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「今日も最高、堀様、美しかったですね~っ」
「嫌だわ、あなたと推しが一緒だなんて」
と語り合いながら、終演後、あかりは寿々花と劇場を出た。
ふたりとも関係者用にとってあったいい席が当たり。
しかも隣の席が関係者用チケットで観に来ていたイケメン人気俳優だったので、ご機嫌だった。
寿々花との間に、いつものビリビリした空気は今はなく。
ミュージカルと人気俳優の横顔を二人で堪能した、という変な連帯感で盛り上がったまま、語り合う。
「しかも、なに?
なんであんた、貴之様のファンなの?
うちの息子と欠片も似てないじゃないのっ」
寿々花は妙なところで怒り出す。
堀貴之は長身細身で美しい顔をした、歌もダンスも抜群のミュージカル俳優だ。
実は、最初に見たのはテレビドラマで。
この人、すごいっ、と思って、それからミュージカルも観に来るようになったのだ。
「そうですねー。
今回、共演してた原さんの方が息子さんに似てますかね?
寿々花さんこそ、なんで原さんの方、応援しないんですか?」
「息子と似てる男を推してたら不気味でしょ?
私は、子どもべったりな母親じゃないのよ」
ですよね……。
なのに、なんでいろいろ口出してきたんですか……と今更ながらに、あかりは思う。
目の前にファミレスが見えた。
二人は、チラ、とお互いを窺い合う。
このまま、推しについて、話がすごく合うこの人と語り合いたいっ。
だけど……と迷いながら、寿々花の車の近くまで来てしまった。
そのとき、あかりの手から保存用にしようと、また買ってしまったパンフレットが落ちた。
ばさっとページが開いて、堀貴之の美しい顔がアップで現れる。
二人でそれを見つめたあと、言った。
「なにか食べて帰りませんか? 寿々花さん」
「なにか食べて帰らない? あかりさん」
二人は目の前にあるファミレスに入った。
寿々花は滅多にファミレスには入らないようで、出てきたパスタを食べながら、
「あら、意外と美味しいじゃない」
と感心していた。
「この値段で、こんな料理が出せるなんて。
……一体、なにが入っているのかしら……」
と不安そうな顔をする。
「す、寿々花さん、あの、店員さんが横に……」
隣のテーブルに料理を運んできていた男の店員さんが、苦笑いしてこちらを見ていた。
「うん、美味しいわ」
ともう一度、言った寿々花はその店員に、
「最高ね。
シェフを呼んでちょうだい」
と言った。
えっ? はっ? と慌てた店員に真顔で、
「冗談よ」
と言う。
店員は、はははは……と乾いた笑いを浮かべていた。
……冗談とか言うんですね、寿々花さん。
ついでに、私に言われたことすべて、冗談だったらいいんですか。
いや……息子さんのあの冷たい一言こそ、冗談であって欲しかったですが。
「あら、デザートも可愛くていいわね。
小さいから食べられそう。
あかりさん、注文して」
「はいはい」
とあかりがタブレットで注文するのをあの店員が少し離れたところから眺めていた。
「ここは私がおごるわ。
遠慮しないで。
揉めるほどの金額でもないし。
……予定になかったのに、日向に会えたから機嫌がいいのよ」
と寿々花は言う。
寿々花がレジで払うのを少し離れた場所から、あかりは見ていた。
二千円ちょっとなのに、ブラックカードとか出してきそうだと思ったが、寿々花は、ちゃんと現金で払っていた。
通りかかったあの店員さんに、すみません、と頭を下げると、苦笑いして、
「おかあさん、迫力ありますね」
と言う。
いえ、母ではないし、義母でもありません。
でも、何処か似ているのだろうかな? とあかりは思う。
嫁姑は似ているというし。
いや、嫁にはなりそこなってしまったのだが……。