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幻影の占術師

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幻影の占術師

1 - まやかしの希望

♥

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2025年01月10日

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下層居住区の片隅にある酒場【獅子月(ししつき)】。

安価な酒を提供しない店なので、下層にしては珍しく静かに本物の酒が楽しめる場所。

その男は少し前に一人で店にやってきて、隅の方で酒を飲んでいた。

「やぁ、前の席いいかな?」

不意に声をかけられ顔を上げると、そこには下層にいるには少々場違いなほど高価なスーツを身に纏った若い男が立っていた。

「ん?……ああ、ダメだ。連れが来るんだよ」

男は煩わしそうに、あっちへ行けと手を振った。

「そう。じゃ、お連れさんが来るまで」

「あ、おいっ」

若い男は小さなテーブルを挟んだ前の席に座り、暇そうな店員を呼ぶ。

「藍花酒(らんかしゅ)をロックで、君は?」

「は?」

「お酒、もう無いけど何か飲むなら奢るよ」

若い男はにこやかに言うと、店員のポケットにお札を数枚捻じ込んだ。

「……じゃ、万香酒(ばんかしゅ)を」

「あははっ!一番高いお酒を頼むとはなかなか」

「何か問題でも?」

「いいや、ないよ。じゃ、お嬢さん、その二つを出来るだけ早く持って来てくれるかな?」

店員は愛想よく返事をしてカウンターの奥に居るバーテンダーに注文を伝えた。

「アンタ、下層の人間じゃないだろ」

「ふふっ、まぁね」

「とはいえ、上位貴族にも見えないが…」

男は目の前に座っている若い男をじっと見つめる。

この辺りでは珍しい白髪(はくはつ)、酒場にいる女たちがそわそわとこちらを振り返るほど端正な顔立ちで、女性たちと目が合えばキラキラの笑顔で手を振り返す。

(胡散くせぇ…)

人懐っこい、”悪いことなんて考えていませんよ”っというその笑顔がどうにも怪しかった。

対して自分は逆の意味で場違いな恰好をしていた。

サイズの合っていない薄汚れたシャツとズボン。店の前で門前払いを食らわなかったのが不思議なくらいだ。

そこで注文したお酒が運ばれて来た。

「最近下層で不審火が発生しているらしいね」

若い男はまるで独り言のように呟いた。

「今月に入って二回…先月もあったそうだ。知ってるだろ?」

「…ん?まぁな」

ぶっきらぼうに言葉を返す。

「死者も出ていると聞くし、相変わらず下層は穏やかじゃないよねぇ」

「……。」

「警備隊は動いているのかい?」

「さぁね。…なんでいちいち聞いてくるんだよ」

「あははっそう言いながらもちゃんと答えてくれるから、かな?」

若い男にそう言われて、男は顔をしかめた。

「まぁ下層で起こっていることに警備隊が首を突っ込んでくることは滅多とないし、亡くなっているのも下層の人間だから取り合ってもくれない……」

「……。」

「でも、それなのになんで僕の友人はこの事件の調査を頼んできたんだろう…?」

わざとらしく首を傾げて見せる。

「は?お前、何か調べてんのか?」

「そうなんだよ。友人にね、頼まれたんだ。友人の友人が亡くなったから犯人を見つけて処分してほしいってね」

処分という物騒な言葉を聞いても、男の表情に変化は無かった。

「……ふぅん」

「不審火があった場所は三ヶ所とも下層。それもバラバラで共通点が無い…あ、いや、誰かが住んでいる場所、という共通点はあるかな。全てが焼失してしまっていたから真実はわからないけど。金品を盗んだうえで火を点けているようなんだよね」

