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――こっちかよ!!
渡慶次は必死でドアを抑えた。
――開けられてたまるか。
こんなところでわけのわかんない化け物にキスされて終わってたまるか。
渡慶次は足を開いてドアを抑えた。
こんなことなら今日告白してきたブスでもない2年の唇を奪っておくんだった。
それよりも先週告白してきた2組では一番かわいい女子とヤッとくんだった。
ドアに力が加わる。
――いや、違う。違うぞ!!
渡慶次は足を踏ん張った。
俺のキスは、
――あいつとって決めてるんだ!!
渡慶次が全体重をドアにかけたところで、
「え……」
扉が向こう側から外された。
全体重をかけた渡慶次はそのまま突っ込む形で、ドアごと廊下に倒れ込んだ。
「な……な……!!」
しかしピエロは倒れ込んできた渡慶次には目もくれず、教室の中の男女を睨んだ。
――ボール?今度はボールか!?
慌てて立ち上がろうとしたところでズルっと足が滑った。
「……うっ」
そこには裂けた腹から腸がはみ出した山崎が転がっていた。
ピエロはゆっくりとフリルの下からたくさんのボールを取り出した。
「!!」
カラーボールなんて可愛いものではない。
一目でそれとわかる鉄球だ。
「逃げろおおおおお!!」
渡慶次は声の限り叫ぶより早く、ピエロのボールが袋小路のごとく教室の窓際に追い詰められているクラスメイトを襲った。
「……ガッ……」
ボールは、窓際で前園の隣に立っていた田中美咲の左目を頭蓋骨ごと潰し、
「ギャアアッ」
前のドアから逃げようとした小松裕理のこめかみを突き抜け、
「ゆりッ……」
小松に駆け寄ろうとした高橋玲央の頚椎を貫通した。
「きゃあああああああ!!」
「ああああああ!!」
3体の死体に生徒たちが男女関係なく悲鳴を上げる。
そして我先に前の扉から逃げようと一斉に走り始めた。
ピエロは襟の下から6つの鉄球を取り出した。
鉄球が、ドアに集まった生徒たちを襲う。
その中に、確かに長いポニーテールが見えた。
――ダメだ。
「ぎゃあああ!!足があああ!!」
――ダメだ……!
「待ってえええ!指が!!指があああ!!」
――ダメだ!!!
渡慶次は走り出した。
新たな鉄球を取り出そうとしているピエロの細い腰に、そのまま突っ込んでいく。
巨体は“く”の字に曲がり、そのまま黒板に打ち付けられた。
「……逃げろ!!今のうちに!!」
固まっている男女に叫ぶ。
「……早く!!」
「散って逃げるんだ!」
新垣と吉瀬が叫び、クラスメイト達は2人に押し出されるように教室を出ていった。
「――――!」
素早く視線を走らせる。
倒れている生徒の中に彼女はいない。
どうにか逃げ切れたらしい。
ピエロは体勢を立て直すと、相変わらずしゃがれた声を出しながら、青い目でこちらを見下ろした。
「………っ!」
渡慶次は間合いを取りながらピエロを睨んだ。
「……嫌いだッ!!」
『…………』
ピエロは細い線のような眉毛をハの字に下げたまま渡慶次を見下ろした。
『風船は好――』
「大嫌いだ!!」
間髪を置かずに言う。
『…………』
またピエロは動きを止めた。
――もしかして。
渡慶次はピエロを見上げた。
この世界はドールズナイト。
とどのつまりただのスマホアプリ。
もしかして問題はもっと単純でシンプルなんじゃ……?
平良は先ほど「風船が好きだ」と答えた。だから風船にされそうになった。
死んだ田中、小松、高橋、それに自分を含めた他の生徒たちは「ボールは好きか」という問いに答えなかった。
つまりは否定しなかった。
だからボールを投げられた。
そうだとしたら。
「嫌い」
そう伝えることが、このピエロの攻略法――?
