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推しが死んだ。交通事故で頭を割ったらしかった。
日本生まれだが世界中にファンがいて、すべての人をいたわるような優しさをくれる推しだった。この前のライブだって二か月たっても私は鮮明に覚えているし、忘れようがなかった。
足が重かったけれど、何とか学校までたどり着いた。
「おはよー」
「おはよう……」
親友は、私の異変に気付いたのか、「どうしたん今日元気ないね」と言ってくれた。
口を開くのと同時に、少しだけ涙があふれてきた。そこから先は自分で何を言っているのかよく分からないようなことを言い続け、それでも親友は真剣に最後まで話を聞いてくれた。クラスのみんなの視線をじゃっかん感じる。
「でもね」
「うん、うん」親友はうなづく。
「その人、死んじゃったの。今日」
私の心を殴りつけたのは、親友の何気ない、あっけらかんとした一言だった。
「え、ごめんなんだけど……誰? その人」
アメリカの新聞に載るくらい有名な推しだけど、推しが死んだことや、そもそも存在自体を知らない人がいる。
部活を休み、一人で家に帰ろうとした。いつの通りの帰り道だった。誰も住んでいない大きな家や、犬を連れた若い女の人、散りかけている桜。決まった順番で、そんな風景たちが次々に私のもとへやってきた。
推しがいなくても、世界はよどみなく進んでいった。中には、推しの死が本当にショックで、生きる気力がなくなったり命を絶ってしまった人もいるんだと思う。でもその人たちはほんの一握りで、その人たちの代わりに生きる人のほうが大勢いたし、第一私はそんな人たちの一部になれなかった。
推しが死んでも、私は死にたいとは思わなかった。推しが死んだというニュースを聞いて、真っ先に死のうとかそういうことを思っていた人とは違う気がした。推しがいなくても私は私だった。
何も変わらなかった。