テラーノベル
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ゆっくりと沈んでいく太陽が、街を真っ赤に染め上げていた。
廃墟となったビルが長い影を伸ばし、剥がれたアスファルトの隙間から伸びた草木が夕風に揺れている。
夕暮れの駅前を家路へと急ぐ人々。飲み屋通りに消えていくサラリーマン。ファストフード片手に笑い合う学生たち。
――そのすべては、もう幻想だ。
ビルは崩れ、緑に飲まれ、人間は消えた。
消えた人間の代わりにこの街を占拠したのは、モンスターだった。
「ぐぎゃぎゃ!」
茜色の街に、ゴブリンの汚い声が響く。
今朝は聞くだけで身体が竦んだその声も、一日中聞かされていれば慣れというものが来る。
俺は素早く近くの茂みに身を潜め、声のした方へと目を凝らした。
左前方、倒壊したビルの陰。ゴブリンが二匹。
手にした何かの骨にかぶりついている。食事中らしい。あいつらが何を食っているのかなんて知りたくもないが、ロクなものじゃないことだけは確かだ。
「……気持ち悪い」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
不思議なものだ。今の俺は、ゴブリンを見ても恐怖を感じない。今朝まで確かにあった本能の警鐘が、綺麗さっぱり消えている。
レベルのせいか。ステータスのせいか。
それだけなら、いい。けれど、それだけじゃない気がする。
恐怖が消えた場所に、別のものが居座り始めているのだ。
モンスターは気持ちが悪い。目障りだ。この世から消し去ってしまうべきだ――そんな、嫌悪と呼ぶにはいやに据わりのいい衝動が。
(……今朝の、アレと同じだ)
ゴブリンから逃げながら「倒せるんじゃないか」と考えた、あの訳の分からない衝動。あれと同じ匂いがする。
気のせいだ、と切って捨てるには少し引っかかる。けれど、考えたところで答えの出る材料もない。
俺は思考を打ち切って、包丁を握り直した。
今は、目の前の二匹だ。
息を殺して茂みを出る。気付かれる前に、最短距離で一気に距離を詰めた。
「げぎゃ!?」
骨を取り落として振り返った一匹目の喉元へ、俺は包丁を突き込む。切れ味のない刃を、上昇した筋力が力ずくで肉へと埋め込んだ。
引き抜いて、後ろへ跳ぶ。噴き出した血を避けるためだ。
「ぐぎゃぎゃぎゃ!」
残った一匹が、怒りの声を上げて棍棒を振り上げた。
今朝の俺なら、これで終わっていたかもしれない。
けれど、今は違う。振り下ろされる軌道が、はっきりと見える。
半身で躱し、がら空きになった横っ面へ拳を叩き込む。よろめいたソイツの手から棍棒を奪い取り、振り下ろした。
鈍い音が二度響いて、戦闘は終わった。
色を失い、空気に溶けていく二つの身体。地面には血だまりと、齧られていた骨だけが残された。
「ふぅー……」
息を吐いて、構えを解く。
立川の街に入ってから、こんなやり取りを何度繰り返しただろうか。
住んでいた街を出てここまで、約半日。出会ったモンスターはゴブリンだけじゃなかった。
透明な液体の身体に核を浮かべた、スライム。動きこそ遅いが、何匹も寄り集まってゴブリンを生きたまま溶かして捕食していたあの光景は、しばらく夢に見そうだ。石をぶつけても包丁で切り付けても、液体の身体はすぐに元通り。倒す手段が見つからず、俺は早々に逃げ出した。
それから、全身が灰色の蜥蜴。ロックリザード――俺が勝手にそう呼んでいるだけだが――は体長三十センチのくせに瓦礫を齧り砕く顎を持っていて、しかも素早い。こちらの攻撃がまるで当たらず、これも逃げの一手だった。
倒せる相手は倒す。無理な相手からは全力で逃げる。
病院も回復手段もないこの世界じゃ、かすり傷ひとつが命取りになりかねない。半日の旅で俺が学んだ、生存のルールだった。
「……今日はここまでだな」
茜色だった空は、いつの間にか群青に沈み始めている。
