⚠︎下手
⚠︎誤字脱字注意(あれば早急にコメントお願いします)
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「あっつ、!」
自販機から出てきたホットココアを取り出すも、熱さで思わず落としそうになる。
今日は近々のレコーディングに向けての練習。
先程キリのいいところまでやりきり、早めに休憩へと切り上げた所だった。
休憩、と言っても、いや休憩しろって話なんだけど、その時間を削ってまでやることはなくて暇だ。
ここのスタジオはあまり使ったことがなかったし、周回でもしようか。
まだ熱が抜けそうにない缶をポケットに入れ、燻りがかったような廊下へ足を進めた。
「…ここ涼ちゃんの練習ルームだっけ。」
少し歩いた所で、そういえばと扉の前に立ち止まる。
扉に耳をくっつけると、微かにキーボードの音が聴こえてくる。
本来の休憩時間にはとうに入っているはずなのに。
「…あ」
しばらく聴いていると、演奏が途中で止まってしまった。
そのまま再度音が聞こえることはなく、あたりが静まり返る。
「……」
音を立てないよう、そっと扉を開けてみる。
キーボードは扉の向かいにあるので、背を向けてそれを弾いている彼はこっちに気付いていない。
音が立たないよう抜き足差し足で、彼のすぐ後ろに来た所で立ち止まる。
そのまままだ熱を持ったココアの缶を首元に当てる。
「てぃっ」
「うわあっっ!!てかあったか!」
「んはははは笑」
びっくりさせようとはしたが、予想通りすぎる反応をかましてくれて笑いが漏れてしまう。
「びっくりした?」
「あぁもうなんだ、元貴か…めっちゃびっくりしたよぉ。」
「なんだってなんだよ。」
普段からこういう言う悪戯をしてるのは自覚があるので、言いながら割り切れてしまう自分も自分だ。
「元貴は練習進んだ?あれ、てかなんでここにいるの?」
「キリがいいところまでは行ったよ、今休憩だし。」
俺は早めに切り上げたんだけどね、と言って時計を指差す。
涼ちゃんはほんとだ、と呟いて、気が抜けたように椅子にもたれかかる。
なんとなくその髪を撫でてみると、思ったよりサラサラしており、いくつかの束が指の間を滑る。
「で、どこに悩んでるんだい。」
「…知ってましたか…。」
「聞いてましたからね。」
えっ、と目を丸くする彼を横目にココアを飲むと、流石にぬるくなってしまったようで少し不味かった。
冷めきる前にと一気に飲み干し、空っぽの缶を床に置いて「さ、早く」と問い詰める。
「えーっと…ここのとこなんだけどさぁ…」
「…どこだよ。」
何枚もの楽譜の中部を指さされるも、読むも書くもできない俺にはさっぱりだ。
「えっとね、あのー…サビが終わった後の、ちょっと目立つところ、っていうの?」
ああ、と言って俺が思い当たる箇所を口ずさむと、そうそうと言って本題に入る。
「何というか…弾き方に迷ってる、みたいな…?」
弾き方? と聞くと、相槌を打って話を続ける。
「何だろう、柔らかく弾くとちょっと目立たなくなるというか、」
「うん」
「でも強くしたらしたで雰囲気に収まらない感じで…難しいな。」
「うーん」
何となく、何となーく分かる気がする。
俺は曲を作るだけであって、ゼロではないが、弾き方にこうしろと詳しい指示を出すことはない。
というか、俺は涼ちゃんと若井の音が欲しいから、そうしてるんだと思う。
「…答えにならないけど、もっと感覚で弾くっていうのは?」
予想通りピンと来てない涼ちゃんに、「俺が弾くわけじゃないから上からは言えないけど」と続ける。
「俺は強弱とか雰囲気とかより、“涼ちゃんの音”を求めてるの。」
「僕の音…?」
「そう。俺は涼ちゃんに演奏して欲しいわけだし、涼ちゃんの音を出して欲しい…うーん…」
「やっぱり上手く言えないな…」と呟く。
「何というか…でも、強弱とかじゃなくて、俺は涼ちゃんの弾く音が欲しい。」
手を取って、しっかりと目を見て伝える。
涼ちゃんは合わせた視線を握られた手に移して、口を開きかけた。
「僕は…」
「あ、大森さんいた!」
タイミング悪く、スタッフさんが扉を開け、俺の名前を呼ぶ。
「何でしょう?」
「休憩時間が終わっているのと、確認したいことが…」
時計を見ると確かに休憩が終わっており、「今行きます」と駆け足で廊下に出る。
去り際に涼ちゃんを見ると、さっきまで俺に握られていた両手をじっと見つめていた。
・・・
それから幾日かたって、レコーディング本番も終わって、改めて曲を聴く。
サビ終わりかけるところで、ふとあの日の出来事を思い出す。
ついにメロディが流れてくる。目立ってはいるが、曲に寄り添ったような音。
そしてなによりも。
涼ちゃんの音だ。
大好きな音に、俺は満足気に笑った。
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初めてのコメント失礼します。 話し方などがリアルで本当にありそうな素敵なお話でした! ※※※ 物語が二度書かれてしまっています…!