この作品はいかがでしたか?
12
この作品はいかがでしたか?
12
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
4
そうしてしばらく歩き、一つの家に着いた。
『ここだよ、』
そう言ってドアの鍵を開ける。
『病院の、あの先生が貸してくれてるの。』
新田先生だろうか。琥珀さんに家を貸してたのか。
僕は家の中に入る。
『お邪魔します。』
『ちょっと散らかってるかもだけど…』
と琥珀さんが言った。
でも中はとても綺麗だった。
『ここに座ってて。』
と、ソファーに誘導される。
僕はソファーに座ると、琥珀さんは台所に行き、コップに何かを入れて持って来た。
『ピーチミルクティーだけど飲めるかな。』
とコップを手渡す。
ピーチミルクティー?
桃味のミルクティーか、
『ありがとうございます。』
と言って受け取り、香りを嗅いでみる。
優しい桃の香りがした。
飲んでみると、やはり桃とミルクティーの味がする。
『美味しい。』
ピーチティーがあるくらいだから合うとは思っていたけど予想以上に美味しかった。
『琥珀、これが大好きなの。』
と、笑顔で言った。
『僕も好きかも。』
と言って、僕も笑顔を作る。
すると琥珀さんは僕の前にしゃがむ。
顔が近い。
なのに琥珀さんはもっと顔を寄せ、僕の両頬に手を添えて、目を閉じる。
そして、唇が触れ合う。
!?
暖かく、柔らかい。
僕も目を閉じる。
ほんのりと上品な花と甘い果実の香りがする。
少しして唇が離れた。
目を開けると琥珀さんの頬が赤くなっていた。
多分僕もだろう。
と、琥珀さんが慌てて、
『か、勝手なことしてごめんなさい。嫌だったよね。』
と謝った。
頭の中が真っ白になった。なんて言えばいい?
『い、いやぁ、全然。嫌じゃないですよ!』
と、僕も慌てて言ったが、その後になって恥ずかしいことをいったことに気づく。
(,,>_<,,)
気まずい。
顔が熱っぽい。
でも、琥珀さんは嬉しそうだった。
少し冷静になると、あることを思い出した。
『あ、あの……』
そこで言葉が詰まる。
『どうしたの?』
琥珀さんは、首を傾げて僕の顔を見た。
言いづらい。
でも大切なことなので言わなければ。
『……僕は、昔…病院で初めて目を覚ます前の、記憶がなくて…』
琥珀さんは悲しそうにしていた。
『だい…じょうぶなの?』
『記憶喪失らしい。必ず治る方法はないらしいけど、何かしらのきっかけによって思い出すこともあるってことは聞いた。あ、でも身体の方に異常はないから心配しなくても大丈夫ですよ。』
琥珀さんは僕の頭を優しく撫でる。
『早く…戻るといいね……』
小さな声が聞こえた。
恥ずかしいが、撫でられている感覚は心地よく、少し眠くなる。
『大丈夫だよ。これからたくさん思い出を作ろう?』
僕は頷いた。
琥珀さんはとても優しかった。
『・・・』
ただ、その優しさが少し怖くも感じた。
『あ、あのね……』
今度は琥珀さんか話しづらそうに言った。
なんだろうか。
琥珀さんは恥ずかしそうに頬を赤くしながら、
『あの、お手洗いに行きたいのだけど……いいかな…』
???
ここは琥珀さんが今借りている家なのになぜ聞くのだろうか。
『僕のことは大丈夫です。気にせずいってきてください。』
と答えた。
けれど、
『甘ちゃんも一緒にきて欲しいの…』
と、予想もしなかった言葉に戸惑う。
怖がりなのだろうか。
それとも、虫がいたりするのかな?
『わ、わかりました。近くまでいきましょう。』
そう言い、立ち上がる。
明るい部屋から薄暗い廊下を歩き、一つの扉の前に立つ。
toiletと、描かれた札がある。
ここかな。
『僕はここにいますので。』
そう言って扉を開けてあげる。
だが、琥珀さんは動かない。
ふと、僕の手を握る。
『甘ちゃんもきて…』
小さな声でそう言ったように聞こえた。
僕はここにいるけど…
『甘ちゃんも中まできて。』
と、お手洗い場の中に引っ張られる。
『え”っ”!』
自然とそんな声が出た。
琥珀さんは扉を閉め、鍵を掛けた。
その後、僕がいるにも関わらずスカートを下げ始めた。
僕は急いで琥珀さんに背を向けたが、また手を握られる。
僕はそのあと、しばらく記憶がなかった。
気づくと、呆然としながらソファーに座っていた。
『・・・』
琥珀さんはというと、
すぐ隣に座り、僕の右腕を抱きしめ、僕の肩にもたれかかっている。
この人はヤバい人なのか?
