
「まぁまぁ、呑めよ。」
「~~~~~、ウザ…」
キヨは荒々しく酒を注げば一気に飲み干す。ヒリヒリと痛む喉を他所にキヨは声を張った。
「うっしーの初恋はいつ!?」
「俺は17。」
「おっっっっそ……」
「悪かったな、恋愛ってものを自覚せずに恋してた可能性も無きにしも非ずだわ。」
肩を竦めれば気にしない素振りでそう言った牛沢は少し下唇を突き出していた。
「ん…じゃ、キヨの元恋人の数は?」
「んー…確実なのは2。」
「確実??何それ??」
「気になるなら飲みなよ。」
キヨはにや、と口端を釣り上げれば牛沢が持つ空のグラスを指さした。牛沢は眉を跳ね上げるも大人しく酒を注ぎグラスを勢いよく傾け、喉仏を上下させた。
「”確実”って?」
「一夜限りの関係が沢山居たって事だよ。」
「……」
牛沢は目を見開いた。今度はキヨが満更でもない顔をする番だったようだ。
「…何。普通じゃない?引く手数多の選り取り見取り。」
「……クズすぎんだろ…」
「…コレもクズなのね。」
「そりゃそうだろ、おま、女侍らかすなよ、!」
「女侍らかすな…?何言ってんの?」
「何って…お前女と……」
「……聞きたいならお酒をどーぞ?」
キヨは少し逡巡した後答えが見付かったのか牛沢のグラスに目線を落としそう述べた。
「……」
牛沢は眉間の皺を深くすれば酒を飲み干す。
「お前は何人女作ってんだよ」
「残念、俺女作ったことない。女と付き合ったことはあるけどそれも1人だけ。あと1人の元恋人は男だし、俺が一夜限りを過ごした人も全員男。」
「……は、?え、ちょ……」
「さて、俺の番かなー。」
キヨは余裕たっぷりの笑みで牛沢の惚けた顔を眺めてはグラスに酒を注ぎ流れる様に飲み干した。
「うっしーの経験人数は?」
「…え、っと……」
先程の話から着いていけてないのか将又酔いが回ったのか…、恐らく前者であろう牛沢は振られた質問に面食らって居た。無駄に考え質問内容を繰り返し口にしながら考えては指を折り少し数える。
「……8。」
「おぉ、思ったより多いね。」
「…あんま触れんな。」
「じゃあ、俺酒飲むから答えてね。」
「おまっ!?!?」
キヨは酒を喉に流し込めば音を立ててテーブルにグラスを叩きつけ牛沢に質問をした。
「その中で最もタイプだった人の特徴は?」
「……」
牛沢は目を見開いた。キヨは至って真剣な顔で茶化そうなんて意図は汲み取れなかったが同時に、どうしてそんなに真剣に見詰めるのかが牛沢には分からなかった。
「…茶髪で…襟足がちょっと長くて……、背が高い人。」
「へぇ?」
「…じゃあ次俺な。」
これ以上恥を晒したくなかった牛沢は少し苛立った様子でグラスを傾ける。
「お前は掘られてたの?」
「ッ……」
キヨは一瞬眉を上げれば直ぐに目を逸らし目を細めた。
「…なぁ、答えろよ。」
牛沢は眼鏡越しに鋭い視線をキヨに向けた。
キヨはその視線に刺される感覚が煩わしくてもじもじと身動ぐ。
「…そう、だけど。」
キヨは恥ずかし気にそう答えれば俯いた。トンッ、と優しくも少し怖いグラスの音が机越しに伝わった。キヨはその音であぁ、もう一杯行かれたな、なんて考えた。
「その中で最もタイプだった人の特徴は?」
「……」
先程キヨが牛沢に振った質問をたった今返されて次はキヨが面食らった。
「…背が低くて…黒髪で……鼻が少し高い人。」
キヨが気まづげに鼻を掻いてはぽつりぽつりと言葉を紡いだ。そして少し視線を上げれば次の質問に行こうとしていたのでキヨは慌てて酒を飲み干し牛沢に質問を投げ掛けた。
「うっしーのファーストキスは!?」
思いの外大きかったその声は部屋に反響して少しだけ響く。自分の必死さが反響して脳に伝わったキヨは思わず肩を巻き猫背になり静かにチェアに留まった。そんな様子に思わず笑った牛沢はそのまま
「13歳。」
なんて答えるものだからキヨは再び面食らう羽目になった。
「13歳!?うっしーませすぎ!」
「仕方ないじゃん、色々あったワケよ。」
「色々って何!?」
「まぁまぁ、飲めよ。」
そう言って酒を注ぐものだからキヨは勢い任せに喉仏を上下させる。
「色々って何!?全部話して!」
「おぉっと…我儘がすぎるぞ姫君。」
「ん゙ーー、その呼び方辞めれる?」
「ちょっと気に入っちゃった、もう少しだけこのまま。」
「分かったから、全部話して。」
「へいへい、ただ先輩の女性から迫られただけだよ。」
「ちっ…モテ男がよ。」
「お褒めに与り光栄だね。」
「叩きのめすぞ。」
「こーわ。」
