寝起きを襲われ怪我を負いはしたものの、何とか逃げ出す事に成功したエリスは何も持っては来れず、服はレースとフリルの付いた白いネグリジェ姿で、そのネグリジェも腕の傷口から流れ出た血で汚れているし、足元は靴すら履いていない状態。
とてもじゃないけれど、このような格好で人前に出る事など、出来る訳が無かった。
(でも、そんな事を言ってる場合じゃない……このまま森の中に居ても、助からない……)
どうすれば良いのかエリスが途方に暮れていると、草が生い茂る場所が風も無いのにガサガサと音を立てて動き出す。
「な、何?」
嫌な予感と共に音のした方へ顔を向けると、凶暴そうな野犬が姿を現した。
「……や、やだ……誰か、助けて……」
こんな所で助けを求めても誰も現れないと分かっていても、恐怖から思わずそう口にしてしまうエリス。
瞳に涙を溜め、野犬から目を離さぬよう、ゆっくりゆっくりと後退る。
(戻ったら男が仲間を連れて来るかもしれない……でも、前には進めない……)
ふと横に視線を移すと、獣道ではあるもののどこかへ続いていそうな小道を見つけたエリス。
(とにかく、逃げなきゃ……)
足元に落ちていた枝を拾い上げた彼女は野犬の少し横を目掛けて思い切り投げると、反射的に野犬が飛んでいく枝に視線を向けたその瞬間をついて、エリスは一目散に小道へと走り出した。
後ろを振り返る事なくひたすら逃げ続けるエリスだけど、道が悪いせいか肌は草木に当たり傷だらけ。
それと共に、木々の間から差し込んでくる陽射しは勿論、徐々に上がっていく気温からも体力を奪われていく。
そして、
(……もう、駄目……疲れた、喉、乾いた……)
昨晩からほぼ飲まず食わず状態で逃げ続けて来たエリスはとうとう力尽き、その場にしゃがみ込んだまま動く事が出来なくなってしまった。
(……きっと、ここで死ぬのね……。どうして私は、こんな目に遭わなきゃいけないの……)
悔しさ、悲しみ、色々な感情がエリスの中に押し寄せる。
シューベルトとリリナの会話から、殺されるかもしれない事は想像がついていた。
だったら、聞いた時点で必要な物を持って逃げるべきだったと、自身の判断の遅さを恨みすらした。
しかし、今更後悔したところで状況が変わる訳では無い。
(お父様、お母様……私ももう、二人が居る場所へ行きます……)
しゃがみこんでから暫くして、意識が朦朧としてきたエリスは今は亡き両親に思いを馳せながらその場に倒れ込むと、そのまま意識を手放した。
「……おい、…………大丈夫か?」
暗闇の中、エリスの耳に誰かが自分に呼び掛けてくれる声が聞こえてくる。
(……誰?)
そして、身体がふわりと宙に浮くような感覚に重く閉ざされていた瞼を少しずつ開く。
「生きていたか。おい、大丈夫か? 何があった?」
目の前には見知らぬ男の人の顔があり、ゆっくり瞳を開いたエリスの顔を心配そうに覗き込んでいた。
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