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キャバやって、少しはお金が稼げたから、住まわせてもらってた事務所の寮を出て、あたしはちょっといいマンションに移り住んだ。
だって寮はすごくくたびれた雰囲気で、なんだかカビくさいような気もして、居心地がちっとも良くなかったんだもの。
当てがってもらった部屋だから、文句は言わなかったけど。正直、せっかく東京にまで呼んでくれたんだから、もう少しいい部屋を紹介してほしかったなって。
ああでも、最初はあたしなんて、あんまり期待されてなかったのかもね。
だから、住めればどこでもいいでしょみたいな感じで。
もし大々的に売り出すつもりだったら、すっごくいい部屋に住まわせてくれたのかな?
……って、そんなわけもないか。
どんなに売れっ子なアイドルだって、初めはワンルームとかからスタートしたのかもしれないし。
あたしも、たいがい夢見すぎなのかもね。
東京でマンションに住むようになって、感じたことはひとつ。
隣って、誰が住んでるの?
全然知らないんだけど。隣で、誰が、どんな生活をしてるのか。
あたしがここに越してきたときには、おとなりさんにあいさつに行ったけれど、その当時のおとなりさんも、もう引っ越しちゃっていないし。
あとから誰か入ってきたみたいだけど、あいさつなんてもんはなくて、誰が隣にいるのかまるでわからない。
だけど、ここじゃ、それがあたりまえなんだよね。
隣どうし、知らないどうし。
ヘンなの。
隣に誰が住んでるか、知らないなんてこと、あたしの住んでた街じゃ、なかったけど。
ここでは、知らないことがふつーなんだって。
けどさ、そんなんで、もしも隣に殺人犯とかが住んでたりしたら、どうなっちゃうんだろうね?
そういうことだって、ニュースとか見てたら、ごく身近にありそうじゃん。
いつ、誰に、何をされるのかもわからない部屋で、何が安全なのかなんて、わからないじゃんね。
狙われないようにするには、さらにセキュリティーの高いマンションに引っ越すしかないとか。
だけど、セキュリティーが高ければ、それだけ周りとの関わりもなくなってくるってことだし。
そうやって、この街の人たちは、周りとの関係を絶って、マンションという箱の中に閉じこもっていくんだろうね。
そうして、いつかこのちっぽけな箱の中で、ひとりで死んでいくのかな。
老人の孤独死って、多いでしょ。
死んでも、誰も気づかなくて。気づいてももらえずに、ひとり死んでいくのなんて、本当にさびしいよね……。
隣に誰が住んでるかも知らず、まして死んでもわからなくて。
もし、自分の部屋の隣に死体があったらって考えたら、どう思う?
むごくて、しんどくてさ……。やってられないよね……。
なんだかさ、マンションのドアがそのまま、棺のフタみたいにも思えて。
ここは、棺の中と変わらないんじゃないかって。
人を閉じ込めておける、たくさんの棺おけの集まり──。
立ち並ぶマンションは、棺が並んで、積み上げられてるようで。
それは、まるで都会の中に佇む、たくさんの墓標のようにも見えるよね……。
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