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「……ルーイ先生、いい加減離れてくれませんか」
「やだ」
重いんだよ。自分の体のデカさ分かってんだろ。俺だって決して小柄じゃないのに、彼と並ぶとひと回り以上小さく見えてしまう。
「先生の仰った通りなら、私の部屋で会合が行われるのでしょう? でしたらそろそろ他の隊員も集まってきます。最低限準備はしておかないと……」
部屋は普段から子綺麗にしているので、そのあたりは問題無い。しかし、椅子が足りないな。俺も部屋着のままだし着替えたい。
「じゃあ、セディからキスして。そしたら離れる」
「……一発殴ってもいいですか。覚悟してたんでしょ」
拳を振り上げる動作をして見せるも、先生は楽しそうに笑っているままで脅しの効果は無かった。
「やっぱ殴られるのは嫌かなぁ……痛いし。でも、俺はもうちょっとだけこうしていたいよ。ね、お願い」
腰に回された腕の力が強くなる。もともと距離感のおかしい方だったけれど、それが更に助長したように感じる。……本当にどこまで本気なのか。
「馬鹿なこと言わないで下さい。こんなところ他人に見られるなんて私は絶対に御免です。苦労して皆の誤解を解いたのが無駄になってしまうじゃないですか」
今回に関しては誤解と言い張れないのがな……俺は完全に被害者でしかないのに。しかし、近衛隊の隊長ともあろう者が、抵抗らしい抵抗もできずにやられ放題だったなんて知られたくはない。プライドだって傷付いたのだ。
「俺は見られても一向に構わないんだけどね。とは言え、これ以上セディのご機嫌を損ねるのも得策じゃないか……。仕方ない。今日はこれくらいにしておいてあげようかね」
『今日は』ってのが引っかかるが、突っ込みを入れてる余裕が無い。早くしないとみんなが来る。何はともあれ、俺から離れてくれる気になったようで良かった。
「あからさまに安心しちゃってさ……腹立つね」
「いっ……つ!?」
肌にチリっとした痛みが走る。なんと先生が俺の首筋に噛み付いたのだ。血が出るほどの強さではなかったけれど、柔らかい皮膚に歯を立てられれば、それなりに痛い。
「なにするんですかっ!! 離っ……」
「黙ってろ……」
位置的に鏡を使わないと確認できないが、そこには先生の歯型がしっかりと残されてしまったことだろう。そして更に、彼は跡が付いた場所を丹念に舐め回した。舌がまるで生き物のように動き、全身にぞわりとした感覚が湧き上がる。
「ひっ、あっ……」
意図せず変な声が出てしまう。慌てて口を塞ぐも、先生がそれを聞き逃すはずもなくて……
「あれれ、ひょっとして感じちゃった?」
「はぁっ!? くすぐったいんですよ。犬猫じゃあるまいし!! やめてください!」
「犬猫ね……間違いではないな。あいつらもマーキングするからね」
「マーキング……」
「そっ。これは俺の予約済みって印。後はそうね……牽制の意味も込めて……」
『誰かに横取りされたくはないからね』……自らが付けた跡を指先でなぞりながら、先生は剣呑な顔で呟いた。
寒気が止まらない。冗談ではなく、俺はいつかこの神に食われてしまうかもしれない。ニュアージュの神であるシエルレクトも人間を食すが、この場合の『食う』は全く意味合いが違う。貞操の危機だ。二十数年生きているが、まさか自分がそんな心配をしなくてはならない日が来るなんて想像もしていなかった。
コンコン……
小さくて危うく聞き逃してしまうところだったけど、入り口の扉をノックする音が聞こえた。誰か来た。先生といつまでもぐだぐだしているうちに時間になってしまったんだろう。
「あっ、あの……セドリックさん。おられますか? リズです」
「リズさん!!?」
先生に続いて俺の部屋を訪れたのは、クレハ様のご友人であり、付き人のリズさん。彼女を今日の話し合いに参加させるとレオン様が言い出した時、俺を含め誰も異を唱えなかった。彼女なら問題無いと判断したのだ。まだ齢9歳であるのに非常にしっかりしたお嬢さんだ。
「リズちゃんか……そういや来るって聞いてたな。クレハは後から混ざるんだっけか」
「えっ……その声、ひょっとしてルーイ先生もいらっしゃるのですか?」
「うん、ルーイ先生だよ。声だけでよく分かったねぇ。リズちゃん、入っておいでー」
「ばっ……か!!!! ふざけんな!!!! リズさん、ちょっ……待って!! 少しだけそこで待ってて下さい!!!!」
気が付くと俺が着ているシャツのボタンが先生に全て外されていた。リズさんに意識を向けているうちにやられた模様。どさくさに紛れてなんてことしてんだよ!!
ソファの上で着衣を乱しながら絡み合うふたり……。片方は相手の胸元に唇を寄せ、肌に跡を残している。言い逃れ不可避だ。ミシェルに勘違いされた時よりも数段に酷い有様だった。
不幸中の幸い……なのか分からんが、扉の向こう側にいるのはリズさんだ。ミシェルと違って彼女なら、口止めさえしておけば周囲に言いふらしたりはしないだろう。それに、何と言っても子供である。この状態の俺達を見ても、すぐさまいかがわしい想像をしたりはしない……と思いたい。けれど、リズさんもミシェルの戯れ言を聞いて俺達の関係を誤解していたな。
かくして、制止の声は届くことはなく……部屋の扉は開かれた。そして――
「は?」
「えっ……?」
目の前の状況が理解できなかった。扉越しに俺達と会話をしていたのは、間違いなくリズさんだったはずだ。しかし、部屋の入り口に立っている人物は9歳の少女ではなくて……
「何やってんの、セドリックさん」
「あらあらあら……これは、どう解釈したら良いのでしょうかね……」
レナード・クラヴェル、そして弟のルイス・クラヴェル……俺の部下。ふたりはソファの上にいる俺と先生の姿を唖然と見つめていたのだった。