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その一件ですっかり嫌われてしまったかと思いきや、彼女は翌日何もなかったかのようにやってくると、またバスルームではなくベッドの上での俺の衣服を上半身だけ脱がせ、ジーンズには手を付けることなく俺の上に跨った。
「――――」
今日は何も聞かない。何も喋らない。
俺も無理に言葉を探したりはしない。
当たり前だ。
はなから俺に決定権はない。
今日は黒のシンプルなタンクトップに、ベージュのロングプリーツスカートを履いていた。
彼女は一瞬こちらに窺いを立てるように、大きな目で覗き込んだ
「――――?」
俺はそれに対し言葉を発しないまま、少しだけ目を細める。
すると彼女はスカートのポケットからジャラジャラと音をさせて、あるものを取り出した。
「―――!」
思わず顎が上がった。
無意識に唾液が舌の奥に流れていき、喉仏を上下させながらゴクンと流れていった。
彼女が持っていたもの。
それは、銀色に光る手錠だった。
ガチ。
ガチチチチチ。
彼女が手錠を開くと、鋸歯が擦れる音が狭い部屋に反響した。
俺の手首にそれを嵌めると、また同じ音をさせて閉じていく。
最後にガチンという音がしてロックが掛けられると、暑くもないのにこめかみから一筋の汗が流れ落ちた。
彼女は終始無言で俺の上に跨ったまま右腕を持ち上げた。
力を抜いているため腕が重たいのか、前のめりになって体勢を崩し、彼女は少しだけ照れくさそうに笑った。
しかし微笑みを返す気にはなれない。
俺の視線はただ、自分の手に掛けられた手錠を見ていた。
彼女はそれを白く塗装されている鉄柵にガチャンと、先ほどよりも少々乱暴に嵌めた。
そして今度は俺の左手をとり、自分の口元まで運ぶと、それに軽く口づけをした。
ーーーなんで、手錠をかける?
その至極真っ当な疑問を投げかける隙は無い。
彼女は口元に笑みを浮かべながら、それでも有無を言わさぬ眼力で俺を睨むと、手首ではなく、手錠でもなく、俺の瞳を見つめて、もう一つの手錠をかけた。
さきほどは大変そうだったので、今度はちゃんと力を入れて協力してやると、察したらしく嬉しそうに笑顔を見せる。
ガチャン。
さてーーー。
こうして俺はめでたく彼女に拘束された。
下半身は自由だが、右足はうまく力が入らないため、役に立つのは左足のみ。
もし今。その白く細い手が、俺の首を絞めたとしたら……。
俺は彼女を見つめた。
彼女は俺の下腹部に重心を掛けながら、静かに俺の裸の上半身を眺めている。
その視線につられるように顎を引き、左右に手を拘束されている自分の身体を見下ろす。
筋肉質な身体に無駄な肉はなく、腹筋や胸筋と共に骨も浮き上がっている。
タトゥもなければ傷跡もないそのありふれた男体からは、自分が誰で、どういう人生を経て今の状況にいるかを窺い知ることはできない。
その胸に彼女の艶やかな赤毛がふわりと落ちる。
俺は視線を彼女に戻した。
彼女もまたこちらをじっと見つめている。
その瞳の中に、男が映っている。
鼻筋が通り、切れ長な目は少しだけ垂れていて、下唇が少し厚い。
―――悪くないじゃないか。
自虐的にそう思うと、焦点のあっていないどこかうつろな目をした男は、彼女の瞳の中でニヤリと笑った。
◆◆◆◆
それから彼女は、金属製の手錠を用いては論なく俺を拘束し、俺の中心に跨って、腰を振るようになった。
彼女の動きは激しく情欲的で、初めこそ息遣いも漏れる声も我慢していた俺は、彼女の動きにあられもない喘ぎ声を出すことが当たり前になっていた。
会話は、ない。
言葉は互いに、「いい?」と「イキそう?」の二種類のみ。
毎日動物的に繰り返されるセックスに俺は夢中になった。
もどかしくて、無駄だとわかっているのに手錠を鉄柵に打ち付ける。
指を伸ばして鉄柵を必死で掴む。
できるなら―――。
彼女の細い腰を抑えて思い切り腰を打ち付けたい。
彼女の柔らかい臀部を押さえつけて、
白い肉をかき分けて、
自分のモノをもっと深くまで挿し込みたい。
でもそれが叶わないから……。
俺は今日も、仕方なく膝を立ててつま先を引き寄せながら、彼女の動きとコントロールできない射精感に耐えている。
彼女がどうして自分を抱くのか。
彼女は一体誰なのか。
不思議なことにその頃は、考えもしなかった。
ただ毎日繰り返されるこの娯しみが、未来永劫続けばいいと、
本気でそう思っていた。
あの日が来るまでは―――。