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「へぇ、言ってくれるじゃない。その生意気な口、二度と開かないようにしてやろうか……?!」
「――うあっ!」
マリーベルは首根っこを鷲掴みされ、勢いそのままに壁へ叩きつけられた。
「あんた、弱いくせに度胸はあるわねぇ。斬られる覚悟はできてるってことかしら?」
「どうぞお好きに。あんたが挑発に乗ってくれたおかげで、隙ができたわ。さあ、早く! 今のうちに逃げなさい!」
首を掴まれながら、マリーベルはにやりと笑った。
階段の前からクレソンが離れた今なら、エルシャを逃がすことができる。
狙いは最初からこれだった。
弱いだの何だの言ってくれようと、一人逃がしてしまえばこっちのもの。
恨むならこんな安い挑発に乗った自分の弱さを恨むことね!
マリーベルは一瞥くれてやり、エルシャが逃げたかどうかを確認した。
だが、エルシャはその場から動こうともしていなかった。
「――!? な、なんで逃げてないのよ!?」
「わたしだけ逃げるなんてできません!」
「ははっ、仲間思いのいいお友達を持ったねぇ!」
クレソンは高笑いを浮かべた。
首を掴む力は、さらに強まっていく。
もはやマリーベルは悲鳴さえも上げられない。
「あぁ、うぅ……っ」
「その手を放してください! 放さないと……」
「放さないとどうするつ……――!?」
その時、クレソンは見た。
エルシャの周囲に、無数の黒い炎が浮かんでいるのを。
「なんて禍々しい……あんた、かわいい顔しておぞましい魔法を使うもんだねぇ」
「もう一度言います。その手を、放してください」
「はははっ、そいつをアタシに食らわせる気かい? 大切なお友達も巻き添えになっちまうよ!」
確かにクレソンがマリーベルに密着している以上、魔法を放てば二人に当たってしまう。
しかし、エルシャには自信があった。経験もあった。先日のスライムとの戦いで、超至近距離で魔法を放ったのに自分にはダメージが及ばなかったあの経験だ。
おそらく自分の魔法は、ダメージを与える対象を自在にコントロールできる。
確証はないが――。
「マリーベルさん。わたしを信じてください」
「……分かったわ、思いっきり来て!」
エルシャはどことなく吹っ切れたような表情をしていた。だからこそマリーベルは信じてみることにした。
「はんっ、ついに血迷ったかい! まさか本気でやろうってんじゃないわよねぇ?!」
「…………」
「うそ、本当に本気……? や、やめろーーーっ!」
「やめません! えーーーいっ!」
エルシャは二人がいる方向へ手を向けた。
すると周囲を漂う無数の黒い炎が、意志を持ったかのごとく二人の方へ向かっていく。
それらはやがて一つの塊となり、巨大な火柱となって二人を覆う。
「ぎゃあああああああーーーっ!」
悲鳴を上げたのはクレソンだけだった。
不思議なことにマリーベルは微塵も熱さを感じていない。
つまり、エルシャの予測は合っていたのだ。
この黒い炎は、ただ禍々しいだけではない。
大切な人を傷つけない、優しい炎だ。
ずっと気になっていた『光の魔女』という謎の肩書にはまったく合っていないけれども。
「がぁ……! よくも、よくもやってくれたねぇ!」
しかし、とどめを刺すには至らなかった。
巨大な火柱を耐え抜いたクレソンは、うつろな目でエルシャをにらむ。
怒りの矛先は完全にエルシャに切り替わっていた。
「な、なんでまだ動けるんですか?!」
「覚えとくことね、悪人はしぶといのよォ!」
クレソンは刀を振りかぶった。
当然避けようとするエルシャだったが、つい先ほど大技を放ったせいか体が動いてくれない。
やられる……!
鬼気迫るクレソンの迫力に、思わずエルシャは目をつむってしまう。
「そこまでよ」
聞こえてきたのはマリーベルの声だった。
深くつむった目をゆっくり開けると、目の前にクレソンが倒れこんできた。
どうやらマリーベルが放った魔法の火炎球が背中に当たり、それがとどめの一撃となって気絶したみたいだ。
「ふぅ。ここまでくると、しぶといっていうより往生際が悪いわね」
「あ、あ……ありがとうございますぅ! 助かりました~!」
エルシャは危機的状況から解放された安心感からか、無意識的にマリーベルに抱きついた。
「うわ、苦しい! っていうか、あなたがほとんどやったんじゃない。助けられたのはむしろ私の方よ。面と向かって言うのはちょっと恥ずかしいけど……本当に、ありがとう」
マリーベルは礼を言うことに慣れていないのか、照れている様子だった。
「さ、悪党は倒したことだし、さっさとこんなとこから出るわよ」
「はい、そうですね。……あっ」
「どうしたのよ。……えっ!?」
二人が異変に気付いたのはほぼ同時だった。
時間が来たのだ。窓がないせいで外の様子は分からなかったのだが、いつの間にか夜はもうじき明ける段階まで来ていた。
エルシャの石化が、始まってしまった。
「何? 何が起きてるの? なんで体が石になってるのよ?!」
マリーベルは信じられない光景を目の当たりにし、動揺が抑えられない。
「すみません、今まで黙ってて。けど大丈夫です。夜になれば元に戻れますから、きっと」
「きっとって何よ! あなたはいったい何者なの!?」
「わたしは…………エルシャです。信じられないかもしれませんが」
「待ってよ! まだ聞きたいことがいっぱいあ……――」
マリーベルの声が遠ざかっていく。
視界も徐々に狭まっていき、やがてすべての感覚が暗闇に包まれた。
「……――! ……――!?」
誰かが何かを叫んでいる。
エルシャの耳に届くことはない。
そして、夜が明けた。