「……なんでそんなことオレに話すんだよ」

「ん?ああ、独り言だと思って聞き流してくれ」

「……。」

「さらに困ったことに亡くなったご友人が持っていた”幻夢(げんむ)”のレシピの行方がわからなくなってしまった…」

”やれやれ”と言う様にため息をこぼすと、男はチラリと若い男の方を見た。

「作ることも所持することもレシピを書き残すことも許されない史上最悪の魔薬”幻夢”、君だって名前ぐらい知ってるだろ?」

「ん?まぁな、でも、レシピは全部燃やされたんだろ?」

「燃やされたよ。でもね、この世界には喉から手が出るほど”幻夢”を欲している権力者は多いんだ。なにせ、あらゆる人物を意のままに操ることができるんだから」

「ふぅん…」

男は興味なさそうに、再び視線を手元の酒に向けた。

「売れば億の値が付く代物」

「はぁ!?」

男は驚きと共に立ち上がった。

「ん?どうしたの?」

対して若い男はにこやかな表情を浮かべていた。

「億?」

「そうだよ。ああ、でも、レシピの所持および売却は死罪になるからね」

「それでも、億なんだろ?」

男は目を大きく見開く。

「まぁ…ねぇ…。あ、それとレシピを見つけて国に報告した際には謝礼金として二千万支払われるんだ」

「に、二千万!?」

「謝礼金目当てで持ってくる人もいるけど、大半は偽物だね。だって、本物なら億で売れるんだから」

「……。」

男は愕然として崩れるように椅子に座る。

「お金のこともあるけど、これが知恵ある悪しき魔術師の手に渡り、製造なんかされた日には大事だよ。だから早く犯人を見つけなきゃ……って、あれ?聞いてる?」

若い男が男の目の前で手を振ると、男はハッとして我に返った。

「な、なんだよ…」

しかし、その声に先ほどまでの勢いは感じられなかった。

「だけど、助かったことに彼らの犯行を一部始終見ていた人物がいたんだ」

その言葉を聞いて男がビクリと反応する。

「お金を渡したら、包み隠さず全て教えてくれたよ。下層はいいよね。だいたいのことは何でもお金で解決できるから」

にこやかに話す若い男。対して目の前にいる男は、血の気が引いたような顔をしてポケットから旧式の通信端末を取り出す。

「あ、そうそう。君の連れの人って……」

そう言って若い男はポケットから最新の通信端末を取り出して、画面を見せてきた。

そこには、血塗れでボロボロになった男が柱のような物に縛り付けられていた。

「彼、でしょ?」

「な、なんで……」

その画面を見た男の顔色はみるみる悪くなる。

画面の中の男は、カメラに向かって叫んでいるが音声が消されているためその声は届かない。泣いているところを見ると、命乞いでもしているのかもしれない。ゆっくりとカメラは引いていき、血塗れの男の背後から真っ赤な火の手が上がった。

「なっ!?」

そして、逃げる暇(いとま)も無く彼は真っ赤な炎に包まれてしまった。

「あ、あ、あ……」

「こんな感じで僕が処分しちゃったから、彼は来ないよ」

若い男はあっけらかんとして言い放った。

「お、お前は…い、一体……」

「ああ、名乗っていなかったね。いや、別に死んじゃう人にわざわざ名乗るほどでも無いと思ったんだけど……宙音(ソラネ)。そう、名乗っているよ」

「ソラ…ネ…」

聞き覚えがあった。

よく当たるという噂の”占い師”だ。だが、神出鬼没で滅多とお目にかかることはできず、単なる噂話だと聞き流していた。

(なんで……”占い師”が相棒を殺した?)

震える手でグラスを持ち、中身を一気に飲み干した。美味い酒のはずなのに、不思議と何の味も感じられなかった。

(なんで…こいつは人を殺したのに、爽やかな笑顔を浮かべていられるんだ?)

疑問が浮かんでは消え、そして、”ああ…そうか…”と、一つの答えに辿り着く。

(こいつは…善人の面をした、極悪人だ)

「おや?極悪人は酷いなぁ」

「なっ!?」

口には出していないはずなのに、宙音は男の心を見透かしたように言って何故か楽しそうに笑った。

「まぁ正義の味方って言うつもりもないけど」

言いながら、ジャケットの内ポケットから小瓶を取り出す。血のように赤黒い液体が入っており、それを男の前に置かれた空のグラスに注ぎ入れた。

「偶然レシピを盗んだのかもしれないけど、大人しく国に報告していれば二千万貰えたのに…ねぇ。まぁ、誰かに売ろうと提案したのは君の相棒で、君はその相棒の指示に従ったまで。だから、あそこまで酷い殺し方はしないよ。これは……」

