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高速で丘を登り切り、そのまま下りに入ったコユキの目には雪原を埋め尽くさんばかりにキラキラと光を放つ、魔核と思(おぼ)しき赤い輝きが見えていた。
恐らくモラクスが倒した敵の物なのであろう。
眼下に迫った煌びやかな雪原には点のように小さなモラクスの漆黒のオーラと、数十メートル離れて対峙している、こちらも同様に黒っぽいオーラ、反して体躯は遠目にも巨大な相手で有るのが見て取れた。
モラクスの得意技、球体状の魔力を自分の周囲に浮遊させる『強襲(エピドロミ)』を展開しているのは分かるのだが、驚いた事に相手も同様の攻撃手段を用いている様だった。
自分の周囲に五つの魔力球を浮かべるモラクスに対して相手の球は一つきりだ。
しかし攻撃を繰り出す射出速度は数倍早いらしく撃ち合いの中、相殺し切れない攻撃を体術を駆使して避けているのはモラクスの方である。
今も目の前まで迫った火球を横に飛んで避けたモラクスに敵の次弾が容赦なく迫っている。
「『聖魔飛刃(ファルシオン)』! スーっ、大丈夫? モラクス君!」
「コユキ様っ! 面目有りません、助かりました」
「良いのよ、アタシの後ろで暫く休んでいなさい! 『聖魔弾(スリング)』!」
「は、はい」
コユキが飛ばした聖魔力の刃が敵の攻撃を打ち消した瞬間、モラクスを庇うように滑り込んだコユキが、大きく頼もしい背中で小さなモラクスを守る様に仁王立ちし、相手に向けて大量の魔力弾を射出するのであった。
弾幕に守られた事で一息ついた様子のモラクスにコユキは短く問いかける。
「どうしたのよ、速度で負けるなんてらしくないわね、『強襲』の二つ名が泣くわよ?」
モラクスは息を乱しながら答えた。
「は、はい、実は元々濃密なニブルヘイムの魔力に加えて、ムスペルヘイム軍、ヘルヘイム軍の魔力まで加わったこの状況では、自分を依り代に留める為に、殊の外(ことのほか)精緻な魔力操作を必要としまして…… 面目有りません」
コユキは弾幕を張りながら言った。
「なんだ、どっか怪我とかしちゃった訳じゃ無かったのね、良かったわん! んじゃさっさと依り代じゃなくて本来の姿に戻りなさいよ、そうすりゃ負けないんでしょ?」
「良いんですか? この間は怒っていたでしょう? オルクス兄者が傷ついたりしませんかね?」
コユキは愉快そうに言った。
「馬鹿ね、あんなのふざけてただけよ! それにあの時にも言ったでしょう? そうやって気にすること自体が傷付けるって! 考えても見なさい、そんな変な遠慮なんてしていてアンタや弟妹が傷付いたらオルクス君がどう感じるかさ、あの負けん気よ? 怒るんじゃないの? 勝てない相手にも向かって行っちゃうと思うんだけど? 違う?」
「っ!」
次の瞬間、コユキの周辺の空気が変わった。
自分の背後にいるのは他ならぬモラクスだという事は分かっている、分かっているのだがコユキ自身の本能がそこに立つ者への警戒を呼び掛けて止まないのである。
全身の皮膚にジトッとした物を感じそうになった時、聞き慣れた声がその発汗を思い留まらせるのであった。
「お手数をお掛けしましたコユキ様、では行ってまいります」
「モラクス君! よし、行きたまえ! ぶっ飛ばしてきなさい!」
弾幕を止めたコユキに代わって前に進み出た姿は、以前三重県松阪市の秋沢農園で秋日影(あきひかげ)を依り代にしたモラクスを、プスリとやった時に見たビジョンのまま、漆黒の天使であった。
長い漆黒の髪を背に揺らし、黒い肌を同じく黒のローブに包み、一対二枚の黒鳥の如き翼を広げた二メートルを越える偉丈夫は、周囲に荘厳な鐘の音を響かせながら歩いて行く。
敵の魔力球から間断なく注がれる火球を片手で容易に払いながら徐々に速度を上げ、相手に風の様に肉薄して肩を掴むと言葉を投げ掛ける。
「名を聞いて置くとしよう、黒き悪魔よ」
「くっ、お、俺はアートルム、漆黒の魔将アートルムだっ!」
アートルムと名乗った悪魔に美しい微笑みを向けて頷いた後、
「私の名は漆黒のモラクスと言う、お前はそうだな、暗灰(あんかい)のアートルムと言った所だ、今の所はな、悔しければ這い上がってこい、何度でも受けてやろう、では一旦さよならだ、『散弾(ショット)』」
アートルムの上体に十数発のパンチを打ち込んだモラクスは、倒れ込んだ相手を振り返る事なく翼を羽ばたかせてコユキの目の前に戻ると言ったのである。
「お言いつけ通り、ぶっ飛ばして参りましたよ、コユキ様」
「よしっ! 良くやったわ!」