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健太とツヨシはパーティ開始の夜七時から、二時間遅れて到着した。肉を焼くにおいがミエの住まいの方角を知らせている。どうやらバーベキューセットは活躍しているようだ。
玄関戸をくぐると、ざわつきの中からエプロン姿のミエが駆け寄ってきた。宿題をやっていたツヨシに遅刻の弁明は任せて、健太は構わず中へ進んだ。
青みがかったグレーの床の上に、キャンプ用折りたたみテーブルが二卓つなげてある。テーブルの対角線越しにサングラスをかけた男がいて、その隣が一つ空いていた。しかし健太は、手前の人達に両脇に動いてもらって座った。
大きな木製のボールにレタス、たまねぎやトマトのスライスが大雑把に盛られ、その隣にブルーチーズ、サウザンアイランド・ドレッシング、オリーブオイル、ビネガーが並んでいる。キムチの小皿もある。これはミエの恋人が韓国から送ってきたものかもしれない。肝心な肉が見当たらないが、隣の人に聞くと、もうみんな食べ終わったあとだという。
臭いだけ部屋に残っている。鼻でその源を辿ると、裏庭にバーベキューセットが見えた。脚元には、黒こげになった金網が立てかかっている。
エプロン姿にジーンズのマレナが台所から現われた。縦にカールがかかった長いダークブラウンの髪をなびかせて、目鼻のはっきりした丸い顔に笑顔を浮かべている。
「あなた達のは、ちゃんととってあるわよ」マレナは、紙皿に乗ったこげ気味のバーベキューを健太の前に置いた。そのとき、彼女の大きな胸が小さく揺れた。
マレナが南米のエクアドル出身だということは、教室で隣の席に座ったとき聞いていた。しかし、十八歳という年齢を知ったのは、知り合って一ヶ月もしてからだった。それまでは、自分より二つくらい下だと半ば決め込んでいた。マレナの方も健太を同い年か、せいぜい二コ程度上だと思っていたらしい。予想年齢の一致には苦笑するしかなかった。実際は健太の方が十コ近く上だ。
ビールが進むと、健太はベルトを緩めた。リブを食べ終わったとき、裏庭から「ジャグジーの準備ができたよ」というミエの声が響いた。健太はバーベキュー・ソースのついた指を紙ナプキンで拭った。
海パンに着替え裏庭に出た。スポットライトが家屋側の二箇所から焚かれ、でこぼこな石がジグザグに列を成す姿を照らし出している。
石組みの中に足を入れる。湯加減はぬるい。淵からお湯が溢れていく。ぼこぼこと下から空気が湧いている。水中から赤と緑のビームが伸びている。健太は光源を避けるように、お湯の中をマレナのいる方向へと移動した。マレナの頭には、結った団子状の髪が乗っかっている。ミエは普段着のまま石組みの一つに座っていた。どうしたのかと聞くと、女性の問題で入れないのだという。
健太は、マレナにいきなり水しぶきをかけた。
「やめて」
マレナは逃げる。健太は追いかける。
「そこだ、行け!」
マレナの逃げる方向にいたツヨシもばしゃばしゃ始めた。キヨシは辺りにいる人、所構わず水をかけまくり始めた。
お湯から上がっていく人達。ジャグジーはカオス状態だ。
マレナは顔を手で覆っている。髪の毛が濡れて光る。
「っもう!」
マレナがついに切れて、健太に猛反撃を開始した。ツヨシとキヨシも一斉に健太に矛先を変えた。
「まて! やめてくれ」
陸に避難した人達が、大笑いして手を叩いている。健太は息を思い切り吸い込んで、水中に潜った。
ゆっくり五十を数え終わったころ、苦しくなって上に出ようとすると、頭の上がつっかえて出れない。深潜りしてからようやく水上に顔を出した。
呼吸が止まらない。
「女の子いじめると、私が許さないから」
逆光の中に、ミエの手が小突いてきた。ミエが健太の頭を押さえつけていたらしい。
マレナは中指を突き立て、大きなお尻をこちらに向けてジャグジーをあとにした。
「向こうの人って大胆ですね」キヨシが言った「ミエだったら布地があんなに小さいビキニは着ないでしょうし、中指も突き立てない」
今は俺達が向こうの人だよ、と健太は答えた。
キヨシもミエも、石組みの周りでタオルを肩に掛けていた人達も、次々と部屋へ戻っていった。ジャグジーには、健太と向こう淵にいるツヨシの二人が取り残された。ツヨシは頭に白いタオルを置いている。
健太は、マレナがいたところへ移動した。温かいお湯が溜まっている。背中に温水の流れ込む音が聴こえる。
「なあ健太」ツヨシは言った「俺達、こんなに幸せでいいのかな」
健太は返事をしなかった。胸がつまってできなかった。代わりにその言葉を胸中でなぞった、ジャグジーを出てから、後片付けの最中、車の中、そしてベッドで横になってから。