指先でグラスを押して、男に少しだけ近づけた。

「眠るように死ねる毒だ」

「……。」

「ちなみに、僕の趣味でイチゴ味にしてある」

宙音はパチリとウインクを飛ばしてきたが、それにツッコミを入れる余裕などなかった。グラスに視線を落とせば、その赤黒い見た目からは想像できないほど豊潤な苺の香りがした。

「逃げてもいいけど…さっきも言ったようにこの事件を調べてくれって僕に頼んだのは、上位貴族のさらに上…星位御三家(せいいごさんけ)の一人ハリエル・ヴィオライト殿」

その名前を聞いて男の顔が一気に強張った。

「例え僕から逃げられても、”断罪の剣”の異名を持つ彼女が君を見逃してくれるかどうか……」

「…ってことは今、ここでお前を殺せば!」

男は銃を取り出し、その銃口を宙音に向けた。しかし、彼は驚く素振りも慌てる素振りも見せずのんびりとお酒を口に運ぶだけ。

「お、おい!死にたいのか!?」

「殺せるものならやってご覧よ。当たれば…の話だけど」

そう言ってにっこりと微笑んだ。

「舐めやがっ…ゴフッ……?」

男は自ら吐いた血を見てキョトンとする。

「あ、言って無かったね。それ、気化するんだ」

宙音はグラスを指差す。

「…キカ?」

男の銃を持つ手が震える。

「そう、常温で蒸発して気体になる。それを吸うと肺から毒に侵されるんだ」

「なっ…ゴホッゴホッ!!」

「苺のあま~い香りがしたでしょ?」

「く、くそっ…ゴホッ!」

銃が手から滑り落ち、鼻からも血が滴り落ちる。

「飲むより苦しそうだね。可哀想に…」

同情するように言いながらも、宙音は優雅にお酒を飲む。

「ゴフッ!ゴホッ!!たす……助け…ゴホッ!」

男は血を吐きながら床に膝をつき、宙音に向かって手を伸ばす。

「……」

血塗れの手を見つめ、「うーん……」と小さく唸って見せた。

「君を生かして、僕に何の得があるのかな?」

「…へ?」

「君たちのことを調べたらさ強盗、暴行、放火……果てには殺しもやってる。そんな君を生かしてどんな意味があるっていうんだい?」

そう言う宙音の瞳は、その空色の瞳は、どこまでも冷ややかで残酷な光りを帯びていた。

「そん…な…ゴホッ…」

男は体勢を崩し、ゆっくりと床に倒れた。

(苦しい…息が……)

朦朧とする意識の中、ふととある人物の姿が過った。

「……お、お前……”幻夢(げんむ)”のレシピを……探してる、んだろ?」

喉に痰が絡んだような声で男は言い、宙音のズボンを掴んだ。

「そうだね。でも、それ、殺害依頼をしてきた魔術師に渡しちゃったんでしょ?」

宙音は嘲笑を帯びた声で言う。

「なっ!?ゲホッゲホッ…」

「しかし、依頼料が百万って…ねぇ……ふふっ、知恵が無いっていうのは実に愚かで…可哀想だ…」

視界はぼやけていたが、それでも宙音が自分をバカにしたような顔で見下しているのはわかった。

この世界にいる者は皆、魔力という不可思議な力を持って生まれてくる。しかし、ごく稀に魔力を持たない者が生まれることがあり、彼らは魔法道具以下の扱いを受ける。掃き溜めのような下層で生きていくためには、盗みも暴力も、殺しだって必要なことだった。

