テラーノベル
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「気持ちいーっ。」
「あったか〜い。」
「ってか、お風呂からもめちゃくちゃ星見えるね。」
三人で入っても余裕がある大きな露天風呂に、肩まで浸かりながら、ぼく達はまた星空を眺めていた。
湯気の向こうに瞬く星は、さっきよりも近く見えて…まるで手を伸ばせば掴めそうだった。
湯の温もりと、二人の存在が両側から伝わってくる。
そのぬくもりに包まれて、胸の奥がじんわりと熱くなる。
今だけは、時間が止まってほしいと本気で思った。
「また、来ようねぇ。」
涼ちゃんが、湯気越しにやわらかく笑って、少しだけ肩を寄せてくる。
肌に直接触れる温もりが、思っていたよりも近くて、胸の奥がふいに高鳴った。
「次は絶対、寒くない時ね。」
今度は若井が、何でもないような顔でお湯の中のぼくの手をそっと包み込む。
指先から伝わる温もりは、お湯よりもずっとやさしくて。
その一瞬、胸が跳ねて、視線を星空から逸らせなくなった。
湯気の向こう、夜空にはさっきよりも星が増えたみたいに見えた。
湯面がふわりと揺れるたび、星の光が水面にきらきら映り込む。
「…なんかさ、夢みたいだね。」
思わずこぼれたぼくの声に、涼ちゃんも若井も、同時に『うん』と頷いた。
お湯に浸かっているはずなのに、胸の奥はもっとあたたかくて、苦しいくらい満たされていて。
それが今だけのものじゃないと信じたくて、ぼくは握られた手を少しだけ握り返した。
いつもと変わらないように見えるぼく達。
でも、湯気の中を満たす空気は、ほんの少しだけ甘くて、 それが現実なんだと気づくたび、胸の奥がくすぐったくなる。
「元貴。」
「…ん?…!」
ふいに涼ちゃんに名前を呼ばれ、星空から視線を外して横を向いた。
思ったよりも顔が近くて、ぼくはその場で固まってしまう。
鼻先が触れそうな距離。
湯気越しでも分かる、涼ちゃんのタレ目でやわらかな瞳が、真っ直ぐぼくを映していた。
(待って…冷静に考えたら……この状況って…..)
「ん?元貴…顔赤いけど大丈夫ぅ?」
そう言って、涼ちゃんの手がぼくの頬にそっと触れる。
「ちょ、涼ちゃん、近っ…!」
見つめ合うぼくと涼ちゃんを横目で見ていた若井が、何も言わずにグイッとぼくの腕を引き寄せた。
湯面が小さく波立ち、背中に若井の胸の温もりが押し当てられる。
そのまま耳元に吐息がかかる距離で、低い声が落ちてきた。
「…おれの前で、あんまそういう顔すんなよ。」
涼ちゃんはそんな若井を見て、くすっと笑うだけ。
ぼくはというと、二人の間でもうお湯よりも熱くなっていて…
「ぼ、ぼく!先に出る…!」
堪らずぼくはそう言って勢いよく立ち上がると、バタバタ露天風呂を後にした。
・・・
【若井side】
「ふふっ。若井、嫉妬しすぎだってぇ。」
「…うるさい。」
元貴が顔を真っ赤にして露天風呂を出ていった後、涼ちゃんは、おれをからかうように笑った。
「…てか、涼ちゃんの言った事が現実になるなんてね。」
そう言って、夜空を仰ぎながら苦笑いが漏れる。
「…後悔してる?」
「してないよ。…ま、涼ちゃんだからってのはあるけど。」
「えぇ~、嬉しい事言ってくれるじゃない~。」
おれはあの日、涼ちゃんに言われた事を思い出していた…
『僕、旅行の日の夜に元貴に告白しようと思ってるからぁ。』
『……!』
『それでさ……僕は、三人で付き合うのも別にいいんじゃないかな〜って思ってるんだよねぇ。』
『……?!』
『ま、どうなるかは分かんないけどねぇ。……若井も考えてみてよ。』
『え。』
あの時は、“何言ってるんだこの人”と思い、頭がついていなかったし、あれから涼ちゃんの言った事を考えてみたけど、ずっと答えは出ないでいた。
