テラーノベル
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夜は、音が多すぎる。
時計の針。
遠くの廊下。
窓に触れる風。
全部が、胸の奥を急かす。
【主様】
「……っ」
息が乱れる。
吸っているのに、足りない。
——また、だ。
ベッドの端に座り、膝に手を置く。
指先が冷たい。
呼吸が早くなると、
頭の奥から、昔のやり方が顔を出す。
——これをすれば、戻れる。
——考えなくて済む。
【主様】
「……だめ……」
小さく、止める。
やろうとした自分に、気づいてしまったから。
——ここでは、違う。
——やらなくていい。
でも、体は覚えている。
早く、確実に、終わらせる方法を。
視界が狭くなる。
【主様】
「……大丈夫……」
声は、平坦に。
いつも通りに。
——平然。
——何も起きてないふり。
扉の外に、気配。
反射的に背筋を伸ばす。
顔の力を抜く。
夜は、急に距離を詰めてくる。
息が浅い。
胸の奥が、ざわつく。
——まだ、戻りきってない。
そう思った瞬間。
コン、コン。
扉が鳴った。
体が跳ねる。
——だめ。
——今、見られたら。
考えるより先に、声が出た。
【主様】
「……来ないでっ!」
思ったより大きな声だった。
言ってしまった、と思う。
喉がひりつく。
——見られたら、だめ。
——心配されるのは、怖い。
誰かがいる。
【主様】
「……」
呼吸が乱れたままでも、
「…こ、来ないで、」
乱れていない顔を作る。
——吸って。
——吐いて。
数を数える代わりに、
床の冷たさに意識を向ける。
掌を、ぎゅっと握る。
——今。
——ここ。
息が、少しだけ、戻る。
扉越しに、声。
【ルカス】
「……起きてるか」
【主様】
「はい」
即答。
声は、平常。
【ルカス】
「様子を見に来ただけだ」
【主様】
「……ありがとうございます」
言葉は、丁寧。
震えは、隠せている。
沈黙。
——怒られる?
——失礼だって思われる?
胸が、また早くなる。
【主様】
「……す、すみません……」
慌てて、付け足す。
【ルカス】
「無理に、強がらなくていい」
胸が、きゅっと縮む。
——気づかれた?
【主様】
「……大丈夫です」
否定は、癖だ。
【ルカス】
「そうか」
それ以上、踏み込まない。
足音が、離れる。
一人になると、肩の力が抜けた。
【主様】
「……戻れた……」
完全じゃない。
でも、やらずに済んだ。
——自分で、越えた。
息はまだ浅いけど、
ちゃんと、今にいる。
足音が、少しだけ離れる。
完全には消えない距離。
——見張られていない。
——でも、放ってもいない。
床に手をついて、深く息を吐く。
【主様】
「……大丈夫……」
自分に言い聞かせる。
呼吸はまだ不揃い。
でも、さっきよりは、戻っている。
“来ないで”と言っても、
拒絶にならなかった。
それを、胸の奥にしまい込んで、
俺はまた、静かな夜に戻った。
ここは、
平然を装っても、壊されない場所だと、
少しだけ、信じてみることにする、
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