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「だーかーらー、今日の打合せでも見たでしょ?あの百合さんの麗しさを!結婚してからというものの、ますます美しさが際立ってるんだから」
「そう?別にいつもと変わんなくない?姉ちゃんの通常運転でしょ」
「これだから弟は!」
蒼太くんと仕事で再会してその後一緒に飲んだあの日から2ヶ月。
街はすっかりクリスマスモードという12月半ば。
私たちはいつの間にかすっかり飲み友達となっていた。
それこそコラボの打合せの日の後はもちろんのこと、予定が合えば週1回くらいの頻度で平日に飲んでいる。
お互い色々ぶっちゃけちゃってたし、気を使わなくて楽だからか気軽に飲む相手として最適なのだ。
私も自分の推しのことを否定せず話を聞いてもらえるし、私の知らない推しのことを教えてもらえるしで、蒼太くんは飲み友達として非常に魅力的な人物だった。
今日は例のコラボの打合せの日だった。
前回と同じメンバーがうちの会社で集まり、進捗確認などを行ったのだが、終業後にこうして蒼太くんと飲んでいるのだ。
「それしてもモンエクは面白いよね~!きっと今回のコラボは反響あるよ!そういえば、蒼太くんは何で今の会社で働こうと思ったの?やっぱモンエクがきっかけ?」
「大学の先輩に誘われたんだよね。ほら、今日の打合せにもいた植木さん。モンエクの開発担当のあの人ね」
「へぇ~そうなんだ!植木さんが大学の先輩なんだ」
「そう。大学の頃からよくしてもらってて、就活してた時に、絶対お前に社風が合うからって言われてさ。ベンチャーだから社員の紹介ですんなり入社できたわけ。実際、人間関係にも恵まれてるし、超ストレスフリー!ただ、モンエクがヒットして社員が増えてきてからは、まぁちょっと面倒なことが増えたかなぁ~」
「分かった!女関係でしょー!」
「ははっ!由美ちゃん、意外と鋭いね?」
「うちの会社もそうだよ。女が多いところにイケメンがいると何かと騒動が起こるもんなんだよ、うん」
私は社内で過去に起きたゴタゴタを思い出しながらしみじみとした物言いで頷く。
きっとイケメンの蒼太くんもアプローチしてくる女の子が多くて色々と大変なのだろう。
「特に今はクリスマス前だから、みんな臨戦モードなんじゃない?うちの会社の女子社員もなんかこの時期は毎年気合いがスゴイよ」
「そういう由美ちゃんはどうなの?」
「私?ないないない。そういうの興味がない!!私の関心は今のところ推しだけ!!」
首をぶんぶん振って全否定した。
だって本当に興味がなくて、女子が気合い入れているのなんて横目で見て完全に他人事なのだ。
利々香も今まさに合コンに精を出しているらしいが、お誘いが来ても断っている。
今はこうして飲み友達と推しの話をしている方が断然楽しい。
「そこまで関心を持たれる姉ちゃんってすげぇな~」
「ていうか、私、恋愛対象は男性だけど、今のところ好きな人とかできたことないし!」
「そうなの?」
「うん。彼氏もいたことない!そういうの本当によく分かんないんだよね~」
私は気持ちを吐き出すようにつぶやいた。
「まぁ自分のペースでいいんじゃない?そのうち姉ちゃんより興味が湧く男が現れるかもだし。その気になった時には、俺が由美ちゃんに合いそうな人を紹介してあげるよ」
「う~ん、その気になるかなぁ。でも自分のペースでいいって言ってもらえたのは嬉しいかも!みんなすぐに”恋しなよ”、”彼氏作りなよ”って恋愛を超推奨してくんだよねぇ」
蒼太くんの言葉は押し付けがなくて、なんだか心が救われるような気がした。
本当に蒼太くんは察しが良いなぁと改めて思う。
「それよりさ、百合さんにクリスマスプレゼント贈るってどう思う!?10月に結婚祝い贈ったばっかりだから気を遣わせちゃうかな~?」
私はここで話題を変える。
これこそ推しの弟である蒼太くんの意見が聞いてみたかったことなのだ。
10月に入籍したと聞いた時は、結婚祝いとして夫婦で使ってもらえるペアのワイングラスを贈った。
あれからまだ2ヶ月だからプレゼント贈りすぎになるか気になるところなのだ。
「確かに姉ちゃんは高価なものだと気を遣うだろうね。ちょっとしたものにしたら?」
「例えば?」
「そうだな~。チョコレートとかクッキーとか食べ物は?姉ちゃん甘いモノ好きだし」
「なるほど!食べ物なら消費物だし邪魔にもならないもんね!!」
さすがのアイディアだ。