頭の中がごちゃごちゃになっている。
『甘ちゃん、』
急に名前を呼ばれて驚く。
『???』
琥珀さんは不思議そうな顔をしていた。
『あ、あぁ…気にしないで大丈夫でございますよ!』
明らかに大丈夫では無さそうな返事をする。
琥珀さんが悲しそうな顔をしている。
『嫌だった?』
声も小さく弱々しい、悲しみに満ちた声だった。
『・・・』
先生が言っていたことを思い出した。
「琥珀さんは人狼ということで酷くいじめられていたそうです。」
「琥珀さんが…自殺しようとした時も助けてくれたとおっしゃってました。」
昔のことがあって怖くなってしまったのだろうか。
『琥珀さんがそうしたいなら…だいじょぶ…』
僕は恥ずかしいだけで済むけど、琥珀さんはそれで良いのだろうか。
『じゃあ、お願いしてもいい………かな?』
僕は目を逸らし、とても小さく頷いた。
お願いされても自信なんて全くない。
手紙でも少し疑問に思っていたところ、
-怖くなっちゃって-とは何に向けた意味だったのだろう。
『そ、その…お腹空いてない?』
と訊かれた。
もうそろそろ、夕食を食べる頃になっていた。
『はい、お腹空きました。』
そう答え、
『何か手伝えることがあれば…』
でも料理の作り方なんてほとんど知らなかった。
『大丈夫だよ。甘ちゃんはここでゆっくりしてて。』
と言われ、琥珀さんは台所に向かって歩いていく。
琥珀さんの寂しそうな顔と「嫌だった?」という声が忘れられない。
優しくしてくれたのに酷いことをしてしまったのかもしれない。
僕もお手洗いに行く。
普通だった。
それから少しして、台所から琥珀さんが皿を持ってくる。
『あ、持ちますよ。』
僕は立ち上がり、琥珀さんが持つ皿を持とうとするが、
『大丈夫だよ。』
と言われた。
嫌われたのだろうか。
僕はテーブルに置かれた皿、その上に乗っている黄色い物体を見る。
オムライスだ。
ケチャップで何か書かれているようだ。
”甘ちゃん♥︎”
嫌われてはいなかったようだ。
そんなオムライスを見て安心した。
隣にはサラダもある。
その後、琥珀さん用のオムライスも運ばれてきた。
『甘ちゃんは、野菜ジュースがいいかな?』
と聞かれたので、
『はい、お願いします。』
と、答えた。
僕の所に野菜ジュースの入ったコップが置かれ、
僕の隣に琥珀さんが座る。
『あまり美味しくないかもしれないけど食べよう?』
そう言ってたけれどオムライスはとても綺麗で、美味しそうだった。
2人、手を合わせて、
「「いただきます」」
と言ってスプーンを手にとる。
その時、僕は思い出した。
オムライスと野菜ジュース、これは僕の好きなものだった。
ふと琥珀さんの方に目を向ける。
目が合った。
琥珀さんも、まだオムライスを食べていなかった。
ずっとこちらを見ている。
すると、琥珀さんが僕の前にあるオムライスをひとかけら、小さく切ってスプーンに乗せ、僕の口の前に持ってくる。
『はい、あーん、』
と、琥珀さんが口を開けている。
え、何?
分からない。
戸惑っていると琥珀さんが、
『口を開けて?』
言われた通り、口を開ける。
その口にオムライスが乗ったスプーンが入れられる。
『食べて?』
僕は口を閉じると琥珀さんは僕の口からスプーンをとる。
僕の口には先程のオムライスが残った。
そしてそのオムライスを何度か噛み、飲み込む。
?
