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結局、川に流れる魔力操作の方法は分かったものの有効活用する方法が見つからず、俺たちは仕方なく旅館に戻った。
朝ご飯の用意ができていると仲居さんに言われて昨日と同じ食事処に向うと、後から寝起きのアヤちゃんや、ニーナちゃんたちがやってきた。
イレーナさんに付き添われているニーナちゃんの目はとても赤い。
多分、昨日あれから泣きはらしたんだと思う。
「ご飯、食べれそう?」
「……うん。お腹、空いたの」
ニーナちゃんにそう尋ねると、半分眠ったままの瞳でそう返ってきた。
昨日の氷雪公女との関わりがどう作用したかは分からないけど、それで楽になったんなら良かったと思う。
みんなが集まり、朝ご飯が始まるが、お腹が空いたと言っていたニーナちゃんはちょっとだけ焼き魚を食べて、再び箸を置いてしまった。箸が使いづらい……とかではないと思う。ニーナちゃんもこっちに来て1年くらいは経ってるし。
「もうお腹いっぱい?」
俺がそう聞くと、ニーナちゃんはこくりと首を縦に振った。
それが心配なものだから、俺は小皿に入ったりんごを指さす。
「果物あるよ?」
「ううん。大丈夫」
俺の提案を、ニーナちゃんは本当に要らなさそうにそう言った。
昨日の夜も何も食べていないから、ちょっとだけの食事でお腹いっぱいにはならないと思うけれど。
なんて、そんなことを思いながら俺は自分の食事に手をつけた。
魚を口に運ぶ。食べる。飲み込む。そうして、食べるという動きをしていると昨日の話が思い返される。『仙境の桃』の話だ。
食べるだけで、人の精神こころが治る果物。
……それは、本当なのだろう。
昨日の晴永はるながの言葉からして、嘘は含まれていなかった。
問題は仙境への行き方だ。
晴永はるながですら場所を知らないと言っていたが……それだと、何も進めない。
何しろ岐阜はでかいのだ。
そこのどこかに入口があります、と言われても……。水の入ったプールの中に裁縫針を落として探してください、と言われているくらいには無茶は話だと思っている。いや、これはちょっと例えが違うか?
まぁ昨日の口ぶり的に、入口は妖刀鍛冶の近くなんだろうけど。
「……ん」
そうやって記憶を振り起していると、あることに思い当たり思わず声が漏れた。
「どうしたの? イツキくん」
「ううん。なんでもないよ」
それを聞いたアヤちゃんが、不思議な顔をして尋ねてくる。
俺はそれを誤魔化してから、水を一口飲んだ。
昨日、鍛冶師の家に行った時……そこに、桃・の・花・が・咲・い・て・い・た・。
俺は桃の花が具体的に何月に咲くとかは知らない。
知らないが、それが春くらいに花を咲かせるというのは知っている。間違っても、こんな秋の終わりごろに咲くような花じゃない。
だったら、あ・の・花・は・な・ん・だ・?
もしかしたら、あの鍛冶師は仙境について何かを知っているんじゃないのか。
「ねぇ、パパ。今日は刀の人のところ行く?」
「……今日は、どうだろうな。行っても昨日の二の舞いになりそうではあるが」
「でも、作戦? があるんでしょ?」
鍛冶師の工房からの帰り道、父親が「策はある」という話だったので、てっきりそれを携えて2回目に出向くのかと思っていたのだが、
「ああ、だがまだ届いていなくてな」
「……届く?」
「アカネ殿の書簡だ」
ショカン……?
あぁ、手紙のことか。
「なんで、アカネさん?」
全く関係なさそうな人物が出てきたことに俺が疑問の声を投げかけると、父親が続けた。
「ああ、昔からセンセイは無理難題をこちらに要求してきてな……。あまりに度が過ぎているものは、アカネ殿から窘たしなめて貰っているのだ」
「……そ、そうなんだ」
父親の口ぶりからは、こういうことが一度や二度じゃないんだろうということが透けて分かる。
というか、アカネさんから怒られて反省するような人なのだろうか?
どうにも年齢が離れているように見えるので、あの鍛冶師の老人が叱られた程度で反省するとは思えないのだが……まぁ、反省するから手紙を受け取る策を取っているんだろう。
そういえば下っ端同士で話が進まない時に上を巻き込むのは大企業あるあるらしいが、ウチは中小なので人手不足が故にすぐ上司が動いていたな……と、今は懐かし前世を思い返す。
「じゃあ、アカネさんの手紙が来るまではどうするの?」
「うむ。せっかくだから観光をしようと思ってな」
「観光?」
「せっかく東京を離れたのだ。遠出してまでずっと旅館に籠もっているのも味気ないだろう」
父親はそう言って、目を細めて微笑んだ。
どうやら、父親の話は事前にレンジさんたちにしてあったらしく、俺たちは、朝ご飯を食べ終わるなり早々にレンジさんと父親の車に分かれるようにして乗り、出発となった。
ちなみにイレーナさんは車を持っていないので、父親の車に乗っていた。
どうやってこの旅館まで来たんだろうと思ってニーナちゃんに聞いたら、普通に駅からタクシーで来たらしい。どういう金銭感覚をしているんだ。
祓魔師だったら、そういう金の使い方もできるのか……などと、つらつら考えたが、そのどれも違うことに気がついた。
イレーナさんは、ニーナちゃんのためだったらイギリスから日本にまで来ちゃう人である。精神回復のために温泉旅館までタクシーを出すくらい、どうってこと無いのだろう。
などと思いながら、俺が座っているのはレンジさんの車、その中央列である。
昨日の鍛冶師の元に向かったときと全く同じ席に座っている理由はほかでもない。両脇に女の子たちがいるからだ。
「イツキくん、何か飲む?」
「ううん。大丈夫だよ」
アヤちゃんが売店で買ってくれたフルーツジュースを取り出す。
だが、俺はついさっきご飯を食べたばかりでお腹がいっぱいなのだ。
そういうわけで、アヤちゃんのジュースを断ると左端のニーナちゃんがちょっと物欲しそうにジュースを見ていた。
「ニーナちゃんは?」
「……それ、ちょうだい」
「どうぞ!」
オレンジジュースを受け取って、ニーナちゃんが飲み干していく。
やっぱり液体だったら身体に入れられるらしい。何も食べれないよりは良いけど、やっぱりそれはそれで心配である。
もし仙境の桃を手に入れたとして、ニーナちゃん食べれるかな……?
もしかしたらミキサーとかで、桃ジュースにした方が良いかもしれない。
晴永はるながに、仙境の桃を液体ジュースにしても効果があるかちゃんと聞いておけば良かったな……なんてことを思いながら、俺は走り出した車に身体を預けた。