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「世間知らずだと思ってバカにしないで」
静かに言った絢美に、後ろにいた柚葉さんも目を丸くしている。
「絢美……それに柚……」
まさか柚葉さんまでいるとは思わなかったのか、大林は呆然としていた。
「いくら政略結婚でも、不貞は許されません。後は弁護士を通してください」
静かに言った後、絢美はゆっくりと柚葉さんを振り返った。
大林が名前を呼んだことで、絢美がどう思ったのかはわからないが、反対側の頬が空いていると柚葉さんに勧めている。
「絢美、柚葉さんは何も知らない」
その言葉に、絢美はハッとした表情を浮かべた。
「この最低な男の妻です。あなたも被害者ですよね」
大林を見据えながら冷笑を浮かべる絢美とは対照的に、俺はどうしてこの場に柚葉さんがいるのか、今何を思っているのか、そればかりが気になっていた。
Side 柚葉
目の前で平手打ちをされた優弥さんに、私は驚いて動けなかった。
その叩いた本人である、可愛らしく上品な女性が私を振り返り、謝罪をする。
そこで、この人が優弥さんの結婚相手だと気づく。
「あなたも反対側をいかがですか?」
いかにもお嬢様という感じのその女性の言葉に、私は驚いて目を丸くした。
「柚葉さんは何も知らない」
望月君の言葉に、私はハッとして彼を見つめた。
どういうことだろう?
まったく意味がわからないが、大林が断罪されたことだけは理解できて、私は小さく首を振った。
「私はもう大丈夫です」
あなたが平手打ちをしてくれたし、もう過去のことだ。
その言葉を飲み込みながら、うなだれる優弥さんに視線を向けた。
いつもの自信に満ちた表情はなく、すべてが終わったかのような彼。
「離婚については弁護士からの連絡を待ってください。仕事の件は父にも報告してあるので、処分があるでしょう」
静かに言った望月君の言葉に、優弥さんは何も言わず店を出て行った。
その後ろ姿を、私はなんとも言えない気持ちで見送る。
何がどうなっているのかわからないが、優弥さんは罰せられるのだろう。
「絢美、迎えはいるな?」
すがすがしい表情をした彼女に、望月君は少し落ち着かない様子で問いかけた。
「あら、お兄様。珍しい。何やら慌ててらっしゃるの?」
クスッと笑いながら、絢美さんは私の方を向いた。
「瑞稀の妹の絢美です」
「あっ、櫻町柚葉です」
綺麗な微笑みはやはり望月君に似ていて、とても儚く見えるが、芯の強そうな瞳が印象的な人だった。
そして彼女が妹ということは、望月君はやはり最初から、私と優弥さんのことを知っていたのだろう。
「私たちの件でご迷惑をおかけしました」
「絢美、柚葉さんは何も知らないんだ。柚葉さん、お願い、話を聞いて」
いつもの余裕も可愛らしさもなく、一生懸命に私に頭を下げる望月君。
「あら、やっぱりそういうことよね」
絢美さんは納得するように頷くと、私に視線を向けた。
「柚葉さん。今まで飄々と適当に生きてきた兄が、こんなに狼狽するところなど見たことがありません。私のためだったんです。兄の話を聞いていただけますか?」
色々思うことはあるが、ずっと私を大切にしてくれた彼は信じられるし、さっきも私のために怒ってくれていた。
「わかりました」
静かに答えれば、絢美さんはホッとした表情を浮かべた後、望月君を見た。
「お兄ちゃん! しっかりしなさいよ! 私も今度は恋愛結婚しよっと」
さっきまでとは違う砕けた言葉遣いでそう言うと、絢美さんは颯爽と店を後にした。
今さらながら、私たちは店の視線を一身に浴びていることに気づく。
「柚葉さん、行こう」
私の手を強く握る望月君に、私は心の中で小さく息を吐いた。
無言のまま手を引かれ、夜道を歩く。
五分ほど歩いてたどり着いた場所に、私は驚いてそれを見上げた。
最近テレビでも紹介されていた、最先端のタワーマンション。
「ここは?」
静かに問いかければ、望月君は振り返る。
「俺の家。そこで話を聞いて」
「え? ここ?」
いくらドクターとはいえ、こんな場所に住めるのだろうか。
そう思いながらも、さっきの絢美さんの様子から、望月君の実家が裕福であることはすぐに想像できた。
美希みなみ
「柚葉さん、お願い」
必死すぎる彼に、私は静かに頷いた。
何が何だかわからないが、きっと絢美さんも被害者なのだろう。何かが露呈し、離婚を突きつけられていたのだから。
私だって、自分の気持ちに翻弄されながらも、一緒にいると自分で決めたのだ。
