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一年の終わりを迎えるその日の午後、今夜は自宅でゆっくりと本を読んだり録画したままの旅行番組などを見ようと決めていたウーヴェに一本の電話が入った。
リビングのソファで膝を立てて座っていたウーヴェは、携帯を手にとって電話を掛けてきた相手が幼馴染みであることに気付いて目を丸くしつつ耳に当てる。
「ベルトラン?どうした?」
『おー。働き者の恋人のお陰で今年も一人で年越しか、ウーヴェ』
「……うるさい。嫌味を言う為に電話をしてきたのなら切るぞ」
『待てよ。――冗談抜きで一人なんだな、ウー?』
電話口の幼馴染みが少し慌てたようにウーヴェを引き留めた為、溜息一つで許しを与え、口調を変えて当たり前のことだがあいつが仕事の為に一人で過ごすつもりだと苦笑すると、俺も今年は一人だから飲み明かそうと誘われて瞬きをする。
「珍しいな。実家に帰らないのか?」
『ん? あー、今年は親父が母さんの家に戻るらしい』
「おばさんの家に帰るのか?」
『ああ。親族勢揃いするそうだが、俺は会ったこともない親戚達と新年を過ごすなんて遠慮したいって断った』
生後間もない頃からの付き合いのある幼馴染みだが、彼の両親については話を聞くことはあっても確かに親戚についての話を聞いたことはあまりない事を思い出し、確かに貴重な連休をそんな事に潰したくないなと苦笑を深めると、その通りだとまるで肩を竦めているような声で返される。
「それで、どうするんだ?」
『ん? どうとは?』
「家を出るのはちょっと難しいからな……家に来られないか、ベルトラン?」
『……良いのか?』
「当たり前だ。……俺もあいつもお前に対して閉ざすドアは持ってない」
『……ダンケ、ウー。じゃあ酒と食い物を持って行くからそっちに行く前に連絡をする』
「ああ。そうしてくれ」
その間に、お前曰くの働き者の恋人に連絡を入れておこうと笑うと、是非そうしておいてくれ、自分が仕事でいない間に二人で楽しんだと分かれば嫉妬深いキングに呪い殺されかねないと震える声で囁かれてつい吹き出したウーヴェは、酒はこちらにあるから何か適当に料理を作ってくれと笑って頷くと、幼馴染みが腕を振るってやると太鼓判を押す。
じゃあ今年は何年ぶりかに二人でカウントダウンだと笑って通話を終えた幼馴染みにただ黙って苦笑し、とにかくこちらに来る際に電話をくれと念押しをしてウーヴェも携帯を置き、幼馴染みに告げた様に恋人へ連絡をする為に今度はリダイヤルで最も回数の多い番号へ電話をするが、仕事が忙しいのかいつもの倍以上コールを鳴らしても陽気な、だが寒さに震えているだろう声は聞こえて来なかった。
これは仕方がない、不可抗力だと脳内のベルトランに言い訳をしたウーヴェは、幼馴染みと一緒に飲み明かすことになると今更ながらに気付き、自分たち二人の為の酒がストックされているかを確かめる為、キッチン側の廊下へと出てそのままパントリーに駆け込むのだった。
ベルトランが持って来たのは出来上がった料理ではなく、最後の仕上げをウーヴェの家でするまで準備をしておいた完成一歩手前のものだった。
映画やドラマなどに出てきても不思議はない立派なキッチンだが、ベッドルームとリビング以外の有り余っている部屋同様にほとんど使われることが無かった。
その事実をうすうすと察しているベルトランが呆れた様にウーヴェを見るが、見られた方は幼馴染みの視線に居心地の悪さを感じつつも、あいつと一緒に住むようになってからは良く料理もするようになったしここの小さなテーブルで二人並んで食事をしていると聞かれていないことを告白してしまい、ベルトランに指摘されて目尻のホクロ周辺を赤く染める。
「……うるさい、ぽよっ腹」
「またそれを言うだろ? そろそろいい加減他の悪口を考えてみればどうだ?」
