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「やあお嬢さん、気分は如何かな?」
黒ずくめの男たちは何かしてくる訳でもなく、ただの見張り役なのか無言で立っているだけ。
そんな中、ドアが開くと同時に誰かがやって来て円香にそう声を掛けた。
「……良いわけないじゃないですか? どうして、こんな事をするんですか? 榊原さん」
「おや、随分威勢のいいお嬢さんだね? 昔会った時は、物静かな女の子だと思っていたがね」
顔を隠す訳でもなく、堂々と円香の前に姿を現す榊原。
一見人当たりも良く、優しいおじさんという印象なのだが、伊織たちHUNTERと居たからこそ彼が善人面をした悪党だと分かり、にこやかな表情を浮かべる榊原に嫌悪感を顕にする。
「まあ、君に恨みはないんだ。恨みがあるのは君の父親だからね」
「どうして? 昔は仲が良かったんですよね?」
「そうだね、昔はね。けれど、いつまでもそうとは限らない」
「一体、お父様が何をしたって言うの?」
「……それは、君に教える義理は無い」
「いいえ、知る必要はあります。私だって、ここに居る以上当事者です!」
「随分頑固な娘だ。アイツに似て実に腹立たしい」
円香は何故、榊原がこんなにも父親の事を恨んでいるのか分からなかった。
けれど、彼の次の言葉で全てを理解する。
「まあでも、容姿は彼女そのものだ。殺しはしない。私の周りを飛び回る蝿どもを一掃してから、君は私のコレクションの一つとして我が邸宅に置いてやる。有難く思えよ」
“容姿は彼女そのもの”
その言葉に円香は思い当たる節があった。それは、彼女の母親が榊原に気に入られていた事だ。
(榊原はお母様の事が、好きだった? お母様を自分のモノにしようと機会を窺う為にお父様と仲の良い振りをしていたのかもしれない)
昔、母と榊原が二人きりで部屋に居た事があって、その時の二人の雰囲気が酷く険悪なものだった事があったのだけど、円香はまだ幼く、怖くてなってすぐに立ち去ってしまったのだ。
(あの時既にお母様は榊原に言い寄られていたのかも……)
考えれば考える程その線が現実味を帯びていく。
「とにかく、君は蝿どもをおびき寄せる為の餌でもある。暫くここで大人しくしているんだな」
「蝿って……そんな言い方っ!」
「蝿で十分だろう? 私の周りを嗅ぎ回る虫けらだ。鬱陶しくて仕方がない」
「そうされて困るような事を沢山しているからじゃないですか? 自業自得ですよ」
「ほお? 随分言うね、君は。いいね、その目付き、彼女にそっくりだよ。そうか、彼女が私のモノにならないなら、いっそ君を私の妻として迎えればいいな。雪城の奴も、まさか娘が私の妻になるなんて想像もしていないだろうしな、反応が楽しみだ」
そして、母親が駄目ならその娘でも良いとふざけた事を口にする榊原に円香の怒りは頂点に達し、
「誰が貴方なんかの! そんな事されるくらいなら、死んだ方がマシです!」
強い拒絶を示した。
「まあいきなりで気が動転しているだろうからね、無礼は許してあげよう。とにかく、蝿どもを一掃するまで君には役立ってもらうよ。そのつもりでね」
それだけ言い残すと、榊原は出て行き再び黒ずくめの男たちだけが残って円香を見張っていた。
(どうしよう、このままじゃ伊織さんたちが危ない……)
見張りが一人だけならば何とか出来るかもしれないけれど、三人も居るとなると迂闊に動く事は出来ず、円香は途方に暮れていた。
その頃、伊織たちHUNTERの元に一通の手紙が届く。
差出人は榊原本人からで、手紙にはこう記されていた。
【HUNTERの諸君、君たちの大切なお嬢さんは預かった。返して欲しければ伏見 伊織一人で来い。下手な小細工をしても私には全てお見通しだ。仲間が居ると分かればその時点で彼女を殺す】
「……思った通りだな」
「ああ、それじゃあ打ち合わせ通り、円香救出は俺一人で向かう」
「分かった。俺と雷斗はそれぞれの位置にて待機する。彼女の安全が保証されたらすぐに合図を出せ、いいな?」
「分かってますよ」
手紙を見た伊織たちは今夜作戦を決行する事にして、それぞれ与えられた役割をこなす準備を始めた。
そして深夜、伊織は指定された港にある倉庫前までやって来た。当然の事ながら辺りに人の気配は無い。
すると、ある倉庫の陰から人影が二つ現れる。
一つは榊原、もう一つは――純白で肩やスカート部分にはレース素材が使われているノースリーブでロング丈のフィッシュテールワンピース姿をした円香で、彼女のその出で立ちはまるでウエディングドレスをイメージさせるものだった。