このまま何も話さないままではいけない気がする。
高級そうなエレベーターを降り、大きな扉に望月君はキーをかざす。
そこは広い大理石が敷き詰められたエントランス、そして奥へと続く長い廊下。
「入って」
あまりの光景に緊張しつつ靴を脱ぐも、動けずにいると、不意に抱きしめられた。
「ちょっと! 話が先だよ」
私のその抗議に望月君は耳を貸すことなく、私をそのまま抱き上げてリビングに入り、大きなソファーへとそっと下ろす。
「ごめん、柚葉さん」
ギュッと抱きしめたまま謝罪する彼の手が震えている気がして、私はゆっくりと口を開く。
「何を謝ってるの? 私を妹さんの旦那さんの浮気相手だと思って近づいたこと?」
さすがに冷静にさっきの状況を考えれば、なんとなくそんな気がした。
図星だったのだろう。これでもかというほど、望月君は申し訳なさそうな顔をする。
あの酔ったふりも、待ち伏せも、すべて意味があり意図的に仕組まれたものだったのだ。
「でも、その前から柚葉さんに好感を持っていたのは本当だ」
必死に説明する望月君。その表情からは嘘は感じられない。
それに前から好感を持っていてくれたなんて、それは知らなかった。
少し嬉しくなりそうになるも、私は望月君の腕の中で俯いた。
「また彼と連絡を取らないか見張ってたの? 私に見張れって言いながら、逆だったんだ……」
やはり少し仕返しをしたくてそう言えば、望月君は強く抱きしめる。
「初めはそうだけど、柚葉さんだけなんだ。女嫌いな俺がこんなにも一緒にいたいし、守りたいし、甘えたいし……初恋なんだ!」
爆弾発言まで飛び出して、私まで恥ずかしくなってしまう。
きっとうなじまで真っ赤だろう。
もうとっくに許しているし、彼の気持ちが嬉しい。
さっき優弥さんに言ってくれた言葉にも救われた。
本気で私のことを思ってくれている。そうわかっている。
それでも、すぐには許したくなくて、もう少し必死な彼を見ていたかった。
「騙されてたんだ……」
小声で言えば、望月君が私の顔を覗き込む。
「柚葉さん、どうしたら許してくれる? ずっと話さないとと思ってたんだ……」
そこにタイミングよく、スマホが音を立てる。
千堂さんからだった。
【いつでもまた声を掛けてね】
軽い感じのメッセージに、私は思わず苦笑する。
もう会うつもりはない。
それでも画面を見せながら、私は望月君をジッと見つめた。
「もう、私がよそ見しないようにしてくれる? それに嘘はつかない?」
真剣な表情で見つめれば、望月君は何度も頷く。
「今度嘘ついたら、千堂さんに連絡しちゃうから」
もちろん、そんなことをするつもりはない。
私にはもう、彼しかいない。
「絶対にそんなことしない!」
その言葉に私はニコリと微笑み、キュッと彼に抱きついた。
「ふふ、また新しい望月君が見れちゃった」
可愛い彼も、男らしい彼も、必死な彼も。
すべて私だけが知っている望月君だ。
「柚葉さんって……」
「ん?」
抱きしめられながら問い返せば、望月君がもう一度私を抱き上げた。
「俺はずっと柚葉さんにはかなわない。ずっと大好きだ」
その夜、千堂さんにも優弥さんにも、誰にも会わないと約束させられながら、私は彼に強く抱きしめられた。
結局、なんだかんだ望月君は甘いだけじゃない。
まだ整わない息を繰り返していると、望月君は柔らかくキスを落とす。
そして優しい瞳で私を見下ろした。
「柚葉さん、俺がずっと柚葉さんを守るから。これからも柚葉さんはやりたいことをやればいい」
そう言って、頬に、額に、そして唇へとキスを落とす。
その言葉には、きっといろいろな意味が込められている。
「ありがとう」
その気持ちが嬉しくて答えれば、望月君は柔らかく微笑んだ。
「あっ、でも将来は子どもも欲しいから……その時は無理はさせたくないけど……」
サラリと言ったその言葉に、私はまた頬が熱くなる。
「やっぱり柚葉さん、かわいすぎ」
「初めはちょろいって言ったくせに」
照れ隠しのように言えば、望月君は屈託のない笑顔を浮かべた。
「やっぱり柚葉さんといると、笑えるし幸せだ」
「私も幸せだよ」
そう答えれば、またベッドへと引き寄せられる。
今日だけはいいか。
そう思いながら、私もまた望月君に手を伸ばした。
私に本当の恋の甘さも、切なさも教えてくれた望月君。
これからもいろいろあると思うけど、少しずつ一緒に歩いていければいい。
いつまでも、私の前では素の望月君でいてほしい。
私はそう願った。