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レイが手にしていた書類を軽く指で弾きながら、ふと俺を見た。
「カイル、少し頼みたいことがある」
「え、俺に?」
突然の申し出に驚き、俺は読んでいた本から顔を上げた。
するとレイが少しだけ口元を緩めた。
「図書室にある“領内統計資料”を持ってきてほしい。俺が取りに行く時間が惜しい」
「あ、うん、わかった!やっとお使いさせてくれるんだな!」
俺はつい喜びをあらわにして立ち上がった。
いつもレイのそばにいるだけだった俺が、ようやく彼の役に立てる気がして、気持ちが浮ついた。
もうね!書類が目の前をチラチラチラチラするたびに気になって仕方なかったんだよな。
伊達に社畜人生やってないわけで。まあ、そもそも前も手伝っていたというのもある。
「図書室の右奥、黒い革表紙のファイルだ。慌てるなよ」
「合点承知の介!大丈夫!任せとけって!」
「ショウチノスケ…?」
少し不思議そうな顔をしているレイを置いて、俺は胸を張りながら執務室を出た。
※
図書室の扉を開けると、微かな木の香りが鼻をくすぐった。
高い天井まで本が並ぶ棚が立ち並び、静かな空間には暖かな陽光が差し込んでいる。
「えっと、右奥の棚……」
俺はレイに言われた通り、黒い革表紙の書類を探し始めた。
背伸びをしながら手を伸ばしていると、不意に背後から声が響いた。
「何をしているんだい、カイル?」
振り向くと、アランが微笑みながら立っていた。
その顔は柔らかいけれど、視線の奥には何かが潜んでいる気がする。
見た目だけならば、レイにも似た面差しのそれは確かに美形なのだが……。
「書類を取りに来たんですよ。レイの頼みで」
「兄さんの頼み、ね。それにしても、君がこうして働く姿を見るのは新鮮だな」
アランは肩をすくめながら近づいてくる。
褒めているのかからかっているのか、微妙な言い回しだ。
「……別に普通では?夫の手伝いなんて、どこの家でもするものですよね」
俺がそっけなく答えると、アランは目を細めた。
「兄さんだからこそ、だよ。まるで小鳥のように君を守っているじゃないか」
その言葉には、どこか棘がある。
けれど、俺は気にせず手を動かし続けた。
「君がこうして一人でいると、少し驚くよ。兄さんは君をあまりそばから離さないように見えるからね」
「……レイが過保護なのは確かですけどね」
少しだけ笑ってみせると、アランがほんの僅かに口角を上げた。
「それが君にとって幸せなら、別にいいけれど」
「どういう意味です…?」
俺が問い返すと、アランは目線を落としながら低く囁いた。
「兄さんが君を守ると言うのは聞こえはいい。でも、逆に君の自由を奪っているとは思わないかい?」
その言葉に、一瞬胸がざわついた。
「いや、レイは俺を守ってくれてるだけですよ。それで十分です」
俺がきっぱりと答えると、アランは目を伏せて小さく笑った。
「そう……君がそう思っているのなら、それでいいさ」
その声には、妙な響きが混じっていた。
それにしても、とアランは続ける。
「伯母上の妹君が君の母君だっけ?よく似ているね?」
そう言いながら、アランが俺へと手を伸ばした──その時。
「何をしている」
低く落ち着いた声が図書室に響いた。
振り向くと、レイが扉の前に立っていた。
「レイ……あれ?どうしたの?」
「お前が戻らないから、様子を見に来た」
レイの目が一瞬アランに向けられる。
その視線は冷たく、鋭い。
「アラン、またお前か」
「またお前か、とは酷いな。少しカイルと話をしていただけだよ」
アランは軽く笑ってみせるが、レイは一切表情を緩めなかった。
「カイルを利用するつもりなら、今すぐ諦めろ」
「利用なんて人聞きの悪い……ただ、カイルと親しくなりたいと思っただけさ」
アランが穏やかに微笑みながら言うと、レイが一歩前に進み、俺の手を引いた。
「カイル、行くぞ」
「あ、うん……」
俺を守るように抱き寄せながら、レイがアランを振り返る。
「次に同じようなことをしたら、遠慮はしない」
冷たい声に、アランは肩をすくめて笑った。
「さすが兄さんだね。そこまでして守る価値があるんだ、その小鳥君は」
その一言が妙に引っかかる。
けれど、俺はそれを振り返る間もなくレイに連れ出された。
※
執務室に戻るなり、レイは俺の手を引いたままソファに座り、そのまま俺の身体を引き寄せた。
まるで俺を逃がさないと言わんばかりの腕の強さに、思わず顔が熱くなる。
「レ、レイ……?」
俺が困惑しながら声を上げると、レイが低い声で呟いた。
「……やはり、お前を一人で行かせるべきではなかった」
その言葉には、自分自身への苛立ちが滲んでいる。
レイの腕はまだ俺の腰にしっかりと回されたままで、逃がすつもりがないのが伝わってきた。
「いや、何もされてないって。少し話しただけだから」
俺がそう言うも、レイはじっと俺を見つめている。
俺を疑っているというわけではなさそうだが、どうにも複雑そうな瞳の色だ。
うーん…あ、いやもしかしてこれって…。
──レイが嫉妬してる?