それに俺も最近己の健康には気をつけているのだ、去年よりウエストが3センチは減ったぞと自慢気に顎を上げたベルトランは、たかが3センチを自慢するなとダイエットに取り組む必要のない人間特有の笑いを返されて頭と肩を落とす。
「お前にはダイエットで3キロ落とすしんどさが分からないんだっ!」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ。リオンの体重を3キロ落とすのが大変なことは分かってるぞ」
ウーヴェが腕を組んで真剣な顔で呟いた言葉に最早ベルトランは何も返せずただただ溜息を吐いて幼馴染みの肩に手を載せると料理を仕上げたいからキッチンを使うと告げ、こればかりは逆立ちしようが天地がひっくりかえろうがウーヴェに勝ち目は無い為、神妙な顔で頷いて是非美味しい料理に仕上げてくれと笑みを浮かべる。
「……なあ、ウー」
「どうした?」
「……その……あいつの分、は、どうするんだ?」
ベルトランが珍しくウーヴェの顔を見ないで頭に手を当てたままぼそぼそと呟いた言葉にターコイズ色の双眸が軽く見開かれるが、言葉の意味を理解した途端好意的に細められる。
「お前が良いと思うのなら、作ってやってくれないか?」
数日前のクリスマスの次の夜には無理を言ったが今夜もまた良いと思うのであれば是非作ってやってくれ、あの夜の料理は本当に美味しかったと恋人の嬉しそうな横顔を思い浮かべながらベルトランの腕をぽんと叩くと、逸らされていた顔が正面を向きあからさまに安堵の表情になる。
今年の夏、リオンとウーヴェの頭上に重苦しい雲を発生させた事件は当然ながら二人が最も信頼をしている人達の上にも等しく垂れ込め、その結果リオンとベルトランの間に気まずい雰囲気が流れてしまい、どちらもウーヴェを介してでしか話が出来なくなっていた。
そんな気まずさを改善したいとは思っているがリオンが店に来る時は仕事が終わってからが多く、二人で向き合って真剣に話し合える時間が持てなかったのだ。
その為にベルトランが今夜の機会を利用してリオンに謝罪をしようと思っていたことを教えられ、その言葉にウーヴェが再度驚いたようだったが、ベルトランがそれを察する前に驚きを押し殺し、幼馴染みの彼でさえも数える程しか見たことのない心の平安を得たことを教えるような穏やかな笑みを浮かべ、ベルトランの肩に腕を回して抱き寄せ、髪にキスをして礼を言う。
「ダンケ、バート」
お前のことだからいつまでも怒ったり避けたりはしないと思っていたが本当に嬉しいと笑ったウーヴェにベルトランも照れたような笑みを浮かべるが、早く料理を作らなければならない事を思い出し、お前も手伝えとウーヴェの白とも銀ともつかない髪を撫でると手伝っても邪魔にならないのなら手伝うと返して幼馴染み同士キッチンに並ぶのだった。
出来上がった料理と、ウーヴェがパントリーから引っ張り出してきたワインやカクテルで程良く酔いが回った二人は、キッチンではなくリビングのソファでグラスを傾けていたが、壁の時計を見ればそろそろカウントダウンの雰囲気が盛り上がりそうな時間になっていた。
暖炉の炎が一際大きく爆ぜた時、ウーヴェの携帯が映画音楽を流し出し、慌てることなく耳に宛がうと疲労感が滲んでいてもカウントダウン独特の雰囲気に浮かれているような声が聞こえてつい苦笑してしまう。
『ハロ、オーヴェ……って、どうした?』
「うん? 別にどうもしないぞ……ああ、そうだ。リオン、家の電話から掛け直しても良いか?」
その問いを発したウーヴェには一つの思惑があり、隣でちびちびとジンベースのカクテルを飲んでいるベルトランへと視線を投げ掛け、意味が分からないが了解と返されて通話を終えると今度は子機を手に取り登録してある番号を呼び出す。
「ああ、悪いな」
『ん、平気。……あれ、オーヴェ、もしかして誰かいるのか?』
子機のスピーカーに切り替えた為に室内の様子が少しだけ電話の向こうに伝わったようで、リオンの声に疑問が混ざり込み、ウーヴェが短くああと答えると珍しい事もあると更に返される。