不思議な味がする。
『どう…かな?』
と聞かれた。
『おぉ、甘いです!』
と答えた。
その通り甘かった。
いや、甘すぎる。
作ってもらっておいて酷いとは思う。
だが、ほぼ砂糖なのではないかと思った。
琥珀さんもオムライスのかけらを口にする。
琥珀さんの顔色が悪くなっていく…
どうやら僕のオムライスと同じ味のようだ。
『うぅ……あまーぃ……』
琥珀さんはほぼ涙目だった。
『ごめんね甘ちゃん、今作りなおすから…』
そう言って、テーブルに置かれたオムライスをさげようとする。
僕のために作ってくれたオムライス。
甘いだけで食べれるもの。
僕はスプーンでオムライスを小さく切り、口に入れる。
まるで琥珀さんのように、甘い。
身体の疲れを忘れられる。
『甘ちゃん、残して?美味しくないのに気を遣わなくていいよ。』
そう言われても止めない。
食べているうちに慣れてくる。
すでに半分ほど食べ終わっていた。
『ありがとう、甘ちゃん。』
そう言って、琥珀さんも甘いオムライスを食べ始める。
?
僕の名前は、甘。
琥珀さんが付けてくれたらしいが…
琥珀さんの方が甘いのでは?
皿の上はもう、何もなくなった。
頭が痛く、胸やけもする…
だけど、琥珀さんが初めて作ってくれた料理を全て食べ終えられた。
隣にはテーブルに突っ伏した琥珀さんがいた。
げっそりしている…
『ごちそうさまでした。』
と琥珀さんに言って、皿を流し台に持って行く。
皿を洗っている時、琥珀さんがこちらに来て、
『あとは琥珀がするよ、』
と、言った。
でも何もかも任せてしまったので、
『僕なら大丈夫だよ。』
と言って、皿洗いを続ける。
まぁ、それほど量はなく、すぐに終わった。
テレビはニュース番組が放送されている。
そういえば今日は2月29日。約4年に一度しかない日だ。
『星乃選手が100m走にて4年に一度しかないこの日に、ここ日本で新記録を達成しました!なんと星乃選手、実は今日、2月29日生まれなんですよ!』
と、テレビから流れる。
『琥珀さんは、誕生日っていつですか?』
ふと気になって訊いてみた。
琥珀さんは笑顔で、
『いつだと思う?』
と逆に訊かれた。
365日もある中で、いつかなんて予想もつかない。
琥珀さんの雰囲気からすると7月7日や12月24日のようにおしゃれな日な気がする。
『うーん、ヒントをください…』
琥珀さんは考える。
『ヒントは、琥珀と似ている日…かな。』
石の琥珀と似ている?
それとも琥珀さんと似ている?
どちらにしても分からない。
『うぅ、それだけじゃわからないですよぉ。』
ヒントがヒントになっていない気がする。
僕はまだ琥珀さんのことをそれほど知らない。
石の方の琥珀でも同じ。全然知らなかった。
『………..にち、』
『え?今何か言いましたか?』
琥珀さんが何かを言ったようだが、声が小さくて聞こえなかった。
『2月29日』
『え、』
まさか今日だったなんて、予想もしていなかった。
琥珀と似ている日というのがよくわからないけど、
『あ、お誕生日おめでとうございます!』
慌ててお祝いの言葉を伝える。
『ありがとう、甘ちゃん。琥珀、嬉しいよ。』
本当に嬉しそうな笑顔だった。
けど、
『何か、ないだろうか。』
新田先生から渡されたバッグの中を探る。
『プレゼントならもう貰ったよ。』
琥珀さんがそう言った。
もちろん僕は何もあげられていない。
他の人から貰ったのだろうか。
『僕からも何かを渡したいので…』
だが、プレゼントとして合いそうなものはなかった。
『ううん、甘ちゃんから貰ったよ。』
『僕から?』
思い当たるものはない。
『琥珀に会いに来てくれたこと、すごく嬉しかった。』
会いに行ったことがプレゼント?
『そんなことでいいのですか?』
たまたまこの日に会えたわけだけど、
琥珀さんは違うようだ。
『すごく、すごーく嬉しかったんだよ。』
すごーくとな、
でもそう言ってもらえることは僕にとっても
『喜んでもらえて僕もすごーく嬉しいです。』
これは紛れもない事実。
琥珀さんが笑った。
そして僕も笑った。
ふと、硬い何かが手に当たる。
カメラだ。
『あ、琥珀さんの写真撮ってもいいかな?』
カメラを取り出して言う。
琥珀さんは、
『恥ずかしいから、だめー!』
と、言われた。
だめーだった。
残念、
『でも、甘ちゃんと一緒だったら、いいよ?』
琥珀さんが、小さな声で言った。
一緒に、か。
僕はカメラの小さなスイッチをONに入れる。
どうやって撮ろう。
内側にカメラはなく、どう映っているかわからない。
まず、カメラの使い方もよくわからない。
確かこのボタンで…
ボタンを押すと、カメラからパシャ!っという音がした。
カメラの画面を見る。
琥珀さんも見ようとする。
画面には琥珀さんと、僕の髪と肩しか写っていない写真がある。
『うぅ、』
琥珀さんは恥ずかしそうだった。
まぁいいか?
