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「……じゃあ、一応形式的にだけ、レジに来て」
「ん?……わかった」
俺はもとちゃんをフロントへと促した。
まだ誰も触れていないピカピカのレジの前に立ち、もとちゃんがポケットから財布を出そうとするのを、手で優しく制する。
「プレオープンやから、今日はタダ。身内価格な。その代わり、宣伝代わりにその頭、ご近所さんに見せて回ってや」
「え、いいん? 悪いな……。あ、そうや! ちょっと待ってて」
もとちゃんは何かを思い出したように声を上げると、お客様用ロッカーへと急ぎ足で向かった。
カチャリと鍵を開け、中からずっしりと重そうな紙袋を取り出して戻ってくる。
「これ、店へのお祝い。うちの両親と、俺から」
……なるほどな。空くんと弦に無理やり連れてこられたとき、俺にバレんように必死でロッカーに詰め込んでたん、これやったんか。お祝いやろなというのは、最初からバレバレやったけどな。
「うわ、めっちゃええやん! 流石、元宮酒店やわ!」
手渡された紙袋を覗き込み、俺は素直に大興奮した。
包装紙を剥がして箱を開けると、中から出てきたのは、透明なガラスの表面にうちの新しい店の名前とロゴが美しく、深く刻印された大きな酒瓶だった。
「……すご、これ。ロゴも彫ってあるやん!」
「酒屋の祝いと言えばこれやろ。受付の一番目立つとこに飾っといて。商売繁盛や」
「ほんまありがとうな。めちゃくちゃ嬉しいわ。ご両親にもまた、ちゃんと挨拶行くわ」
感動で胸を熱くしている俺の前に、もとちゃんは「……で、こっちは秀太へ」と、紙袋から小さな箱を差し出した。
そして背中から、まるで手品みたいにぽんと目の前に差し出されたのは、真っ白な花びらのフチに、鮮やかな紫色のラインが綺麗に入ったミニ花束だった。
「……これも秀太に」
「うわ、可愛い」
「……お祝いやから、形だけでもな。花屋のお姉さんに『綺麗で少しでも長持ちするやつ』って聞いたら、これ勧められてん。トルコキキョウって言うらしい。持ち帰りやすいように、小さいサイズにしてもらった。それと、その箱、開けてみて」
もとちゃんが耳を赤くしながら、早口で必死に説明してくれる。普段、こんなことし慣れてへんのやろうな。伝わってくる緊張がなんだか無性に愛おしくて、俺の気持ちまで変にふわふわと浮き足立ってしまう。
言われるがままに箱を開けると、中には、上質な黒い本革で作られた、スタイリッシュなシザーケースが入っていた。職人の手作りらしく、革のいい匂いがふわりと鼻をくすぐる。
「これ……シザーケースやん。めちゃくちゃカッコええな」
「秀太がスタイリストデビューした時は……俺も若かったし、なんか気恥ずかしくてなんもしてやれへんかったから。まとめてって言うのも変な言い方やけど……」
もとちゃんがらしくない感じで、モゴモゴと口を動かす。
なんや、ええな。こういう、ちょっとした緊張感がある空気も。過去の心残りをずっと覚えていてくれたんやと思うと、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「もとちゃん、今日この後、家帰るだけ?」
「うん、まぁ一応、帰ってちょっと店手伝わなあかん」
「今日はオペレーション確認と掃除だけやから、すぐ終わんねん。明日のプレが本番さながらやし、その分今日は早く上がれるからさ……もとちゃんとこ、飲みに行ってええ? まじで腹減った」
俺がそう言うと、もとちゃんは一瞬驚いたように目を見張った後、今日一番の、本当に嬉しそうな笑顔を咲かせた。
「ほんまに!? やった、じゃあ秀太の好きな親父のおつまみ、一緒に用意しとくわ!」
さっきまでは緊張して少し大人ぶっていたもとちゃんが、まるで子供の頃に戻ったみたいに嬉しそうに手を振って、俺が開いた真新しいガラス扉から出ていく。
外の光に照らされた後ろ姿を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
……いや、あいつめちゃくちゃ格好ええな。外を歩いてるお姉さんたち、明らかにこいつに釘付けになってるやん。ほんまに、もっと厳ついチンピラ風カットにしとけば良かったかもな。
「あーあ、秀太にぃ。さっきからもとちゃんのことばっかり。俺、今日スタイリストデビューしたのに、お祝いでご飯連れてってくれへんの?」
もとちゃんを見送った俺の後ろから、洸くんがわざとらしくジト目を向けて文句を言ってきた。
「洸くんには新くんがおるやろ。これからも俺たちはずっと隣で、仕事できるんやで? 家に帰ってからもずっと一緒や」
俺は振り返り、洸くんの目を真っ直ぐに見つめた。
「でも、今好きな人とは、いつまでもおれるとは限らへんやん? やからこそ、今日という洸くんにとって大切な日は、自分の1番大切な人と過ごさなあかん日やと思う。……でも洸くん、今日のカット、最高に上手やったで! スタイリストデビュー、ほんまにおめでとう」
「っ、……うん! ありがと、秀太にぃ!」
頭をポンと叩いてやると、洸くんは新くんと顔を見合わせて、これ以上ないくらい幸せそうに笑った。
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