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#主人公最強
伊織
41
翌朝。 執務室のソファから起き上がり、私はぐーっと大きく伸びをした。
「ん~~~っ……!」
昨夜は会計手引書を書いている途中で、少しソファで休むつもりがそのまま寝落ちしてしまったらしい。
(身体がバッキバキなんだけど……)
首筋をトントンと叩きながら髪をかき上げた、その時――。
「……ん?」
鼻先に、かすかな違和感が引っかかった。 自分の髪を一房つまみ、くんくんと鼻を近づける。
「……何かしら。いつもと違う匂いがするわ」
「え?」
控えていたアンナが、パッと顔を上げた。
「なんというか……人ごみの……少し油っぽいような匂い……」
「えっ、お嬢様! それってまさか――」
アンナが目をまん丸にして息を呑んだ。
「加齢臭ですかっ!?」
「……まさか。ありえないわよね。私の鼻がおかしいのかしら……?」
私は自分の髪束を掴み、そのままアンナの鼻先へグイッと突き出した。
「ちょっと、あなたも嗅いでみて。ほら、このへん!」
「ええっ!」
アンナが真剣な面持ちで、クンクンと匂いを嗅ぐ。
「……ゼロ! 変な匂いなんて、これっぽっちもしませんよ! ベルガモットの香油がふわっと香って、むしろすっごくいい匂いです!」
「そう……?」
おかしい。 最近、今まで気にもならなかった匂いが、やけに鼻について仕方がないのだ。
「昨日も厨房から漂ってきた料理の匂いで、急に気持ち悪くなったし……」
「やっぱり、お仕事のしすぎでお疲れなんじゃないですか?」
「……かもしれないわね」
「ああ、もう。理由はなんでもいいわ」
ソファから立ち上がる。
「とにかく、今すぐお風呂を用意して。頭のてっぺんから爪先まで、全部キレイさっぱり洗い流したいのよ!」
「了解ですっ! パパッと用意しちゃいますね!」
***
――その頃。 執務室の扉の向こうでは。
大きな青い薔薇の花束を抱えたカイルが、妙に気合の入った顔で立っていた。昨夜は、ソフィアが眠っていたから話せなかった。
だから今朝こそは――一言でも彼女と言葉を交わしたかったのだ。
ところが。 扉越しに、無情にも部屋の中の会話が漏れ聞こえてきた。
『加齢臭ですかっ!?』
『とにかく、今すぐお風呂を用意して。……全部キレイさっぱり洗い流したいのよ!』
「…………」
腕から薔薇の花束が――。
ぼとり。床へ落ちた。
(……加齢臭?)
(全部……洗い流したい……?)
昨夜。 自分は騎士団の演習後、眠るソフィアの髪へ顔を近づけ触れた。毛先に口づけまで落とした。
(まさか……俺の匂いが……?)
その場にガクンと膝から崩れ落ちた。
「嘘だ……。俺は毎日、最高級の香油の風呂に浸かっているというのに……」
まだ23歳。ソフィアと、5歳しか変わらない。それなのに。
「俺は……もう、おっさんなのか……?」
***
騎士団本部の更衣室。剣術訓練を終え、騎士たちと訓練用の剣を片付け終えたギルバートが汗を拭っていると――。
「……ギルバート」
「うわっ!?」
背後にどす黒い絶望のオーラを纏ったカイルが現れた。
「な、なんすか殿下……顔がすげえ怖いんすけど……?」
「貴様に問う」
「はい?」
カイルは国家存亡の危機かというほど深刻な顔で、ギルバートの目を真っ直ぐ見据えた。
「……俺は、におうか?」
「は?」
ギルバートが目を瞬く。
「そりゃ演習後っすから、多少は汗臭いっすよ」
「そうではない!!」
ガシィッ!
「うおっ!」
カイルが青ざめた顔でギルバートの両肩を掴み、猛烈な勢いで詰め寄った。
「俺は先ほど、扉越しに聞いてしまったのだ……」
「何をっすか?」
「『ある人』にとって、俺は……その……『おっさん』と同じらしい」
言いにくそうに視線を泳がせる。
「…………は?」
「しかも、俺の匂いは『風呂で洗い流したい程度のもの』らしい。……ギルバート、正直に言え。俺はそんなににおうのか!?」
カイルは必死の形相で襟元を開き、ギルバートに匂いを嗅がせようとする。
「ちょっ、近い! 近いっすよ殿下!!……別に普通っすよ!」
(その『ある人』って、絶対ソフィア様しかいねえだろ……)
(殿下をここまでズタボロに追い詰められる人間なんて、世界中探してもソフィア様くらいしかいねえよ……)
***
ギルバートの頭に、数週間前の出来事が蘇った。
『ギルバート』
『はい?』
『……女性は、何を贈れば喜ぶ?』
『…………は?』
思わず二度見した。
『最近、仕事が忙しくて……ソフィアと、ろくに話せていない』
『へえ~』
『だから、その……何か贈ろうかと思っている』
『へえ~~』
『勘違いするな』
カイルが咳払いをした。
『これは夫婦として円滑な関係を保つために必要な配慮であって、別にソフィアを喜ばせたいわけでは――』
(はいはい。また長え御託が始まった)
(要するに、構ってもらえなくて寂しいんすね)
『そうっすねぇ……一番無難なのは花じゃないっすか?』
『花……』
『まあ、嫌いな花じゃなきゃ、大抵は喜ぶと思いますよ』
『……そうか』
カイルは妙に真剣な顔で、何度も頷いていた。
***
そして今朝。 早朝訓練が終わるや否や、カイルは数輪の青い薔薇を束ねた花束を大事そうに抱え、足早に皇宮の奥へ消えていったのだ。
(あ……マジで用意したんだ)
向かった先なんて、聞くまでもない。 ところが――やけに早く戻ってきた主君は、この世の終わりみたいな顔をして更衣室に現れた。
(……っていうか殿下)
(贈り物の相談、花束抱えて突撃して――撃沈)
(今度は匂い相談って……)
(どんだけソフィア様のこと好きなんすか……)
ギルバートは、恋の病で完全に暴走した主君から後ずさった。
「待て、ギルバート!話はまだ終わっていない! 薔薇の香油なら解決すると思うか!?」
「知らないっすよ! そんなに気になるなら、いつもより多めにつけとけばいいんじゃないっすか!?」
「……多めに? 」
「じゃ、俺はこれで!」
ギルバートは逃げるように更衣室を後にした。
(はあ。魔物討伐では勇猛果敢、政務では冷徹なカイル殿下が、そこまで気にするなんて……)
(恋って、怖ぇ……)
コメント
1件
あああ第28話も尊すぎて叫んだよ!!😭💕💕 ソフィアの「加齢臭疑惑」から始まった朝のドタバタが、まさかカイル殿下の心をズタボロにするとは思わなくて笑ったwww 「俺は、におうか?」って泣きそうな顔でギルバートに詰め寄る殿下、可愛すぎるでしょ…!! ギルバートの「恋って、怖ぇ…」って内心のツッコミが全てを物語ってるね😂 青い薔薇抱えて突撃→撃沈→匂い相談、この流れ完璧すぎるよ〜!! 次回も楽しみにしてるね、ひよりさん!🌸