「ほら、飲みたいかい?」
彼の口元へ、血が滴る指を差し出すと、うっとりとした瞳で物欲しそうに唾液を垂らして、小さな牙が私の視線に写った。
「少しだけ ね?」
自分でも驚く程、図らずと出した優しい声音で、少しの甘美を与えてやれば、彼は喜色満面の体で、ゆっくりと私の指に舌を這わせ、
指先を舐めていただけの舌は、段々と指の付け根まで口に含んでおり、まるで母の乳を求める幼子だと私に思わせた。
もっともっと、と傷口から溢れて出くる血さえ足りないと欲張って ちゅう、と吸った音も愛おしく感じる
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「はい、おしまい」
暫く彼の思うがままに血を吸わせてあげてから、先に言っていた通り、まだまだ足りないであろう途中で止めた。
嗚呼、そんなに可愛い顔をされてしまっては酷く虐めたくなってしまうじゃあないか…。
嗜虐心に負けて、私の手で傷を、痕を、残してしまいたくなる。
普段の彼であれば、『この世界には自分以外いない』とでも言うように、唯我独尊な体で、人々へ救済と宣って不幸を与える悪魔だというのに…
どうやら月が赤く染まった夜だけは、謎の吸血衝動が抑えられなくなってしまうらしい。
唯一、彼の上に立てる、彼の尊厳を壊せる、私の大切な時間…。
私以外の血を吸うな、
私の血だけを求め縋ってくれ、
だから今日も又、彼を枷で閉じ込める。
「ほら、まだお腹が空いてるだろう?」
彼を私の腕の中へ引き寄せれば、手枷がガシャリと鳴った。
もう一度、私の白い肌に爪を立てて、赤を赤に染めてしまうような血で汚してくれ、君の手であれば、どれほどの痛みに襲われようと、殺されようと、構わないよ。