琥珀さんは、カメラを撮ろうと手を伸ばす。
僕も、カメラを取られないように手を上に伸ばす。
琥珀さんは僕より背が低いので、もちろん届かない。
『うぅ〜っ』
琥珀さんは僕の胸を優しくぽんぽんと叩く。
駄々をこねる子供みたい…
でももったいないので、写真は消さない。
『あ、間違えた!』
そう言って、また写真が撮れる。
そこには駄々をこねる琥珀さんの姿が映っていた。
『もうそろそろお風呂入る?』
時計を見ると、もう21時になろうとしていた。
『そうですね、もうそろそろ入ったほうがよさそうですね。』
『なら、甘ちゃんが先に入っていいよ。』
と、言ってくれた。
『んー、ならお先に入らせていただこうかな。』
と言って、バッグから替えの服を持って行く。
お風呂場はここかな、
扉にbathと描かれている札がある。
中に入ると脱衣所があり、また隣に扉がある。
その扉の中にお風呂があった。
服を脱ぎ、風呂場へ。
琥珀さんと入ることにならなくて安心する。
まずシャワーで身体を流す。
その後、椅子に座って、髪を濡らす。
シャンプーはこれかな?
一つ、shampooと書かれているボトルを手に取る。
ラベンダー&ベリーの香りらしい。
手の上に液を出す。
琥珀さんが近くにいる時に香るのと同じだ。
シャンプーの香りだったのか。
『・・・』
恥ずかしくなったが、そのシャンプーで髪を洗い、シャワーの水でシャンプーを洗い流した。
次は身体を洗おう。
ボディーソープは、これかな。
柑橘系の香りがする。
そして身体を洗おうとした時、
ガラガラガラ…
ふと横から音がして振り向くと、
⁉︎⁉︎⁉︎
裸になった琥珀さんが扉を開けていた。
『ギャアァァァァァァ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』
今までで一番大きな声で叫んだ。
僕は琥珀さんがいる方に背を向けた。
前にも鏡があった。
目を閉じる。
『甘ちゃん、急に大声出すからびっくりしちゃった。』
と、お構いなしに近づいてきているようだ。
『な、ななな、何故ここに!』
と、慌てながら言う。
『なぜって言われても…借りてるけどここが琥珀の住んでいる家だから?かな?』
その通りだけど!
『甘ちゃんの背中、琥珀が洗うよ。』
全くなんとも思っていないみたいだった。
僕の肩から琥珀さんの手が伸びてくる。
琥珀さんは僕の前にあるボトルを取るために必死に手を伸ばしているようだ。
『ん〜しょ』
琥珀さんの身体が触れる。
『あとちょっと』
もうやめてぇ!
僕はボディーソープのボトルを掴み、肩から伸びる手に渡す。
『あ、ありがとー』
と耳元で言われた。
恥ずかしいなんてものじゃない。
琥珀さんの生身が触れたのだ。
琥珀さんのあの膨らみが押し付けられたのだ。
深呼吸をしよう。
息を大きく吸ってー
はいて…
『イャアァァァァァァ‼︎‼︎‼︎‼︎』
琥珀さんの手が僕の背中に触れた。
『甘ちゃん、またびっくりしちゃったよぉ!』
と、少し怒っているみたいだった。
今のはまぁ、僕も悪かったけど…
琥珀さんは僕の背中を優しく撫でるように洗ってくれているようだった。
『寂しいから、こっちを向いて欲しいな。』
とんでもないことを言われた気がする。
『いやいやいや!ムリムリ‼︎』
もはや無謀である。
『こっちを向くだけなのにぃ!』
む り で す !
琥珀さんが僕に抱きつくようにして胸を触ってくる。
『☆¥%*〆#○!!!』
必死に叫ぶのを堪えるが、変な声が出る。
本当にやめてぇ‼︎
それから琥珀さんと湯船に浸かっている。
琥珀さんは現在頬を膨らませ、ご機嫌斜めだった。
『誕生日プレゼントとして、甘ちゃんに洗って貰いたかったのに…』
まだ言ってるよ…
ちなみに、琥珀さんの髪と背中は洗ってあげた。
怒っているのに僕の腕を抱きしめている。
というより、胸に挟まれている。
なんだろうこの子。
恥じらいとかないの?
