朝、窓から差し込む眩しい光で目が覚める。
寝起きで重たい身体を動かしながら、時間を確認しようと枕の上に置かれているスマホに手を伸ばす。
時刻は朝の5時半だ。
起きるには少々早い時間だが、目が覚めてしまいそのまま身体を起こす。
隣では滉斗がすやすやと可愛らしい寝息を立てて寝ている。
時折はちゃめちゃな寝言を喋り出すもんだから寝ている姿は何時間見ていても飽きない。
じっと寝顔を見つめていると、ふと滉斗の目元に目がいく。
ゆっくりと近づいて見てみると、涙の跡がついており目元が赤く腫れている。
俺のことで涙の跡が付くまで泣いて
その姿を思い浮かべるだけで口角が上がるのを感じる。
鳴る予定だった目覚ましを止め、滉斗を起こさないように静かにリビングへと向かう。
朝食の用意をしていると、寝起きの滉斗がリビングにやってきた。
「おはよ、滉斗」
「…おはよう元貴」
まだ眠いのか、目を擦りながらぼーっとした顔でこちらを見ている。
そんな滉斗を横目にトースターでパンを焼く。
焦げてしまわないよう観察していると、ぎゅっと腰のあたりに手を回される。
振り返ると、眉を下げ、少し悲しそうな顔をした滉斗と目が合う。
「ん、どうしたの?滉斗」
優しく問いかける。
「俺さ、元貴のこと大好きだよ」
突然の愛の台詞に、少しだけ鼓動が早くなるのを感じる。
…朝から可愛いこと言ってくれんじゃん
「うん、知ってる」
平然を装い、滉斗からの愛の言葉をなんてことない言葉として受け取る。
「それで…どうかした?」
きっと、滉斗が欲しい言葉はこんなものじゃなくて、もっと甘い言葉なんだろうなとは思いつつも、不安がる顔みたさについ意地悪をしてしまう。
「…ううん、それだけ!俺顔洗ってくるね!」
そう明るく言うと、滉斗は俺の腰から手を離し、走ってリビングを出ていってしまった。
「…?」
いつもなら、元貴は…?と可愛い顔をして不安げに問いかけてくるのに。
まぁ問いかけられたところで滉斗が欲しがってる言葉なんてかけてあげないんだけど。
でも俺は、俺からの愛を確かめようとする滉斗の健気な行動が堪らなく可愛くて好きだった。
不安そうに、俺を求めるその姿が可愛くて。
そんな姿が見られず、少し物足りなさを感じながら、目を離した隙に焦げてしまったパンを取り出した。
「じゃあ行ってくるね」
「…うん、行ってらっしゃい」
そう言って、滉斗は寂しそうに笑いながら手を振っている。
…?
なんだ、この違和感
いつもと変わらないやり取りの中に、またしてもほんの少しの違和感を覚える。
いつもと同じ時間
いつもと変わらず玄関まで見送りに来てくれる
いつも通り少し眉を下げてしょんぼりしながら俺を見ている滉斗
全部いつも通りのはずなのに。
…何かが違う。
「もとき…?」
俺がいつまで経ってもその場から動かないもんだから、滉斗が心配そうに声をかけてくる。
「ぁ、いやごめん、行ってきます」
結局、その違和感の正体に気付くことはなく、俺は足早に家を出た。
やっと仕事が終わり、暗い夜道を1人歩く。
朝から感じている違和感でもやもやして、女とやる気分などではなかったため、珍しく早めに家路に着く。
先ほどから頭の中で警報音のようなものがガンガンと鳴り響き、胸騒ぎがする。
何故だかはわからないが、嫌な予感がして。
早く滉斗を見て安心したい。
駆け足になりながら、滉斗が待つ家へ向かう。
「ただいまっ…」
人の気配がしない。
「…滉斗?」
そう呼びかけても、返事は返ってこない。
頭の中で響く警報音が大きくなり、鞄を玄関に投げ捨てて滉斗を探し回る。
リビング、寝室、浴室、トイレ
どこを何度確認しても滉斗はいない。
「は、え?」
思わず間抜けな声が漏れる。
意味がわからない
どうして家に滉斗がいない?
あいつが1人でどこかに出掛けるなんてあるわけがない。
だって、滉斗の居場所は俺の隣でしょ?
今起こっている状況に頭が処理しきれず、頭痛と吐き気がおさまらない。
とりあえず滉斗に連絡して居場所を聞き出そうとすぐさまスマホを手に取る。
だが、その着信が滉斗に届くことはなく、音は隣の部屋から聞こえた。
…そうだ、滉斗のスマホ俺が持ってたんだった
2人で一緒に住むことになった際、俺以外の連絡先を全て消した上で滉斗からスマホを取り上げたことを思い出した。
スマホなんて見ないで、俺だけが滉斗の目に映ってれば良い。スマホなんて使う時間も俺のことだけ考えてれば良い。
2人で出掛ける時だけ、もしも迷子になったら困るため俺との連絡用にスマホを渡していた。
…こんなに過去の自分を殴りたくなったのはいつぶりだろう。
連絡がつかず、滉斗の行方がわからない今の状況に焦りと不安が募る。
落ち着け落ち着け落ち着け
滉斗が俺の元を離れるわけがないだろ
滉斗には俺しかいないんだから
たまたまコンビニに行ってるだけかもしれない
そうだ、帰ってくるタイミングが悪かったんだ
さっきからうるさく鼓動する心臓の音を鎮めるように、必死に言い聞かせ、とりあえず風呂に入ることにした。
現在時刻は21時。
あれから2時間が経ったが、滉斗は一向に帰ってこない。
俺しかいない家の中に、スマホからの着信音が響き渡る。
滉斗からの連絡なわけがないと頭ではわかっているのに、もしかしたら、と希望をかけてスマホに手を伸ばしてしまう。
案の定、画面に映し出されているのは女の名前。
着信拒否にしてスマホを放り投げるも、少ししたらまたもや別の女から電話がかかってくる。
「うるっさいなぁ…!」
あまりに続く不愉快な着信音に我慢できなくなり、思わずスマホを床に叩きつける。
がしゃん、と嫌な音を立てて画面が割れる音が聞こえた。
その音で、脳裏に朝の光景が映し出される。
今になってやっと欠けていたピースが頭の中で埋まっていく。
そうだ
今日の朝、滉斗は俺に帰りの時間を聞かなかった。
あいつは、もう俺の帰りなんて待ってない
「は、」
その事実に、その場に立っていられなくなり、地面に座り込む。
あいつは俺がいないと生きていけないはずなのに
座り込んだことで、ヒビが入って真っ暗なスマホの画面に映る自分と目が合う。
その顔は、滉斗がいない焦りと不安で歪んでいて、滑稽なものだった。
めちゃくちゃどうでも良い余談ですが、この作品の大森さんは別に若井さんにGPSとかは付けてないですね、付けてそうだけど
若井が自分から離れるとか1ミリも思ってなかったので…笑
コメント
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ほんとに小説なのか疑うくらい、小説の中の人物の感情が伝わってきます、、。 めちゃくちゃ感情移入しちゃいます、、ドキドキしまくりです!! 本当に主様の表現の仕方には憧れます、、。。 若井さんは今どこで何をしているのかとても気になる!次回も楽しみにしてます!!!
めっちゃ遅くなったごめん、!!! やばい...とうとう若井さんが動き出した、! すっごい続きが気になるッッ...! 改めて神だなって思いました
やばいスゴすぎる!! こちらまでドキドキしてくるような大森さんの丁寧な心情描写!!焦っているのが文面から伝わってきます!! 若井さんは何をしているのか気になりますね…!