けらけらと愉快そうに笑う牛沢に反してキヨは不快極まりない気持ちでいっぱいだった。何より牛沢のファーストキスを奪ってやろうと思っていたキヨは見事に年上の女先輩に惨敗した訳なのだから不快にならない訳もなかった。
その後も幾つも質問をし合い、酒を流し込む。もう喉の痛みも感じないくらい神経が麻痺り始めた頃には酒の残りも1本の3分の1くらいになっていた。
「はぁ…、うっしーの黒歴史は?皆が知らないような黒歴史。」
「えぇ、ゆっくり達と会話してたはダメ?」
「みんな知ってるじゃん、駄目。」
「んー……お前が知らなさそうな…?」
「そう。」
「ガッチさんと呑み合って酔った勢いでレトルトん家凸ったら追い出された挙句電柱と正面衝突したとか?」
「……ぶっ、あはははは!!!!」
酒の影響もあり不快さなんて吹っ飛んだキヨは忽ち大きな笑い声をあげれば机に突っ伏しそのまま机をバンバンと叩く。
「散々だったわ…コレは。」
やれやれ、と肩を竦める牛沢をキヨは未だ下がらぬ口角と生理的な涙を貯えた目を持つ顔で眺めた。そんなキヨを見て牛沢は片眉を少しあげれば酒を流し込んだ。
「キヨの黒歴史は?」
「んえぇ……えっとねぇ…」
もう随分互いに酔いが回っていた頃だったのも相まってキヨは少しふわふわとした思考回路になっていた。
「現在進行形なんだけどさぁ、だーいすきな人にずっと手紙書いてんの、出しもしないのに!!」
わは、と笑い始めたキヨに牛沢は内側から冷める思いをした。氷の塊を飲み込んだかのように冷え始めた身体となんの感情からかも分からない儘震える手。
「へぇ…誰宛?」
酒を飲むことも忘れて質問した牛沢はそれに気付いたものの酒を注ぐことも無く空のグラスを握り締めたままキヨを見詰めた。
「言えるわけないじゃん!!秘密だよ、ひみつー。」
回らぬ頭には届かなかったのだろう、人差し指を口元に宛てがったキヨはヘラヘラと笑いながら牛沢に答えた。そしてまた酒を飲んだキヨが言った
「うっしぃの隠してる秘密はぁ?」
醒めきった頭にはこの先の立ち回りは充分考えれた。だが牛沢はそれを放棄した。ただただ目の前の蠱惑的な”ソレ”を手に入れるべく頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。
「目の前の人が好きなこと。」
「……へ?」
腑抜けた声をあげたキヨは酒の影響からか頬を赤らめ蕩けさせた目と少し潤む瞳、そして濡れた唇を貯えた顔を持ち上げた。ずび、と鼻を鳴らしては何度か大袈裟な瞬きを繰り返す。
「キヨのことが好き。伝わる?これ。」
牛沢はアルコールの所為で熱を持った頬に手を当てた。キヨはひんやりとしたその手に少し擦り寄っては目を細める。
「おれもすきだよ、うっしぃのこと。」
子供のように嬉しそうにそう言うものだから牛沢は耐えれずにキヨを抱き締めた。間にあるダイニングテーブルが鬱陶しくて机に身を乗り出した。グラスを倒しても、酒瓶を転がしてもどうでもよかった。ただ目の前のキヨを離したくなかったのだ。
「おれねぇ、うっしぃのふぁあすときすほしかったの、でもきづかないあいだにまけちゃってたみたい、」
ぽや、とした様子で悲しそうに呟くキヨの頬を両手で挟めば額をくっつけあった。
「相当酔ってんな?」
「うん、やっぱりつよかったみたい、」
「……あっそ、今はちょうどいいかもな。」
牛沢は吐息を漏らし笑っては背は高いくせに細く軽い体を抱えあげた。
「キヨは?ファーストキスいつ?」
「んー、おれはうっしぃのためにとってあるよ、」
大人しく抱き上げられる成人男性が可愛らしくちゅーと唇を尖らせる様子を見ては牛沢はちゅ、と口を付けてやった。
「…うっそ!?待って!?何これ!!?!」
朝目が覚めてキヨはそう叫んだ。
「ん…うるさっ……」
「なんで!俺ら!裸なの!?」
「なんでって…お前経験あるだろ。」
「……え?あ、…ぁ、」
キヨはぼっ、と顔を真っ赤に染めてはシーツにくるまった。
「…待て待て、キヨ、お前……」
何かを察した牛沢はゲームを始める前の話を思い出した。
“場合によっては嘘吐くよ。”
「……はぁあああ……おまえなぁ…」
「うるせぇ!!」
「…なんでそんな嘘ついたんだよ…」
「……嫉妬、して欲しかった。」
「……」
きゅうん、何処からとも無くそんな音が聞こえそうなほど心臓を射抜かれた牛沢は朝からもう1回ハードなゲームを始めた。
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ホントに大好きです…🥰🥰🥰🤗🤗🤗😭😭😭愛してます〜〜〜………🤦🤦🤦🤦🤦🤦