もうよくわからない。
もう、身体中が暑い。のぼせそうだ。
『僕は、先に出ますね。』
そう言ったが、目を合わせず、腕を抱きしめたまま離さない。
『………ごめん、』
何もわからないまま自然と謝っていた。
琥珀さんは、目を合わせないままだが、抱きしめていた腕を解放してくれた。
僕は風呂場を出てバスタオルで髪や身体の水を拭き取る。
そして新しい服を着て、ドライヤーで髪を乾かす。
と、琥珀さんがお風呂から出てきた。
僕が使ったバスタオルを手に取り、使っている。
『・・・』
僕は脱衣所を出ようとした時、
『ごめんなさい…』
と、謝ってきた。
『大丈夫、僕が変な風に考えただけだから悪いのは僕だろう、』
そう、返すと、
『もっと、一緒に居たくて…わがままばっかり言っちゃったから、琥珀が悪いの。』
琥珀さんは落ち込んでいるようだった。
『今日は誕生日なんだから、わがまま言っても大丈夫ですよ。ただ、あまり行き過ぎなければ、ですけど…』
せっかくの、琥珀さんにとっては4年に1度しかない貴重な日。
それを僕のせいで台無しにはしたくない。
『甘ちゃんってやっぱり優しいんだね。じゃあ、髪を乾かすのを手伝って欲しい。いいかな?』
『それなら、全然大丈夫ですよ。』
そう言うと、琥珀さんは再び笑顔を見せてくれた。
まず、琥珀さんの長い髪をブラシでとかす。
琥珀さんの髪はふわふわとしていて、手触りが良い。
そしてドライヤーで髪を乾かしていく。
風に乗って、またシャンプーの香りがしてくる。
ゆっくり時間をかけて、髪を乾かした。
その間、少し気になったことがあった。
本名はわからないのに、誕生日はわかるんだな。
あまり触れてはいけないのかもしれない。
訊くのはやめておこう。
こんな感じだろうか。
『ありがとう、甘ちゃん!』
優しい笑みを浮かべてお礼を言ってくれる。
さて、寝る準備をしよう。
その前に、歯を磨かないと。
脱衣所にある洗面台で歯を磨く。
シャコシャコシャコ
実際は琥珀さんの歯を磨いている。
僕は先に琥珀さんが磨いてくれた。
これも琥珀さんがしたいと言っていたこと。
そして、寝る場所は…
大きなベッドが1つある。
『甘ちゃんと一緒に寝たいな、』
やはりそうなるか。
同じベッド…
『まぁ、いいか。』
琥珀さんは喜んでいる。
この笑顔、喜ぶ姿を見れるだけで僕も嬉しくなる。
僕はベッドに寝転がると、琥珀さんも隣に横になる。
琥珀さんはこちらを向く。
僕は顔だけを琥珀さんの方に向ける。
『そういえば』
琥珀さんが何かを思い出したように言った。
『何かありました?』
琥珀さんは不思議そうな顔をしていた。
『どうして甘ちゃんは敬語を使っているの?琥珀に気を使わなくていいんだよ?』
・・・
うーん、
『まだ人と話すことに慣れてなくて、自然と、なってしまったり、その方が話しやすくて敬語になってしまいまうんでっ、……あぁ、』
ふふふと琥珀さんが笑う。
『昔の甘ちゃんもたまに敬語になってたよ。やっぱり、大きくなっても、記憶を無くしても甘ちゃんは甘ちゃんなんだね。』
『ははは、昔から変わってなかったんだね。』
昔のことはまだ全然思い出せてないけど、変わってないんだな。
『でも、昔は自分のことを“俺”って言ってたのと、少し気の強くなる時があったよ。多分、自分を強く見せるためだったんだと思うけど、今の甘ちゃんは本当に優しくて、きっと今が本当の甘ちゃんなんだと思う。』
『昔の僕たちはひどいいじめを受けていたんだってことは聞いたよ。』
琥珀さんは小さく頷く。
『でも、甘ちゃんがいてくれたから、助けてくれたから、琥珀は今ここにいられるの。本当にありがとね。』
と、琥珀さんは僕の頭を撫でる。
『・・・』
やはり、心地よい。
意識が遠のいていく。
いつのまにか、僕は眠っていた。
『甘ちゃん、おやすみ。』
と、聞こえた気がする。
