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「ゴール裏に行くよ」 そこで観戦するのか。やっと座れると思って、ゴール裏と呼ばれる場所に行って驚いた。芝生席でレジャーシートがあちこちに敷かれてはいたけど、レジャーシートの上にいるのは小さな子どもたちと荷物だけ。それでも座ろうとしたら、コルリと呼ばれるコールリーダーの人に怒られた。
沼津の「ぬ」一文字の大旗が翻る中、みんなアスルヴェーラの青いユニフォームを着て立ったまま声をそろえて歌っている。歌っているのはチャントと呼ばれる応援歌。
「そのシャツの上からこれ着て」
「今着てる服じゃダメなの?」
「今日の相手のチームカラーは緑だからよくない」
僕が緑色のシャツを着ていたのは確かだ。言われるままにアスルヴェーラのユニフォームを受け取った。萌さんが着ているものとデザインがちょっと違うと思ったら、去年のユニフォームだという。
「毎年買ってるの?」
「当然」
「一着いくらするの?」
「二万円」
僕には理解できないが、お金を出すのは僕じゃないしな。そう思いながら渡されたユニフォームを着たら、キツすぎる。
「けっこう大きめにメンズのMサイズを買ってるんだけどな」
「僕の身長は180センチあるからXLが合ってるんだ」
「シン君、何げに背が高いね。義眼なんて目を凝らして見ないと分からないし、タイヨウ君ほどじゃないけど顔もいい。僕を好きになる人なんているわけないって言ってたけど、実はけっこうスペック高いと思うぜ」
「そりゃどうも」
「褒めたんだからもっと喜べよ」
などと言ってるうちに試合が始まった。コルリの指揮のもと次々にチャントが切り替わる。
「俺たちの夢乗せ 行こう ゴール決めろ 勝利奪え」
「アスルヴェーラ 沼津を照らしたい 輝きは沼津から」
萌さんも大きな声で歌っている。僕は歌詞を知らないから萌さんの隣から試合を見ているだけ。と言っても目が悪いから、あの辺にボールがあるなとかそれくらいしか分からない。
スマホで調べると萌さんの推しはアスルヴェーラ沼津に所属する 桜町 太陽選手のことらしい。年齢は22歳だが来月誕生日らしい。サッカー選手にしては珍しい色白の甘いマスクのイケメン。ポジションはフォワード。今シーズンはまだ2得点。今日のスタメンにも入っているが、背番号がよく見えないからどの選手が桜町選手かもよく分からない。
目の悪い僕を連れてくる場所ではない気がする。嫌がらせとまでは言わないけど、ただ自分が来たかっただけじゃないの? 友達づきあいというものがその程度のものでしかないのなら、僕は友達なんていらない――
なんて思っていたら、ワーッと大きな歓声が上がった。
「どうしたの?」
「うちが得点した。ゴール決めたのは太陽君!」
だからどうしたとは言えなかった。萌さんが涙を流していたから。いくら興味なくても、感極まって泣いている人を馬鹿にするような人間にはなりたくない。
「よかったね」
「うん。本当に来てよかった」
さっきまで友達やめようとまで考えていたのに、萌さんが喜んでるならいいかと思い直した。
試合は得点した直後に失点して同点に追いつかれた。萌さんの必死の応援を見ていると、確かにともに戦っているという気持ちが伝わってきた。そのまま両チーム追加点なく前半が終了した。
「シン君、試合見ないでずっとあたしを見てたよね」
「目が悪いからボールがどうなってるかよく見えないんだ。でも応援してる君の姿は美しいって思えてさ」
「あたしに惚れたってこと?」
「それはない。僕はヤンキーが嫌いだから」
「ヤンキーで悪かったな」
ヤンキーをやめる気はないようだ。その方が僕にとっても都合がいい。