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時はコイハとメイリが来る前の朝に戻る。
「ふわぁ……」
ナジュミネの朝は早い。太陽もまだ起きていない時間帯に彼女は覚醒する。彼女はムツキと夜を共にしなかった翌朝だと自室のベッドから飛び上がるように起き上がる。
「おはよう、旦那様♪ 今日の妾はいつも通り訓練に励む。訓練内容は……」
その後、以前にユウから特別に譲り受けたムツキの写真を引き出しから取り出すと、その写真に話しかけた。ちなみに、写真は彼にバレると没収されるとユウに脅されており、きちんと飾れていない。
「今日の目標は、かなりハードルを上げるぞ。旦那様になでなでをしてもらうためにがんばっておねだりをすることだ。ただし、おねだりする前になでなでされたものやリゥパに促されておねだりしたものについてはノーカウントとする。中々に難しい目標だが、この目標はぜひ達成したい」
ムツキの写真に向かって、ナジュミネは彼女なりの大きな決意をしているようだ。彼女はいつも自分の中で日課と小さな目標を立ててから行動を開始する。
「さて、軽く風呂にでも入るか」
ナジュミネは大事な写真を引き出しに再度しまうと部屋を出る。この世界に正確な時計はなく、もちろん、この家に時計などあるはずがない。しかし、彼女は分刻みでスケジュールをこなすことができた。
彼女は脱衣所に辿り着くとささっと衣服を脱ぎ去り、手拭い1つを手に取って風呂場へと入る。
「にゃー」
「わん」
「おはよう。お、猫が入っているのは珍しいな」
そこには夜勤明けの何匹かの妖精たちが風呂に浸かっていた。猫たちはあまり風呂に入りたがらないものの、ケットの指示もあって最低限は入るようにしている。ナジュミネは湯を2,3度被った後に、風呂の中へと入っていく。
なお、妖精たちには一匹一匹に名前があるようでない。ムツキが以前に全員を名付けようとしたものの、全員から断られてしまって模様や色で識別するしかなかった。
「にゃー」
「……こほん。にゃー?」
「にゃ、にゃー」
「にゃー、にゃ、にゃー」
ナジュミネは妖精語の猫語を勉強中だった。以前、猫耳をつけて猫なで声でムツキに迫ったときに、彼女の中で成功したと思う瞬間があったようだ。そこで、より正確な猫なで声を出せるように、猫と猫会話をたまにしている。
ただし、ムツキが猫語を理解していないので、猫語をマスターしたところでムツキの興奮を増幅させられるわけではないのだが、彼女はそう信じてやまない。
「にゃー」
「にゃ、にゃー、にゃにゃ」
猫は突然両手を自身の顔の前で広げた。猫がナジュミネに、上達しているぞ、と伝えている。彼女は嬉しくなって同じように両手を自身の顔の前で広げた。
「ありがとう。妾はそろそろ出る。汗は流せたからな。のぼせないようにな」
「にゃー」
「わん」
ナジュミネは脱衣所で身体を拭いた後、髪に熱を纏わせて乾かし始めた。あっという間に乾いた髪の毛は今日も美しく艶やかである。
「さて、と。次はランニングだな」
ナジュミネは寝間着を洗濯かごに放り込み、運動しやすい服を着る。これから朝のランニングへと向かうようだ。
「おはようニャ」
「ケット、おはよう。今日も寝てないな?」
「ギクッ……オイラは魔力さえあれば動き続けられるニャ」
「まあ、妾が言うことではないかもしれないが、きちんと休むことも上に立つ者の務めだぞ。あと、休むのも仕事の内と言うだろう?」
ナジュミネがそう伝えると、ケットは考え込むような仕草をする。彼の2本の尻尾がぶんぶんと振られている。
「たしかに、休みにくい印象を与えるかもしれニャいからニャー」
「それもそうだが、皆、ケットのことを尊敬していると同時に心配もしているだろう。たまにはゆっくりしたらどうだろうか」
「ありがとうニャ。分かったニャ」
ナジュミネはその後、家を出てランニングを始める。朝特有の新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込み、いつものルートの風景を眺めながらも速度は落とさない。草原の中、畑の隣、牧場を横切る道、舗装などされていない獣道を苦も無く走っていく。
「ふぅ……今日もいい朝だったな」
ナジュミネは家の周りを大きく一周して家に戻る。その頃にようやく、太陽が完全に起き上がるのだった。
「しまった! 今日は手紙を書く予定だったな。筋トレは後回しにして、もう一度風呂に入ってから手紙を書くか」
ナジュミネは両親と以前世話になっていたプロミネンスという老人に定期的に手紙を送っていた。特に両親、主に母親とは頻度も多い。
「あら、ナジュミネ、おはよう」
「おはよう、リゥパ」
「これからお風呂?」
「そうだな。汗を流したいからな」
「私も寝起きで入るところよ。一緒に入りましょうか」
「あぁ。そうだな」
ナジュミネとリゥパは2人で風呂を浴びた後、部屋着でリビングに座り込む。
「今日は一緒に訓練する? 実戦形式がいいのだけど」
「構わんぞ。しかし、珍しいな。リゥパから提案してくるとは」
「……ちょっと、ちょっとだけ身体が鈍ってね。運動も大事よね」
「……あぁ、そうだな。運動は大事だな」
2人とも体重や太ったという単語は出さない。お互いに暗黙の了解である。
こうして、2人のやり取りがしばらく続いた後、コイハとメイリがやってきて、話が進むのだった。