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その日、私は道に迷った地図も役に立たず、雨が降る中気づけば薄暗い森の奥へ進んでいった。
湿った空気が肌にまとわりつき、鳥の声さえ遠ざかり、本当に一人きりになってしまった。
やがて、木々の影に黒い裂け目が見えた。
洞窟だ。
帰る道もわからない。
とりあえず雨宿りにでも……そう思って洞窟に足を踏み入れた瞬間、洞窟のかなり奥が淡く光っているのが見えた。
私は見惚れながら誘われるように進むと、その光の中心に“それ”はいた。
少女の形をした何か。
身体は透き通った金色で、ところどころに結晶のような光沢を反射している。
人のようで、人ではない。
「……ひとなの?」
それは澄んだ声だった。
近づくと、その“鉱石の少女”は不器用に笑った。
どうやら鉱石ちゃんは、この洞窟の外に出たことがないらしい。
外の世界のことを何も知らないらしくて、私が説明するたびに目を輝かせた。
「そと、みたい。そとは、あかるい?」
「うん!森があって、風があって、美味しい美味しいエビフライもあって……きっと君も好きになるよ」
その時の鉱石ちゃんのぱぁっと明るくなった嬉しそうな表情を、私は一生忘れないだろう。
なんとか洞窟の外を目指して歩いていると、いつの間にか雨が止んだのか、鳥のさえずりがうっすらと聞こえてきた。
見たことの無い世界への期待で心を躍らせ、鉱石ちゃんは人間の少女と変わらない仕草で、手をつないでくる。
その手は人間とは違い冷たかったけど、不思議と安心する温度だった。
「そと?そと……!!」
「大丈夫、もうすぐ着くよ!」
私たちは光のほうへ駆けだした。
眩しい外の光が視界に広がり、青い空が見えた。
森の匂いがした。
湿った土の匂い。草の匂い。生き物たちの匂い。
彼女はきっと、これを――
「っ……!」
突然、私の手に鋭い痛みが走った。
皮膚が焼けるような、刺されるような感覚。
「え……?」
振り返る。
彼女が、震えていた。
身体中がぱきぱきと音を立てて裂け、金色だった表面が黒ずみ、ひびが走り、
ついには液体が滲み出した。
どろり、と。
それは――硫酸だった。
その時私は気づいた。
彼女の身体は、鉱石は鉱石でも、パイライトでできているのだと。
この森は湿度が高く、有機物も多い。
彼女の身体――パイライトは、ここでは急速に酸化してしまう。
“助けなきゃ”そう思っていてもあまりの痛さで私は動くことが出来なかった。
そして、硫酸が私の手の甲に落ちた瞬間、皮膚がただれた。
「たす……け…て…! いたい……いたい、いたい……!」
彼女は自分から漏れ出す液体を必死で押さえながら、ひび割れた身体で自分で自分を抱きしめるように、必死に後ずさった。
でもあまりの痛さで彼女は少ししか動くことができなかった。
そのスピードでは、まだまだ手前にある洞窟に戻ることは…出来ない。
身体は止められない速度で酸化し、表面が崩れ落ちていく。
「ごめん……! こんなはずじゃ……!」
私は彼女に世界を見せたかっただけ
「いや……だ……でたい……はじめて……そと、でたかった……!」
ひび割れた声だった。
金の瞳が涙のように濁りながら、私を見上げる。
その目に映るのは、
恐怖でも哀しみでもなく――
怨みだった。
「いたい……だまされた……ころされた…」
「違う! 違うんだよ!!私は……!」
「ころされた……ころされた……ころされた……!」
最後の叫びとともに、彼女の身体は粉々になった。
地面に黒く染まった硫酸の跡と小鳥のさえずりだけがただ静かに聴こえていた。
あの日から、私は森に戻れない。
風に紛れて声が聞こえる。
「いたいよ……そとにでたかった……でも、あなたにころされた……」
優しさだと思って差し出した手は、
彼女にとって毒でしかなかった。
私はあの手を離さなければよかったのか。
それとも、出会わなければよかったのか。
答えは、森のどこにも落ちていなかった。
善意は、時に最悪の刃になる。