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おぉ〜
鏡よカガミ
――鏡よ、カガミ。
この中で、一番いらないのはだあれ?
最初は、悪ふざけだった。
高校二年の春。クラスで流行った“願いが叶う鏡の儀式”。
午前二時ちょうど、部屋の明かりを消し、鏡に向かってそう唱えるだけ。
「くだらない」
そう言いながら、私はやった。
正直、消えてほしい人がいたからだ。
親友の美咲。
誰にでも優しくて、先生にも好かれて、好きな人にも好かれて__全部、私より少しだけ上手くいっている。
真っ暗な部屋で、鏡に映る自分の顔は、ひどく歪んで見えた。
「鏡よカガミ。この中で一番いらないのはだあれ?」
沈黙。
……そのはずだった。
カチ、と音がした。
スマホの通知でも、家鳴りでもない。
鏡の“向こう”で、何かが爪を立てたような音。
ぞっとして目を凝らすと、鏡の中の私は__
笑っていた。
口元だけが、にやりと。
「やめてよ……」
次の瞬間、鏡の私が囁いた。
『あなた』
ぞわりと背筋が凍る。
気づけば、鏡の中の部屋が少し違っていた。
本棚の位置、カーテンの色、そして――
鏡の中の私は、少しだけ可愛かった。
髪は艶やかで、目は大きく、肌も白い。
まるで“私の上位互換”。
『ねえ、交換しない?』
声は私のもの。
でも、感情がなかった。
怖くて、私は鏡を伏せた。
翌朝。
学校に行くと、様子がおかしかった。
「誰だっけ?」
美咲が、私を見て首をかしげた。
クラスメイトも、担任も、みんな。
私の名前を、思い出せない。
存在が、薄れている。
代わりに、転校生が来たと騒ぎになっていた。
教室の前に立っていたのは__
私だった。
いや、“鏡の中の私”。
完璧な笑顔で、自己紹介をしている。
「今日からよろしくね」
私の声で。
みんなが拍手する。
美咲が、その“私”に駆け寄る。
「可愛い! 絶対仲良くなろ!」
胸が、ぐしゃりと潰れる。
私は叫んだ。
でも、誰にも聞こえない。
スマホを見ても、私のSNSは消えていた。
写真も、メッセージも、何もかも。
帰宅すると、家の表札からも名前が消えていた。
震える手で、部屋の鏡を起こす。
そこに映っていたのは__
空っぽの部屋。
そして、向こう側で椅子に座る“私”。
『言ったでしょ? 一番いらないのは、あなた』
「返して……私の人生……!」
鏡の中の私は、首を傾げる。
『だってあなた、自分のこと嫌いだったじゃない』
言葉が、刺さる。
『いらないって思ったのは、あなた自身でしょ?』
思い出す。
あの夜、鏡を見ながら思ったこと。
――どうして私は、美咲みたいになれないんだろう。
――こんな自分、いらない。
鏡は、願いを叶えただけ。
いらない“私”を、消した。
『でも安心して。あなたは消えないよ』
鏡の私が立ち上がる。
『ここで、生き続ける』
ガラスの向こうから、手が伸びる。
冷たい指が、私の頬に触れた瞬間__
世界が反転した。
*
午前二時。
真っ暗な部屋。
私は鏡の中で、こちらを見ている。
ガラス越しに、もう一人の“私”が震えている。
「やめて……出して……」
声は届かない。
外側の私は、涙を流している。
……昔の私と同じ顔で。
私はそっと微笑む。
『鏡よカガミ。この中で一番いらないのはだあれ?』
さあ、次は誰?
鏡は、今日も静かに待っている。