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皇帝が座す謁見の間に三つの影が現れる。
引き連れるは奴隷商人アーカードと二人の奴隷。
女神ピトスと反逆者ゼゲルだ。
戦争を起こし、民を殺し、虫に食わせた者を生きて帰すはずもない。
処刑せよ。処刑せよ。
臣下たちが囁く中、皇帝は告げる。
顔を上げよ、女神ピトス。
ゼゲルを操り、我が帝国を陥れんとしたこと。相違ないか。
女神は、はいと肯定した。
次にゼゲル。
女神に命じられるまま、オークを煽動し、民を殺したこと。相違ないか。
ゼゲルは声を震わせて答えた。
全部あの女神のせいです。俺は悪くない。俺は悪くない。
かくして、断罪は下される。
皇帝は告げる。
「女神ピトスよ。あなたの罪を許そう。だが、ゼゲル貴様はダメだ」
「えーーーーっ!?」
「号外―! 号外だよー! 号外―!!」
帝都の新聞売りが叫ぶと、瞬く間に人々が駆け、新聞が売れていく。
ローブを纏った妙齢の女性が人並みをかきわけながら金を渡し、新聞を受け取る。
紙面にはこう書かれていた。
「救国の女神、帝国を守護する」
贅沢にも金文字を使った仰々しい見出しが踊っている。
「10年も過去のこと。気まぐれに地上へ降り、泉で水浴びをしていた女神が泥棒に服を盗まれたことから事は始まる」
「泉から出るに出られぬ女神が出会ったのは、当時視察に出ていた皇帝陛下である。陛下は御身の召し物を女神へ譲渡し、その尊厳を守った」
「女神はその時の恩を忘れてはいなかった。反逆者ゼゲルの蠢動を察知した女神はゼゲルに善なる道を諭し、食い止めようとした」
「しかし、あのゼゲルが善性に目覚めるわけもない。ゼゲルは邪法に手を染め、オークを唆し、人々の脳を虫に食わせた。そして、あろうことか女神の名を騙り、その信徒を灰に変えて信仰を削いだ」
「女神を憎む声が広がり、信仰を捨てる者が増えても。ああ、我らが女神ピトスは人を信じることをやめなかった」
「女神は決戦の地、カピリスの丘で砂嵐を起こして帝国を助け。自らの居城である浮遊城を鉄槌とすることで、暴徒と化したオークの群れを粉砕した」
「さらには、ゼゲルに殺された民の救済と復興にと莫大な富と魔法を授け、帝国を去っていった」
「お伽噺と笑う者は、どうぞカピリスの丘へ。そこにあるのは動かぬ証拠。女神が落とした浮遊城があなたの目に映るだろう」
「ああ、救国の女神ピトスに幸あれ。神に守られし帝国よ、永遠なれ」
新聞を読み終えた女性、ピトスが笑う。
嘘ばかりだ。本当に嘘ばかり書いてある。
だが、人々が信じるのは真実ではなくこの記事だ。
現実は容易くねじまげられ、いずれこの記事こそが真実になるだろう。
なぜ、人間はこのようなことをしたのだろう。
あまりこうしたことを考えたことはなかったが、それでも考える。
ひとつは聖堂教会の失墜を食い止め、反教会派の人間を押さえつける為だろう。
聖堂教会は何も帝国だけにある組織ではない。その信仰心は国をまたぎ、国家を超えて結束している。
教会を邪教とすれば、世界中に散らばる聖堂教会や国教として信仰している国家との戦争になる。当然、これは避けたい。
ならば、事実はどうあれ女神は悪ではなかったとした方が、都合が良いのだろう。
そしてもう一つ気になることがある。
皇帝は最後にこんな言葉を使った。
「それでは女神ピトス。他の神にもよろしくお伝えください」
皇帝は神が私だけとは考えていない。
だから私を殺そうとはしなかった。アーカードはあくまで生け捕りに徹した。
もし、アーカードが私を殺すつもりなら、初手で奴隷刻印を励起させ、自害を命じれば被害は最小限で済んだ。
それでも捕りにした理由。
それは私を殺せば、他の神が襲ってくる可能性が見えたからだ。
神を使役する第十三の奴隷魔法。
この魔法が示すのは、神が神を使役する構造があり、神は一柱ではないということ。
私は殺せても、次の神を殺せるとは限らない。
人間たちは女神ピトスの先を見て、そう判断したのだ。
つくづく人間は恐ろしい。
脆く短い命であるが故に、ほんの僅かな情報から物事を推察し、最善手を打ってくる。
その為なら恨みを飲み込んで、称賛の歌を歌い。あらゆる欺瞞を行使する。
感情のままに善を叫び、殺すだけだった私より、遙かにしたたかな生き物だ。
この世界は思っていたより、ずっと複雑だった。
女神はフードを深くかぶり直し、帝都を発つ。
空からでは見えないものに触れ、学ぶ為に。