だけど、今日、自分の本当の気持ちに苦しんでいた元貴を見たら、どんな事でも受け入れようと思えて、“三人で付き合う”なんて突拍子もなくて、“普通”じゃない事も、不思議とそれが自然な事のように思えてしまった。
「…涼ちゃんはこうなる事が分かってたの?」
星空から視線を外し、隣の涼ちゃんを見る。
「う~ん…そういう訳じゃないんだけど。なんか、それが僕達にとっては“普通”な気がしちゃったんだよねぇ。」
涼ちゃんは夜空を見上げたまま、ふわっと穏やかに笑った。
「ははっ、確かに。今なら分かるわ…その感じ。」
そう言って、おれもまたゆっくりと夜空を見上げた。
静かな湯気の向こう、星がいっそう輝いて見えた。
「…てか、涼ちゃんお風呂上がらないの?」
「うーん、まだ難しいかなぁ。若井は?」
「…おれも。」
「ふふっ、男の子だねぇ。」
「いや、涼ちゃんもでしょ。」
「だって、好きな人一緒にお風呂だよ? 」
「…ほんと、もっと自覚して欲しいわ。」
「ふふっ、元貴の無防備具合も困ったもんだよねぇ。」
その後、おれと涼ちゃんは、 お湯がすっかり冷めきった頃、やっとお風呂から出る事が出来たのだった…
・・・
二人のいつもと違う空気に、恥ずかしくて耐えられなくなったぼくは、一足先に逃げるようにお風呂を出てテントに戻ってきた。
最初は、暖炉のそばのロッキングチェアに腰掛け、ゆらゆらと揺れに身を任せてみたけれど、中々戻ってこない二人に痺れを切らし、ベッドへと潜り込む。
天窓の向こうに広がる星々が、やけに静かで、やけに遠かった。
そして、まぶたが落ちかけたその時、やっと、 テントの入り口が開く音がした。
「…遅いっ。寝ちゃうとこだったんだけど。」
ぼくは入口の方に顔だけ向けて、少し拗ねたように言って、口を尖らせた。
「…誰のせいだよ。」
小声で若井がそう呟いたのが聞こえたけど、それにツッコミを入れる前に、涼ちゃんがとことことぼくの所まで来て、ぼくのベッドに腰を下ろした。
「ふぁ~。僕も、もう眠たいやぁ。」
そして、そう言うや否や、涼ちゃんはなんの躊躇いもなく、ぼくの横にゴロンと横になった。
「…はぇ?りょ、涼ちゃん?!」
胸の奥がドクンと跳ねるのを誤魔化すように声を上げたけど、涼ちゃんは気にも留めず、幸せそうな顔でぼくの首元に顔を埋めてきていた。
そんな涼ちゃんの行動に内心戸惑っていると、今度は 反対側からギシッとベッドが沈む音がした。
「おれも。寝よっと。」
「ちょ、若井?!」
セミダブルのベッドは、三人分の重さでぐっと沈み込む。
一人で寝るには余る広さも、男三人となれば話は別だ。
肩と肩が押し合うくらいの距離で、涼ちゃんと若井がぼくを挟むように横になっている。
左右から伝わる体温と、かすかに混ざり合う二人の匂い。
息をするたび、鼓動が少しずつ速くなっていく。
どちらを向いても、すぐそこに涼ちゃんや若井の顔があって、視線を逸らすにも逃げ場がない。
そのくせ、二人とも当たり前みたいな顔で、まぶたを閉じているのがずるい。
「あの…涼ちゃん、若井…」
ここで寝るの?…と、言葉を続けようとした時、『あっ。』と言う涼ちゃんの声でかき消されてしまった。
「ごめん~、おやすなさいするの忘れたぁ。ね、若井?」
「だね。」
何となく、最初から用意されていたような…
まるで、打ち合わせでもしてたような二人のぴったりと息のあったやりとりに、ひりりとした緊張が走り、ぼくは掛けていた布団を反射的にぎゅっと握った。
「じゃあ…元貴、おやすみぃ。」
涼ちゃんの柔らかな声が耳に届き、続けて若井も静かに囁いた。
「おやすみ、元貴。」
(…あ。)
その緊張感の原因が何かも分からないまま、目の前に広がっていた星空がふっと消えた。
唇に半分ずつ、違う温もりが“ちゅっ”と言う音を立てて軽く触れる。
