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「月と太陽のすれ違い」 ︎︎
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ヨークシンシティの喧騒は、夜になると少しだけ静かになる。ネオンの光がビルのガラスに反射し、街全体がまるで星空を地上に映したかのようにきらめいていた。
ゴン=フリークスとキルア=ゾルディックは、クラピカとレオリオと共に、ヨークシンの一角にある小さなカフェに腰を落ち着けていた。
任務の合間の休息。普段は命がけの戦いに身を投じる彼らにとって、こんな穏やかな時間は貴重だった。
ゴンは窓際の席で、アイスクリームをスプーンでつつきながら、クラピカに何か楽しげに話しかけていた。クラピカはいつもの冷静な表情を崩し、ゴンの無邪気な話に小さく笑みを浮かべていた。その笑顔は、普段のクラピカの硬い表情とは対照的で、どこか温かみがあった。
「ねえ、クラピカ!このアイス、めっちゃ美味しいよ!クラピカも食べてみる?」
ゴンがスプーンを差し出し、クラピカは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに苦笑して手を振った。
「いや、遠慮しておくよ。ゴン、君は本当にいつも楽しそうだな。」
クラピカの声には、どこか優しさが滲んでいた。
その光景を、テーブルの向かい側でキルアは黙って見つめていた。手に持ったグラスを握る力が、ほんの少し強くなる。
キルアの銀色の髪がカフェの柔らかな照明に映えてまるで月光のように輝いていたが、彼の目はどこか冷たく落ち着かない光を宿していた。
(なんでゴンはクラピカとあんなに楽しそうなんだよ…)
キルアの胸の奥で、名前のつけられない感情が渦を巻いていた。ゴンがクラピカに笑いかけるたび、クラピカがゴンに穏やかな目で答えるたび、その渦は大きくなっていく。
キルアは自分でもその感情が何なのか、はっきりとはわかっていなかった。
ただ、ゴンが他の誰かと親しげにしているのを見ると胸が締め付けられるような、熱くて苦い感覚が広がるのだ。
「キルア?どうしたの?なんか静かだね。」
ゴンが突然キルアの方を振り返り、いつもの無垢な笑顔を向けた。その瞬間、キルアの心臓がドクンと跳ねた。
「べ、別に! なんでもねえよ!」
キルアは慌てて飲み物を一口飲み、目を逸らした。ゴンは首を傾げたが、すぐにまたクラピカとの会話に戻った。 キルアは唇を噛み、テーブルの下で拳を握りしめた。
(ゴンは俺のことなんか気にしてねえ…クラピカと話す方が楽しいんだろ…)
キルアの頭の中でそんな考えがぐるぐると回っていた。彼はゾルディック家の暗殺者として育ち感情を押し殺すことを叩き込まれてきた。
だが、ゴンと出会ってから、キルアの心はまるで制御不能な嵐のように揺れ動くようになった。ゴンの笑顔、声、無鉄砲な行動、すべてがキルアの心を掴んで離さなかった。
そして今そのゴンが他の誰かと笑い合っているのを見るとキルアの胸は焼けるように熱かった。
「おいキルア、」
レオリオが横から声をかけ、キルアはハッと我に返った。レオリオはいつもの調子でニヤニヤしながら、キルアの様子を観察していた。
「なんか機嫌悪そうだな。どうした? ゴンに何かされたのか?」
「うるせえよおっさん。余計なお世話だっつーの」
キルアはムッとして言い返したが、レオリオは肩をすくめて笑っただけだった。
その夜、ゴンとキルアはホテルの一室に戻った。クラピカとレオリオは別の部屋で、明日の計画を立てるために話し合いを続けていた。
ゴンはベッドに寝転がり、天井を見つめながら何かブツブツ呟いていた。
キルアは窓際の椅子に座り、街の夜景を眺めながら、さっきのカフェでの出来事を頭の中で反芻していた。
「ねえ、キルア。」
ゴンが突然ベッドから身を起こして、キルアの方を見た。
「今日、なんか変だったよね? ずーっと黙ってたし。体調でも悪いの?」
キルアは一瞬言葉に詰まった。ゴンのまっすぐな目が、彼の心を突き刺すようだった。
「…別に、なんでもねえよ。疲れてただけ。」
「ふーん、そっか。」
ゴンは少し考え込むように眉を寄せたが、すぐに笑顔に戻った。
「キルアが元気ないと、なんかオレも調子狂うっていうか、ほらキルアっていつもオレのそばにいてくれるからさ!」
その言葉に、キルアの心臓がまた大きく跳ねた。ゴンの声は無邪気で、純粋で、キルアの心を揺さぶるには十分すぎるほどだった。
でも、同時に、ゴンがクラピカに笑いかけていたあの瞬間がフラッシュバックし、キルアの胸に暗い影が落ちた。
「ゴンってクラピカと話してるときすっげー楽しそうだよな」
キルアは思わず口に出してしまった。声は思ったより低く、どこか刺々しかった。
ゴンは目を丸くしてキルアを見た。
「え? クラピカと? うーん、クラピカって普段あんまり笑わないから、なんか新鮮だったんだよね! …あ、でもね!オレはキルアと話す方がもっと楽しいよ!」
「…は?」
キルアはゴンの言葉に一瞬呆気にとられた。ゴンはベッドから飛び降りキルアの前に立った。
その顔はいつものようにキラキラと輝いていて、キルアの心を締め付けていた暗い感情を一瞬で吹き飛ばすようだった。
「キルア、なんか変なこと考えてたでしょ?」
ゴンがニヤッと笑い、キルアの頬を軽くつねった。
「キルアのそういう顔オレすぐわかるんだからね !」
「な、なんだよそれ! やめろって!」
キルアは慌ててゴンの手を振り払ったが、顔が熱くなるのを感じていた。ゴンの手が触れた頬が、妙に熱くて、キルアは目を逸らした。
「オレねキルアの事大好きだからさ。」
ゴンが突然、真剣な顔で言った。その言葉は、キルアの心に雷のように落ちた。
「だから、キルアが何か悩んでたらちゃんと話してほしいな。オレキルアのことなんでも知りたいんだ。」
キルアは言葉を失った。ゴンのまっすぐな瞳に、嘘や隠し事は通用しない。キルアはゾルディック家の闇の中で育ち、心を閉ざすことに慣れていた。でも、ゴンの前では、そんな壁は脆くも崩れ去る。ゴンの光が、キルアの影を優しく照らしていた。
「…ほんっとお前ってバカだな。」
キルアは小さく呟き、ゴンの頭を軽く叩いた。だが、その手はどこか優しく、ゴンの髪をそっと撫でるように動いた。
「えー、なんでバカなのー?」
ゴンが笑いながら抗議したが、キルアはもう何も言わず、ただゴンの笑顔を見つめていた。胸の奥の熱い渦は、嫉妬や不安ではなく、もっと温かいものに変わっていくのを感じていた。
その夜、二人は同じベッドで眠った。ゴンはいつものように無防備に寝息を立てキルアはそっとゴンの手を握った。
ゴンの温もりがキルアの心を静かに満たしていく。クラピカとのことはもうどうでもいい。そう思えるほど、ゴンの存在はキルアにとって大きかった。
「ゴン…お前、ほんと…ずるいよな。」
キルアは小さな声で呟き、ゴンの寝顔に微笑んだ。ヨークシンの夜は静かに過ぎ、キルアの心は、ゴンの光に照らされて、初めて穏やかな安らぎに包まれた。