「ゲホッゲホッ」

「ああ、心配しないで。その人物については全て相棒が話してくれたから、君はもう何も話さなくていいんだ」

一生懸命生きているのに、上のヤツらはあっさりと自分から全てを奪っていく。

「あ、うぐっ……眠る…ように、死ぬ…毒じゃあ……」

息が上手く出来ない。手足が痺れ、肺が喉が焼けるように痛かった。

「君って随分と素直な人間なんだね。こんな奴の言うこと真に受けるなんてさ」

「なん……」

「この毒は死ぬほど苦しいけど、けして死なない毒なんだ。ホントはね」

「ゔあ゙あ゙あ゙…」

呻き、苦しさからか喉元を掻きむしる。口の端から赤い泡を吐き、小さな震えが大きな痙攣へと変わる。

「ちなみに、君の相棒も重度の火傷を負ったけど生きてはいるよ。罪の無い人々を殺めた君たちには、ぴったりの罰でしょう?」

そういう彼の表情はとても楽しそうだった。

男の視界がじわじわと赤く染まる。

「……ぁ゙ぁ゙…」

「…ご馳走様。あと処理はお願いね」

宙音が言うと、ウエイターと周りにいる客と思われていた人々は小さく頷いて見せた。




「ご苦労。相変わらずの仕事の速さだな」

綺麗な金髪に橙色の瞳のハリエル・ヴィオライトは、凛とした声で言った。

「いえいえ、今回”も”たまたま運が良かっただけです」

宙音は笑って出された紅茶に手を付ける。

「放火殺人犯を見つける。そういう依頼だったはずだが、思わぬ収穫もあったな。それも、”黒魔術”か?」

そう言ってハリエルは宙音の前に腰を下ろした。

「”黒魔術”を使うまでもありません。勝手に彼らがベラベラと喋っただけです」

「そういうことにしておこう」

ハリエルが言うと宙音は「やれやれ」と言って、わざとらしく首を竦めて見せた。

「そのお陰で今日中には事件の真犯人を捕まえることができる」

「さすが、仕事がお早い。いや、当然ですよね。この国において”断罪の剣”から逃れられる者はいませんから」

「……お前も含めて、な」

「えっ……」

珍しく宙音が動揺する。

「冗談だよ」

ハリエルがフッと笑って言うと、「冗談に聞こえませんよ」と宙音は眉間にシワを寄せた。

「では、最後に一つ占ってくれ」

ハリエルは札束を一つ取り出し、机の上に置いた。

「ええ、喜んで。それが本職ですので」

宙音はポケットから十二面ダイスを二つ取り出した。

一つは動物が描かれたモノ、もう一つは古代文字が書かれたモノ。

「この事件が無事解決するかどうか、だ」

「かしこまりました。では、ダイスを振って下さい」

ハリエルは手渡された二つのダイスを同時に投げた。

───カランッ

と乾いた音を立ててダイスは止まる。

「”踊る兎”に”花”の文字。兎は豊穣と飛躍を意味し、花は栄華、繁栄を。ご安心ください、全てが順調に行くようです」

「そうか。では、行くとしよう。準備をしろ」

ハリエルは颯爽と立ち上がる。

「はい?行くとは?どこにですか?」

宙音はダイスと札束をポケットに入れ、首を傾げる。

「彼らに殺人を依頼し、”幻夢”のレシピを所持している魔術師のところだよ」

さも当然のことのように言い、壁に立て掛けてあった剣を手に取る。

「なぜ、私も?私はしがない占い師ですよ」

「私の前でそれが通用すると思っているのか?魔術師には魔術師で対応する。それがこの世界の鉄則だろ?」

「しかし……」

言い淀む宙音を見て、ハリエルは一枚の写真を彼の前に置いた。

「これは?」

「こいつが、今回の事件の真犯人だ」

その写真に写っている人物に宙音は見覚えがあった。

それは放火殺人の犯人を目撃したと、宙音に情報を持ちかけてきた人物だった。

「どうやらやる気が出たみたいだな」

ハリエルはどこか嬉しそうに言い、宙音は冷ややかな目で写真を見つめ、小さくため息をこぼした。

「やれやれ、こんな形で出し抜かれるとは……」

「そう落胆するな。事件は解決に向けて順調に行くのだろ?」

「ええ、その通りです。このまま勝ち逃げさせるわけにはいきませんからね」

宙音はそう言って腰を上げた───。





END

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