『そっか。ザンネン』
ピエロは残念そうに肩を落とし、手を後ろに回して動かなくなった。
1歩下がる。
……反応はない。
2歩下がる。
……反応はない。
――多分…ビンゴ。
渡慶次は小さく息を吐いた。
なるほど。
ピエロは客を楽しませる道化師。
客が喜ばないことはできないのか。
このやり方なら簡単だ。
今すぐ散って逃げていったクラスメイト達に教えてやらねば。
他の犠牲が出る前に。
渡慶次が踵を返した瞬間、
ピエロが急に話し出した。
「!!」
渡慶次が振り返ると、赤と青のカラフルなバトンを握ったピエロが両手を上げていた。
ビュンッ。
「くッ!」
振り落とされたバトンをすんでのところで避ける。
重い風切り音。
無論普通のバトンではない。
――これも鉄製かよ……!?
ピエロは再び体勢を整えると、バトンを振り上げ、そこから今度は左右にフルスイングした。
「っと!」
バトンの動きは単純だ。
ビュンッ。
まずは上から下に。
ビュンッ。
その後左下から右上に。
しかし避けるのが精一杯で、逃げることはできない。
それどころか――
ビュンッ。
ビュンッ。
ピエロがバトンを振るたびに、ゆっくりだが確実に窓際に追い詰められていく。
「それも嫌いだ!」
必死で言うが、
『そうナノ~?ザンネン。でももうナイんだよなー』
ピエロの足も手も止まらない。
教室は3階だ。
窓を開けて外に逃げることはできない。
「くっそ……!」
ビュンッ。
ついに渡慶次は窓枠に後ろ手をついた。
――どうする……!
「グフッ」
ピエロがニヤリと笑った。
――こいつ……!
渡慶次はピエロを睨み上げた。
――楽しんでやがる……!
ピエロは笑顔のままバトンを振り上げた。
そのとき、
「ぐキょッッッ」
変な声とも音ともわからないものが聞こえ、ピエロの頬が潰れた。
「………?」
「“ボールは好きカイ?”」
――まさかもう一匹!?
だみ声にぎょっとしてふりかえるとそこには、
鉄球を持った比嘉が笑っていた。
比嘉は拾ったらしい鉄球をポンッと軽く上に投げた。
「俺、運動神経は全体的にいいけどぉ」
そう言いながら軽く身体を腰を右に捻る。
――来る……!
渡慶次は腕で頭を覆った。
「球技は苦手なんだよな……ッ!」
比嘉はパシッと鉄球を取った瞬間そのまま振りかぶってピエロめがけて投げた。
『ゴオオオッ!』
低い声と共に、ピエロの腹が屈折する。
――今だ!逃げろ!
腕の隙間から見ていた渡慶次は床を蹴って駆け出した。
「……あれ?いたの~?トケシくん」
比嘉が新たな鉄球を拾いながらニヤニヤと笑う。
「オラオラオラオラ~!」
右腕にいくつも鉄球を抱えた照屋が、左手で速球をピエロに投げる。
「はは、左利きアピールうっざ!」
「してねえって!」
比嘉のヤジも気にせずに次々に投げる。
そのうちの一球がピエロの胸に入った。
「ヒット!」
照屋がガッツポーズをすると、壁に当たって跳ね返ってきた鉄球を拾い集めた玉城がそれを脱いだブレザーで包んだ。
「……出た!ブラックホース!」
比嘉が笑う。
「うるせえよ」
玉城は金髪の長い前髪でほとんど見えない目で比嘉を睨みながら、鉄球を包んだブレザーを肩に担ぐと、うずくまっているピエロに寄っていった。
「――メリークリスマス」
低い声で呟いた言葉に、
「かっけー!」比嘉と照屋がゲラゲラと笑う。
「いい子にはプレゼントですよっと」
そして両手でブレザーの端を持つと、鉄球の詰まったそれを一気にピエロの脳天めがけて振り落とした。
何かが折れる音と共に、赤黒い血があたりに飛び散る。
「はい、よいしょー!」
いつの間にかロッカーに座って煙草を吸いだした比嘉が合いの手を入れると、玉城はまた強烈な一発を振り落とした。