それが、二人からのキスだと気付くのには、差程時間は掛からなかった。
「…ひゃっ、あ…ぇ…..」
言葉にならない声が部屋の静けさに溶けていく。
「ふふっ。元貴、動揺しすぎぃ。」
「ははっ。顔、真っ赤じゃん。」
星の光に照らされ、動揺を隠せないでいるぼくの顔を、頬杖をつきながらくすくすと笑う二人。
からかう仕草はいつもと同じなのに、その声には、今まで聞いたことのない甘さが混じっていて…
ぼくは、お風呂で感じたあの逃げ出したいような衝動を、また覚えてしまった。
「これからは“恋人”なんだから。」
「慣れてもらわないとねぇ。」
甘い声とは裏腹に少し意地悪な顔で微笑む二 二人。
両側からがっつりとホールドされて、逃げ道なんてどこにもない。
「「元貴、大好きだよ。」」
その言葉が、この甘い空気感に戸惑っていたぼくの胸の奥にじんわりと染み込んでいく。
嬉しいのに、くすぐったいのに、どうしてか少し泣きそうだった。
温かい腕の中、そっとおでこに落ちるキス。
重なる体温と、静かに伝わる心音に包まれながら…
ぼくは、ゆっくりと目を閉じた。
耳の奥で、静かな呼吸音が二つ、重なったり離れたりを繰り返す。
肩越しに伝わるぬくもりは、これまでのどんな夜よりも確かで、そして甘い。
さっきキスされた唇とおでこが熱を帯びていて、
( ああ、本当にぼく達は恋人同士になったんだ…)
と、実感していた。
こんな日が来るとは、今朝のぼくは思いもしなかった。
この夜を、きっと忘れない。
いや…忘れたくない。
頬に触れる指先が、小さく撫でてくれる。
眠気と安心感の境目で、ぼくはその優しさに溶けるように、静かに、深い眠りへ落ちていった…..
・・・
「…ん、んぅ…」
――気づけば、世界は静かに朝を迎えていた。
薄く差し込む光に、ぼくは目を細める。
ぼんやりと目を開けると、すぐそこに涼ちゃんの寝顔。
まつ毛が揺れるたびに、その影まで愛しくて目が離せない。
反対側では、若井がゆるく腕を回し、ぼくの腰を抱き寄せていた。
その腕の重みが、まるで“ここから逃がさない”と言っているようで、胸の奥が熱くなる。
…まるで夢の続きみたいな朝だった。
「…二人とも起きて。」
少し緊張気味な声で言うと、涼ちゃんが目を細めて、 寝起き特有の少し甘い笑みを浮かべる。
その瞬間、若井の腕が少しきゅっと強くなった。
「まだいいじゃん、もうちょっと…」
耳元に低く落ちる声。
その響きが、全身をじんわり包み込む。
ぼくは抵抗もせず、二人の間で深く息をついた。
朝の匂い、温もり、微かな寝息。
ぜんぶが混ざり合って、時間がゆっくりと溶けていく。
今までと少しだけ違う朝。
でも、この変化はきっと、ぼくがずっと望んでいたものだ。
ぼくは、愛しい二人の甘い温もりを感じながら、
これからぼく達の…
ぼく達だけの世界が静かに広がっていく気がしていた。
「若井、涼ちゃん。おはようっ。」
照れくささと幸せが入り混じる声に、二人も同時に笑った。
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コメント
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フェーズ1 完結お疲れ様でした!朝ドラ感覚で毎日楽しみに読ませていただいていました笑ありがとうございました^^フェーズ2ではドキドキするmtkくんだけでなく、ドキドキさせられちゃう2人のこともいっぱい見たいです!ドキドキだけじゃ済まなかったりして、?応援しています。
終わっちゃったあああ!!1番初めから最後まで毎日1話ずつ見届けてたから寂しさが、、( ; ; )
あまりにも幸せすぎるラスト…。見てるこっちもドキドキしちゃいますわ、