-私も眠ろう-
誰かが怒鳴っている。
『こんなところまで逃げやがって、手間かけさせんなよ!』
男は花瓶を叩き落とし、割れる。
綺麗な花もバラバラに…
私の前には、パパとママの姿が。
パパは男に立ちはだかるようにして両手を広げた。
『いい加減にしてください。これ以上、2人を傷つけないでください。』
すると、男はポケットから黒い物体を取り出した。
そして、その黒い物体を少し上げたかと思うと、一瞬のうちに下へ振った。
男が持っている黒い物体には、いつのまにか銀色に輝くものが付いていた。
『いい加減にしろ?それはこっちのセリフなんだよなぁ?』
パパは、少し後ずさった。
『ずっと逃げていたくせに、こんだけかよ!お前は大量の金を稼ぎ、俺に渡す代わりに、その女のとこにいさせてやったというのに、約束が違うだろ!』
男がじりじりとパパに歩み寄る。
『あなたが酒やパチンコにお金を使っている間も、私たちはずっと苦しんできたんですよ!』
パパは本当に苦しそうに言ったが、
『俺も苦しかったなぁー、お前らがずっと逃げていたせいで!金が!なくて!くるしかったなあ‼︎』
男の大きな声が響く。
私は怖かった。
ただ、ママがずっと近くにいてくれた。
『っ!早く逃げてください!』
パパが急に大きな声を上げる。
男が急に走り出し、パパに、男が持っていた銀色の部分が向けられる。
そのまま、その銀色がパパに刺さる。
‼︎
パパは苦しそうにしてうずくまる。
が、男は次にママと私の方に歩いてくる。
と、パパが男の足を掴んだ。
『2人に傷をつけるなと、言ったはずです。』
パパは苦しそうに言った。
パパの胸から、赤い液体が溢れている。
なのに、男は心底ウザったそうにしながら振り解き、パパの顔を思いっきり蹴り飛ばした。
『もうやめて‼︎』
ママが叫び、男に掴みかかる。
『はやく……にげ…て、』
パパの消え入りそうな声、
私は震えていた。
ママは、
『ーーーゃん、逃げて!』
男の声と重なり、最初の方が聞こえなかった。
だけど、それが私に言っているのだと気づく。
私は必死にあたりを見回す。
後ろに、外にいける窓がある。
だけど…パパとママは?
2人を置いて逃げたくない。
だけど、
『きゃぁぁぁぁ‼︎』
ママの悲鳴が聞こえた。
どさりという音が聞こえた。
私は咄嗟に窓へ走る。
窓を開けて、外へ逃げる。
『逃げられると思うなよ人狼が!絶対に見つけて、殺してやる‼︎』
と、男が叫ぶ。
私は耳を抑えて、必死に走る。
なのに、
急に視界が砂嵐のように霞む。
そして気づくと、
『みーつけたァ!』
男が前にいた。
後ろに逃げようとすると、
『逃すわけないだろォ?』
後ろにも男がいる。
え、
いつのまにか、男に囲まれていた。
男は銀色を構えて走ってくる。
怖くてうずくまる。
そして
ばさり。
目を開け、上半身を勢いよく起こす。
あたりは真っ暗だった。
『ここは…』
自分の家の寝室、ベッドの上にいた。
ふと、隣を見る。
甘ちゃんが目を閉じて、寝息をたてている音だけが聞こえる。
甘ちゃんの顔を見て、心から安心する。
私は甘ちゃんの寝顔を見ていた。
子供のようでかわいい。
自然と笑顔になる。
頭を撫でたり頬をつついたりしてみる。
『・・・』
甘ちゃんは眠っていた。
夢、あの時のことを思い出す。
パパが刺される瞬間、ママの大きな悲鳴。
…男の声。
それがいつまでも頭から離れない。
『甘ちゃん…1人になるのが、甘ちゃんと離れるのが怖いよ…。』
甘ちゃんがお風呂に入っていった時もそうだった。
涙目になりながら、眠る甘ちゃんに向けて言った。
最近、嫌な声が聞こえてくる。
でも、甘ちゃんといる時だけは聞こえない。
怖いと思う事がない。
…今も近くにいるのになぁ、
『助けて……』
涙が、甘ちゃんの頬に落ちる。
私は甘ちゃんに顔を、身体を寄せていた。