妙に俺を引き寄せる腕の強さ、無意識に固く結ばれた眉、そして、俺の動きを封じるような態度。
これはアランへの嫉妬からくるものではないだろうか?
「……なあ、レイ」
俺は静かに名前を呼ぶ。
するとレイがわずかに目を細め、視線を俺に落とした。
「なんだ?」
「お前、もしかして嫉妬してる?」
その言葉に、レイの動きが止まる。
図星だったようで、わずかに唇を引き結ぶのが見えた。
「……嫉妬ではない。俺はただ──」
「え、そうかなぁ…俺にはそう見えるけど」
俺は笑いをこらえながら、そっとレイの頬に手を伸ばした。
そのまま、ふわりと抱きしめるように腕を回す。
「……馬鹿だなぁ、レイ」
耳元で静かに囁くと、レイが軽く目を見開いた。
「俺がどれだけ“レイ推し”か、知らなすぎるんだよ」
俺は苦笑しながら、ぎゅっとレイを抱きしめた。
驚いているのか、それとも何かを言い返そうとしているのか、レイの身体が微かに硬直しているのが分かる。
「俺はお前以外の誰かに靡くなんてこと、絶対にないよ」
何せなぁ…世界を超えてもハマって推したのは間違いなくレイで。
それ以前だって俺は小さいころからレイが好きだったわけだし。
今だってそうだ。いや、今なんて以前からの気持ちにプラスで上乗せなわけで。
今更ひょっこりと出てきたやつに乗り換える気何てサラサラない。
「……カイル……」
低く名前を呼ばれた瞬間、レイの腕がさらに強く俺を抱き寄せた。
その温かさと力強さに、思わず微笑みが漏れる。
「……お前がそう言うなら信じる」
「最初から信じてよ」
俺が呆れたように言うと、レイが微かに視線をそらした。
……ん? なんか、耳がほんのり赤くなってないか?
「もしかして、照れてる?」
俺が意地悪く聞いてみると、レイが軽く咳払いをして、あっさり流してきた。
「そんなことはない」
「いやいや、照れてる顔してたぞ、今!」
「黙れ」
腕に力を込めて俺を抱き寄せる仕草が、微妙に不器用なのがまた可愛くて、思わず笑ってしまう。
「お前のこととなると、つい冷静でいられなくなる」
「そういうとこ、不器用だな……でも、なんだ、ほらそういうとこも」
好きなんだよ、と小さくレイに聞こえるようにだけ俺は呟いた。
レイの独占欲が面倒な時もあるけど(特に仕事をさせてくれないときな!)、こうして気持ちをまっすぐ伝えてくれるのは、悪くない。
俺のつぶやきにレイが微かに目を見開いた後、俺の頭を優しく撫でた。
「……俺もお前を愛している」
不意に触れた唇が額に降り、今度は鼻先、そして唇へと降りてくる。
俺はその温もりに目を閉じた。
胸の中でレイへの愛おしさがどんどん溢れていくのを感じた。