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氷が溶けた理由《わけ》
カーテンから光が差し込む。その光で目を覚ま
す。
体が凍りそうなほど寒い季節の朝は、暖かい布
団から出るのを拒んでしまう。
頭から布団をかぶり、寝返りを打つ。 するとコ
ンコンとノックが聞こえ、私はため息をつきなが
ら体を起こし扉の前へ行く。開けるとそこには
誰もいなかった。
「ニャー!!」
鳴き声が聞こえた方に目をやると、封筒をくわえ
た猫がちょこんと座っていた。
ありがとうと言いながら受け取ると、忙しそうに
走って行ってしまった。
コバルトブルーに染められた封筒を開けると、繊
細な金箔で寮章が施された手紙が入っていた。そ
れはまさしくフロストハイムからのものだった。
「舞踏会の招待状… 」
招待を受けるのはこれで2度目だ。
こういう場は、正直気が進まない。自分が場違な
気がするからだ。ただ、フロストハイムからの招
待ということは、彼が招待したということ。会場
で会える可能性が高いのだ。それなら参加しない
わけにはいかない。
“彼に会いたいから”。
私は手紙を机に置き、朝の支度を済ませ、軽い足
取りで学食に向かう。
「あ、特待生ちゃん!こっちこっち!」
「おはよう、特待生」
一足先についていた二人に促されいつもの席につ
く。
「おはようございます。魁斗くん、ルカくん」
「おはよう、特待生ちゃん!」
朝のあいさつを済ませ、いただきますと手を合わ
せた後、魁斗くんがため息をつく。それを見たル
カくんが、心配そうに顔をのぞき込む。
「どうしたんだ魁斗?体調でも悪いのか?」
「いや、また地獄の一日が始まるなって…」
「何があるかなんてわからないじゃないか。決め
つけるのはよくないよ」
「授業が地獄なんだよ!!」
休みにならないかなぁと憂鬱な表情をする。
魁斗くんは少し考え込み、 思いついたのか目を
輝かせこちらを向く。
「特待生ちゃん、今日の授業って何?」
聞く理由がわからず、少し戸惑う。魁斗くんはそ
れを察したのか理由を説明してくれた。
「 ほら、同じ教室だったら地獄じゃなくなるかもな〜なんて…。嫌だったら全然いいんだけどね!?」
そんな魁斗くんに私は罪悪感を抱きながら口にす
る。
「私、今日の授業はお休みなんです」
魁斗くんはわかりやすく落ち込む。ルカくんは魁
斗くんを気にも留めず私に質問を投げかける。
「そうなのか。今日は何をするつもりなんだ?」
「特に用事もないので、久しぶりにゆっくりしようと思ってます」
「君は監査役の仕事で忙しかったからね。そうするといいよ」
そうは言ったものの、私は今椅子に座り、怪異に
関する資料を机に広げている。
二人と別れた後、寮舎に戻ってゆっくりしようと
思っていたが、何をしたらいいのかわからず、図
書室に来てしまった。
落ち込んでいた魁斗くんと、微笑んで肯定してく
れたルカくんに申し訳ない。
図書室の本や資料は、ほぼ毎週新しいものが追加
される。それを知ったときから週に一度は図書室
に通うようにしている。私を呪った「草花の怪
異」に関する情があるかもしれないと思ったか
ら。それに、呪いを解く手がかりも見つかるかも
しれない。
「呪いが解けなかったら私は…」
体から血の気が引いていくのがわかる。不安を
抑えるように震える体を抱きしめた。
「特待生さん? 」
不意に呼ばれ、我に返る。振り返ると不思議そう
にこちらを伺う磴さんが立っていた。
「磴さん?どうかしたんですか?」
「それはこちらのセリフですよ。顔色が悪いようですが、体調が優れないのですか?」
「いえ!少し考え事をしていて…」
それを聞いた磴さんはいつもの表情に戻る。口元
は笑っているが、目は微塵も笑っていないように
見える。相変わらず何を考えているのかわからな
い人だ。
「そうですか。何かあればいつでも相談に乗りますよ」
作り笑いをしながら、ありがとうございますと感
謝を述べる。
「特待生さんはなぜこちらに?」
「授業が休みなのでゆっくりしようと思っていた
んですが、何もしないのは落ち着かなくて…」
磴さんは、感心したように頷く。
「勉強熱心なのは良いことです。 そういえば、今夜は舞踏会が開かれますが、あなたは参加されるのですか?」
作り笑いから自然な笑みに変えながら、尋ねられ
た言葉に答える。
「特に用事もないので、参加させていただくつもりです」
「それはよかった。あの方もお喜びになるでしょう」
「あの方?」
魁斗くんとルカくんならそのまま名を呼ぶはず。
私がいて喜ぶ人なんて二人以外にいないんじゃな
いか。
疑問を浮かべる私に磴さんは、わざとらしく微笑
みながら言う。
「寮長ですよ。あなたがいなければ、参加されないでしょうからね」
その言葉に私は目を見開く。私がいるから舞踏会
に参加する。そう思うと嬉しさが込み上げてく
る。
もしかして、私と同じ気持ちだったりなんて勝手
に期待してしまう。そんなわけないとわかってい
るのに。
「冠氷さんがですか?」
「えぇ。きっと特待生さんが来るのを待っておられますよ。」
目を細めて笑う磴さんに、私は恥ずかしくなって
目をそらす。