「もういっちょー!」
照屋も比嘉の脇に座りながら煙草を取り出す。
「……お前ら。あとで俺にも1本よこせよ」
鉄球を何個も入れて重いだろうに、それでも玉城は1発目の威力を保ちながら打ち落し続ける。
――すげえ……。
渡慶次は目を見開いた。
普段は厄介ごとしか起こさない3人が、今、同級生を何人も殺した相手に対して臆することなく戦っている。
しかもこれ――。
「……もう倒したんじゃね?」
つい呟いた渡慶次の言葉に比嘉が反応する。
「はい、ストップ」
彼の一言で無心に殴り続けていた玉城の手が止まった。
「死亡確認しまーす」
比嘉が煙草を咥えながら、やけにリアルに手袋をかける真似をする。
「手術室は禁煙でーす、せんせえ!」
照屋が笑い、玉城が肉の塊から離れた。
「んー」
比嘉は煙草を、黒いネイルが施された人差し指と親指で摘まみながらピエロだったものをのぞき込んだ。
「……ご臨終です!!」
「判断早っ」
照屋が笑う。
「死因=ぐっちゃぐちゃのドッロドロ」
「軽い診察だな」
玉城も額の汗を拭きながら笑う。
3人はこの状況にそぐわない下卑た声で笑った。
「これでゲームクリア?あっけねえなぁ」
玉城が血だらけのブレザーを投げ捨てると、そこに入っていたボールがコロコロと四方に転がった。
「これさ、死んだ奴らどーなんの?」
玉城が笑う。
「知らねー」
比嘉が白い煙を吐き出しながら振り返る。
「てか、俺たちが倒したんだから、3人でもらっていいんじゃねえの?スイッチョン2」
照屋もロッカーから飛び降りながら笑った。
「それなー」
玉城が笑いながら手で合図し、照屋から煙草を貰った。
「どうせならソフトも欲しいなー」
ピエロの脇にいる比嘉が間延びした声で言う。
「『農場物語』」
「ぜってーやんねえくせに!お前スプライト2しかできねえだろ」
照屋も比嘉を振り返る。
しかしその瞬間、
「……あ」
彼の唇から煙草が落ちた。
「!?」
渡慶次も慌てて振り返る。
煙草を吸いながら笑っている比嘉の後ろで、黒い影が立ち上がっていた。
唇から滑り落ちた煙草が床につくよりも早く、比嘉はその黒い影に押し倒された。
「………!!」
黒い影はあっという間に比嘉に馬乗りになるとその頭の横と脇の下に手をつき、比嘉を自分の体の下に閉じ込めた。
『……ふーっ、ふーっ』
荒い息が吐かれるたび、赤い血が比嘉の顔に斑点模様を付ける。
「……はは」
比嘉はその顔を見上げて薄く笑った。
「不死身かよ。さすがゲーム」
「!!」
その言葉に、渡慶次たち3人は黒い影を凝視した。
確かに比嘉のボールを受けて潰れた頬も、そのあと玉城に滅多打ちにされて陥没したはずの頭部も治っている。
「……嘘だろ?」
「じゃあどうすんだよ……」
これにはさすがの照屋と玉城も呆然と動きを止めた。
「とにかく、助けないと……!」
渡慶次はブレザーを拾い上げ、転がった鉄球を集め始めた。
「さっきみたいに滅多打ちにして、動けなくなったら全員で逃げよう!」
ブレザーに鉄球を入れながら渡慶次が言う。
しかし返事はない。
「?」
渡慶次は2人を見上げた。
玉城も照屋も比嘉をただ見つめるだけで動かない。
――まさかもう……?
ゆっくり比嘉を振り返る。
数秒前に見たままの光景がそこにはあった。
仰向けに押し倒されている比嘉。
両足を挟むように跨いで座り、頭のすぐ横と脇の下に手をついているピエロ。
比嘉の顔はピエロの血で汚れているのに、ピエロ自身はすっかり綺麗に元通りだ。
ピエロを睨んだまま、まっすぐに伸びた比嘉の右手は開かれ、こちらに翳されていた。
―――来るな。
無言の圧力に、照屋と玉城が硬直する。
ピエロが真上から比嘉を見下ろした。