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比嘉は―――入学した当初から、いけ好かない奴だった。
黒いネイルに赤いヘアピン。
その個性的なルックスは、クラスの中で浮いていた。
窓際でつまらなそうに膝を立てて座る比嘉に、女子も男子も教師でさえ、誰も近づこうとしなかった。
何があったか知らないが、ある日を境に玉城とつるむようになった。
そしていつのまにか、その隣には柄の悪い照屋が並ぶようになった。
銀髪に染め上げてきた比嘉。
金髪を靡かせた玉城。
そして剃りこみを入れた照屋。
3人はクラスの中で浮いていた。
男女ともに人気の上がってきた渡慶次を、目に見えて比嘉が毛嫌いし始めたのもその頃からだった。
授業中で渡慶次が答えると、教室に散った3人から笑いが起こり、体育の授業でも音楽の授業でも、渡慶次の番が回ると野次が飛んだ。
もちろんクラスメイトはガラの悪い彼らよりも、容姿端麗で成績優秀な渡慶次を慕っていたため、渡慶次をトップにスクールカーストが出来上がっていたクラスの中で、3人は自ら孤立していった。
どうせ派手なのは見た目だけで、
他人の人気を僻むような小さな奴だと思っていた。
誰かを嘲け笑うことで、自分のポジションを保とうとするような、つまらない奴だと思っていた。
そう。あいつらみたいに。
しかし―――。
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渡慶次は玉城と照屋にはっきりと翳された手を見下ろした。
その手はやがて握られると、人差し指だけピンと立ちあがり、それは廊下を指した。
―――逃げろ。
「……比嘉!」
玉城がそう呟いた瞬間、
「――風船?……大好きだよ?」
比嘉はこのピンチの最中にそぐわない、まるで女を誘うように甘く囁いた。
「でも俺、キスはされるより……」
そしてピエロの襟をつかむとぐっと自分に寄せた。
「自分からする派なんだよね!」
言うが早いか比嘉は、ピエロの真っ赤な唇に噛みついた。
「マジかよ……!」
そう言ったのは渡慶次なのか、玉城なのか、照屋なのかわからなかった。
3人は呆然と同じ感情を抱きながら、比嘉とピエロを見下ろした。
左手でピエロの襟元を引いたまま、比嘉の右手はピエロの赤色の髪の毛を掴んだ。
そしてぐいと自分に引き寄せるとさらに大きな口を開けて、ピエロの上下の唇を噛んだ。
『プシューッ!ププッ……ブプッ……プ……シューッ……』
本当は比嘉の口内に入れられるはずだった空気が、上下の唇をかじられていることで、脇から漏れる。
そうか。完璧ではないがこれであれば、押さえつけている比嘉の体力と顎の筋肉が持つ限り、数秒の時間はしのげる。
無論、教室を出て廊下をひた走り、階段にたどり着いて下の階に逃げるくらいの時間は稼げないかもしれない。
しかし、渡慶次が“集中”するには十分だ。
「――俺から離れろ」
渡慶次はまだ唖然としている2人にそう言うと、転がった鉄球を拾った。
「え、お前……」
照屋が渡慶次を振り返り、
「――マジか」
玉城が笑った。
「……お前、キャッチャーかよ」
構えた渡慶次に玉城が言った。
「バーカ」
渡慶次は左膝を高く上げながら笑った。
「俺は、ピッチャーだ……!」
上げた足をピエロの方向に踏み出して体重を移動し、右腕をマックスになるまでしならせる。
身体の回転を乗せて、一気に加速しながら腕を振りボールを離す。
狙うはピエロのこめかみ―――。
10㎝ズレただけで比嘉の頭が吹っ飛ぶ。
鉄球は加速しながら一点を目指して飛んでいった。
「……!!」
比嘉の顔に、肉片が飛ぶ。
ピエロの顔は、唇から下を残して吹き飛んだ。
「――――!」
比嘉は床に肘をついて、目の前で吹き飛んだ顔を呆然と見上げていた。
その上で口だけ残ったピエロの身体が、両手で自分の口を覆う。
――明らかに今までと違う反応だ。
顔を潰されようが、頭蓋骨を破壊されようが、静かに治癒してただけなのに。
しかし考えている暇はない。
「早く!!」
渡慶次が比嘉のブレザーを掴み引き上げると、左右から玉城と照屋が彼を支えた。
「逃げるぞ!!」
渡慶次が言うか早いか、2人が比嘉を抱えるように走り出した。
教室を飛び出し、廊下に駆けだす。
「分かれて逃げよう!」
渡慶次がそう言うと、
「言われなくても」
顔中血だらけの比嘉がへッと笑った。
一言何か言ってやりたかったが、助けたのはお互い様だ。
渡慶次は西階段に向けて走り出した。
東階段に駆けだした3人の足音がどんどん遠ざかっていく。
――とりあえずは一気に1階まで下りて、窓から外へ。後のことは逃げ出してから考えよう。
そう思いながら滑り落ちるように階段を下っていると、
「きゃああああ!!」
女子の悲鳴が聞こえてきた。
「この声は……」
渡慶次の脳裏に彼女の顔が浮かんだ。
「……くっそ……!」
渡慶次は手すりを強くつかんで勢いを殺すと、ぐいと引っ張って体の向きを変えた。
そして2階に戻ると、廊下に駆け出した。