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月日が経ち、弦は――

もう、誰の目にも分かるほどに前の生活へ戻っていた。

訓練は欠かさない。

いや、以前よりも正確で、無駄がない。


近距離戦では相変わらず一歩前に出る。

踏み込みは鋭く、迷いはない。

六年生の誰もが、自然と背中を預けられる動きだった。


任務も同じだ。

戻ってくるとき、弦は必ず自分の足で立っている。

傷はあっても致命傷はない。

判断は冷静で、撤退も的確。


「相変わらずだな、弦」


留三郎がそう言えば、


「うるせぇ」


と、弦はいつもの調子で返す。


食事の時間。

弦は誰よりも早く膳の前に座り、

誰よりも美味そうに食べる。


「それ、私の分残しとけよ!」


小平太の声に、


「早い者勝ちだ」


なんて言いながら、茶碗を空にする。


笑っている。

声も、表情も、前と同じだ。


夜になれば、

誰よりも早く布団に入り、

あっという間に眠る。


「もう寝たのか?」


伊作が覗けば、

規則正しい寝息が返ってくる。


そして――朝。


空が白み始める頃、

誰よりも早く起きているのは、弦だった。


訓練場。

まだ冷たい空気の中で、

弦は一人、刀を振るう。


素振り。

踏み込み。

間合い。


何度も、何度も。


汗が落ちても、

呼吸が荒くなっても、

止まらない。


それは――

英二郎が死ぬ前まで、ずっと続けていたルーティン。


隣に立ち、

「まだか?」

「もう一本だ」


そう言い合いながら、

朝日を迎えていた、あの時間。


今、隣はいない。


それでも、弦は振るう。


——忘れないために。

——止まらないために。


刀を振るたび、

弦の背中は、もう揺れない。


六年生は、少し離れた場所からそれを見て、

誰も何も言わなかった。


戻った。

確かに戻った。


けれどそれは、

英二郎を置いてきた“前”ではなく。


英二郎を連れたままの、

今の弦の生活だった。


朝日が昇る。


弦は最後の一振りを終え、

刀を納めて、静かに息を吐いた。


「……行くか」


誰に言うでもなく、

そう呟いて。


今日もまた、

弦は生きるために歩き出した。


朝の空気が、完全に明るさを帯びる頃。


弦は刀を納め、額の汗を袖で拭った。

呼吸は乱れていない。

足元も、揺らがない。


そこへ、草履の音がひとつ。


「相変わらず早ぇな」


小平太だった。

その後ろに、伊作、留三郎、仙蔵、文次郎、長次、小平太


いつの間にか、全員揃っている。


弦は振り返り、少しだけ眉を上げた。


「……揃いも揃って、何だよ」


「いや」


伊作が笑って肩をすくめる。


「起きたら、もういなかったからな」


留三郎が訓練場を見渡し、

地面に残る足跡と汗の跡を見て言う。


「……毎日、ここだな」


弦は一瞬だけ視線を落とし、

それから、いつもの調子で言った。


「やらねぇと、気持ち悪い」


文次郎が短く頷く。


「習慣だな」


「そう」


弦は即答した。


その言葉に、

六年生の誰もが、それ以上踏み込まなかった。


仙蔵は、弦の立ち姿を見つめてから、静かに言う。


「……背中が、安定した」


弦は少し驚いたように目を瞬かせ、

それから鼻で笑った。


「褒め言葉か?」


「事実だ」


短い返答。


そのやり取りに、

長次がもそっと呟く。


「……前より、強い」


弦は、ほんの一瞬だけ黙った。


そして、空を見上げる。


雲ひとつない朝。

月は、もうどこにも見えない。


「……そうかもな」


小さな声。


「……守るもん、増えたから」


誰のことかは、言わない。


けれど、

全員が同じ名前を思い浮かべていた。


弦は歩き出す。


「飯行くぞ、腹減った」


その背中を、

六年生は当たり前のようについていく。


誰も、

英二郎の話をしない。

けれど、

誰も忘れていない。


それでいい。


英二郎は、弦の中にいる。

刀を振るうたび、

朝を迎えるたび、

今日を生きるたびに。


そして弦は、

これからも前に出る。


近距離一歩先で、

仲間を守るために。


——それが、

弦が選んだ、生き方だった。

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