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「あ、ごめん、一枚貰うよ」
「先生、それクリーニング前のですけど」
「良いのいいの、すぐに脱ぐから」
大智は病院専属のクリーニング会社の収集ワゴンから1枚の白衣を拝借した。いつもの銀縁眼鏡は胸ポケットに入れ、トイレの鏡で身なりを整えると髪型はややラフな感じで散らした。ポケットに手を突っ込み病院内の案内表示板を見ていると何人かの看護師が会釈をした。
《《仙石吉高医師に見える》》らしい。
エレベーターで5階まで上ると降りてすぐ右側にナースステーションがあった。気付いた看護師がやはり「千石先生、如何したんですか」と身を乗り出した。大智はカウンターに寄り掛かって尋ねた。
「ねぇ、紗央里ちゃん居ない?」
「紗央里、佐藤さんの事ですか?」
「そ、紗央里と約束してたんだけど居ないんだよ」
看護師たちは怪訝な顔で「佐藤さんならいつもこの時間はカルテ保管庫の整理をしていますが」と答えた。
「あ、そう」
「先生も行かれるんですか」
「ちょっと野暮用」
大智が背後でひらひらと手を振ると看護師たちの囁きが聞こえて来た。
(ーーーやっぱり佐藤さんと)
(そうだと思ってた)
(いつも一緒に出て来るもんね)
好都合な事に吉高は職場でも迂闊な行動で不倫行為を匂わせていたのだ。
一か八かだった。施錠されていればそこで計画はお流れだ。
(開いてるじゃねぇか、どんだけ間抜けなんだよ)
事を急いたのかたまたま施錠し忘れたのか鍵は開いていた。大智はカルテ保管庫と書かれた鉄の扉のドアノブを音を立てずに回しゆっくりと開いた。逆光にそっと扉を閉めると周囲の空気がふわりと動き明穂が使っている柑橘系の匂いがした。
(ーーーーいるな)
整然と並ぶスチール棚。暗がりに目が慣れるとスチール棚の奥にテーブルと人影が浮かび上がった。ガタガタと音が響き荒い息遣いが聞こえた。
(どんだけヤリてぇんだよ)
大智は忍足でテーブルの真横のスチール棚に身を隠した。カルテと棚の隙間にデジタルカメラを置いて録画機能のボタンを押す。少しずつ角度を変え吉高と紗央里の顔が見える様に位置を調節した。後は行為が終わるのを待つだけだ。
(最低だろ)
実の兄の喘ぎ声を聞くなど誰が想像しただろう。しかも大智はとんでも無い事を耳にしてしまった。
「さお、紗央里、中に出して良いのか」
「あっ」
「赤ん坊が出来たんだろう」
「先生っあっ、いい」
「良いんだな、出すぞ」
「出して、中に出して!」
(ーーーー嘘だろ)
不倫行為で愛人を妊娠させていた。しかも懲りずにそれ《中出し》を続けている。妊娠は愛人の虚言かもしれない。それすらも判別付かない程に吉高は堕ちていた。
(父ちゃん、母ちゃん、ごめん)
この事を公にすれば仙石家にも何らかの損害が生じる。それでもこのまま捨て置く事は出来なかった。
「ああっつ!吉高さん!」
遂に紗央里が吉高の名前を口にした。これで吉高と紗央里が職場で不適切な行為を行なっていた決定的な証拠が掴めた。
「ううっ!」
手痛い場面を録画されているとも知らずに吉高は紗央里の中に性液を放ち腰を震わせた。大智はその場面から目を逸らしデジタルカメラを回収すると足音を立てずにカルテ保管庫を後にした。そして白衣を脱ぎ捨てると眼鏡を掛けエスカレーターを下りた。
これで全てのカードが揃った。