錆びて崩れかけた道路看板には『新宿まで約三〇キロ』の文字。当初の予定では今頃到着しているはずだったのに、現在地は旧立川市。瓦礫を避け、モンスターと戦い、あるいは逃げ回りながらの行軍は、想像していたよりもずっと足が遅かった。
夜の闇の中を進むのは危険すぎる。モンスターに夜目があるのかは知らないが、少なくとも俺よりは利くだろう。
寝床を探して、俺は通り沿いのビルへと目を向けた。
上層部こそ崩れているが、下層は廃墟のまま形を保っているビルがある。一階の窓ガラスは全て割れていて、正面に半円状の受付カウンターが見えた。どこかの会社のエントランスだったのだろう。
モンスターの巣になっていないことを慎重に確かめてから、割れた窓を乗り越えて中へと入る。
「お邪魔しまーす」
誰もいないと分かっていても、つい口に出てしまった。
受付カウンターの裏側は、ちょうど身体を横にできる広さだった。錆びた椅子と黄ばんだ書類を端に寄せて、俺はようやく腰を下ろす。
「疲れた……」
気が抜けた途端、どっと疲労が押し寄せてきた。
眠ってしまう前に、やることがある。
スマホを取り出し、ゲームを起動した。
古賀 ユウマ Lv:2→3 SP:2→12
HP:18/18→20/20
MP:3/3
STR:5→6
DEF:3→4
DEX:4→5
AGI:5→6
INT:3→4
VIT:5→6
LUK:10→12
所持スキル:未知の開拓者 曙光
「上がってるな」
やはりと言うべきか、レベルが3になっていた。ここに来るまでに倒したゴブリンの数を考えれば当然か。いや、【曙光】の経験値増加も効いているのだろう。
レベルが上がっても音のひとつも鳴らず、いちいち自分で画面を開かないと気付けない不親切さには、もう文句を言うのも飽きてきた。
SPは、予備の2と合わせて12。
今日一日の戦闘を振り返りながら、割り振っていく。
攻撃を見て躱すにはAGI。思った通りに身体を動かすにはDEX。そして、万が一もらった時のためのDEFとVIT。寝込みを襲われる可能性を考えれば、打たれ強さは多いに越したことはない。INTも一応一つ。MPの謎が解けた時のための、先行投資だ。
古賀 ユウマ Lv:3 SP:12→2
HP:20/20→24/24
MP:3/3
STR:6→7
DEF:4→6
DEX:5→6
AGI:6→7
INT:4→5
VIT:6→8
LUK:12→17
所持スキル:未知の開拓者 曙光
LUKは……試しに二回だけ。相変わらず、一回で二つ三つと伸びていく。本当になんなんだ、この種族補正。
残りのSP2はいつも通り予備に残して、俺は画面を閉じた。
夕飯――缶詰はトマト缶だった――と乾パンを胃に詰め込み、水で流し込む。倉庫から取り出した防寒用ローブを被って、固い床に身体を横たえた。
明日は夜明けとともに出発だ。順調にいけば、夕方には新宿に届くだろうか。
いや、この世界に「順調」なんてものを期待するだけ無駄か。
そんなことを考えているうちに、一日分の疲労が瞼を重くしていく。
俺は、あっという間に眠りに落ちた。
コメント
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第6話、めっちゃ引き込まれた〜!😭✨ 立川の廃墟でゴブリン倒すシーン、ユウマくんの成長がリアルに感じられてグッときた…!朝は怖がってたのに、1日でちゃんと戦えるようになってるのエモすぎる。でも「恐怖が消えた代わりに別の衝動が芽生えてる」とか、人間廃人みたいになったりしない?って少し心配になったよ…💦 それとステータス開いてレベル3とかLUKが異常に伸びてるのめっちゃ気になる!!種族補正って何!?って思わずツッコんだ😂 今夜は廃ビルで野宿だけど、明日は無事に新宿着けるのかな…続きが気になりすぎるよ〜!!🌸
#終末世界ファンタジー
灰島シゲル
130
#死ネタ、流血表現、暴力表現