「そうか?」
『そうだって。……ベルトランか?』
コーヒーテーブルに子機を置いてベルトランを見れば、少しだけ気まずそうな顔で幼馴染みがグラスを傾けてカクテルを飲み干す。
「ああ。珍しくベルトランも年末は家にいたらしい。だから家で飲んでる」
『あー。良いなー。俺も飲みたかったなぁ』
「……仕事だろう?」
『うん、分かってる。言ってみただけだ。あ、そうだ……ベルトラン』
ウーヴェの声にリオンが残念さを隠さない声で返すがそれでも己の職分を弁えている為に笑顔で返事をしたように感じ、自分たち二人に降りかかった様々な事件が二人に与えた影響は大きいと胸の裡で苦笑すると、リオンがやや間を置いてベルトランを呼び、呼ばれた方も緊張に肩を上下させるが今夜も仕事か、お疲れ様とだけ答える。
『ああ、うん。……ベルトラン、この間のクリスマス料理、ありがとう。すげー美味かったしローストチキンもサンドにして食べた』
「そうか。それは良かった」
たとえぎこちない関係に陥っていたとしてもやはり己の料理を食べてくれる人からの賛辞は嬉しくて、つい見えないのにいつものように笑みを浮かべた彼は、ウーヴェが頬杖を突きながら自分を見ていることに気付いて咳払いをする。
その顔から幼馴染みの勘で何を言いたいのかを見抜いたベルトランは眉を寄せて険しい表情でウーヴェにグラスを突きつけてカクテルのお代わりを強請ると、一瞬驚いたものの苦笑しつつカクテルを作りベルトランの前にそっと差し出す。
「……キング……仕事で頑張るのも良いが……」
程ほどにしないと身体を壊すぞと忠告すると暫く沈黙が流れるが、背後の歓声に掻き消えるような小さな声が心配してくれてありがとうと答えた為、ベルトランが一度深呼吸をして前髪を掻きむしる。
「……お前の為の料理を作ってある。帰って来たらウーヴェに温め直して貰え」
『え、マジで!? ダンケ、ベルトラン!!』
まるで命を削るように働くことへの不安はどうしても拭えないが、戻って来た時に美味いメシと大好きなウーヴェがいれば元気になるだろうと笑うベルトランにリオンもスピーカーを通してその通りと笑い、ベルトランがすべてを吹っ切ったような声で今までぎくしゃくさせてしまって悪かったと謝る。
「……悪かったな、キング」
『……俺も反省してる。ごめん、ベルトラン』
お互いがお互いをまるで避けていた日々を思い返すとどちらもそんな態度を取りたい訳ではなく意地やプライドが邪魔をしていた為に素直になれずにいたが、隣で嬉しそうに穏やかに笑うウーヴェの横顔を見ていると意地を張っていることがバカらしくなり、ようやく謝罪をしたベルトランは、リオンも同じ素直さで謝ってきたことに溜息混じりに頷いてその謝罪を受け入れる。
『な、ベルトラン。仕事が一段落して休みを取れたらオーヴェと店に行って良いか?』
「おー。当たり前のことを今更聞くな。ウーヴェと一緒でも一人でも良いから来い。もう無理だってぐらい食わせてやる」
『マジで!? すげー嬉しい! オーヴェ、オーヴェ、俺が一人でゲートルートに行っても怒らないか?』
「どうして怒るんだ?」
『ん-、何となく』
「こら」
リオンの浮かれきった言葉に苦言を呈したウーヴェだが幼馴染みと恋人の間に以前のような賑やかさが戻ってきた事が誰よりも嬉しくて、照れたような顔で鼻の頭を掻くベルトランに目を細め、そろそろカウントダウンだから仕事に戻ると聞かされて少し慌ててスピーカーをオフにして子機を耳に宛がう。
『……オーヴェ、今年一年さ、ホントに色々あったよな』
「……ああ」
リオンの声に混ざるのは今年一年を振り返ってのもので、どうあっても感情が揺れてしまう出来事を二人ほぼ同時に思い出してしまうが、リオンが自然な声であの時を乗り切れたのはオーヴェがいたからだとキス混じりに告げられてウーヴェが目を細める。
「俺は何もしていない。ただ……お前の傍にいただけだ」