「では、急用を思い出したので私はこれで。」
磴さんは改めて姿勢を正すと、出口へと向かって
行った。
あの人は鋭い。私の抱いている感情に気づいてい
るのだろうか。そうだとしたらきっと、冠氷さん
に近づけないようにするだろう。
資料を端に置き、机に突っ伏す。
私と冠氷さんは手繰り寄せても届かないほどの差
がある。そんな人に抱いてはいけない感情を抱い
てしまった。想いを知ってほしい。でも知ってほ
しくない。いろんな感情が入り交じって、よく分
からない。
資料を読む気にもなれず、私は机を片付け、図書
室を後にした。
気持ちの良いシルクの肌触り。すれ違う香水の香
り。
会場に足を踏み入れると、すべてが私を非常識な
世界へと包みこんでいく。
着飾った寮生は、集まって談笑している者もいれ
ば、 演奏者が奏でるワルツに合わせ、優雅に踊
っている者もいる。
そんな中、私は辺りを見渡して魁斗くんとルカ
くんを探していた。人が多いため、簡単には見
つからない。まだ見ていない奥に行くために足
を踏み出す。
「特待生」
振り向くと、探していた二人が並んで立ってい
た。普段はあまり見ることのできない寮服を身に
まとっている。
ルカくんは一瞬目を丸くすると、やわらかく微笑
んだ。
「前の祝賀舞踏会のドレスも良かったけど、そのドレスもよく似合っているよ」
「おい、ルカー!!また邪魔しやがって!!」
そんなルカくんに魁斗くんは腕を思い切り引っ張
りながら、怒りをぶつける。
「魁斗、腕を引っ張らないでくれ」
「邪魔したお前が悪いんだからな!」
ルカくんは魁斗くんの手を優しく振りほどくと、
私に向かって一歩踏み出す。魁斗くんは何かを察
したのか、ルカくんの前に勢いよく飛び出す。
「今度は邪魔させないからな…」
「えっと…魁斗くん?」
魁斗くんは慌てて足をそろえると、ぎこちなく礼
をする。
「よ、よかったら俺と_」
「おい」
魁斗くんの声を低い声が遮る。
「冠氷さん!」
ルカくんの目線を追いかけるとこちらを見ている
冠氷さんがいた。
冠氷さんは私に近づくと、両足をそろえ、丁寧に
礼をする。そして、手を差し出す。私はその手を
取り、二人で歩き出す。
後ろから魁斗くんのわめ き声が聞こえてきたよ
うな気がした。
天井で輝いているシャンデリアは、私たちを引き
立てるように優しい光で照らしている。
私は踊り方を知らないため、今回も冠氷さんにリ
ードしてもらっている。
「目をそらすな」
そらしてしまった目線を、もう一度合わせる。し
かし、数秒もたたないうちに、またそらしてしま
った。ダンスを踊っている間、ずっと目を合わ
せるのは正直恥ずかしい。それが想い人となる
と、なおさらだ。
「そんなこともできねぇのか?」
「うぅ…」
今の私にとっては難しい。普段と違って距離が近
い。それに、腰に手を回されているせいで緊張し
ているのだ。
「もっと力を抜け」
そう言われ私は肩の力を抜いた。冠氷さんのリー
ドは踊りやすくて、スムーズに動くことができ
る。ずっとリードされていたいが、そういうわけ
にはいかないだろう。
「ダンス、練習したほうがいいですよね」
「…お前は社交界にでも出るつもりか?」
そんなつもりはないと首を振る。
「なら俺に合わせていればいい」
意味を測りかねた私は、理由を聞いたが答えて
くれず、何も わからないまま終わってしまった。
冷え切った風が頬を撫でる。空から舞い降りた雪
は地につき溶けてゆく。そこに二つの影が落ち
る。
ダンスを終えた後、私は冠氷さんに連れられてバ
ルコニーに来た。冬ということもあり、今の格好
では肌寒い。冷えてしまった手を温めようと、両
手を重ねる。その瞬間、肩に重みがかかる。同時
にかすかなぬくもりが感じられた。
「羽織ってろ」
それは、冠氷さんが羽織っていたマントだった。
冠氷さんの匂いがついていて、なんとも落ち着か
ない。
どうしてこんなに優しく接してくれるのだろう。
このままでは大きな期待を抱いてしまう。
重い沈黙が流れる。それを断ち切るように私は震
える声で口にした。
「月が綺麗ですね」
もちろん月なんて見えていない。冠氷さんは、た
だ静かに宙を見ていた。
私の想いは叶うことなく、雪のように溶けてなく
なってしまうのだろう。一人で舞い上がっている
自分がばかばかしい。
私を「下僕」と称し、連れ回すのは、そばにおい
ておく価値があるからだ。恋愛感情なんて一切な
い。
「戻るぞ。早くしろ」
「え、もうですか?」
つい漏れ出てしまった本心を隠すように手で口を
覆う。
このまま二人きりでいたかったのに。
冠氷さんは肩越しにこちらを向くと、口を開い
た。
「もう一度踊る。付き合え」
私は冠氷さんから目を逸らした。
もう一度踊ってしまえば周りから何を言われるか
わからな い。
「でも…」
迷いを口にしようと、もう一度視線を戻す。
長いまつげで彩られた瞳とぶつかる。
「文句でもあんのか?」
冠氷さんは私をダンスに誘っている。それが何よ
りも嬉しかった。もう周りなんてどうでもいい。
そう思ってしまうほど、私は彼が好き。
断る理由なんてもうない。私は、いえと口にし
た。
「行くぞ」
冠氷さんの表情は、氷が溶けたように 優しかっ
た。