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朝日がカーテン越しに差し込み、俺はレイの腕の中で目を覚ます。
昨日の出来事が少しぼんやりと脳裏に浮かぶ。
「……俺もお前を愛している」
そうすると、昨日のレイの低い声が耳元に蘇り、胸の奥が少しだけくすぐったくなる。
「おはよう、カイル」
そんな俺への朝の挨拶を告げる低い声に振り向くと、レイが穏やかに俺を見下ろしていた。
彼の瞳は朝日を受けてキラキラと輝き、柔らかい笑みが浮かんでいる。これが俺の推しだと思うと、やっぱり毎朝のように心臓が暴れる。
「……おはよう、レイ」
言葉を返しながら、俺はふと視線をそらした。
なんだかこの状況に慣れるには、まだまだ時間がかかりそうだ。
二人での朝食を終えた後、レイと一緒に執務室に向かう。
今日はいつもより少し忙しそうで、机の上には普段以上に書類が積まれていた。
「何か手伝えることないかな?」
俺がそう聞くと、レイは書類を整理しながらちらりと俺を見た。
「お前がそばにいてくれるだけでいい」
「それで満足されても困るんだけどな……」
ため息をつきつつも、俺は机の端に置かれた書類を眺める。
書類の中には、フランベルク領内の新しい道路建設計画や住民からの要望書があった。
どうやら、今日の仕事は「領民からの新たな提案をどう処理するか」らしい。
「領民の小さな意見も吸い上げるなんて、優しい領主だよな」
「当然だ。領民が幸せでなければ、領主が存在する意味はない」
レイが当たり前のように答える。
その姿を見ていると、本当にこの人は理想の推しなんだなと思う。
時間は静かに過ぎていく。俺はレイの仕事をちょこっとだけ取ってやったりもした。
といっても先ほどの意見を要望別に並びなおす程度だが。
昼を過ぎた頃、執事が慌ただしく執務室にやってきた。
「レイ様、アラン様が急遽訪問されました」
「……またか」
レイが短く息を吐く。俺も横で少し肩をすくめた。
「今度は何の用だろうな」
俺がそう呟くと、レイが鋭い目つきで執事に命じた。
「通せ。だが、目を離すな」
「かしこまりました」
執事が退出してから数分後、アランが執務室に現れた。
「兄さん、突然お邪魔して悪いね」
いつもの柔らかい笑みを浮かべているけど、その目にはどこか計算高い光が宿っている。
「……今度は何の用だ?」
レイが冷たい声で問うと、アランはちらりと俺を見やる。
「ちょっと相談があってね。フランベルク領内で、面白い噂を耳にしたんだ」
「噂?」
俺がつい口を挟むと、アランはニヤリと笑った。
「そう、領内の森に“結界”が張られている場所があるって話だよ。兄さん、知っているかい?」
「結界……?」
レイの表情が微かに硬くなった。
「俺の領内に結界など存在しない」
「本当に? どうも妙な話が広まっているらしくてね。俺もその真偽を確かめようと思ったんだが……兄さんに直接聞いたほうが早いと思ってさ」
結界?領内に?馬鹿な。
アランは何を企んでいるんだろうか……。
「その場所とやらの詳細を話せ」
レイが冷静に詰め寄ると、アランは肩をすくめた。
「場所は……領南の端に近いあたりだ。まぁ、噂話程度だと思うけどね。確認してみるのも悪くないと思うよ」
その言葉にレイが眉間に皺を寄せた。
「何を企んでいる?」
「企むだなんて、人聞きが悪いな。僕はただ、兄さんが知らないことが領内で起こっているのかもしれないと思っただけだよ」
アランの微笑みには、いつも以上に得体の知れないものを感じる。
執務室のやり取りを横で聞きながら、俺は漠然とした不安を覚えていた。
領内の結界……それが本当に存在するのかどうかは分からないけど、アランの動きがどこか不気味で落ち着かない。
そもそもフランベルクは俺という鍵が発動する結界がまずあるのだ。
けれど、そういった感覚は受け取れていない。
尤も、俺はこことは次元の違う世界に飛ばされていた影響で、鈍っている可能性もある。
どうなんだろうか……。
「カイル」
レイに名を呼ばれて俺は我に返る。
俺が考えている間にどうやらアランは退出したらしい。
レイが短く息を吐いた。
その顔には明らかに苛立ちが浮かんでいる。
「……アランの言葉、どう思う?」
俺は少し警戒しながら問いかけた。
レイがこんなに感情をあらわにするのは珍しいことだ。
彼は顎に手を当て、少し考える素振りを見せてから低く呟く。
「結界の話が本当なら、由々しき事態だ。だが、それをアランが知っているというのが妙だ」
「どういうこと?」
俺が聞き返すと、レイは俺に視線を向けた。
「お前も知っている通り、結界というのは極めて限られた術者しか扱えない。フランベルク領内でそれを施せる人間は、俺を含めて数えるほどしかいない。ましてや、そんな噂が広まること自体がおかしい」
レイの言葉に、俺の胸の中で不安が膨らむ。
もしアランが何かを掴んでいて、それを利用しようとしているのだとしたら……?
「……もしかして、アランが仕掛けた罠とか?」
俺が考えを口にすると、レイが険しい目をして頷いた。
「可能性は否定できない。奴が動く時は必ず何かしらの狙いがある」
「じゃあ、どうする?確かめに行くのか?」
俺の問いに、レイは一瞬だけ逡巡するように目を伏せた後、決意を固めたように顔を上げた。
「明日、領南へ向かう」
「明日?」
「急を要する話だ。もし噂が本当なら、一刻も早く確認しなければならない」
レイの決断に、俺は思わず息を呑む。
けれど、次の瞬間、レイが俺の肩を掴み、じっと目を覗き込んできた。
「お前は俺と一緒に来るな」
「……え、なんで?」
唐突な言葉に驚く俺に、レイは低い声で告げる。
「危険が伴う可能性が高い。お前を巻き込むわけにはいかない」
「でも、俺だって役に立つかもしれないだろ?それに、レイといた方が安全じゃないか?」
俺が食い下がると、レイの瞳が微かに揺れる。
その奥には、言い難い何かが潜んでいるようだった。
「お前を危険にさらすくらいなら、俺一人で足りる」
レイの言葉に、俺は唇を噛む。
彼の気持ちが分からないわけじゃないけど……それでも。
「……わかったよ」
俺はとりあえず納得したフリをすることにした。
レイには黙っておこう。でも、“鍵”である俺でなければわからないこともあるだろう……俺だってレイの役に立ちたい。
そんなこんなで、心の中では別の計画を立て始めることにした。