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地球温暖化だったっけかな?
テレビで偉そうな、いやたぶん偉いんだろう人達が言っていた。
なんか、地球ヤバい、らしいっぽい話だったな。
やだなぁ、怖いよ。
まあ、令和二年の夏は『例・年・通・り』暑かったよ。
(当人比、あくまでも個人の感想です)
なんて事を思いつつ、今日もコユキはいつも通り、六畳の自室に引き篭もり中である。
このコユキは本編の主人公、ここから始まるワクワクやドキドキを皆さんと共に経験する存在なのです。
因み(ちなみ)に、萌えとか、天使とか、ツンデレとか、ヤンデレとか記録上無い筈(ハズ)なので先に謝っときましょう。
サーセンっ。
これで良し。
とは言え、だ……
部屋の壁に掲げられている写真額の中で微笑む十代後半だろう少女は中々に可愛らしい。
筋肉質でスキンヘッドの大男と、見るからに気弱そうな男子は論外として、残り二人は女子である。
不健康そうで、浜辺で写している所を見ると海水浴だろうに、長袖長ズボンに真っ黒な日傘を差したちょっとホラーな女子はどう見てもコユキには見えないし……
と言う事は、スキンヘッドの大男と腕を組んで弾ける笑顔を浮かべている黄色のビキニの彼女、ボンキュッボンが過去、在りし日のコユキの姿だと思われる。
ややポッチャリ、うーん、かなりポッチャリ気味ではあるが…… まあ、目鼻立ちがはっきりとした可愛らしい少女である。
コユキが赤の他人の記念写真を自室に飾り続けるような、特殊な部類の人間でもない限り、キットこの健康的な美少女、まあ、大柄な事を鑑みても美しい部類だろう肉感的な女性がコユキ本人だと見て間違いないのだろうが……
一体、どうしてこんな残酷な事に……
思わずそんな感想を抱いてしまうほど、私が観察している現在のコユキは、巨大にブクブクと肥育されてしまっていたのである。
クリッとした大きな瞳も、細く控えめながら高かった鼻筋も、煽情的な膨らみを持っていた唇も、全身を覆った贅肉に隠されて、壁に飾られているポートレートの中の面影は消えうせていたのである。
くうぅ、残念至極!
おっと、自己紹介が遅れてしまったが、私は…… 私は? ふむ、そうだな、『観察者』とでも名乗っておく事にしよう。
茶糖(さとう)コユキと彼女に纏(まつ)わる人々の人生の一部を、『観察』し、時に『経験』する者である。
事象を『観察』し、思いを『経験』する事で隠された真実に辿り(たどり)着く事が目的である。
観察の触媒となる彼女自身の遺物に触れる事で彼女の人生を追体験できる。
それこそが私の能力、『観察』なのだ。
この場所、この日時こそが彼女自身が思う所の『旅の始まり』、そう言う事なのだと思う。
早速、『観察』を開始するとしよう。
さて、改めてコユキがいる部屋を見渡してみると、一言で言うなれば、『カラフル』と言えるだろう。
女性らしくふわっとした色合いの家具や調度品を揃え、決して広くは無いけれども、居心地は良さそうに見える。
事実コユキにとっては快適空間そのものであったようだ。
薄いピンクの本棚には、お気に入りのコミックやラノベ、趣味である映画のブルーレイ等が綺麗に整理されて並べられ、それらの存在が部屋の彩りを一層賑やかで楽しげに演出している。
コユキは部屋の中心付近を、起きている間の居場所に決めている様で、周囲に配置された本棚や小ぶりの冷蔵庫、パソコンラック兼テーブルには、座ったままで手が届くようになっているようだ。
それもそのはず、幾度かの模様替えを経て、現在の最適なお部屋ポジションに辿り着くまでに、気付けば二十年近い年月を費やしていたのだから。
そう、コユキは二十年近くの長い時間の殆ど(ほとんど)を、基本、この部屋の中で過ごしていたのである。
所謂引き篭もっていた、そう表現出来るだろう。
彼女が短大を卒業して就職戦線に出陣した頃、世は正に就職氷河期のブリザードが吹き捲くっていた。
十回近い試験と面接を繰り返し、その全てが不採用という結果で終えた時、働いている自分の未来は一切見えなくなってしまっていたのである。
いわゆるホワイトアウトというやつだろう。
その時点で、コユキは歩みを止める事にしてしまったのだ。
吹雪の中で視界を失い、手探りで歩き続ける事など自殺行為だと判断し、その場で野営(ビパーク)する事にしたのだったが、その際に避難場所に選んだのがこの六畳の自室である。
冷静な判断だと言えるかも知れない、ここが冬山ならば、だが……
そうして避難一択に決めた彼女は待った、待ち続けた、就職氷河期と言う嵐が過ぎ去り、売り手市場という名の晴天が訪れる、その日を……
待ち続けて、十数年。
日本を襲った大震災や未曾有(みぞう)の大災害を、国民(コユキは除く)が一丸となって乗り越えようとしている最中、不意にコユキの上にぶ厚く覆い続けた雪雲が忽然(こつぜん)と姿を消し、晴れ渡った空が広がったのだった。
そう、遂に有効求人倍率が一を上回った瞬間である。
しかし、待ちに待った日が訪れたというのに、何故だろうか? コユキが動く気配はない。
避難所(自室)にじっと身を潜めたままで、家族から与えられる支援物資によって命を繋ぎ、趣味の娯楽にうつつを抜かしつつ、惰眠とジャンクフードを貪りながら、楽しく自堕落な昼夜逆転生活を謳歌し続けた彼女には、もう…… かつて自分が戦った戦場に戻り戦いを再開すると言う選択肢は存在していなかったのである。
時間の経過は残酷である、かつて希望に溢れ、未来の可能性を夢に見ていたコユキの瞳は、その時はもう、趣味のBL雑誌とパソコンの画面、あとは食べ物しか映さなくなっていたのだ。
そして、更に数年の月日が過ぎた時、コユキが手に入れた物は、漸(ようや)く辿りついたお部屋の最善のポジショニングと、分厚く積層した全身の贅肉だけなのであった。
元々、子供の頃から太り易い体質だったところに加え、働いていないストレスから来る食欲は、動かない事と相まって、コユキの体から筋肉を奪い続け、その全てを中性脂肪へと変容させて行ったのである。
ともあれ、現在のコユキは部屋の中央にドッカリと座り込み、何やら夢中で作業に没頭している。
手にしているのは金属のかぎ棒だ。
目の前のテーブルには予備だろうか、同じかぎ棒がもう一本置いて有る。
その太い指からは想像出来ない速度で編み上げられつつあるのは、マフラーだろうか?
良く見ればテーブルの上には色を揃えた、シアンの手袋が完成されて置いてある。
自分用ではない、かといって、誰かプレゼントする相手がいるわけでもない。
なろう系の小説では良くある設定、もれなくコユキも、彼氏いない歴イコール年齢のステレオタイプ、今年で三十九歳になるシングルだ。
その固く閉じられた秘密の扉を開けうる男(おのこ)が現れる気配は今のところ…… 無いらしい。