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静かになった教室の扉が、キィ……と音を立てて開いた。
入ってきたのは、白いワンピースを着た少女だった。
肩まで伸びた黒髪、少し青白い肌。そして、どこか澄んだ目をしていた。
「はじめまして。天野花音(あまの かのん)です」
「疲れたんだよ、いろいろと」
「見たものを、描いて残しておきたいの。たとえそれが、小さな窓の外の景色でも」
「そっか……」
僕は、なぜかうまく言葉が出なかった。
そのスケッチブックには、曇った空に伸びる電線、公園のベンチに座る老夫婦、下校する小学生の後ろ姿――
そんな何気ない日常の一瞬が、鉛筆だけで丁寧に描かれていた。
「全部、すごくきれいだね」
「これは、私の“やりたいことノート”。死ぬまでに叶えたいことを、全部書いてるの」
僕は何も言えず、ただページを見つめていた。
僕は毎日、放課後に病院を訪ねた。
宿題を一緒にやり、花音の“やりたいことノート”を読んだ。
「……来るんだな、ほんとに」
「悠馬くん、最後のお願い、まだ覚えてる?」
「もちろん。」
「……君も、見てるかな」
高校2年の春。
僕は、ある小さな文芸サークルを立ち上げた。
タイトルは、
『きみがいた、証』
来場者ノートには、こう書かれたコメントがいくつも並んでいた。
「涙が止まりませんでした」
「誰かを大切にしたくなる絵でした」
「今、自分の時間をもっと大事にしようと思いました」
「……よかったね、花音」
「……ねぇ、花音。君がいなくなって、寂しくないって言ったら嘘になるよ。
でも、ちゃんと前に進んでる。君に見せたい景色が、まだまだたくさんあるよ」
『君が残してくれたもの』
それは僕と、花音の一年間の物語。