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「だざい……うちもう無理だぁ」
梨奈は冷たい地面に横たわり、虚ろな目で太宰を見上げていた。唇は乾き、血の気のない指先が草を掴もうとしては、すぐに力を失った。
太宰は何も言わなかった。
ただ、彼女の隣に膝をつき、彼女の額にかかった髪をそっと払った。
「……」
「なにかいいなって……」
梨奈の声はかすれていた。
ゴホッ…ヴ…ゲホッゴ…
喉の奥から血の混じった咳がこぼれる。
「もう喋るな!」
太宰の声が震えていた。怒っているわけではない。
ただ、彼女の命の灯が、確かに消えかけているのを感じていたからだ。
だが、梨奈は微かに笑った。
その笑みは、どこか懐かしく、幼い日の彼女のようだった。
「まえ……死んだら何したいのって聞いたよね」
「嗚呼……」
あれは、たしか初夏の川辺だった。
冷たい麦茶を飲みながら、梨奈はぽつりとそんなことを言った。
「うちはね、ゆーれいになって、天国には行かないんだ〜」
彼女はそう言って、くるくる回りながら笑っていた。
あの時の笑顔が、今、枯れかけた花のように再び目の前に浮かぶ。
「君は黄泉の国なんて信じてるのかい?」
「信じてないよ〜。……でもさ、もしあるなら、うち、行かないんだよ」
梨奈は目を細めた。
「だって、だざいがここにいるでしょ……? だから、離れたくないだけ」
太宰は、答えられなかった。
唇が何かを言おうとしても、言葉にならなかった。
彼女の手を握ることでしか、今は想いを伝えられなかった。
「……幽霊になって、夜の道をふらふら歩いてさ。雨の降る日は軒下に立って、道行く人を驚かせて……」
「……悪趣味だな」
梨奈は小さく笑った。
それが、彼女の最後の笑顔だった。
空が泣いているように、ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。
太宰は動かない梨奈をそっと抱き寄せた。
彼女の体はもう、温もりを失いつつあった。
だが——その瞬間、太宰の頬を何かが撫でた。
風ではない。
雨でもない。
それは、あの日のようにふわりと軽く、彼の涙と共に流れた。
「……本当に、幽霊になったのか」
太宰は空を見上げた。
薄曇りの空の向こう、どこかで梨奈がまた、ふわふわと笑っている気がした。