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* * * * *
2007年。
寒波が押し寄せる十二月の東京。深夜。
会議後の賑やかな懇親会を終え、手配されていたタクシーに勇洙と菊は二人で乗り込むことになった。
先に勇洙が奥の座席へ入り、菊が手前の席に腰を下ろす。バタンと重い音を立てて自動ドアが閉まると、外の刺すような冷気は遮断され、暖房の静かに効いた車内の後部座席に、二人だけの空間が出来上がった。
疲労と、酒が軽く回っているせいで、アルコールにあまり強くない菊の目元はすでにとろんとしている。
「……菊」
「……はい?」
「眠いのか?」
「少しだけです」
「寝るなよ」
「寝ませんよ」
「絶対寝る顔してるんだぜ」
菊はふっと目元を緩め、言葉だけで否定した。
だが、そのまぶたの重さに嘘はつけない。次の瞬間には、船を漕ぐように頭が揺れた。こくり、と。
「……おい」
「……はい」
「今寝てただろ」
「寝てません」
「寝てたんだぜ」
「ちょっと目を閉じただけです」
「それを寝てたって言うんだぜ」
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また菊が笑う。薄く開いた瞳はどこか潤んでいて、浮かべた笑みも今にも消えてしまいそうなほど頼りない。
「お酒が入っていますから……仕方ないでしょう」
「仕方なくないんだぜ。すぐ着くからもうちょっと我慢しろよ」
呆れたように返しながらも、勇洙の意識は隣の存在に釘付けになっていた。
タクシーに揺られるうち、菊の頭がゆるやかにドアのほうへと傾き始める。
「おい」
勇洙は短く声をかけると、窓ガラスに触れそうになっていた菊に向けて、左肩をわずかに突き出した。
「こっち」
「……すみません」
「謝らなくていいから。窓にぶつけるよりマシなんだぜ」
菊は拒むことなく、素直に勇洙の肩へ頭を預けてきた。
ふっと、心地よい重みがかかる。
寄せられたその頭の小ささと、身体の細さに、勇洙は一瞬意表を突かれた。こんなに華奢だったろうか――不意の愛おしさが胸をかすめる。
途端に、全身が妙に緊張してしまった。
せっかく眠りかけた菊を起こしてしまっては悪い――そう自分に言い訳しながら、勇洙はなるべく身動きをしないよう注意を払う。
肩越しに伝わる菊の呼吸が、だんだんと深く、ゆっくりとしたものに変わっていく。耳元で囁くような息遣いと、酒が入っているせいか少しだけ高く感じる体温が、コートの布地を通してじわじわ伝わってきた。
窓の外を流れる冬の街灯りとタイヤの走行音が、潮が引くように遠のいていく。
「……寝るなって言ったのにな」
そっと落とした呟きに、返事はない。
勇洙はドライバーに見えないよう窓の外へ視線を向けながら、小さく口元を緩めた。
「本当にしょうがないんだぜ」
肩に感じる確かな温もりと静寂の心地よさに引きずられるように、自分自身のまぶたもまた、ゆっくりと重くなっていった。
* * * * *
まだぎこちなさのある、無自覚両片想い的な。
2007年頃は後部座席のシートベルト着用についてはまだ明確な規制が無く、タクシーのドアの開閉音もいまほど静かではなかった、はず…。