そこでこの姉弟はプレゼントとかも贈り合うくらい仲が良いと聞いたことをふと思い出した。
「そういえば、百合さんと蒼太くんはプレゼントを贈り合ったりもするんでしょ?過去に百合さんからどんなもの貰ったの!?」
推しがどんなプレゼントを選んで弟に贈るのか知りたい!という完全に興味から出た質問だった。
蒼太くんは記憶を呼び起こすように、少し視線を上にしながら考えている。
「ん~何貰ったかな。あ、そういえば最初の打合せの時に俺が忘れて由美ちゃんが持って来てくれた万年筆!あれ、姉ちゃんがくれたやつだ」
「ああ、あの万年筆!へぇ~百合さんからのプレゼントなんだぁ~!!」
そう言われて2ヶ月前の出来事を思い出す。
確かちょっと高級そうな万年筆だった。
「俺が社会人になったお祝いにって貰ったやつだったかな」
「さすが百合さん!センスいいーー!!」
社会人になる時に貰ったってことは、もうかれこれ5年くらい蒼太くんはあれを使っていることになる。
きっと大事にしているのだろう。
姉から貰ったものをあんなふうに大事に使っているなんて、なんだか素敵だなと思った。
もしかしたらそういうところも、彼女にはシスコンって思われる所以なのかもしれないけど。
「他にはどんなもの貰ったのー?」
「あとは‥‥あ、このキーケースとか、財布とか、あとネクタイとかかな」
身の回りを見渡しながら、目に付くものを挙げていく蒼太くん。
身に付けている多くのものが百合さんからの贈り物だったらしい。
さすがにこれはツッコんであげるべきかもと思い、私はズバリと切り込む。
「あのさ、そりゃそんだけ姉から貰ったもの身に付けてたらシスコンって彼女に言われるんじゃない?」
「いやいや、これには理由があんのよ。使えるもんは使いたいじゃん?それに彼女からの貰い物だと、別れた後に使いづらいけど姉だとそれがないから便利ってのもあるし。そしたらいつの間にか姉からの貰いものが多くなってただけ」
彼には彼なりの言い分があったらしい。
まぁ確かに一理ある気はする。
「もしかして彼女もそういうの気付いてたってこと?でも姉から貰ったプレゼントの話なんてしたことないけど。今日は推しのことが知りたい由美ちゃんにわざわざ聞かれたから話しただけだし」
「たぶん普通に会話の中でポロッと言ってたんじゃない?女ってそういうところ目敏いしさぁ」
「‥‥そこは絶対言ってないって自信はないな。確かに全然別の会話の流れで話してる可能性は否めないな」
蒼太くんは、思ってもいなかった可能性に気付きはぁとため息をついた。
私の推しへの情熱も重症だけど、蒼太くんのシスコンもかなりのもののようだ。
しかも蒼太くんの場合、自分には自覚がなくて周囲にはそう思われているというパターンだった。
「ま、次に彼女できた時にシスコンって言って振られないように気をつければいいんじゃない?私もそれがシスコンって言われる原因だと思うところがあったら指摘したあげるからさ!」
「マジ頼むよ!由美ちゃんにツッコまれるまで気付かなかったこと多いし」
「あはは!蒼太くんって人に対しては察しがいいのに、自分のことは察しが悪いよね~」
肩を落とす蒼太くんを元気づけるように、私はその肩をバシバシと叩く。
蒼太くんはちょっと恨めしげな目を私に向けたあと、切り替えるようにビールをゴクゴクと飲み干した。
「そういえば、これから年末にかけて忘年会ラッシュでさ。しばらく忙しいから、たぶん由美ちゃんと飲むのも今年はこれが最後かも。コラボの打合せも年内はもうなかったよね?」
「うん、今日で年内はラストだったと思うよ」
「じゃあ明日も仕事だし、あと1杯飲んだら帰ろっか」
「そうだね。また来年も私の推し活に付き合ってね!年末年始も百合さんと会うんでしょ?何か貴重な出来事があったら教えてよね~!」
「はいはい、了解」
私たちはそれぞれお酒ももう1杯オーダーする。
そしてそれを飲み終えると、割り勘でお会計を済ませてお店を出た。
時刻は夜11時になっていた。
「じゃ、ちょっと早いけど良いお年を!」
「忘年会飲み過ぎ気をつけてね~!良いお年を~!!」
別々の方向へ帰る私たちは、最寄りの駅で少し早い年末の挨拶を交わして、それぞれ帰路へ向かった。
しばらく気の合う飲み友達に会えないのは残念だけど、私も年末に向けて仕事納めで忙しい予定だ。
(でも年末年始は百合さんと会社で会えないのも寂しいなぁ~。仕事が休みになること自体は嬉しいんだけどね~)
そんなことをぼんやりと思いながら、クリスマスを前に浮き足立つ街並みを歩き、私は帰路に着いたーー。