「……どうしよう……」
不可解な電話に不安を覚えた円香は事務所に残っていた雷斗に相談しに階下へ向かう。
「あの、早瀬さん」
「どうしたの?」
「その……先程知らない番号から電話がかかってきて……出たら、お父様が助けを求めていて……その後は、電話が切れてしまったんです……」
「電話? ちょっと、番号見せてくれる?」
「あ、はい……これです」
「ありがとう。こっちで調べてみるから、円香ちゃんは部屋で待ってて」
「はい……」
雷斗に戻るよう言われた円香が再び居住スペースのある階上へ戻る途中、再び電話がかかってきた。
「もしもし?」
『……、…………』
しかし、先程同様電波が悪いようで何も聞こえてこない。
相手の方ではなく、自分の方が電波が悪いのかもしれないと思った円香は外へ出ようとするも、伊織たちから勝手にビルを出るなと言われている事もあって下へ降りる事は出来ない。
それならば屋上へ行こうと考えた円香。屋上ならば危険な事はないと思ったのだろう。
居住スペースには戻らず更に上へ上った円香が屋上へでていくと、
『……、……雪城 円香さんだね?』
電波が良くなったのか急に声がハッキリ聞こえるようになると、知らない声で名前を呼ばれて不思議に思う。
「は、はい……そうですけど、貴方は一体……?」
『私は使いの者です。貴方を攫うようにとの命令です』
「……え?」
電話で話しているはずなのに何か違和感を覚えた円香がふと後ろを振り返ると、
「……きゃっ」
見知らぬ音がスマホを手にして立っていて、驚いた円香が声を上げようとするとすかさず口を塞いでくる。
「……んん!!」
逃れようともがく円香だが口を塞いでいるハンカチのような布に薬が含まれていたのか徐々に意識が遠のいていき、そのまま力なく倒れ込んでしまった。
そしてそれを見届けた黒ずくめの男は敢えて円香のスマホを屋上に残したまま彼女だけを抱えると、まるで忍者のような軽い身のこなしで屋上からビルを降りて行き、少し離れていた場所に停めてあった車に乗り込み逃走した。
その頃伊織はutilityとしての仕事を終えて帰宅途中だったのだが、雷斗からの電話に一瞬耳を疑った。
『――伊織ごめん、円香ちゃんが……攫われた』
こういう事態は勿論想定されていた。
だからこそ、そうならない様に円香を事務所で匿っていた。
彼女が建物内に一人になる事がないよう必ず誰かはビル内に残っていたし、円香にも外へ出ないよう言い聞かせていたけれど、円香は連れ去られてしまったのだ。
「分かった、ひとまず事務所へ戻る。話はそれからだ」
『ああ』
しかし、起きてしまった事実は変えられないので、ここは焦らず慎重に事を運ばなくてはならないと自身に言い聞かせ、状況確認と作戦を立てる為伊織は急いで事務所へ戻った。
「すみません、まさか彼女が一人で外へ出るとは……」
自身の不注意で円香が連れ去られてしまった事を気に病み、ひたすら頭を下げる雷斗。
しかし、彼だけが悪い訳ではない。
「いや、恐らく円香も危険な事が分かってたから、玄関から出なかった。屋上なら安心だと思ったんだろう。俺らからすれば、屋上の方が危険だと分かるが、素人ならそこまで考えねぇのかもしれねぇな」
「そうだな、これは俺ら全員の失態だ。それよりも、どう救出するかが問題だな」
それに、ここで誰かを責めていても状況は変わらないので、そんな事に時間を割くくらいならば彼女の救出方法を考えようと気持ちを切り替える。
「これはもう紛れもなく榊原の仕業だ。彼女を攫ったという事は、俺らの事を調べ上げている。必ずあっちから接触を図ってくるだろう」
「そうですね、それに恐らく、名指しで来る。伊織一人をね」
これが榊原の仕業で尚且つ狙いは伊織だという事も大方予想がつくので、そのつもりで三人は準備を進める事に決めた。
一方、囚われてしまった円香はというと、自分の甘さが招いた事態に落ち込み、自身を責めていた。
(どうして、私、こんなに馬鹿なんだろ……)
屋上に出て、怪しげな男の姿を見つけた辺までは覚えていたもののその後の記憶は曖昧で、初めは状況が把握出来なかった。
けれど、倉庫のような暗い場所で目を覚まし、屋上に居た男と同じように全身黒ずくめの男が数人で自分を囲んでいる事を知った瞬間、恐怖と同時に自分が囚われてしまった事を知ったのだ。
(あんなに、外に出ちゃ駄目だって、言われてたのに……)
今思えば屋上だって外なのだから、軽率に出るべきでは無かったのだ。
(また、迷惑掛けてる……。伊織さん、もう呆れちゃったかも……)
いくら守ってくれると言ってくれていても、こんな風に簡単に囚われているようでは伊織だって呆れてしまうだろうと思い酷く落ち込んでしまう。
(……もうこれ以上、迷惑かけたくない……私も、強くなりたい……)
囚われているこの状況は円香からすれば、颯に地下室へと入れられた時の事を思い出して身体が震えるくらい怖くて堪らない。
けれど自分で招いた事なのだから怖がって助けを待つのではなく、何とか伊織たちの助けになれればと考え毅然とした態度で対峙しようと決意した。
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