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空を見上げると、大粒の雨が降っていた。かなり激しい豪雨のせいか、周りには誰も歩いていない。
最近梅雨前線が停滞しているのか、ずっと雨が続いている。頬に雫が当たり、目にも雨が入ってきそうだ。急いで優斗は傘を差し直し、いつもの帰り道を歩く。
ほとんどの人は高校の近くか、もしくは車で通っている。そのため、優斗と同じ街に住む人はいない。とはいえ友達一人と電話で通話するから、寂しくはない。学校から距離が遠いだけだ。
高校は自分の住む街にはなく、代わりに隣町の高校に通っている。電車に乗って、一駅超えたら着いてしまう。早いものだ。片道130円で済んでしまうので、親の負担も少しは減っているだろう。
そして今、いつもの畦道を歩いている。周りには田んぼしかなく、雨に混じって土の泥臭い臭いが漂っていた。隣町より田舎に近く、建物は少ない。
この道をまっすぐ進んで右に曲がれば、木でできた昔ながらの民家がある。それが彼の我が家だ。
泥だらけの靴のまま畦道の水たまりを踏むと、微かに甲高い笑い声が聞こえた。気のせいだろうか。振り返っても誰もいない。優斗の眉間にシワがよる。
「変だな……」
そのまま立ち止まって、しばらく考えていた。しかし、あの声の正体が何なのか。答えは全く出てこない。
一緒に暮らしている婆さんに聞いた方が良いのだろうか。いや、ダメだ。あの婆さんは昔の伝承に詳しいが、全てにおいて胡散臭い。全く信用できない。気のせいってことにしておこう。
優斗はそのまま雨の中を歩き出し、家の方へ向かう。
傘越しに家を見上げると、黒くて湿っている瓦屋根でできたご立派な民家が目の前にあった。玄関の上には、四角い表札が立てかけられている。
「ただいま!」
大きな声で元気よく言ってから、ガラス戸を開けて中に入る。ガラガラと一人でに扉が閉まった。
「え?」
驚きのあまり、後ろを振り返る。
開けようとしてみたら、鍵がかかってしまったのか開かない。誰かのいたずらだろうか。優斗の額から汗が一粒、たらりとこぼれ落ちる。嫌な予感がする。
傘を傘立てに入れて、靴を適当に放り中へ入っていく。いつもは歳の離れた妹とお婆さんが会話している声が聞こえるはずなのに、その声が一切ない。妹は修学旅行もないし、学校も終わっているはず。
急いで通路を歩き襖を開けてみたら、妹もお婆さんもいなかった。ただ寂しげに机がポツリとあるだけ。机の上には妹が使っていたであろう、教科書とノートが開いたまま置いてある。
蛍光灯の仄暗い明かりをつけてよく見たら、書きかけだった。鉛筆の線を消しゴムで消した跡が残っている。
強盗がここに入り込んで、妹と婆さんをさらったのだろうか?いや、それはないだろう。暴れた痕跡はないし、散らかっている場所も見受けられない。きちんと整えられた居間だ。
怖くなった優斗は、顔が色白になっていく。居間から慌てて出た。隣の部屋の引き戸を開けて電話をかける。もちろんスーパーで働いている母親にだ。
ボタンを押して受話器を耳につけると、2回目の通信音で出てくれた。早口になってしまう。
「あ、母さん!妹の真央、知らない?家に帰ってないんだ!」
「そんなはずないわよ。十分くらい前に電話したもの。明日はテストだからって張り切っていたわ!『あたし、頑張る!』って意気込んでいたんだから」
「嘘……」
呆然としてしまい、返す言葉が見つからない。そんな状態で消えることなんかありえない。これは何かあったに違いない。家を調べてみよう。それしか方法が思いつかない。
その後も母親とたわいの無い話をしてみたが、これといった進展はなく受話器を置いた。父親と話しても恐らく同じだろう。かける必要もない。
この居間や隣の寝室二つ、台所と広い居間を全て調べる。どこにもいないし、なんの手がかりも見つからない。玄関には何もないので、もしかしてトイレだろうか?
玄関の近くにある共用トイレをノックしてみても、何の返事もない。恐る恐る扉を開けてみた。そこには誰もいない。いたという痕跡さえない。
「一体どこへ行ったんだ……?」
視線を下にして考えてから、トイレ全体を眺める。普通の洋式トイレだ。最近和式が取り外されて、洋式になったばかりだからかなり新しい。
上の戸を眺めると、半分くらい開いていた。トイレの上に乗って下を眺めると、何かが落ちているようだ。あれはいったいなんだろうか?黒い物体……?
しかし鍵を外さなければ、外出はできない。仕方ない。傘の柄を握りしめて、縁側から出ることにした。こちらは鍵がかかっていなかった。
傘を差しながら、玄関の扉をよぎる。鍵のところを見てみたが、違和感はない。普通の引き戸だ。
小さな庭を歩く。近くにガレージがあって、その横を曲がると全身真っ黒の人形が落ちていた。目は黄色くギラリと光り、こちらを眺めている。薄気味悪い。こんなもの捨てなきゃ、祟られてしまいそうだ。
人形を掴むと、囁き声がした。水たまりを踏んだ時に聞こえたものと似ている。
なぜか手が離せず、吸い込まれていく感覚がした。腕が人形と同じく真っ黒に染まっていき、顔まで覆われてしまう。何かの呪いにかかったように意識が遠のき、その場で倒れた。
地面には人形がなくなっており、少年は寝そべったまま目を覚ました。その目は一瞬黄色く光ったが、黒目に戻って立ち上がる。
彼は何事もなかったように家へ戻り、縁側の戸を閉めた。