『うん、知ってる。――お前が傍にいてくれる、それだけで俺は前を見られるようになった』
お前がいなければきっとあのまま後ろを向き夢に見ていたこの世界を捨てて投げやりになっていただろうと穏やかに返されて口を閉ざしたウーヴェは、伝えられる感情が胸を温めたことに気付き、だから来年も傍にいてくれとも告げられて小さく笑みを零す。
「――ああ。傍にいる」
あの夜のようにたとえお前の心が閉ざされ掛けていても傍にいて抱きしめてやると答え、短い言葉で信頼の証を得ると壁の時計を見てそろそろ時計が進んで新たな年に入りそうなことに気付く。
『……オーヴェ、新年おめでとう』
「ああ。おめでとう、リーオ。今年もよろしくな」
『こっちこそ。ベルトランにもおめでとうって伝えてくれよ』
そろそろ自分は仕事に戻ると伝えたリオンは、ウーヴェの返事をしっかりと聞いた後でキスを残して通話を終える。
「……バート」
「…………な、何だ」
「リオンが新年おめでとうと言っていたぞ」
「あー、うん。――新しい年になったな。おめでとう、ウー」
「ああ。今年もよろしく、バート」
幼馴染み同士で新年の挨拶を交わしグラスが空になっていることに気付いてどちらからともなく苦笑すると、ウーヴェがカクテルを作ってベルトランに渡し、自らの分も少しアルコール分を濃いめに作って再度グラスを掲げる。
「乾杯」
その言葉を交わしてグラスの底を触れあわせた二人は中身を一気に飲み干し、ソファの背もたれに寄り掛かってほぼ同時に笑い出す。
ベルトランにしてみれば幼馴染みの恋人といつまでもぎくしゃくしたままというのは居心地が悪い事だった為、それがウーヴェの表情から切っ掛けを手に入れて謝罪が出来たことが嬉しかったし、ウーヴェにしてみれば己の腹の底まで見せている二人の関係が拗れたままというのは歓迎出来ないことだった為、これまた嬉しさから肩を揺らして笑ってしまう。
互いがぎくしゃくしていることへの謝罪をし、それをどちらも素直に受け入れられる、その関係を築けるベルトランとリオンの性格にそっと感謝をしたウーヴェは、ベルトランが呆れてしまうような言葉を呟いて立ち上がり、全く危なげなくリビングから出て行こうとする。
「おい、ウー! これ以上飲めばぶっ倒れるぞ」
「これぐらいで倒れるか。――バート、今日は泊まって帰るだろう?」
リビングのドアで立ち止まって振り返ったウーヴェは幼馴染みがにやりと笑いながら告げた言葉を鼻先で笑って跳ね返し、秘蔵の一本を開けると片目を閉じる。
「仕方ねぇなぁ。……ここのソファを借りるから毛布を貸してくれ」
「ん? ベッドルームのソファを使えば良いだろう?」
わざわざここで一人で寝なくても良いと小さな頃のように同じ部屋で寝ればいいと笑ったウーヴェにベルトランも懐かしそうに目を細め、とにかくソファで寝るから毛布を貸してくれと再度告げ、頷いたウーヴェが秘蔵の一本を取りに行く為に出て行くのを見送るのだった。
幼馴染み同士の飲み会は夜が明ける頃まで続き、仮眠を取って朝の内に帰って行ったベルトランを見送ったウーヴェは、大きな欠伸を一つするとまだ戻ってこないリオンに脳内で労いの言葉を掛けてベッドに潜り込むのだった。
翌日、年が明けてからもほぼ一日頑張って働いたリオンが疲れた足を引きずって帰ってきた時、二人が夜明け近くまで飲んでいた気配は家の中で感じられなかった。
ウーヴェにどれぐらい飲んだのかを問いかけ、ベルトランの料理をちゃんと残さず平らげたから許してくれと上目遣いに見てくるウーヴェにリオンが何かを言えるはずもなく溜息一つで許しを与えるが、代わりにキスだと唇の端を持ち上げてウーヴェにキスをし、ようやく前のように話せるようになったベルトランが残していってくれた料理を食べたいとウーヴェに告げて用意をして貰うと、二人で小さなテーブルに並んで腰を下ろしその料理を味わうのだった。
今年もまた、世間一般に比べると一日遅れにはなったが、年が明けた祝いを二人でささやかに行う事が出来るのだった。